最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~
その49 魔王さま、団体様をご案内する
人体実験の騒動のさなか、エイレネ魔法学院は一時閉校を余儀なくされました。
在校生に対する就職斡旋の話もありましたが、時期が時期なだけにほとんどの生徒はそれを拒み、実家へと戻っていったようです。
私もそのうちの1人でした。
実家に戻って、久しぶりに再開した姉と両親が抱き合う姿を見た時、私は思わず泣いてしまいました。
この時に限らず、私、最近よく泣くんですけどね。
もう二度と会えないと思ってたお姉ちゃんと再開したとき。
リヴリーちゃん……いや、ミセリアちゃんと一緒に寮で自分の荷物をまとめながら、学院での思い出を語り合ったとき。
他にも、寮を出て行くときや、ミセリアちゃんとお別れするときだって。
実家に戻ってからしばらく経って、またお姉ちゃんが居なくなるんじゃないかっていう不安が、ようやく私の胸から消えた頃。
家に、一通の手紙が届きました。
手紙を手にり裏を見た時、腰が抜けるぐらいびっくりしました。
差出人欄には――マオ・リンドブルム、と書いてあったのですから。
魔王だと告白された時はよくわかっていなかったのですが、マオくんはやっぱりすごい人だったみたいで。
魔法で軽々と空の分厚い雲を吹き飛ばしてみたり、最近は政治家さんとも沢山お話してたり、本当に王様だってことを嫌ってほど見せつけられて。
少し前までは仲のいいクラスメイトだったのに、遥か彼方、手の届かない所に行ってしまったんだな、と実感したところに届いた、一通の手紙。
『研究施設からユリを助けた時に話したこと、覚えてる?
僕たちの国をユリに見て欲しい、家族と一緒にぜひ遊びに来てくれないかな』
マオくんみたいなすごい人は、私のことなんてとっくに忘れてると思ってたのに――私は驚いて、喜んで、そして魔物の国ということを思い出して少し不安になって。
けど、やっぱりマオくんに会いたくて。
意を決して家族に相談すると、二つ返事で承諾してくれました。
そして、今日はついに魔物の国へと旅立つ日。
「ユリ、忘れ物は無い?」
「大丈夫、昨日の夜に何回も確認したからっ」
一泊の旅行だったのですが、おみやげや心配症の両親な詰め込んだ非常時用の荷物で、バッグがパンパンになっていました。
そんな重たいバッグを背負って、すでに家の前に到着している、私たちを迎えに来た馬車の元へと向かいます。
しかし、家を出た私たち家族を待っていたのは馬車ではなく――
「魔王様のご友人一家ですね、どうぞお乗りください」
やけにかっこいい声で喋る、大きな犬でした。
毛が白くて、太陽の光に照らされて銀色のように輝いています。
そんな犬さんと、やけに豪華で大きな客車が紐で繋がれていました。
どうやらこれが私たちを運ぶ馬車……いや、犬車って言うべきなんでしょうか。
チケットを受け取った後に知ったことなのですが、今回の魔物の国への旅は、本来はすごい倍率の抽選で当たる、とても貴重な権利だったそうです。
つまり、私たちは特別扱いということで。
だからこの客車も、ひょっとすると私たち家族のために容易された、特別なものなのかもしれません。
私と両親が若干怯えながら立ち尽くす中、姉だけは犬さんに近づき――
「うわあぁぁっ、ふわふわ、ふわっふわだよ!
