最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~
その25 魔王さま、真実を知る
ヴィトニルが人間へと変えられた後、氷漬けから解放された魔物たちはそのほとんどが北へと逃げ帰り、残ったフェンリルたちは素直に降伏した。
頭を抱えながらブツブツと何かを呟くヴィトニルを引き連れて城に戻ると、一足先に戻っていたニーズヘッグとフォラス、そしてザガンとグリムが僕を迎える。
僕の隣で顔面蒼白になっている、白髪の美少女を見て、ニーズヘッグは「はあぁ……」と盛大にため息をついた。
「マオ様またやったのか、いくらなんでも節操がなさすぎる」
「まだ二回目だってば!」
”また”なんて言われるほどやったつもりはないって。
まあ、今回の場合はニーズヘッグより酷いとは思ってるけど。
「おかしい、こんなのはおかしい、オレがなんで人間なんかに、いやつうかなんで女になってんだ? 絶対におかしいぞ、股間が軽い、胸が重い、夢だ、こんなの夢だ、絶対夢に決まってる、目を覚ましたらいつも通り女を抱いて……あぁダメだ、今はオレが女じゃねえか……!」
ヴィトニルは念仏のように呟きながら現実逃避を繰り返している。
気持ちはよくわかるよ、僕が言えた立場じゃないけど。
「マオさま、まさかその女性がフェンリルの長なのですか?」
「人間の女だったのか!」
「違うよザガン、あれは魔王君の魔法で人間に変えられたんだ。しかし興味深い、ニーズヘッグと同じ魔法で変えられたとは聞いていたけど、話口調を聞いた限りではヴィトニルはオスだったはずだ」
「そうなんだよね、てっきりオスだから男になるはずだと思ってたんだけど……」
美少女へと変えられてしまったヴィトニルに、全員の同情の視線が集中する。
僕がメタモルフォシスをイメージした時、邪念が混じりこんでたみたいだ。
いや、この場合は邪念というよりは、擬人化イコール美少女化という日本人特有の固定概念というべきなのかな。
結果的にヴィトニルの心はバッキバキに折れたから良かったんだけど……今度からあの魔法は迂闊に使えないな、相手はちゃんと考えないと。
「状況がよくわからないが、なんにしてもさすがにその格好のままはダメだと思うぞ。ちゃんとした服を着せてあげるべきだ」
ザガンが主張する。
人間になったばかりのヴィトニルが服を纏っているはずもなく、応急処置的に僕のマントで体を隠しているのが現状だ。
麓では魔物たちの視線も集めていたし、いくら元々がオスだろうと今のヴィトニルは控えめに言ってとても可愛い。
僕の目にも毒なんで、早いところ服を着てもらえるととても助かる。
「サイズはニーズヘッグのでちょうどいいんじゃないか?」
「そうだな、私の服を貸してやろう」
「待てっ、まさかオレに女性服を着せようしてるんじゃないだろうな……?」
ヴィトニルの表情が恐怖に歪む。
「当然だ、今のおぬしは女性ではないか」
「ふざけるなよっ、オレがなんでそんなもの着なくちゃならねえんだよ! もっとあるだろ、男性用の服も!」
「ここには魔王君以外の男性はいないからな」
別に意図的にそうしたわけじゃないんだけど……だからそんなに睨まれても困るって、ヴィトニル。
「第一、胸がきつくて男性用の服は着られないと思いますよ、大きいですからねえ、あなたの胸は」
グリムの声には心なしか恨みが篭ってる気がする。
今は本のお前がそこに嫉妬しても仕方ないだろ……。
「それにマオさまの服を着せるわけにはいきません、というわけでちゃっちゃと着替えましょうねー」
「待て、待ってくれ、嫌だ、オレは女性服なんて着たくない! 誰かぁぁぁぁっ、ヴォルフっ、ウルーヴ、もう誰でもいいっ、助けてくれえええええええっ!」
ザガンとニーズヘッグに抑えられ、ずるずると引きずられていくヴィトニル。
ちなみにヴォルフとウールヴは2体とも捕虜となっている。
部屋の向こうに姿を消すまで彼女の叫び声は響いていたが、バタンとドアが閉まると共に聞こえなくなった。
南無南無。
「ふぅ、また城が騒がしくなりそうですね」
「いいことじゃないか、性別の是非は置いといてね。ところで、グリムは行かなくてよかったの?」
「興味はありますが、マオさまと話し合いたいことがありますから」
「珍しくグリムがシリアスな雰囲気だ」
「いつも真面目ですよ、私は」
グリムの話したいことはわかっていた。
今回、僕たちはあまりに盛大に戦ってしまった。
犠牲者を出さないよう留意していたとはいえ、結構派手にやってしまった。
あれだけ力を見せつければ、今まで以上に魔物たちが寄ってくるはず。
捕虜の扱いもあるし、北の大地を領地にするとしても産業の問題もあるし。
つまり今まで以上に忙しくなるってことだ。
「マオさまは想像を遥かに超える実力で、想像を超える実績をあげてきました。最初に姿を見たときは、正直に言ってこんな人が魔王になれるのだろうかと不安になったものですが、不要な心配だったようです」
けど、グリムは僕の想像とは違う話を始めてしまった。
今後どうするかを話し合うより重要なことがあるってこと?
