裸の王様

AW

裸の王様

『ある日、俺のもとに見知らぬ男からの手紙が届いた――

(中略)

俺たちは当初のシナリオ通り、ニューヨークにある国連本部へと向かった――』


「まずはここまで書いたんだけど、どう? 」

 俺は読書感想文ですら人に見られたくないくらいシャイだ。自分の感想を見られたり、それに対する感想を聴くこと自体は別にいい。自分自身を否定されるんじゃないかという恐怖が嫌なんだ。

「うん、面白いと思うよ」

 少しの間を置いて彼女が呟いた。少しの間も置かずに俺は返す。

「社交辞令おつ。まぁ、何度でも書き直すからアイデアくれよな」

「えぇー、私なんかじゃ無理だよ。誤字脱字を探すくらいしか――」

「てかさ、そもそも勝手に国なんて作れるもんなの? 」

「俺も思った。一応、ネットで調べてみたんだけど」

 A4用紙3枚に纏めた資料をベッドに置き、2人に見せる。

『国家の権利及び義務に関する条約:1933年にモンテビデオで締結された、主権国家の資格要件を明記した条約。第1条で、国家とは"永久的住民、明確な領域、政府、外交能力を持つもの"と定められている。
 しかし、国際法上国家成立を認可する機関が存在しないため、いかなる行為があった場合に国家成立とみなすのかについては争いがある。従来、国際法上の国家成立は他国の承認によってなされるとする創設的効果説が有力であったが、第二次世界大戦後に相次いだ新興諸国誕生を経て、現在では、実効的な国家の成立のみで十分とする宣言的効果説が通説と考えられている――』

「これが実際に作られた国」

 プリントを捲り、2枚目を見せる。そこには各国の概要と年表、地図が纏められている。

『アトランティス:ハリケーンと訴訟にて滅亡
大カプリ共和国:大陸棚訴訟に敗訴し滅亡
ニューアトランティス:大統領選後の嵐で滅亡
アバロニア:国土(貨物船)が沈没し滅亡
シーランド公国:建国38年後に売りに出される』

「意外とあるのね。でも、全部海上国家なのか……。日本の法規上、罰則ってあるのかな? 」

「うん、調べた。こんな感じだった」

 3枚目を見せると、フォントが小さすぎたのか、3人の顔が急接近する。呼吸が止まる。息が苦しい。

『日本国憲法第七十七条:国の統治機構を破壊し、又はその領土において国権を排除して権力を行使し、その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動をした者は、内乱の罪とし……首謀者は、死刑又は無期禁錮に処する。
同第八十一条:外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者は、死刑に処する――』

「怖い……こんな小説書いて大丈夫? 」

「――お前ビビりすぎ。革命成功後は“行為が正当化されて犯罪性が否定される”らしいし、“あらすじ”にフィクションって書いておけば余裕」

 1歩下がりながら酸素を目一杯補給し、吐き出すついでに一息で幼馴染を責める。

「そうか……登場人物のラフだけど、これでどう? 」

 ノートに描かれたイラスト、めちゃくちゃ上手い。こいつを誘って正解だったな!

「この子、私みたい……」

 本当だ。身体の一部に誇張が見られるけど、髪型や顔立ちは彼女そっくり。パジャマ姿の彼女と見比べていたら目が合った。恥ずかしくて目を背けた俺を見て、彼女がクスクス笑う。

「おいっ、リアル晒しはNGだろ! 」

「僕の好みで良いって言ってたじゃん」

「好みって……」

「あははっ、別に良いよ。逆に嬉しいかも」

「まぁ、本人が良いなら俺は文句言えない」

 俺流“名作の定義”其の一が、メインヒロインが可愛いこと。だから問題ない。俺も逆に嬉しいかも。

「何ならお前も描いてやろうか? モブだけど」

「町民Aか」

「ごめん、Zくらい」

「金髪?」

「ハゲ」

「ボコス!」

 俺は咄嗟にプリントを丸めて即席の聖剣Zを創る。

「き、君にはイラストレーターを敵に回す勇気があるのか!? 」

 彼女のイラストを盾に防ぐ幼馴染……完敗だった。

「す、すみません!」

「ふふっ、ほんと仲良しだね! 」

「まぁ、いい、許す。よし! 円陣を組むぞ! 皆の力を併せて“全国中学生短編小説コンクール”で優勝するぞ! 」

「「おぅ!! 」」



 それから2か月後、幼馴染がD高校を受験するらしいという噂を耳にした。D高校って、確か商業科のはず。なぜ自分の偏差値より15も低い商業科の学校を選んだのか、直接訊く勇気が出なかった。

