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魔術がない世界で魔術を使って世界最強

海月13

救う手段は一つじゃない


カジノ区の地下にある裏カジノに無事潜入した弥一たち。

裏カジノは一見すると普通のカジノで、特に何かやばいという印象を受けることはない。挙げるとすればやけに扇情的な服装の女性従業員がいることくらいか。

しかしよく見てみると普通のカジノではないことは明らか。賭ける金額や商品が表のカジノとは比べ物にならないくらい高い。

しかも賭けているのはメダルだけではない。

ゲームによっては商品の欄に、「人間20歳男」や「獣人猫種20歳女」など商品に人が設定されていたり、臓器や麻薬、希少な動物など様々。

これが裏カジノ。欲望の最深部が集まる魔境だ。

「それでは皆様、どうぞお楽しみ下さい」

そう言って案内した男は去って行く。楽しめと言われたが、地球の価値観で育ってきた弥一たちにとってここは素直に楽しめる場所ではない。

「弥一、あれ」

雄也が何か見つけたようで指差す。そこを見れば一枚の張り紙。内容は明日行われるオークションについてだ。

「誰でも参加は可能みたいだな。取り敢えずこのカジノを見て回って今日は帰ろう。本番は明日だ」

「そうだね。それにここは居心地が悪い」

「ああ。全員なるべく逸れないように二人で行動してくれ。一時間後にここ集合だ」

『了解』

下見のため各自バラバラで行動を開始。このカジノは表カジノほど広くはないがそれでも十分に広いと言えるほどだ。階も2階、3階と続いている。

セナとユノと凛緒、彩と健、雄也と弥一という状態で別れると、弥一と雄也はまずオークション会場に向かう。

エレベーターの4階を押し乗り込む。やがて扉が開くと、そこは大きな演奏会場のような場所に出る。弥一たち以外はいないため会場はシンっと静まりかえっている。

「ここが明日の舞台なんだね」

「らしいな。全く、胸糞悪い」

「本当にね。弥一、明日はなんとしてもケーティアちゃんを取り返そう。こんな場所でまだ小さな子供の人生を奪われるわけにはいかない」

「おう。絶対に取り返すぞ」

雄也の決意に弥一も拳を突き出して答える。雄也もニヤリと笑うと拳を打ち付けもう一度会場を見て、会場を後にする。

最初の集合場所に戻ってくると、弥一たちも裏カジノを見て回る。

どこもかしこも騒がしく、歓喜と悲鳴の声が表カジノよりより多く響く。

程なく歩いていると、一際盛り上がる場所があった。そこでは今まさにルーレットが回っており、飛び入り参加型のゲームらしく次々と見物客がかけていく。

弥一はある程度眺めた後腰のメダルホルダーに手を突っ込み。

「赤の32」

そう言って手にした20枚の金メダルを赤の32に置く。

やがて全ての人がメダルを置き終わると同時に回転していた球が止まる。その場所ーーー赤の32

赤の 32に置いていたのは弥一 1人だけ。よってメダルを全て総取りだ。

メダルを回収し雄也の元に戻ってくると再び歩き出す。

「よくわかったね?」

「回転する球が落ちる場所くらいこの眼なら一発さ」

そう言って右眼を指差す。解析眼にかかれば球が止まる場所を確立で割り出すことができるのだ。

「毎回思うけどその眼凄いよね」

「俺の自信作だ。この世界でこの眼を作れたから今の俺がある」

「........弥一はこの世界に来てよかったって思う?」

唐突な質問に弥一はなんとも言えなくなる。その質問はこの世界に来たクラスメイトが全員一度は考えたこと。

少しばかりの思考の後、ゆっくりと弥一は紡ぐ。

「.......確かにあっちの世界に残して来たものはある。父さんがいなくなって俺もいなくなったからあっちには母さん一人だけだし。結社の仲間にも心配をかけてると思う」

甲明が居なくなってからというもの弥一の母、日伊月茜は普段の明るい雰囲気のままのように見えたが、弥一は母が時々寂しい表情をしていたのを知っている。

だから弥一は甲明の分まで母を守ろうと、魔術が使えなくなっても最高の魔術師日伊月甲明を超える夢を諦めなかった。

しかしその弥一もこちらの世界に母を置いて来てしまった。

他にも結社の仲間たちや知り合いのことが脳裏に浮かぶ。

生真面目でいつもサポートしてくれる相棒。いつもそのはちゃめちゃな行動で周りを振り回して来た後輩。弥一と甲明も散々色々と怒られた結社の当主。ぶっ飛んだ才能を無駄に高度に無駄な技術に費やす結社の狂気の発明家。滅茶苦茶な力と行動力を持つ剣聖の爺さん。

