最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~
その37 魔王さま、学院生活を満喫する
落ちこぼれクラスでの生活を始めて1週間。
気づけば僕は、クラスで一番の落ちこぼれになっていた。
「何度言えばわかるんだ、この役立たずのクズがぁっ!」
ガンッ!
担任のグランサスが机を蹴りながら顔を真っ赤にしている。
教室に残っているのは僕1人だけ。
なぜこんなことになっているのかというと、実技の授業で僕が最底辺の成績を叩き出したからだ。
今まではちょっと頭で考えるだけで魔法を発動できたから、いざ習った通りに魔法を使ってみたら、まあびっくりするほど上手く発動しない。
線香花火のようなファイアに、ジョウロのようなウォータ、さらには扇風機程度のウィンドに、小石がぽとりと落ちるだけのストーン。
なぜ試験をクリア出来たのか首を傾げる出来栄えだ。
これにはさすがの担任も堪忍袋の尾が切れたみたいで、補習とは名ばかりのストレス解消ついでの説教を受けている所だった。
「ちゃんとその使い物にならない頭で考えろと言っているだろう!?
詠唱以外に使いみちの無い口で正確に発音しろと繰り返したはずだろう!?」
グランサスはまくし立てながら、僕の体に手を伸ばす。
すると傍らに立っていたメイド服のザガンがその手を掴んだ。
彼女にしては珍しく敵意を剥き出しにしてグランサスを睨みつけている。
「ぐっ、き、貴様ぁっ!」
「ザガン、だめだよそれは」
「まおさまを傷つけるやつは誰だろうとゆるさない」
「悪いのは僕だから、ほら手を離して」
「でも……」
「僕は平気だから、ね?」
「……わかった」
しぶしぶ手を離すザガン。
グランサスは手形のくっきりと残った手を撫でながら、僕とザガンを憎悪のこもった視線で睨みつける。
「カントの分際で生意気な真似を……」
グランサスが小声でザガンに向けて暴言を吐く。
ただ説教してる分には面倒な強制ってことで許せるんだけど、こいつがクズなのはこういう所なんだよね。
メイドって職業に偏見があるみたいだけど、だとしても、カントがどういう意味かわかって言ってるのかな。
いや、クズだしわかって言ってるんだろうね。
ああ、救いようがない。
「ブレイク」
パキ。
小声で魔法を発動、試験の時に折ったグランサスの腕の骨をさらに粉砕する。
これで何回目だっけ、うかつな発言を繰り返すからいつまでも骨折が治らないんだよ、学ばないねえ先生は。
「がっ、があああぁぁぁぁっ!」
「先生っ、どうしたんですか!?」
白々しく心配してみる。
もちろん、僕が伸ばした手は振り払われたわけだけど。
「き、今日は……ここまでだっ!
とっとと帰れ! 明日は同じことを繰り返すなよ!」
「わかりました、さようならー」
額に脂汗を浮かべるグランサスを置いて、僕たちはそそくさと教室を後にした。
教室の外に出ると、扉の近くでユリと、クラスメイトのリヴリーが立っていた。
僕の姿を見るとユリの表情が明るくなる。
特に何もしてないんだけど、どうも僕は彼女に懐かれてるみたいだ。
「マオ……くん」
とてとてと近づいてきたユリが、恥ずかしそうに僕の名前を呼んだ。
なるほど、リヴリーにアドバイスされてくん付けで呼んでみたわけか。
ちらりとリヴリーの方を見ると、何やら満足げに頷いている。
「どうしたのユリ、とっくに帰ってると思ってたよ」
「待ってた、の。
一緒に、途中まで帰れたら……いいな、と思って」
途中までと言っても、ユリは寮生だから本当にすぐそこまでなんだけどね。
それにしても、口調まで崩してきたか。
これはなかなか勇気が必要なことだと思うんだけど。
「そっか、なら一緒に……」
「いいぞ、人数はたくさんいた方がたのしいからな!」
僕が返事をする前にザガンが返事してしまった。
まあ、ユリも以前会った時にザガンと仲良くしてたから、別にいいんだけどさ。
「うん、ザガンちゃんも一緒にね」
「もちろんリヴリーもだよね?」
逃げようとする彼女を呼び止める。
バレないと思ってたのか、「うっ」と低い声を出して立ち止まるリヴリー。
恋のキューピッドでも気取るつもりだったのかもしれないけど、たぶんユリにはまだそんなつもりはない。
