決闘者転生 ~デュエル中に死んだら魔法カードが使えるようになったんだが~
決闘者転生 ~デュエル中に死んだら魔法カードが使えるようになったんだが~
今日も今日とて俺は、行きつけの書店にあるデュエルスペースで近所の少年とカードゲームに興じていた。
客からは、32歳のいい年した大人が火曜日の昼間っから何してるんだって目で見られてるが、そんなん知ったこっちゃない。
夜勤明けぐらいは好きに過ごさせて欲しいもんだ。
相手の少年はテスト期間中とかで、学校が終わると同時に勉強もせずにデュエルスペースまでやってきたらしい。
ちなみに戦況は俺の劣勢、14歳に32歳が負けている情けない状況である。
「おっちゃん相変わらずよえーな」
「うるせぇ、こっちはロマンデッキなんだよ」
そんな軽口を叩きながら華麗に敗退。
中学生は容赦なくガチデッキを使ってくるからな、まだまだロマンを尊重する俺の域までは達していないってこった。
そして再び始まるデュエル、今度は相手が事故ったらしく善戦したが、じわじわと盤面をひっくり返され再び敗北。
それでも楽しかった。やっぱカードゲームは生身の人間とやるに限る。
相手はクソ生意気な中学生や、やたら声のでかいオタクだったり、あんま可愛くない彼女を自慢げに連れてくるオタクだったりするが、それでも仕事で荒んだ俺の心が癒やされていく。
つーか俺もオタクだしな。
そして次のデュエルが始まる。
デッキから5枚のカードを引き、自分のカードを確認した瞬間――俺は事故っていた。
手札が、ではなく。
俺の体は外から突っ込んできた2tトラックに吹き飛ばされていたんだ。
咄嗟にテーブルを蹴飛ばしたおかげで、少年はギリギリ巻き込まれずに済んだようだが、俺はガシャーンだの、バリバリーだの、騒々しい音に巻き込まれながら、華麗なきりもみ回転をかまして、命を落とした。
あっけなかった。笑っちまうぐらいに。
死の瞬間、俺が手札として握っていたカードは、『死者の転生』。
墓地のカードを手札に加える、初手に来られても困るカードだ。
手札も事故って自分も事故る、そんな上手いことを考えながら、俺の下らない人生は、下らないまま幕を閉じたのだった。
次に目を覚ました時――俺は14歳の少年になっていた。
いや、目を覚ましたという言い方はおかしいか、前世の記憶を思い出したんだ。
俺の名前はユーキ・グランサス、やたらかっこいい苗字をしてるが、バリバリの平民である。
魔法の才能もなかったもんで、農家になる将来が決定づけられて、前世と同じくパッとしない人生を送ろうとしていた。
今日も今日とて日が登ると同時に目を覚まし、クワを手にして家の手伝い。
日が落ちたら眠り、そしてまた明日の朝に備える。
同じことの繰り返しだ、こんな世界で、こんな人生で、前世の記憶を思い出したところで何の役にも立たねーっつの。
しかもこの世界には、俺がこよなく愛していたカードゲームは存在しない。
「ドロー……」
寂しさから、俺はついつい一人でエアドローをかましてしまった。
誰にも見られちゃいないが、異様に恥ずかしい。
こんなことをしたってカードを引けるわけがないのに――
「あ、あれ?」
――引けるわけが無いカードが、なぜか手元に、ある。
ドローしたのは、『治癒の神 アスクレピオス』。
微笑むおばちゃんのイラストが印象的な、ライフを回復するカードだった。
そういや俺、死ぬ直前に魔法カードだけのデッキを使ってたんだっけ、そりゃガチデッキには勝てないはずだよな。
しかし――
「引いたらからってこれ、どうすりゃいいんだ?」
手にしたのはただの紙っきれ、発動したところでゲーム上でライフが回復するだけだ。
いや、待てよ。
引けたからには何らかの意味があるはずだ、治癒の神って言うぐらいなんだから、このおばちゃんはすごい力を持ってるに違いない。
本当にライフが回復するってんなら、真っ先に使うべき人がこの家には居るんだ。
俺は隣の部屋に向かった。
そこには、俺が幼少の頃から病弱で、今はもう長くないと医者に宣告されている姉アリサが寝ている。
グランサス家が貧乏なのは、姉ちゃんの治療費の負担が大きいからに他ならない。
……いや、もしかして俺よ、いきなり部屋に入って、魔法カード発動! とか叫ぶつもりか?
