最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~
その30 魔王さま、奇妙な生物と遭遇する
「は、はは……あははははっ、マオさんはジョークがお上手なんですね、あまりに真剣な顔をしているので信じてしまう所でしたよ」
さすがに一度では信じてもらえなかったか。
ヘルマーさんは誤魔化すように笑ったが、ここで”冗談ですよ”と言うわけにもいかない、僕は念を押すように繰り返す。
「ヘルマーさん、残念ながら冗談ではありません。
この果実は間違いなく魔物が――樹人族が作ったものです」
「仮にその話を信じるとして、だとしたらマオさんは一体何者だと言うのです?
どこからどう見ても人間ではないですか!」
「僕は人間ですよ。
ただし人並み外れた魔力を持っていたために、魔王呼ばわりされて故郷を追い出されてしまいましたが」
「魔王と言うと、1年ほど前に指名手配され、軍にも追われていたあの?
確か名前は……マオ……そうか、マオ・リンドブルムじゃないか! ってことは、まさか本当に君が!?」
「そういうことです。
もっとも、手配された当時は魔王呼ばわりされて追い掛け回されるだけで、ご覧の通りただ魔力が強いだけのただの人間だったんですけどね」
僕は部屋中に飾られたあらゆる装飾品を魔法で浮かべながら言った。
こうでもしないと、僕が魔王だってことは信じてもらえないだろうから。
「ですが今では、名実ともに魔物の国の王――魔王になってしまいました」
ははは、と自重気味に笑う僕を見て、ヘルマーはごくりと生唾を飲み込んだ。
思えば遠くまで来たもので、最初のころはこんなことになるだなんて全く考えもしていなかった。
グリムから魔王になってくれと頼まれた時だって、まさかここまでうまくいくとは思ってなかったし。
「にわかには信じがたい話ですが……マオさんの力と、ネクトルの味を知ってしまった今では信じるしかありませんね。
ちなみに、その魔物の国とは一体どこにあるのです? 差し支えなければ教えていただいてもよろしいでしょうか」
「エイレネ共和国の遥か北、人の手が及んでいない大地に存在しています。
異なる種族の魔物同士が手と手を取り合い、平和に暮らしてるんですよ」
「魔物たちが平和に……そんなことがありえるなんて」
ヘルマーは顔を青ざめさせながら、こめかみに人差し指を当てながら、何やら考え込んでいる。
先入観って恐ろしいものだ。
僕も以前はそうだったけど、人間ってのは魔物のことを無条件で自分たちを襲う理性なき怪物なのだと思い込んでいる。
お互い様の部分もあるんだけど、お互いに本当は話が通じる相手なのに。
「ですが、なぜそれを私に話したのですか?
私がこの情報を政府に流せば、ネクトルが排除されるどころか、魔物の国を攻め込もうという話すら出てくるでしょう。
信用を得るために真実を告げたのだとしても、あまりにリスクが大きすぎる」
「ヘルマーさんはそうしないだろうという確信があったからですよ」
「……私が魔物の手を借りるほど追い詰められていると言いたいのですか?」
「根っからの商人であるあなたなら、例え魔物が相手でもこのチャンスを逃しはしないと考えたからです。
違いますか?」
「はは……見透かされているようで恥ずかしいのですが、まったくその通りですよ」
未だ彼の顔は青ざめたままだけど、その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
衝撃的な話が続いたせいか呆気にとられてばかりのヘルマーだったけど、ようやく敏腕経営者らしい表情を見ることが出来た気がする。
この状況で笑える彼が味方になるのなら、これほど頼もしいものはない。
「一つだけ確かめておきたいことがあります。
魔物の国がわざわざエイレネにまでネクトルを売りに来たのは、外貨を稼ぐためですか? それとも……」
「侵略のためですよ」
僕は問いを聞き終える前に即答した。
正体を明かした以上、目的を伏せておく必要も無かったからだ。
僕の目的を聞いたヘルマーはまた動揺するのかと思いきや、納得したように笑みを浮かべたまま「うん、うん」と難度も頷いている。
「私はユリシーズ商会を蹴落としたい、それはつまり、エイレネという国家の仕組み自体を作り変えることと同義なのです。
政治家と強い繋がりを持つユリシーズ商会に勝つためには、そこまでしなければ不可能ですから。
そしてあなたは、エイレネ共和国を内側から侵蝕し、自分たちにとって都合のいい国に作り変えようとしている。
つまり、私たちの向いている方向は一致しているんです。