元々人付き合いがあまり得意ではないようだし、ただ単に友達がたくさん出来て喜んでるだけだと思うんだよね。
結局、4人で一緒に帰ることになった僕たちは、歩幅は狭く、遅いペースで校門へ向かって歩き始めた。
自分の計画がうまくいかなかったことが不満だったのか、リヴリーは不機嫌そうに口を尖らせている。
「なーんで空気を読んでくれないのかなー」
「僕なりに読んだ結果だよ。
リヴリーこそ、余計な気を回しすぎ」
「そうかなー、私はそういう展開だと思ったんだけどなぁ。
この目も衰えてきたってことか……」
15歳がなに言ってんだか。
僕とリヴリーがそんな話している傍らでは、ザガンとユリがほんわかとした会話を繰り広げていた。
「そうだ、このまえ言ってたお菓子をつくってきたぞ!」
「え、本当に作ってくれたの?」
「ユリはお菓子がだいすきって言ってたからな」
ザガンは腰にかけていた袋から、昨日作っていたケーキを取り出した。
ネクトルの実がちりばめられたフルーツケーキだ。
「ひゃー、おいしそ」
リヴリーが思わずそうつぶやいてしまうほどの出来だった。
魔王城にあったネクトルだから、あれたぶんS級のやつだよね。
ザガンの料理の腕は言うまでもないし、絶対に美味しいやつだ。
ううむ、あれは僕も食べたいぞ。
「うわぁ……すごい、こんなに本格的なケーキを作れるだなんて」
そりゃ、一応ザガンはディアボリカでプロの料理人として腕を振るってるわけだしね、そこらの料理が趣味な人とは一味違う。
「腕によりをかけてつくってきたからな!」
「ごめんね、私はまだ何も作ってなくて」
「気にするな、でもいつか食べられることをきたいしてるぞ」
「うんっ、今度は絶対に作ってくるから!」
お菓子の交換か、いかにも女の子らしいというか。
僕はあの会話には参加できそうにない。
「ああいう女の子同士の会話、憧れるよねー」
女の子がなに言ってんだか。
「リヴリーは料理とかどうなの?」
「それ聞いちゃう? 乙女のプライバシー侵害だよ?」
「じゃあ答えなくていいです」
答えなくてもだいたいわかったから。
「そーだ、いいこと思いついた!
私もザガンちゃんのケーキ食べてみたいからさ、良かったら今から食堂でみんなでお茶しない?
おばちゃんに言えば、皿とフォークも貸してくれると思うんだよね」
確かにザガンの作ってきたフルーツケーキはそれなりの量がある、ユリ一人で食べるには難しい。
たぶん、ザガンはあれ一人分として作ってきたんだとは思うんだけどね、あれぐらいぺろりと平らげそうだし。
「わたしは、いいよ。ザガンちゃんは?」
「みんなで食べた方がおいしいし、実はまおさまにも食べてほしかったから、わたしは賛成するぞ!」
「じゃあ行こうか、僕も食べてみたいし」
魔王城での仕事が残っていないわけではないんだけど、こういう生徒間のコミュニケーションも情報収集のためには重要だからね。
リヴリーの予想通り、食堂のおばちゃんは快く僕たちに皿とフォークを貸してくれ、その上で紅茶までサービスしてくれた。
この香り、茶葉も悪くはない。
さすが名門エイレネ魔法学院、食堂も一流だ。
「しっかしすごい食堂だよねー。
メニューは田舎じゃ食べられない高級食材だらけだし、食器類も高級品、椅子もテーブルも上等で、座ってるのが申し訳なくなっちゃうぐらい。
この椅子に座るなら私のお尻も高級品にしないとねー」
「最初に来た時は、びっくりしたな。
でも、最近は……少し慣れてきたかな」
「わたしは美味しいものが食べられるからすきだぞ!」
感想は人それぞれ、けど僕はリヴリーの感想に同意する。
魔物たちからの貢物で高級な食器やら食材やらには慣れたつもりだったけど、人間世界の高級品ってのは魔物の国の高級品とはちょっと方向性が違ってて、やっぱり緊張してしまう。
それに比べて――
「やっぱり貴族たちが使うと絵になるね」
テラス席でお茶を楽しむ彼らの優雅さと言ったら、僕たちと比べるとひと目で育ちの違いが明らかになってしまうほどだ。
「げっ、あれってレントとその取り巻きじゃん」
「レントって?」
「レント・ユリシーズ。
ユリシーズ商会って聞いたことあるでしょ?