まあ、駄目ならジョークだったって笑えばいいか。
姉ちゃんはその程度の冗談なら笑って許してくれる、優しい姉ちゃんなんだから。
「姉ちゃん、入るぞ」
ノックもそこそこに部屋に入ると、姉ちゃんは目線だけをこっちに向けた。
もう起き上がる元気もないらしい。
「ごほっ……あら、どうしたのユーキ」
今の姉ちゃんは話すだけでもきついぐらい弱ってる。
要件を伝える前に、俺は高らかに宣言した。
「魔法カード発動、『治癒の神 アスクレピオス』!」
そしてカードを地面に叩きつける。
……もちろん、何も起きなかった。
わかってた、わかってたさ、こんな紙切れに俺は何を期待したってんだ。
馬鹿げたことはやめて現実を見よう、今日も畑へ繰り出して、もう長くない姉ちゃんと少し話して、やがて訪れる別れの日を無力に待って――俺が諦めかけた、その時だった。
地面に叩きつけられたカードが輝きを放ったのだ。
そして、いつかアニメで見たように、魔法カードから治癒の神と呼ばれるおばちゃんが姿を現す。
「ユーキ、これは……?」
そしておばちゃんは姉ちゃんに手をかざし、光のような何かをふりかけると、その姿は徐々に薄れて消えてしまった。
何が、起きたんだ?
「あ、あれ?」
「姉ちゃん、大丈夫か?」
「大丈夫。
ええ、大丈夫なの。
なんで? どうして? こんなに体が軽いなんて、体が痛くないなんて、生まれて初めてっ!」
起き上がることすら出来なかった姉ちゃんは、驚くことにベッドを下りて自らの足で立ち上がった。
これが……カードの力なのか? 俺がドローして発動した、『治癒の神 アスクレピオス』の。
「母ちゃん、父ちゃん、来てくれっ! 姉ちゃんが、アリサ姉ちゃんが起き上がったんだ!」
俺は廊下に飛び出すと、大声で家のどこかに居る両親を呼んだ。
真っ先に伝えなければならないと思ったんだ、姉ちゃんの治療費を出すために、死ぬほど頑張ってきた二人に、とにかくすぐ。
母ちゃんと父ちゃんはすぐに姉ちゃんの部屋にやってきた。
そして立ち上がる姉ちゃんを見て、ボロボロと涙を流し、抱きついた。
「アリサ、本当に……本当に平気なのかい? なんとも無いのかい?」
「奇跡だ、一体何が起きたんだ……」
突然降りかかる奇跡に、喜びよりも戸惑いの方が大きいみたいだ。
そんな二人に向かって、姉ちゃんは何が起きたのかを説明した。
「ユーキがね、不思議な力を使ったの。
呪文を唱えると神様が出てきて、私の病気を全部治してくれたのよ!」
「ユーキ、本当なのか?」
「あ、ああ、俺も驚いたけど……」
「不治の病と呼ばれ、どんな医者に頼んでも治せなかったあの病を治してしまうなんて!
そんな魔法は聞いたこともない、これは神の御業に違いない!」
「いや、神なんてそんな」
確かにカード名には神って入ってるけどさ。
俺はただカードをドローして、それを使っただけだし、神の御業だなんてそんな大袈裟なことをしたつもりはない。
しかし父ちゃんの興奮は冷めやらず、母ちゃんも姉ちゃんも変わらないぐらいのテンションで俺を褒めちぎって、終いには胴上げを始めてしまった。
今まで寝たきりだった姉ちゃんが、俺の体を投げれるぐらい元気になったってのは、それだけで嬉しいことだけどさ。
その日を境に、俺の――いや、グランサス家の人生は一変した。
天才魔道士、ユーキ・グランサス。
その名は一日にして村全体に広がり、そして一週間もしないうちに隣町にまで轟いた。
魔道士ってのは、生まれつき才能があって、なおかつ死ぬほど勉強して、どうにか魔法を使えるようになったエリートたちのことだ。
だから、俺は正確には魔道士なんかじゃない。
ドローは運によるし、好きな魔法カードを発動できるわけじゃないしな。
けどおだてられると、人生負け組だった俺としては調子に乗ってしまうもので。
家にたっぷり金を持って帰れることもあって、自然と町の人たちから魔物の討伐依頼を受けるようになっていた。
困ってる人は放っておけないからな。
今日の獲物は、村の近くの森に住み、たまに降りてきては畑を下ろしまわってた山の主、ヒュージボア。
俺の姿を見ると、ヒュージボアは鼻息を荒くして後ろ足を蹴り始めた。
じきに突進がやってくる、その前に俺はカードを引いた。
「ドロー!」
俺の手にあるのは、敵のフィールドを焼き尽くすカード。
「魔法カード発動、『ライトニングボルト』ッ!」
地面に叩きつけたカードが輝き、次の瞬間――バリバリバリバリィッ! けたたましい音と共に、ヒュージボアを落雷が襲った。
伊達に相手フィールドのモンスターを全破壊する効果は持っていない、その威力はガチデッキでも採用されるほどだ。
無事、除去系のカードを引けたことに安心しながら、俺は背後で見ていた依頼人の方に振り返った。
「お、おぉ……冒険者を雇っても中々倒せなかったヒュージボアが、こんなにあっけなく!