この狼さんめっちゃふわふわだって、ユリも触りなよ!」
犬さんの下アゴや頭を容赦なく、わっしゃわっしゃと撫でたくりました。
そういえばお姉ちゃん、犬とか大好きだったもんね。
けど相手は魔物、怒らせやしないかと不安げに見ていたのですが、意外にも犬さんも気持ちよさそうに目を細めています。
見た目によらず人懐っこいようです。
「かわいいなぁー、魔物の国には同じような狼さんがたくさんいるの?」
「狼ではありません、私はフェンリルのヴォルフと申します」
「ヴォルフさん! かっこいい!」
「ありがとうございます、お嬢さん。
私たちフェンリル族は魔王様に忠誠を誓っておりますので、マオフロンティアに到着すれば町中でその姿を見ることができますよ」
「いるんだ、いっぱいいるんだぁ……魔物の国って楽園だね!」
「ええ、素敵な場所ですよ。
さあ、あまり遅れてしまうと私がヴィトニル様に怒られてしまいますので、座席に座ってください」
「はーい!」
意気揚々と、全く警戒することなく車に乗り込むお姉ちゃん。
私たちも続いて乗り込みました。
魔法によって自動で扉が閉まり、ついに魔物の国に向けて前進しはじめます。
馬車とは比べ物にならないスピードで進んでいるのに、ほとんど揺れの無い不思議な客車の中で、私たち一家は、目まぐるしく変わる窓の外の景色を見ながらはしゃいでいました。
エイレネ共和国から、つい最近舗装されたばかりの北への道を走り、私たちは転送陣と呼ばれる魔法陣の前にまでたどり着きました。
ここを通ることで、一気に魔物の国へ飛ぶことが出来ると言うのです。
転送陣の前にはすでに沢山の客車とフェンリルさんたちが集まっていて、お姉ちゃんが興奮して鼻息を荒くしていました。
「特別招待枠ですので、私たちが最初に行きます」
ヴォルフさんがそう言うと、客車を引いたまま転送陣の中へと入ります。
そして陣が光を放つと、一瞬であたりが真っ白になって――次の瞬間には、あたりの光景は一変していました。
パークスよりも真新しい石畳に、大小様々な建物が立ち並び、真正面にそびえ立つ山のてっぺんには不気味な城が建っています。
メインストリートの広い道を歩くのは人間ではなく、色んな種族の魔物たち。
フェアリーさんやゴブリンさんに、大きなオークさんや、さらに大きなアイスジャイアントさん。
よりどりみどりの魔物たちが、信じられないことに一切喧嘩することもなく、平和に過ごしていました。
「到着しましたよ。
ここがマオフロンティアの首都、ディアボリカです」
「すごい……ここが、マオくんが作った魔物の国……」
思わず感嘆の吐息が漏れました。
魔物の国という言葉から想像できないほどに発展した町並み、そして凶暴だと聞かされていた魔物たちが平和に暮らす夢のような光景。
これを、私と同じ学び舎に居たクラスメイトが作っただなんて。
「みなさんお疲れでしょうから、まずはライム庭園という花が綺麗な場所のすぐそばにある、喫茶店へと向かいます」
ディアボリカと呼ばれた町の光景に呆気にとられたまま、再びヴォルフさんは前へと進み始めます。
ツアーコースは複数あるようで、半数の客車は私たちとは違う道の方向へと進んでいきました。
あの中に……ミセリアちゃんもいるのかな。
私が招待されたということは、ミセリアちゃんだってお兄さんと一緒に来ているはずなのです。
ですが、その姿はなかなか見つからないのでした。
他の客車を観察したり、町の景色を楽しんでいるうちにあっという間に町外れにあるライム庭園へと到着しました。
客車から降りた私達が目にしたのは――見える限りの一面に、色とりどりの花が咲き誇る夢のような光景。
花の上を飛びながら水をあげたり、何やら魔法をかけたりしているフェアリーたちが、さらに幻想性に拍車をかけています。
到着した観光客たちは、誰もが目の前の花々に釘付けになっていました。
そしてそんな観光客の中に、私はミセリアちゃんの姿を見つけました。
目があった瞬間、ミセリアちゃんはぱぁっと表情を輝かせて私の方へと駆け寄ってきます。
私も負けじと笑顔でミセリアちゃんに駆け寄りました。
「ユリっ、久しぶりぃーっ!」
「久しぶり、ミセリアちゃん!」
私たちは抱き合いながらきゃっきゃとじゃれあいます。
数カ月ぶりの再開なのに、まるで何年も会っていなかったかのようです。
「あれ、お兄さんは?」
あたりを見回しても、ミセリアちゃんのお兄さんの姿はありません。
「馬鹿兄貴は冒険者になるって旅に出てる。
だから私は一人で来たの」
苦笑いしながらそう言うミセリアちゃんに、私は一つの提案をしました。
「じゃあ、私たちと一緒に行こうよ。
客車にも……まだ、余裕があったし、頼めば行けると思う」
「いいよ、家族水入らずの旅行なんでしょ?