そこの現社長の息子でさ、絵に描いたようなドラ息子で有名なの」
「あれがユリシーズ商会の……」
ヘルマーの商売敵ってことか。
つまりあいつの弱みを握れば、ユリシーズ商会に対しての交渉材料に出来るとも考えられる。
これはチャンスかもしれない、レントの存在は覚えておこう。
「まおさまがわるい顔してる……」
「ふふ、たまに、マオくんってそういう顔するよね」
「そんな顔してたかな。
ちょっと考え込んでただけなんだけど」
「たまに見せる悪い顔、そして毎日違うメイドを連れてくる資金力、そのくせ貴族ではない……マオって謎が多いよね、何者なの?
と言うか、実家は何してるとこなの?」
やっぱり来たか、その質問。
むしろ1週間も聞かれなかっただけ奇跡なんだろうけど。
いつまでも隠しきれ無さそうなんで、僕が用意しておいた偽装用の設定を披露しようとしたところで――複数の人影が僕たちのテーブルに近づいてきた。
テラスに座ってたはずのバーンクラスの連中だ。
「美味しそうなケーキだね、君が作ってきたの?」
女慣れしていそうな優男がユリに話しかける。
人見知りの激しい彼女はうまく答えられずにどもりながら、目線で僕に助けを求めた。
フォローするために立ち上がろうとすると、邪魔をするように僕とユリの間に別のガラの悪いそうな男が割り込んでくる。
「マジでうまそ、一口もらってもいい?」
ユリが返事する前に男は勝手にフォークを使い、ケーキを口に放り込んだ。
「いきなり近づいてきてしつれいな奴だな。
おまえのために作ってきたんじゃないぞ!」
「へえ、君が作ったんだ。
その格好、メイドさんなんだね、まだ小さいのにかわいそうに。
そうだ、うちにくる? うちだったらそこに居る田舎者よりずっと良い待遇で雇ってあげられると思うんだよね」
「おまえ――」
ザガンの目が怪しく光る。
あ、やばい、キレてるなあれ。
「はいはいストップ、いきなり割り込んできて変なこと言わないの、付き合うつもりはないからとっとと親玉の所に帰りなさい」
「おっ、そっちの子も可愛いじゃん。
一緒に行ってくれるんなら帰ってやってもいいけど?」
僕の目の前で、立ち上がるのを邪魔しながら好き放題振る舞う男。
いい加減に見ていられなくなった僕は――「エアポケット」を唱えた。
歯がゆいけど、僕の正体を明かすわけにはいかないから、こんな地味な魔法しか使うことが出来ない。
この程度じゃとても僕の鬱憤を晴らすには足りないけれど、まあ痛みに慣れてない学生なら十分に苦しんでくれるはずだ。
魔法によって男の足の親指と爪の間に気泡が生成される。
そしてその気泡を、パチンと弾けさせた。
靴下の中で男の爪と指が剥離する。
「かっ……」
何の前兆も無く足に走った痛みに、男は突然動きを止め、崩れ落ちた。
額に汗をにじませ、「あっ、あぁっ」と情けない声をあげて足を抑える。
そりゃ痛いだろうね、急に爪が剥がれたりしたら。
拷問じみた痛みに違いない。
けど残念、原因もわからないし因果応報だから誰も同情したりはしないよ。
だからせめて、原因を知っている僕だけは笑ってやろうと思う。
心の底から蔑みながら。
そんなわけで、僕は口角を釣り上げながら立ち上がり、そして無言でテラスに偉そうにふんぞり返っている彼らの親玉――レント・ユリシーズに近づいていった。
「平民、何か用か?」
彼は僕を見上げながら、そして同時に見下しながら、興味なさげにそう言った。
きっと彼の世界は狭い。
だからこんな態度を取れるんだろう。
「僕の名前はマオ・レンオアムっていうんだ、挨拶ぐらいしておこうと思って」
「俺が何で平民の名前を覚えなきゃならないんだよ」
貴族たちの間に笑いが広がる。