ユーキくんありがとう、君のおかげで村は救われるよ!」
「いや、そんな……」
謙遜しながらも、内心ではニヤニヤと笑ってしまう。
褒められて嫌な人間など居ないのである。
そして村に戻った俺は、さらにニヤニヤすることとなった。
渡された多額の報酬である。
あのイノシシにはよっぽど困っていたらしく、相当な額の金が渡された。
それを意気揚々と実家へと持ち帰る俺。
「ただいまー!」
ドアを開くと、父ちゃんと母ちゃん、そしてすっかり元気になった姉ちゃんが姿を見せ、俺を迎えた。
「おかえりなさい、ユーキ」
姉ちゃんの優しい言葉は、いつも俺を癒やしてくれる。
これがあるって思うだけで、早く帰りたいと思っちまうんだよな。
……はっ、いかんいかん、シスコンもほどほどにしなければ。
「今日もがっぽり稼いで来たよ」
「アリサがすっかり良くなったから、そんなにお金はいらないのよ?」
「あまり贅沢をしすぎても、それに慣れてしまうから良くないしな」
「ごめんごめん、頼まれるとどうしても断れなくってさ」
「優しいのね、ユーキは」
「姉ちゃんほどじゃないよ」
暗かったグランサス家は、見違えるほど明るく、希望に満ちた家庭になっていた。
全てが順風満帆。
俺はそう思っていた……彼がいちゃもんを付けてくるまでは。
村には天才と呼ばれた少年が居た。
名前はセオ・ブルーホース。
酪農を営む家に生まれた彼には、生まれつき魔道士としての素質があった。
天才ともてはやされ、その声に応えて魔道士学園に入るべく、血の滲むような勉強を重ね、ようやく入学の最低ラインと言われる下級魔法を使えるようになったのがつい最近のこと。
才能のある男ですら、それほどの努力が必要なのだ。
なのにあっさりとそれを凌駕する力を手に入れてしまった俺が、憎しみの対象になってしまうのは仕方のないことだったのかもしれない。
ある朝、家のポストに一通の手紙が入っていた。
この世界の言葉で”果たし状”とでかでかと書かれたその手紙が誰からの物なのか、考えるまでもない。
『ユーキ・グランサス、貴様に決闘を申し込む!
日時は今日の午後三時、村の広場でお前が来るのを待っているぞ。
そのインチキ魔法のカラクリを必ず暴いてやる、首を洗って待っていろ、卑怯者め!』
中身はそんな感じだった。
そんな挑戦を叩きつけられた俺の感想は――
「相変わらず達筆だなー」
そんなもんである。
いや、ほんと、識字率のあんま高く無いこの村じゃ、文字を書けるってだけで割と貴重なのよ。
でも決闘を回避すれば彼にはより強く憎まれるだろうし、かといって真正面から戦っても俺が勝てるかはわからない。
だってほら、ドローって時の運だからさ。
事故ればガチデッキでも負けちゃうもんなのよ。
しかし時は無情に過ぎ、午後三時はやってきた。
目の前には腕を組み偉そうに立つセオの姿があった。
気合を入れているのか、はたまた威圧するためなのか、服もどことなく魔道士っぽい。
その後ろには、セオの幼なじみであるサラが心配そうに立っている。
女同伴とはいい度胸じゃねーか。
対する俺は、気乗りしないまま、普段着でだらーっとした雰囲気でやって来た。
相手が女同伴ってわかったら余計にやる気なくなっちゃったよ。
「卑怯者のユーキよ、よく逃げずにやってきたな!」
「逃げてもめんどくさそうだし……」
「ふふふ、このセオ・ブルーホースが必ずやお前のインチキを暴いてやろう!」
「おーい、俺の話聞いてるのか?」
たぶん聞いて無さそうだ。
というか、最初からセリフを決めてたもんだから、アドリブで対応できないんだろう。
「さて、早速だが決闘を始めよう! さあドローとやらを見せるんだ」
「決闘……決闘ねえ」
決闘とは、つまりデュエルである。
その言葉を聞いた瞬間、俺の体の奥底から熱く、力のようなものが湧き上がるのを感じた。
魔法カードを使えるだけでもすげーのに、まだ何かあるのか?