 志望校を変えたのが原因か、奴の成績は下がっていった。

 秋の定期テストでは、学年1桁順位をキープした俺に対し、あいつの成績は60番も下がって3桁まで落ちていた。全く勉強をしていないのが分かった。

 イラストにそれほど入れ込んでいるようには見えなかったから、何をしているのか気になった。

 奴と仲の良い妹に何となく相談してみたら、気になるなら納得がいくまで調べるべきよと、ストーカーの仕方を伝授してくれた。今時のJS、怖い。


 放課後、こっそり尾行した。

 奴は1人で駅前のカラオケルームに入っていった。

 そこで、歌の練習をしていた。

 毎日少なくとも3時間以上はカラオケルームに籠っていた。部屋からは楽しそうに歌う声が漏れていた。正直、自業自得だろと思った。



 翌日、ふと彼女に相談したくなった。

 いや、呼ばれた気がした。

 適当な理由で委員会をサボり、制服のまま寄り道した。

 今日はまだ火曜日。日曜日の会議まではまだまだ日がある。でも、心が引っ張られたのか、それとも、台風による強風が俺の背中を押したのか、俺は病院まで走っていた。


 いつも通りにノックをすると、彼女の母親が返事をした。

 病室の中は暗く、静かだった。

 いつも響く彼女の高い声は聞こえない。もう寝ちゃったのか。

 ベッドの上で寝ていた彼女――しかし、たった1枚の布切れに遮られ、その寝顔を見ることはできなかった。

 彼女はそれから二度と起きることはなかった。


 彼女の母親から聞いた“ありがとう、ごめんなさい”という伝言、それが俺に対する最後の言葉だったらしい。その時も、今も、その意味を解らずにいる。



 俺は受験勉強から逃げるようになった。勉強だけでなく、全てにやる気が出なくなった。励ましてくれる人も最初は多かったけど、徐々に減っていった。いつの間にか友人からのメールも途絶えていた。


 学校に来なかった俺を心配して、先生が自宅まで来てくれた。

 正直、迷惑だと思った。

 当然、会うことすらしなかった。

 でも、しつこいくらいに関わってきた。


 朝、昼休み、放課後、夜……時間を変えて何回も来た。それだけじゃない。電話やメール、手紙、動画を送ってきたこともあった。

 仕方なく動画を見た。

 先生は泣いていた。
 中年女性特有の分厚い化粧が土石流のように流れ落ちていた。

『君が立ち直るまで絶対に諦めないからね。発明王エジソンだって2万回も実験したのよ。でも、彼はその2万回を失敗だとは言わなかった。2万通りの上手くいかない方法を見つけたって言った話、聞いたことあるでしょ。たとえ一歩ずつでも、私は君に近づくからね、覚悟してね』

 俺は白熱電球扱いかよ。卒業まであと4か月だろ? 2万回は無理だ……。ぷぷっ、でも、この妖怪顔ならやりそうな気がする。

 俺も、先生と同じく一歩ずつでも立ち直る覚悟を決めた。



 俺が学校に戻った頃も、彼のカラオケ通いはまだ続いていた。

 ほんと最低だな。仲間が死んで、俺も傷ついてこんなになっているのに、皆がバラバラになってしまったのに、そんなに幸せそうな歌を歌いやがって。


 次の日、彼が領収書を持ってきた。

 カラオケ代の半分を慰謝料として請求してきた。

 当然、喧嘩になった。

 幼馴染のそいつと喧嘩をするのは初めてだったけど、負ける訳も無かった。

 そいつは仰向けに倒れたまま、泣いていた。いつまでも泣き続けていた。



 “あの日”から何日経っただろう。俺のもとに彼女から手紙が届いた。正直、こんなに汚い字でよく届いたなと思うくらいの宛名書きだった。ハサミを探す手間も惜しくて、夢中で封を破った――。


『驚いた? 安心して、私はすでに死んでいる、から――』

 安心出来ねぇよ。ケンシ〇ウ自虐ネタかよ。もしかしたら生きてるんじゃないかって手が震えちゃっただろ……。


『お母さんにね、お葬式が済んだらポストに入れてもらうように頼んでただけ。こういうの1度やってみたかったの。まぁ、死ぬ機会は1度しかないんだけどね(笑)』

 笑えねぇよ。俺のピュアな涙が止まらねぇじゃないか。


『疲れちゃったから本題に入るね! 』

 本題に入る前にバテるなよ。どんだけ弱ってんだよ。どんだけ無理して俺たちに付き合ってくれてたんだよ。俺たちがお前の寿命を縮めたんだな。今更届かないけど……ごめんな。


『私が君を誘った理由、分かった? 2つあったんだけど、きっと気付かないままだよね――』

 え?