「なにその総評みたいな話し方」
「一つの区切りだと思いまして。フェンリルたちの軍勢は、マオさまだからこそ容易く退けることができましたが、本来は国の存亡をかけた死闘になるはずだったんですよ」
「死闘を演じてほしかった?」
「いえ、犠牲を出さずに解決できるならそれに越したことはありません。ただ……」
「ただ?」
「マオさまのことが、少し怖くなったんです。まさか無限の魔力がここまで強力だとは思っていませんでしたから」
僕を魔王に仕立て上げた張本人にそう言われると、正直結構ショックだ。
と言うか、今更すぎないかな、それ。
「この際だから全部正直に言ってしまいます。私、最初の頃はマオさまの計画なんて失敗してしまえ、と思っていました。平和な世界征服なんて出来るわけない、って」
それはグリムを完全に信頼していた僕にとって、割と衝撃的な告白だった。
「そして私の最大限のフォローを受けた上で、それでもどうしようもなくなって、自分の無能さを悔やみながら、無様に、惨めに、地面を這いつくばってくれるように日々頑張っていたのです」
「人間ごときが魔王を名乗るなんて、とかそういう話?」
「……本当にそう思いますか?」
グリムはそう問い返した。
まるで僕が、はじめから答えを知っていると思い込んでいるみたいに。
知らない、心当たりなんて無いって言ってしまいたかったけど、僕にも心当たりは会って、まるでグリムはそれを言い当てて欲しいと自ら望んでいるようだった。
以前からグリムについて疑問に思っていたことはたくさんある。
それこそ出会った瞬間から、一体いつから魔王を待っていたんだろうとか、魔王の時代から生きてるなんて寿命はどうなってるんだろうとか、魔導書の魔物なんて見たこと無いとか、他にも数え切れないほどの謎。
まあ、グリムに謎が多いだなんて言い出したら、そもそも僕にだって無限の魔力だなんて出どころがわからない力があるわけなんだけど。
ひとまずそれは置いといて。
グリムにまつわる全ての謎は、とある一つの仮説が事実だと確認されることで、全て綺麗さっぱり解けてしまうんだ。
「前回の魔王さまは、人間との戦いが激化していく中で、一つの答えを得ました。それは、今の自分では人間に勝てないという確信です。人間という生物は個々では弱いですが、結束することで恐ろしい強さを発揮しますからね」
それは僕も理解している。
だからこそ、魔物たちの個性をうまいぐあいに組みあせていこうとしてるんだから。
「それに加えて、突然変異的に現れるずば抜けた才能を持った人間――いわゆる天才と呼ばれる個体も、数が多いが故に比較的頻繁に生まれていた。確かに魔王さまは強い魔力を持っていましたが、それでも人間たちをまとめて相手できるほどではなかったのです」
「だから……来世に願いをかけたってこと?」
「やっぱり気づいていたんですね」
「気づいてたっていうか、仮説の一つだった」
もっとも、今はもう仮説じゃなくて事実になってしまったわけだけど。
「要するに、前回の魔王は命を落とす前に、来世でより強い自分として生まれ変われるように準備をしてたんだね」
「はい、その通りです。この世界における魔力と呼ばれる力は、消耗して体から失われても気づいたらまた回復してますよね、あれってどうしてか知っていますか?」
「空気中から魔力を取り込んでる、とか聞いたことがあるけど」
ただ、空気中に魔力なんて存在しないと言う話も聞いたことがあった。
結局のところ、魔力回復のメカニズムは不明なままなわけだ。
「空気中に魔力なんてありませんよ、実はタンクのように魔力だけが溜め込まれた空間がありまして、そこから消耗した分の魔力が補充されているんです。これは類稀なる魔法の技術を持っていた、かつてのデーモンたちだからこそ明らかに出来た事実でした。そこで魔王さまは考えました、自分の体とその空間を直接接続してしまえば、空間に溜め込まれた魔力を無限に使えるのではないだろうか、と」
「豪快な考え方だね……」
「ですが、魔王さまの考え方は正しかったわけです」
「僕が、その生き証人だってことか」