それとも、ただデュエリストとしての血が沸いてるだけなんだろうか。
まあいい、とりあえずいつものようにドローを――しようとしたその時、異変は起こった。
「デュエルッ!」
俺の意思に関係なく、勝手に口が動いたのだ。
デュエル、デュエルって何だ!?
困惑する俺だったが、体はデュエリストとしての本能に導かれるように勝手に動き出す。
デッキからドローしたのは――そう、ルールに則って、”5枚”のカードである。
「ま、待て、何だそのカードは、なぜ5枚も引いているっ、聞いていた話とは違うではないか! インチキ魔法もいい加減にしろ!」
「いや、そりゃ決闘だし」
「何がデュエルだ、まるで意味がわからんっ!」
俺にもよくわからないけど、デュエルだから仕方ない。
そしてこれがデュエルというのなら、俺にはまだ出来ることがあるはずだった。
「俺のターン、ドロー!」
そう、ターンが回ってきたならさらに1枚ドローできるのだ。
手札は6枚。
正直言って、負ける気がしない。
「さ、さらに1枚増えただと……?
くううぅっ、仕方ない、私の必殺魔法でお前をほうむ――」
「発動、『フレイムボール』!」
俺は相手のライフにダメージを与える魔法を容赦なく発動した。
輝くカードが宙に浮かび、人間の顔ほどの大きさがある無数の火弾を、セオに向けて射出した。
とっとと終わらせて、姉ちゃんと遊びに行きたいんだよね、俺。
「くぅっ、迫りくる脅威から我を守れ、マジックシールドだ!」
ガガガガガッ!
どうにかマジックシールドはフレイムボールを防ぐが、最後の一発を防ぎ切る前にシールドが消えてしまう。
モロに火弾を食らうセオ。
「ぐああああああああっ!」
ピロピロピロリン、とライフが削られる音が聞こえてきそうな叫び声だった。
まあ、服をちょっと燃やしたぐらいで大したダメージは無いんだが。
そりゃ元々8000あるライフのうち500しか削れない魔法だしね、大した威力は無いに決まってる。
「くそぉっ、次は私からいくぞ、繁栄を司る火の神よ、その力の一片を我に与えたまえ、ファイアボルト!」
負けじとセオの手から放たれる、フレイムボールよりも小さな火弾。
俺は冷静に手札を眺め、1枚のカードを選択して発動した。
「装備カード発動、『鏡の盾』!」
カードから現れたのは、俺の体をすっぽり覆うほどの巨大な盾だ。
見た目の大きさに反してやたら軽いその盾を持ち、迫る火弾を防ぐ。
すると鏡の盾は火弾を吸収し――そして威力を若干増した状態で打ち返した。
「ば、馬鹿な、私の魔法が反射されただとぉっ!?」
確か、元々は相手の攻撃力+100の攻撃力になれる装備魔法、だっけか。
なんとなく跳ね返しそうなイメージだったから使ってみたけど、まさか本当にそうなるとは。
迫る火弾にマジックシールドの詠唱は間に合わず、セオは地面に転がりどうにかファイアボルトを回避した。
「屈辱……屈辱だあぁ、この私が地面に手を付けられるなどっ!」
「もういいじゃん、誰も得しないからそろそろ終わリにしよう」
「ふざけるなっ! 私は村で一番の天才なんだっ、期待されているんだっ、それを、お前が――お前のようなへっぽこがぁっ!」
セオを動かしてるのは鉄より硬いプライドだ、それは簡単に動くもんじゃない。
もしここで俺が彼を負かしたとしても、きっとそのプライドは俺を憎み続けるんだろう。
だったら、勝負自体が無駄だと思うんだけどな。
再び魔法の詠唱を始めるセオに、手持ちの札でどう防ぐか考える俺。
そんな二人の勝負を遮るように――村のおっちゃんの声が響いた。
「た、大変だああぁぁぁぁっ!」
勝負の観客を含めた全員が驚き、おっちゃんの方を見る。
おっちゃんは額から汗をだらだら流し、顔を真っ青にしながら言葉を続けた。
「イノシシがっ、ヒュージボアの大群が、村に迫っているんだ!」
「ヒュージボアって、俺が倒した?」
「あれよりデカイのがいっぱい来てるんだよ! どこに隠れてたってんだ、あんな大群が!