そこに部外者の私がお邪魔するのはー……」
「大丈夫。
それに、ミセリアちゃんのこと……家族に、紹介したいし」
「んー、そっか。
ならお言葉に甘えちゃおうかな」
両親や姉に話はしていたのですが、こうして顔を合わせるのは初めてでした。
明るいミセリアちゃんと、うちの家族はあっという間に打ち解けて、寮で私がやらかしたドジを家族に暴露しながら、私たちは喫茶店へと入っていきました。
……そんなに笑わなくてもいいのに。
喫茶店は花畑のすぐ傍にありました。
店に入るとバターと砂糖の混じった甘い香りが店中に溢れています。
どうやら奥の厨房でケーキやパンも作っているようで――
「よくきたな、ユリ、ミセリアも!」
そんな店の入口で私を迎えたのは、予想外の人物でした。
「ザガンちゃん!?」
「久しぶりー……っていうか、その角、どうしたの?」
ザガンちゃんの頭には、大きな2本の角が生えています。
メイドだった時は、そんなもの無かったはずなのですが。
「私はデーモンだからな、角はかくしてたんだ!」
『ええぇぇぇぇぇぇっ!?』
私とミセリアちゃんは同時に声をあげて驚きました。
よく考えてみれば、魔王であるマオくんのメイドさんがただの人間なわけがなくって、つまり他の人たちもみんな魔物だったのでしょう。
どこからどう見ても人間だったのに……グリムさんやニーズヘッグさん、それにヴィトニルさんは何の魔物だったんだろう。
あ、そういえばさっきヴォルフさんがヴィトニルさんを様付けで読んでたような……ということは、ヴィトニルさんはフェンリルってこと!?
うそ、ぜんぜんわからなかった。
……私が気づいていないだけで、案外普通の人間だと思ってる人の中にも、魔物はいるのかもしれません。
「わたしはこの店の”とくべつあどばいざー”なんだ。
ザガン特製って書いてあるのがわたしのこうあんしたメニューだから、気にいったのがあったらぜひ食べてくれ!」
そう言ってザガンちゃんは厨房へと去っていきます。
呆気にとられた私とミセリアちゃんは、店員――甘い花の香りを漂わせるアルラウネのお姉さんに案内されるまで、ずっと止まったままでした。
私たちが頼んだザガンちゃん特製のケーキは言うまでもなく美味しくて。
さらに今までエイレネでは飲んだことのない爽やかな香りの美味しいお茶と、窓の外から見える色鮮やかな花々が、魔物に囲まれて緊張していた私たちの気持ちを、見事にほぐしてくれました。
ライム庭園を出たあとは、ヴォルフさんの案内でさらに名所を巡るようです。
コロッセオでは、オーク同士の本気の戦いの見学を。
私は激しすぎる戦いに若干引き気味だったのですが、お父さんとミセリアちゃんのテンションが高くて、2人に関しては思う存分楽しんだようです。
お昼ごはんは、メインストリートにある高級そうなレストランへ。
上半身は人間なのに下半身が馬になったケンタウロスさんや、羊の頭をした悪魔のバフォメットさんたちが、執事のようなスーツを着て接客してくれました。
そこに料理にもザガン特製と付いたメニューがあり、私とミセリアちゃん、2人でずいぶんと驚いたものです。
あ、もちろん料理は美味しかったですよ。
特にお肉が食べたこと無いぐらいジューシーで、何のお肉なのか心配してたら、バフォメットさんが優しく「牛肉ですよ」と教えてくれました。
午後からはショッピングが主なイベントのようで、まずは貴族の間で有名な高級ブランドレモネードの本店へ向かいます。
本店なだけあって割とリーズナブルな値段の商品もあり、お母さんが目をギラギラと光らせて値札をチェックしていました。
それと、後で聞いた話なんですが、私たちの接客をしてくれたレモンという店員さん、実は社長さんだったそうです。