どういうわけか、本来は魔王が得るはずだった無限の魔力は、この世界に転生してきた僕に与えられてしまった。
「その技術は肉体を得てしまった現世では実現できないことに気付いた魔王さまは、今度こそはスムーズに世界征服を進めるため、人間たちが自分の存在を忘れているであろう遥か未来を転生先に選び、そして勇者に討たれ命を落としました」
勝つ見込みはなかったとはいえ、ほぼわざと負けたのか。
「そして生前に魔導書に仕掛けておいた魔法は上手く発動し、転生計画は順調に進行、あとは時間の経過を待ち新たに生まれ変わる時を待つだけだったのです。……何者かが、転生の順番に割り込んでくるまでは」
「それが、僕だったわけだ」
この世界には魔法という不可思議な力が当たり前のように存在しているけど、それでも僕は前世の記憶を持っていると主張する者を知らない。
僕が身をもって体験した転生という現象は、かなりのイレギュラーだったのだ。
それこそ、魔王ですらも予想外の出来事に戸惑ってしまうほどに。
「はい、マオさまが転生に割り込んできたせいで予定していた魔法にずれが生じてしまい、私は力だけを失って生まれ変わることになりました。本当は魔力を使って新たな体も作る予定だったのですが」
「あっさり白状したね」
「だってもうとっくに気づいていたのでしょう? 私こそが、魔王本人だということに」
ああ、やっぱりそうだったんだ。
魔導書グリモワールだなんて最初に名乗ってた取ってつけたような名前も、まさにその場で考えた適当な名前だったってことか。
「ちなみに、本当の名前はなんていうの?」
「グリムですよ」
「え? でもあれ、グリモワールを略したからグリムだったんじゃ……」
「つい慌てて本当の名前を名乗ってしまったんです。そしたら案外誰にも突っ込まれなかったので、そのままで行くことにしました。1人ぐらいは昔の魔王の名前を覚えておいてもいいと思うんですけどね、魔王としてのイメージが強すぎてマオさまの本名があまり知られてないのと同じような現象なのでしょうか」
グリムはふてくされたように言った。
どさくさに紛れて僕を巻き込むのはやめてほしい。
実はそれ、結構気にしてるんだからさ。
「ちなみにさ、グリムは今でも僕の計画が失敗して欲しいと思ってるのかな」
さっきは”最初の頃は”と言っていたけど、今も同じように考えているかどうかはわからない。
「先ほどはマオさまのことが怖くなったと言いましたが、実はその理由はもう一つあったんです。それは、もし私が同じ魔力を持っていたらどうしただろう、という恐怖でした。きっと私はためらわずにその力を振るったでしょう、全能感に酔って、私一人だけの力で、恐怖によってあらゆる生命を支配しようとしたでしょう」
今のグリムを見る限り、そんなことはできないと思うのだけれど――当時のグリムは違ったんだろう。
「そうなれば、今のように様々な種族が配下になることも、ニーズヘッグやザガン、フォラスと出会うこともなかったでしょうし、もちろんマオさまとも出会うことは無かった。それは、とてもとても――想像するを拒んでしまうぐらい、恐ろしいことです」
恐ろしいと言いながらもグリムは饒舌で、その声色にはどこか嬉しさが混じっているようにも思えた。
「私は今がとても楽しいんです。本当の意味で、前世で得られなかった物が手に入れられている気がして。前回は常に戦いの連続で、休む暇もないぐらいでしたから。それに部下との信頼関係も、私に力があるからこそ結ばれた関係で、今みたいに下らないことで笑ったり泣いたり出来る関係ではなかったのです。だから……失いたくないと思っています。どうかマオさまの計画が成功して、いつまでも今の生活が続きますようにと、心から願っています」
だからこそ、魔王であることを隠し通すのも辛くなったってことかな。
きっと彼女の中では、明かせば今まで通りでは居られなくなるんじゃないかっていう葛藤もあったんだろうけど。
それでも、話してくれた。
その事実に、僕はグリムからの強い信頼を感じた。
同時に、その信頼に応えたいとも。