みんな、早く逃げるんだ、とにかく遠くへ! さすがにあれはユーキ君でも倒せるもんじゃない!」
おっちゃんの声を聞いて、慌てて逃げる観客たち。
俺もおっちゃんの言う通り退避しようと思ったの、だが。
「流麗なる風の神よ、その力を現世に刻め、エアカッター!」
逃げようとする俺の鼻先を、風の刃が横切った。
セオの魔法が阻んだのだ。
「何やってんだよセオ、早く逃げるぞ!」
「逃げるな卑怯者っ!」
「話が通じないやつだなっ、ヒュージボアの大群が迫ってるんだぞ!? お前に倒せる魔物じゃないっ」
「そうか、それならちょうどいいではないか。
勝負変更だ、より多くのヒュージボアを倒した方が勝つ、それでどうだ?」
「どうだじゃねーよ、危ないって言ってるんだよ!」
しかしセオが話を聞く様子はない。
俺だけ逃げれば助かるだろうが、そしたらセオも、そしてセオの傍らから離れようとしないサラだって――
「ユーキ君、セオ君、サラちゃん!」
俺たちを心配したおっちゃんが、最後の勧告だと言わんばかりに叫ぶ。
だが、一人もその場を動かなかった。
「ごめん、おっちゃん」
「……絶対に、生きて帰るんだぞ、絶対だからな!」
おっちゃんの声が胸に染みる。
ああ、そうしてみせるさ。
誰一人として死なせない、たとえそいつが死ななきゃ治らないような馬鹿だったとしてもだ。
「来たな、雑魚モンスターども」
セオの声は震えていた。
そりゃそうだ、地響きを起こしながら迫る巨大なイノシシの大群なんて見たら、俺だって怖い。
それでも強がらなければならないだけの理由が、セオにはあった。
だったら俺は、そんな馬鹿げたプライドをぶち壊すために、せいぜい圧倒的な力を見せてやることぐらいしかできない。
「ドロー!」
引いたカードは――よし、相手があれだけの大群なら発動できるはずだ。
「魔法カード発動、『キル・メテオ』!」
元は発動条件が若干面倒なバーンカード、だがその分だけ火力は高い。
空中に人一人分ほどの大きさの、火を纏った岩がいくつも現れる。
そして岩は勢い良く、ヒュージボアの群れに向かって射出された。
ドゴゴゴゴォッ!
打ち出されたキル・メテオが視界に入る全てを砕き、潰し、焼き尽くす。
「なんて……威力だ」
セオが驚いている。
実は俺も驚いていた、強いなこの魔法。
だがヒュージボアは全滅したわけじゃない、まだ結構な数が残っている。
うち一匹がかなり近くにまで接近していた。
魔道士は一般的にあまり接近戦を好まない、その間合いは戦士の独壇場なのだ。
まあ――俺が”一般的な”魔道士だったら、なんだが。
「装備カード発動、『悪魔の鉄斧』!」
生成された悪趣味な装飾の巨大な斧で、俺は迫りくるヒュージボアをすれ違いざまに両断した。
イノシシの二枚おろしの完成だ。
「近接戦闘までもこなすと言うのか!? 私も負けていられないな!