良かった、外貨稼ぎのためだ、なんて日和った答えが返ってきたらどうしようかと思っていた所でしたよ」
ヘルマーはそう言って、僕に手を差し出した。
今度は片手で、営業用の上っ面だけの握手ではなく、本当の意味での信頼関係を気付くための握手を。
迷わず僕はその手を握った。
「この腐ったエイレネ共和国を変えてやりましょう。
ユリシーズ商会をぶっ潰すために!」
「ええ、世界征服のために」
互いに似て非なる目標を掲げ、僕たちは固く約束を結んだ。
その後、今後の戦略についての話し合いを行った。
今まで流通させてきたネクトルが実はBクラス品と呼ばれる物で、上にAランク、Sランクのネクトルが存在すること。
それらネクトルを使ったネクトル酒の存在。
安価で腹持ちが良く、もちろん味も良いジャロ芋。
レモンが設立した服飾ブランド”レモネード”の良質な衣服――
新たな品を取り出す度に、ヘルマーは目を輝かせながら食いついてくる。
彼には”魔物の品だから”という偏見は一切無かった。
いかにこれらの品を売り込み、稼ぎ、ユリシーズ商会に対抗していくか……ヘルマーの頭の中はそれしか考えていないようだ。
彼が見立て通りの男だったことに、僕は安堵していた。
ヘルマーとの商談からの帰り道。
森の中を歩く僕の耳には、木々のせせらぎしか聞こえない。
前方には寂寞とした夜の闇が広がっていた。
こうして一人で歩くのなんていつぶりだろう。
最近は、常に誰かが傍に居た気がする。
一人で故郷から逃げ出した時とは随分と変わってしまった。
センチメンタルな気分になってしまったのか、柄にもなく故郷に残る家族のことを想起する。
ニーズヘッグはかつて、血縁関係を呪いのような物と言っていたけれど――あながち間違いでは無いのかもしれない、完全に魔物の国の王として馴染んだ今でも僕は家族のこと忘れることが出来ないのだから。
かといって、戻りたいとは思わない。
どちらが本当の家族かと問われたら、迷わずにこう答えると心に決めている。
魔物たちの方だ、って。
……まあ、恥ずかしくて実際に言う時は、こんなにかっこつけられやしないんだろうけど。
ガサッ。
あと少しで転送陣に付くという所で、妙な気配を感じた僕は足を止めた。
動物か、魔獣か。
どちらにしろ、こんな暗闇の中で人間に近づいてくるってことは、僕を獲物として認識したのかもしれない。
手のひらの上に浮かぶ明かりを物音のする方へ向ける。
動物ならこれだけで怯えて逃げてくれるかもしれない、と期待したのだけれどけれど……気配は止まることなく僕に近づき続ける。
そして姿を現したそいつは、僕の姿を見てこう言った。
「こん、ばん、は」
「こんばんは」
思わず普通に返してしまう。
……挨拶?
四つん這いの、尻尾の長いライオンのような姿をした魔物は、確かに”こんばんは”と言ったように聞こえた。
知性があるのだとすれば魔物だけど、この姿はマンティコアなのかな? でも、確かあれは体が赤くて、尻尾に毒針があったはず。
けれど目の前に居るそれは尻尾は長いものの、先端に毒針がついているようには見えない。
「こん、ばん、は?」
「さっきもそれ言ったよね」
「こんばん、は」
近づきながら、そう繰り返す魔物。
いや、魔物じゃないのかもしれない。
人間の言葉で油断させているだけで、言葉の意味なんて知らないんじゃないか?
「ふかしの力よ、熱量へとかた、ちをかえ」
僕に近づいたそいつは、つたない言葉で魔法の詠唱を始める。
確かこの詠唱は、ファイアだったっけ。
魔獣なら魔獣特有の独自言語で詠唱を行うはず。
けど魔物だとすれば、意思疎通が出来ないのはおかしい。
そもそもマオフロンティアの勢力がこれほど大きくなった今、魔王である僕の顔を知らないというのも妙な話だ。
知った上で魔法を放とうとしているのなら、それはそれで不可解だし。
こいつは一体何なんだ?
「この世にけんげん、したまえ。ファイ――」
「ロックシュート」
スパァンッ!
地面に落ちていた石が猛スピードで頭を吹き飛ばす。
生命力は大したことなさそうだ。
脳を損傷し、そいつは地面にどさっと倒れた。
「……気味悪いな」
かろうじて残った目が、恨めしそうに僕の方を見ている。
傷口から頭部の中身が見える。
ただの魔獣にしては、脳がやけに大きいように思えた。
いや、そもそも頭部の大きさもよく見るとアンバランスだ。
自然ではないというか――なら人工物なのかな?
僕はフォラスに調べてもらうため、そいつの死体を城まで持ち帰るのだった。
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