『1つ目は、単純に君が好きだったから。あ、お母さんがこっち見て笑った。今の私って赤面MAXだ。超恥ずかしい。こういうの何て言ったっけ? 旅の恥は書き捨て? 』

 まじか……旅だったら良いのにな。帰れるから。あ、因みに“掻き捨て”かも。あ、わざとか……。


『2つ目はね、う~ん……この手紙、こっちがメインかな。2つ目なのにメインって可笑しいけど、これを単なるラブレターにしたくないし。短いけど、これを、私が私として生きたあかしにしたいから――』

 自分が“生きたあかし”か……。


『実は、私は君が嫌いだったの――』

 おい……。


『嘘だよー。大好きだよ(笑)。でも、君は“裸の王様”だと思った』

 どういうこと?


『実は……君の友達に何回も告白されたんだ。知らなかったでしょ。告白だけじゃなくて、彼はいつも私のことで相談に乗ってくれたの――』

 まじか、あの野郎!


『彼はよく私の相談に乗ってくれたの。相談って、簡単に言うけどさ、自分のフィルターを通して“自分はこうしてきた”、“こうしたい”、“こうするべきだ”っのも時には悪くはないと思うけど、相手の考えや価値観に寄り添って、相手の悩みに共感してあげなければ、本当の意味で相談に乗ったとは言えないと思う。相手を大切に思って、心から助けたいと願うんだったら、相手にとって大切なことをそれ以上に大切に思う必要があるし、相手が悩んでいることを相手以上に悩む必要があると思う。彼はね、そんな人だったよ――』

 俺は馬鹿だな。仲間が苦しんでることも悩んでいることにも気付かず、毎日を楽しんでた……。


『彼の進路、訊いた? 当然A高を受けると思ってたでしょ。でも、来年度からD校に看護科が出来るって知って、そっちに変えたって。高校卒業したら私の看護をするって――』

 あいつ、それでD高を受けるのか。俺は自分のことしか見えてないんだな……。


『私がもう長くは生きられないって知った時の彼の顔は、今でも忘れない。泣きながら“君の好きな曲を全部覚えてくる! 精一杯応援する! だから死なないで!”って叫んでた――』

 それで……あいつは毎日毎日カラオケルームに通ってたのか……。


『でも、私はあなたが好き。学校帰り、公園で迷子になった子どもの面倒を見てあげてたよね。あそこの捨て猫ちゃんに残した給食を持ち帰ってあげてたのも見てたし、車に轢かれて死んでたわんちゃん、雨の中なのに運んであげてたよね。私はあなたが凄く優しいことを知ってる。たくさん見てたんだから。気持ち悪いって言わないでね――』

 なんだよこれ……。


『私は子どものまま終わっちゃうけど、私がずっと大切にしてきた言葉をあなたに捧げます。
・幸せを掴もうとするな、周りに配る方法を考えよ。
・不可能はない、工夫と努力と思いやりで克服せよ。
・楽しく生きて、必ず自分が生きた証を残しなさい。
自分で考えたのにどれもうまく出来なかったよ。でもいいの。あなたと出逢えたから――』

 俺はお前に何も残してあげられなかったな……。でも、お前と出逢えたことは俺の中でも1番の幸せだよ。俺に幸せを配れたじゃん……。


『母がよく言ってた。酷いことをされても許しなさい、辛いことがあっても忘れなさい。他人と過去は変えられないけど、自分自身と未来は変えることができるんだからって。でも、私は他人……ううん、大好きな人を変えたかった。大好きな人なら変えられると思ってる』

 お前の気持ち、凄く伝わったよ。見ろよ、俺が初めて貰った手紙ラブレターが涙でぐちゃぐちゃだよ。どうせ最初からぎりぎり読めるくらいの汚い字だったけどな……。



 楽しすぎる日常の中で、理想ばっかり追い続けてきた。ずっと目を閉じて生きてきた。ありがとう。皆のお陰で俺はやっと未来へ行ける。またここから一歩ずつ歩き出せる。


 よし、俺一人になっちゃったけど、頑張って書き直すか。



『ある日、俺のもとに大好きな彼女からの手紙が届いた――

(中略)

――この物語を大好きなあなたに捧げます。ありがとう、ごめんなさい。 完』

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