穏やかなる水の神よ、その秘めたる怒りを現界せよ、アクアボール!」
セオの手から水の球体が複数個放たれる。
ただの水に見えるが、あれでなかなかの堅さを誇る、一種の銃弾のようなものらしい。
球体はヒュージボアに見事命中、皮膚を裂き、微かではあるが血を流させることに成功した。
「よし、効いてるぞ……次だっ」
再び詠唱を始めるセオ、しかし攻撃を受けたヒュージボアが、興奮した様子で彼の方を向いた。
「危ないっ」
俺は慌ててカードを発動しようとした。
手に持っているのは『プラズマシールド』、実際のカードにはたぶんそんな効果は無かったけど、名前からしてきっとセオを電気のバリアで守ってくれるはずだ。
「お前の助けなど要らんっ! これは勝負だ、神聖なる決闘なのだ、負けた上に敵の助けを受けるなど……そんな惨めな敗北感を味わうぐらいなら、死んだ方がマシだ!」
だが、セオは俺の助けを拒んだ。
「プライドで命を捨てるのかよ、馬鹿野郎!」
「うるさぁいっ!
堅牢なる土の神よ、我を守りたまえ、アースウォール!」
セオが詠唱すると、地面から岩の壁がせり上がり、彼を守った。
真っ直ぐに突進してくるヒュージボアの攻撃を、壁で防ぐつもりらしい。
だが――おそらく、あの壁ではあの突進を止めきれない!
やっぱりここは俺がっ!
「繁栄を司る火の神よ、その力の一片を我に与えたまえ、ファイアボルト!」
しかし、結局俺はセオを守ることは出来なかった。
あろうことか、前に出ようとした俺に向けて、セオは魔法を放ったのだ。
俺はそれを避けるので精一杯、すでにカードを発動させる余裕も残っていない。
そしてついにヒュージボアが壁に激突する。
止まることを強く祈ったが――やはり、強度が足りない。
無情にも岩の壁は砕かれ、そしてほとんど勢いも殺せず、猛スピードでセオの体に向かう。
あの一撃を喰らえば、人間なら一溜まりもなく死んじまうだろう。
それでもセオは満足げだった。
自分は誇りを持ったまま死んだんだぞと、そんな馬鹿げたことを考えているに違いない。
「だめえええぇぇぇっ!」
だがその時、少女――サラの叫び声が響いた。
声を聞いた瞬間、初めてセオの顔から偉そうな笑みが消える。
サラはセオを突き飛ばし、そしてその細く軽い体で、ヒュージボアの突進を受け止めた。
「ぁ……」
断末魔すら聞こえなかった。
サラの腹にヒュージボアの鋭い牙が突き刺さり、引き裂き、上半身と下半身を両断する。
先程、俺が仲間を二枚おろしにした復讐でもするように。
「サラ……サラァァァァァァッ!」
あんなに感情を露わにしたセオを、俺は初めて見た。
でも今はダメだ、声でヒュージボアの注意を引いちまう!
案の定、残ったヒュージボアたちはセオに向かって突進していく。
「発動、『プラズマシールド』!」
今度こそ、今度こそだ! 邪魔はさせねーぞ、セオ!
セオの周囲に電気のバリアが張り巡らされる。
突進したヒュージボアたちはことごとくそのバリアに阻まれ――中には頭部が焼け焦げて、絶命した者も居た。
だが、まだ数体が生存している。
手札は2枚、しかし残る除去カードは1枚。
「発動、『地割れ』!」
地面が割れ、残ったヒュージボアたちは地底奥深くへと落ちていく。
カードの効果が消えると共にその地割れは消え、ぴたりと閉じてしまった。
これで終わりだ、終わったが……サラが、関係のない女の子が一人、死んでしまった。
「私は……なんてことを、してしまったんだ」
セオはふらりと力の無い歩き方で、サラの亡骸に近づいていく。
見ていられないほど痛々しかった。
もうセオは、前みたいにプライドで自分に自信を持つことはできなくなるだろう。
いや、それどころか魔道士を目指す気力すら残ってるかどうか。
「あぁ、サラ……サラぁ……ううぅぅ、サラ、どうして……どうして、私なんかをかばって……」
ぴくりとも動かないサラの上半身にすがりつきながら、セオは繰り返し頬を撫でる。
俺はふと、余った最後のカードに目を向けた。
「停戦宣言、か」
今の俺たちの現状を現しているようだった。
確か、そのターンの戦闘を放棄する代わりに、カードを1枚ドローするんだったっけ。
いわゆる手札交換用のカードだ。
この世界でどういう効果になってるかはわからないが……発動するだけしてみるか。
「発動、『停戦宣言』」
すると、手元に1枚の札が現れる。
これが効果によってドローされたカードなんだろう。
戦闘を放棄する効果がどうなっているのかは不明だけど、ドローする効果はちゃんと残ってたってわけだ。
そして俺が引いたカードは――
「なんだよ、ユーキ。私を笑いにきたのか?