育ちが変わると笑いのつぼも変わるのか、今の下りのどこが面白かったのか僕には全く理解できないや。
というか笑ってる場合じゃないよね、仲間が苦しんでるのに。
「うちの実家さ、ネクトルって果実を作ってるんだ」
「……あ?」
よし、釣れた。
案の定だ、ユリシーズ商会は僕たちとの取引をマーキュルス商会以上の熱心さで望んでた、そして当然自分たちが取引できるはずだと思い込んでいた。
それは自惚れや過信と言った類の感情で――そういう輩は、敗北すると自分が裏切られたと思いこんで必要以上に相手を憎む。
「お前が、あのネクトルを?」
「僕の両親が、だけどね。
色々あってマーキュルス商会と取引することになっちゃったけど、ユリシーズ商会の御曹司と会える機会なんてそうそう無い、念のため挨拶ぐらいしておいたってバチは当たらないと思うんだよね。
という訳で、これから仲良くしよう、よろしくレント君」
「は、ははっ、あっはははははははっ!
良い度胸してんな平民、あぁっ!?」
レントは椅子を飛ばしながら立ち上がり、僕の胸ぐらを掴んだ。
睨まれたって怖くはない。
だって相手は15歳の少年なんだから、魔物相手に修羅場を超えてきた僕にとっては赤子みたいなものだ。
レントは余裕をかまして笑顔を崩さない僕が不愉快だったのか――
「溢れ出せ熱情、燃え滾れ我が魂」
あろうことか、この至近距離で詠唱を始めてしまった。
しかも火属性のそこそこ威力が高いやつだ。
「マオくんっ!」
ユリが慌てている。
リヴリーも同じような感じなんだろうな、ザガンはどうなんだろう……僕の力を知ってるし、落ち着いてそうではあるけど。
こんな魔法をまともに食らったら、普通の人間なら死ぬと思うんだけど。
人が死ねば、いくらバーンクラスの生徒と言えど……いや、ユリシーズ商会には、それすらも握りつぶせるだけの力があるってことなのかな。
「漲る感情は猛き炎へと形を変え、渦を巻き表層を這い、肉を灰へ、命を無へと還す――」
もっとも、死んでやるつもりはないけど。
「スペルブレイク」
「フレアブレイズッ!」
プスッ……。
レントが気合を入れて放った魔法は見事失敗し、虚しくも手のひらから煙を立ち上らせるだけだった。
よっぽど自信のある魔法だったのか、レントは唖然とした表情で煙が立ち上る自分の手のひらを見ていた。
魔法学院での授業のほとんどは僕にとって無駄なものばかりだったけど、魔法の仕組みを知ることが出来たのは大きな収穫と呼べるかもしれない。
メカニズムを理解したおかげで、発動に成功した魔法を失敗へと変える術をイメージすることができるようになったんだから。
僕は力の抜けた彼の手を振りほどくと、距離を取った。
「さすがバーンクラス、僕たちはまだ初歩的な魔法しか習ってないのに、あんな詠唱初めて聞いたよ」
「てめぇ……!」
「落ち着いてよ、僕は挨拶しただけなんだから。
今日はちょっとした行き違いからこんなことになってしまったけど、今度からは仲良くしよう、平民とか貴族とか関係なしにね」
僕の本気の挑発は、想像した以上に効果的だった。
こめかみの青筋を幻視してしまうほどに怒りを露わにするレントと、僕を睨みつける取り巻きたち。
敵は増えたけど、ユリとリヴリー、そしてザガンはあの優男たちから解放されたみたいでよかった。
それに、ユリシーズ商会ははじめから敵だったんだ。
その御曹司を敵に回した所で、状況は何も変わってない。
「3人とも、そろそろ食器を片付けて帰ろうか」
相変わらず貴族たちは僕を睨んでいたけれど、食堂を去るまで彼らが再び手を出してくることはなかった。
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Kまる
ん〜〜〜ナイスですぅ♪