「いや、今さらこんなことを言っても言い訳でしかありませんね、マオさまを心の中で裏切っていたのは事実なのですから」
「関係ないよ」
僕は確信を持って言い切る。
「グリムは僕のことをサポートして、魔王になるための道筋を示してくれた。一人ぼっちで味方が誰もない僕の、唯一の味方になってくれた。例え何を考えていようと、その事実は変わらないんだから」
「ですが……」
「変わらないものは変わらないんだって。グリムが何を言ったって、僕は考えを改めるつもりなんかないからね」
「あぁ……マオさまの優しさは、たまに残酷ですね。罪悪感を抱くことすら許してもらえないのですから」
グリムは呆れたように言った。
残酷なことをしてるつもりなんてないんだけど、自覚が無いのが一番残酷だって話なのかな。
「そういえばさ、グリムは自分の体を作ろうとしてたわけだけど、体を作るなんて魔法だってなかなか出来ないよね、設計図でもあったの?」
「ああ、それなら私のページを捲っていただければ」
「ちゃんと魔導書としての機能もあったんだ……」
「もちろんです、最後のページに載っていますよ。材料と十分な魔力さえあればすぐにでも発動できます」
試しにグリムのページをめくってみる。
「やんっ、く、くすぐったいですよぉっ……」
とりあえずグリムの声は無視しておくとして。
確かに最後のページには、人体を作り出すような魔法の手順……いや、というより魔法そのものが記してあった。
詠唱や理解の必要もない、ダインスレイヴに刻まれた呪文と同じようなものだ。
「材料も城の周辺で集められそうな物ばっかりだし、グリムの体を作ってみようか」
「い、いいのですかっ!?」
「うん、グリムがどう言おうと僕は感謝してるから。そのお返しってことで」
「……でも、大丈夫でしょうか。急に元の体を取り戻して、変に距離感が出来たりは……」
「そんなの心配しないで大丈夫だよ。竜だったりフェンリルだったりしても、特別扱いされたりしてないんだからさ。みんなで歓迎して、今のヴィトニルみたいに着せ替え人形みたいに可愛がってくれるんじゃない?」
「それはそれで恥ずかしい気もしますが……悪くはないですね」
グリムの了承も得た所で、僕たちはさっそく麓へ降りて材料集めを始めた。
体を作るのに使いそうもない材料がちらほら混ざってるのが気になるけど、魔法で体を作るって時点でぶっ飛んでるんだから気にする必要も無いか。
魔導書の状態でも集められることを考慮していたのか、材料は本当に簡単に集まってしまい――ほどなくして、魔王城にて再生の魔法は発動された。
サプライズを仕掛けるために、その場に居合わせたのはグリムと僕だけだ。
魔導書に書かれた通りに材料を並べ、その中央にグリムの体を横たわらせ、そして最後のページを開き魔力を注ぎ込む。
するとページに描かれていた呪文が宙に浮かび上がり、まるで魔法陣のように並び始めた。
僕が陣の外に出ても、一度発動した魔法は止まらない。
やがて魔法陣の中が光に包まれ見えなくなり――再び陣の中が見えるようになった時には、すでにグリムの体は再生していた。
魔王と言うからには、それなりに大人な女性が現れるのだろうと思っていたら……現れたグリムの体を見て、そういや僕も14歳の少年だったな、なんてことを思い出す。
肩のあたりまで伸びた明るい橙色の髪、小動物を連想させる可愛らしい顔つきからは、お姉さんというよりは、僕と同年代ほどの活発な少女の印象を受ける。
ひょっとするとグリムも、僕と似たような境遇だったのかもしれない。
「どうでしょうか、マオさま」
照れくさそうに聞いてくるグリムに、僕は横を向いて顔を隠しながら、ぐっと親指を立てて見せた。
それを見た彼女は安堵したように胸をなでおろし、そして自分が裸ということに気づいて慌てて体を隠した。
……ひと目見ただけでヴィトニルの胸に嫉妬した理由がわかったというのは、死ぬまで黙っておくことにしよう。
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