お前は早く村の人々の元へ行くがいい、そして英雄として讃えられるんだ、負け犬になんてかまっている暇はないだろう?」
「魔法カード発動」
「もういい、お前の勝ちだっ、私は完全に負けたんだよ!
これ以上、勝負なんてするつもりは――」
「『死者再生』」
カードを優しくサラの亡骸に添える。
するとカードが輝き出し、やがてその輝きはサラの亡骸をも包み込んだ。
姉ちゃんの病気を治した時を彷彿とさせる光。
だけど込められた力は、あの時よりも何倍も強い。
なんたって――死人を蘇らせようってんだからな。
「馬鹿な……こんな、ことが……こんな奇跡が……」
両断されたサラの下半身はいつのまにか消え、上半身とくっついている。
治ったのは肉体だけじゃない。
虚ろに開かれていた瞳に光が宿り、力なく開いていた口も確かな意思をもって動き始めた。
「セオ……くん?」
「あ……あぁ、サラ……あああぁ……うわあああぁぁぁぁぁぁっ!」
自分の名前を呼ばれて、ついにセオの涙腺は決壊した。
ボロボロと涙を流しながら、サラに抱きつくセオ。
……ま、これ以上見るのは野暮ってもんだな。
俺は踵を返し、蹂躙されたヒュージボアの亡骸を眺めながら、避難した村人の元へと向かった。
その日以降、俺は今まで以上に村の人々にちやほやされるようになった。
まあ要するに、英雄扱いされるようになったってわけだ。
村の壊滅の危機を救ったんだから、過大評価ってわけじゃないんだろうけど、あんまり褒められすぎるとさすがに恥ずかしい。
何より――
「おはようございます、今日もいい天気ですね、師匠」
セオがやたら恭しく接してくるようになったのが、妙に気持ち悪かった。
あの戦い以降、セオは俺のことを師匠と呼ぶようになったのだ。
ただし、いくら拒絶しても俺の話を聞こうとしないあたり、根本的な性格は変わってないのかもな。
師匠的な教えを言わないと満足してくれそうになかったので、とりあえず「彼女は大事にしとけ」と言っておいた。
そのおかげなのかはわからないが、セオとサラは最近いい雰囲気になっているらしい。
ちくしょう爆発しろ。
「俺にも彼女とかできねーかなー」
セオの事を姉ちゃんに愚痴り、そんなことを言ってみると、姉ちゃんはとんでもないことを言い出した。
「彼女ができるまでは私が甘やかしてあげるから、それで我慢してね」
病気から復活した姉ちゃんは、昔よりもさらに俺を甘やかしてくる。
今も膝枕で耳かきをしてもらってる途中だ、正直めっちゃ天国である。
最近ではシスコンでも悪くないかなーと思い始めている、太ももの魔力はそれほど絶大なのだ。
「こうやって私がユーキを甘やかしてるのはね、ちゃんと捕まえておかないと、どこか遠くに行っちゃいそうな気がするからなんだ」
「何だよそれ」
「私にもよくわかんない。
でも最近、ユーキが不思議な力を手に入れて、色んな人に注目されて――不安になっちゃうことが色々あったから」
「心配しなくても、どっか行くときは姉ちゃんも連れてってやるよ」
「ほんとに?」
「俺は姉ちゃんに嘘はつかないから」
「シスコンって呼ばれても?」
「大丈夫、慣れてるから」
「じゃあ安心だね。
安心したから、もっと甘やかしてやろうかなー……ふふっ」
確かに姉ちゃんの言う通り、この力さえあれば、他の町でもっと色んな人を助けて、色んな人に褒められることも出きるかもしれない。
けど、この村の中ですらちやほやされて恥ずかしいと思ってる俺にとっちゃ、縁のない話だ。
負け組だった人生が、一気に勝ち組になった。
それだけで十分じゃないか。
柔らかな太ももの感触を堪能しながら、俺はこの村で小さな幸せを満喫してみせる、と心に決めるのだった。
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