ぼくは今日も胸を揉む

果実夢想

#4 わたし神ですし

 ぼくもユズと一緒に同じ家で暮らすことになったわけだけど、まだ話は終わっていない。
 それどころか、むしろ本題が始まってすらいない。
 ぼくは、ようやく異世界についての情報を訊ねてみる。

「……で、結局ここってどういう世界なの?」

「そうですね……この世界は〈レスペイス〉って言うんですけど、十個の国と海だけでできています」

 ユズが言った〈レスペイス〉というのは、所謂『地球』みたいなものだろう。
 地球には何百もの国々が存在するのに対し、この世界にはたったの十ヶ国しかないのか。
 そう考えると、案外狭いのかな。
 もちろん、狭いとは言っても地球と比べると、というだけであって、それでも充分広くはあるだろうけど。
 それに、一つ一つの国が途轍もなく大きい可能性だってあるし。

「そして、この世界には大陸がありません。国は、わたしたちが今いるここも含めて、全て海に囲まれている――つまり〈レスペイス〉の国は全部島国ということになりますね」

「じゃあ、他の国に行くには船とか使わないとだめなんだ?」

「まあ、そうですね。国と国との距離はそんなに離れてはいませんし、他の国に対して友好的な人はとても多いです。まあ、もちろん全員がそうというわけではありませんけど……」

 友好的な人が多いのは、ぼくにとってもかなりいいことだ。
 異世界から来たぼくの場合は、他国の住人どころではないだろう。
 と思ったが、どうせ信じてもらえるわけないし、ユズ以外の誰かに言うつもりもない。
 それなら、どっちでも大して変わらないか。

「――この国は〈トランシトリア〉と言って、ここ〈ホームベル〉を中心とする最も大きな島国です。面積が広いだけでなく人口も一番多く、広大な草原や過ごしやすい気候が大人気なので、〈トランシトリア〉に移住しようとする人も多いみたいです」

 ぼくは来てからまだ間もないけど、暑すぎず寒すぎず、風が心地よいこの国に住みたいと思う気持ちは分かる。
 しかも〈ホームベル〉は王都らしいし、面積が広くて人口が多いというのは実に納得である。
 つくづく、ぼくは運がよかったようだ。転生した場所が〈トランシトリア〉でよかった。
 とはいえ、他にどんな国があるのかも知らないわけだが。

「一応こんなところだと思います。何か質問はありますか?」

「ううん、特にない。ユズ、なんか先生みたいだね」

「そ、そんなことないですよ。ほ、ほら、わたし神ですし」

 少し照れながら、よく分からないことを言い出した。
 事情を知らない人が聞くと痛い発言のように思えるが、事実なんだよなぁ。
 神だから、の意味はあんまり理解できなかったけども。

「ところでライムさん、今着てる服ってチキュウのものですよね? しかも、男物の」

「え? ああ、そうだけど」

 ぼくは、本来は男だ。異世界に来て女の子になってしまったとしても、まだ一度も着替えていない。
 なので今着ているのは、当然元の世界で着用していた男物の普段着ということになる。

「今は女の子なんですから、その……服装も、女用にしたほうがいいと思うんです」

「……えっ?」

「できれば、下着もつけたほうがいいかと……」

 ぼくは、思わず固まってしまう。
 女用の服に着替えるということは、つまり。
 スカートやらブラジャーやら女物のパンツやらを身に纏うということだ。ぼくが。

「さすがに、それはちょっと女装みたいで恥ずかしいんだけど……」

「自分の胸を揉んだりするくせに、よく分からないところで恥ずかしがるんですね……。大丈夫ですよ、体は女なんですから女装にはなりませんし」

「はぁはぁ……わ、分かった。ぼ、ぼく、着てみるよ」

「……気持ち悪いので、そんなに興奮しないでください」

 半眼で、少し引かれてしまった。
 まさか、ぼくが女の子の服を着るときが来ようとは。
 恥ずかしいし緊張してきたけど、何だか高揚感らしき感情も覚えてきたよ。

「それでは、ちょっとついて来てください」

 ユズに導かれるまま、一階の奥にある部屋に連れて行かれる。
 机、椅子、クローゼット、棚、鏡、カーテン、窓……至って普通の、女の子の部屋といった感じだ。
 女の子の部屋なんか全然見たことないのに、ぼくは何言ってるんだろうね。

「……ライムさんは座っていてください」

「う、うん、分かった」

 クローゼットを開いて思案顔をしているユズを横目に、ぼくは床に腰を下ろす。
 凄くドキドキしてきた。人生で、これほどまでにドキドキする経験が他にあるだろうか。
 否、ぼくはない。アダルト作品を見ているときは毎回ドキドキしているけど、それとは少し異なるドキドキ感だもの。

「とりあえず、色々着て決めますか」

 そう言って、ユズはぼくの前に沢山の服やスカート、靴下を並べながら座る。
 ヒラヒラとした女の子らしいもの、ゴスロリみたいなもの、童話に出てきそうなメルヘンチックなもの、ボーイッシュなもの……その種類は様々だ。

「いっぱいあるんだね。これ全部、ユズが自分で着るつもりで買ったの?」

「……い、いいじゃないですか、別に」

「あれ、でも下着がないよ! 下着も女物にするんじゃなかったの?」

「わたしのは、さすがに無理ですよ! その、サイズが合わない可能性だってありますし」

「あー」

「……あー、じゃないですっ! 黙って試着してください!」

 ユズの下着を見れなかったのは残念だが、サイズが合わないことは見なくても分かるから仕方ない。
 そもそも、ユズってブラジャーしてるのかな……。凹凸がないので、しなくても大丈夫な気がする。

「ほら、まずはこの服からどうですか?」

「……はいはい、着てみるよ」

 ユズが見せてきたのは、オーバーオールのような服だった。
 ぼくは当然着たことがあるわけないし、知り合いでも着ているのを見たことがない。
 どうやら、ぼくはこれから着せ替え人形と化してしまうらしかった。

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