あんなちっこいのに、すごいなあ。
レモネードのお店を出たあとは、続けておみやげショップに。
ディアボリカでしか買えない限定のネクトル酒や、滅多に市場に出回らないSランクのネクトル、あと店内のディアボロのテナントではジャロスティックやチップスの限定味が食べられたりもするようです。
お父さんはいつの間にか店を出て、すぐ傍にあるネクトル酒の酒造場見学に行ってしまいました。
お母さんはご近所さんへのお土産選び。
お姉ちゃんは店の番犬であるケルベロスさんとおしゃべりして戯れたり、魔物さんの姿を模したぬいぐるみに釘付けになっていました。
もちろん私もぼーっとしていたわけではなく、地元の友達用のお土産を選んだり、ジャロスティックが好物のミセリアちゃんと一緒に限定味を2つほど食べちゃいました。
こんなに食べて、夕ご飯が入るのか少し心配です。
お店を出た後は、宿泊施設へ。
そこは独特の雰囲気をした、木製の建物でした。
看板には、なにやら渋い字体で妖精宿・清流と書いてあります。
エイレネでも見たことのない雰囲気だし、ひょっとすると……マオくんの趣味だったりするのかな。
魔法で勝手に開くドアをくぐると、入り口ではスタッフのみなさんがずらりと並び、こちらへ頭を下げています。
圧倒されて、思わず私も頭を下げてしまいました。
その後、スタッフの方に荷物を預けて、私たちは部屋へ案内されていきました。
夕食は宿にある大広間で取るそうで、それまでの2時間ほどは自由時間でした。
さすがに部屋はミセリアちゃんとは別々で、部屋に入った私たち一家は各々でくつろぎ始めました。
父は買ってきたネクトル酒を飲み始め、母は温泉に入るついでに、宿に併設された大きな巨人専用の温泉施設を見学しに行き、姉はおみやげショップで買ったぬいぐるみと戯れています。
――そんな中、私は1人、マオくんのことを考えていました。
マオくんが招待してくれたのに、まだ一度も顔を合わせていません。
話したいことがたくさんあったのに、忙しいのかな。
王さまだもんね、仕方ないよ。
気分転換のために外の空気を吸おうと部屋を出ると、扉の下に二つ折りのメモが挟まれていることに気づきました。
メモを開くと、そこには――
『外にフェンリルが居る、彼に乗って来て欲しい』
と書かれたメモが。
心臓がドクンと跳ねて、全身に急に血が巡ったかのように力が湧いてきます。
私はすぐさま部屋に居る父と姉に「ちょっと出かけてくるね!」と言うと、駆け足で宿の外へと向いました。
マオくんに会える、そう思うと居てもたってもいられなくなって、再開したお姉ちゃんに抱きついた時ぐらい全力で駆けて。
こけそうになりながら曲がり角を曲がって、見えた入り口の外には――客車は用意されておらず、フェンリルさんが1匹ちょこんと立っているだけだした。
「魔王様から話は聞いてる、乗りな」
ヴォルフさんとは違ってワイルドな話し方をする彼は、自分の背中を鼻先で指し示しながらそう言いました。
「乗るって……その、背中に、ってことですか?」
「他にどこがあんだよ」
マオくん……同じクラスの時は気づかなかったけど。
結構、無茶なことを言う人なんだ……ね……。
「ひやゃああああああぁぁぁぁっ!」
私は絶叫しながら、猛スピードで町を走り、山を駆け登るフェンリルさんの背中にしがみつき、山頂の不気味な城へと向かうのでした。
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Kまる
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