確かにあっちの世界に心残りがないとは言えない。でも、

「後悔はしてない。この世界に来れなきゃ、魔術の道をまた歩むことができなかったし、セナやユノ、エルたちに出会うこともなかった」

あっちにおいて来た事に、この世界で得た思い出があるからこそ、弥一は後悔しない。

この世界に来れなければセナと精霊の里を救うことが出来なかった。

この世界に来れなければユノを救うことが出来なかった。

この世界に来れなければエルと甲明が作った迷宮に出会うことが出来なかった。

他にもこの世界に来れなければ出来なかった思い出や出会いがたくさんあった。そう思えばこの世界に来たことに心残りはあれど後悔はしない。

「それにこの世界に来てなきゃあんな可愛い嫁と娘が出来なかったしな」

「ははは、確かにね」

冗談めかした弥一の言葉に雄也は笑う。そして今度は弥一が聞くばんだ。

「で、雄也はどうなんだ?」

「僕は......わからない」

そう小さく呟くと雄也は続ける。

「僕は英雄なんて呼ばれて、この世界を救う事を期待されている。僕もそれは嬉しいし、この世界に来れなければみんなを救うことが出来なかった。その点では僕はこの世界に来てよかったんじゃないかと思う。.......だけど最近思うんだ。僕はこの世界に来て何をした?って」

思いな病んだ雄也の言葉。それを弥一は何も言わずただただ聞く。

「僕は世界を救うために毎日訓練をして力をつけて来た。レベルが上がるたびに、これで世界を救えるんだと思ってた。でも実際、........僕は何も救えていなかった。最初の魔人の襲撃の時だって結局クラスメイトも守れなかった」

雄也はそのことが常に心に重しとして乗っていた。レベルが上がれば世界を救う力が付く。そうすれば全員救える。そう思っていたが、最初の襲撃の際この世界にで一番身近なクラスメイトの危機に立ち向かえなかった。

「僕は弥一みたいにクラスのみんなを守ったり、セナさんやユノちゃんみたいに誰かを直接救ったりしてない。だからいつも僕はこのままでいいのか?って考えるんだ」

「そんなことないだろ?雄也だって魔物の一斉襲撃からみんなや街の人を助けたじゃないか」

「違うよ。僕だけの力じゃ魔王軍六属を倒せなかった。魔人を倒しみんなを、街の人たちを救ったのは君だよ、弥一。あのままだと僕は死んで、結局誰も救えなかった」

守れなくてもレベルを上げて力をつければきっと誰かを救える。だがそう思って必死に頑張ってつけた力も魔人の前では歯が立たなかった。その事実が雄也に重くのしかかる。

英雄と呼ばれ皆から期待されても、結局誰も救えない。救う力がない。そう言われているような気がした。

そんな雄也に、弥一はどこか親近感を覚える。

救う力を得ながらも誰も救えなかった。

それはあの頃の弥一と同じ。

「俺もそうだった」

「え?」

「俺は子供の頃、父さんが魔術を使って戦争を終結させたり、人を救ったりしてる姿を見て憧れた。俺もあんなすごい魔術師になりたい。父さんみたいに困ってる人を救いたい。そう思って魔術を習った」

脳裏に浮かぶのは幼い頃見た父の後ろ姿。なびく黒コートを来て颯爽と人を救う姿に幼い弥一はヒーローのように憧れを抱いた。

「俺も戦争を止めに行ったり、魔術災害の現場で人を助けたりした。でも、その時常に父さんの影があった。父さんがいたから俺は救えた。父さんがいなきゃ俺は誰も救えなかったんだ。でも小さい頃の俺はそんなこと考えずに舞上がってたんだ」

「弥一、それは」

「笑えるだろ?結局俺には、俺自身には一人で誰かを救う力なんか持っちゃいなかったんだ」

自虐の笑みに雄也はどうしたらいいか迷う。だが、伝えることがあるので弥一は続ける。

「そしてそのまま竜との決戦に挑みーーー父さんを失った」

「ーーっ!」

救える力を身につけて、誰かを救えると錯覚し、そして失った。そして悟った、自分には人を救う力がないのだと。

憧れ背中を見失い、その後ろ姿に続く魔術も失った時、弥一はとてつもない虚無感に襲われた。

しかし、弥一はここにいる。それは一重に今まで歩んで来た道で出会った仲間のおかげ。

「ある人が言ってくれたんだ。『お前は道を見失っただけでやめるのかい?誰かを救うんだろ?だったらこんなところでうじうじしてないでとっとと動きな!救う手段が一つ魔術だけだと誰が決めた!そんなんでどうやってあの背中を超えられる!』って」

「........救う手段が一つだと誰が決めた.....」

「ああ。その言葉で俺はもう一度立ち直れて、魔術以外の道を探すために剣術や銃術を習ったんだ。今度は守れるように、いつか大切なものを救えるように」

その言葉があったから弥一は立ち上がれた。そして昔の自分と同じことで悩む雄也に弥一は一言言う。

「だからさ、別にそんなに気負わなくてもいいと思うぞ?救う手段は一つだけじゃないんだから」

「.....そう、だね。うん、確かにそうだ」

聞き終わるとどこか雄也は晴れた表情を浮かべていた。全て晴れたわけではないのだろうけど、ある程度整理はついたらしい。

自分で気付けたのならいずれキチンと整理がつくだろう、そう思った弥一はあとは何も言わない。

しばらく何も言わず二人は歩く。しかし雄也の表情は最初の頃とは少し違っていた。
















それから一時間後。待ち合わせ場所に全員集合する。

「エルが合流するみたいだから少し待とう」

「わかった。ユノちゃん、エルもう少ししたら来るって」

「うん!エルおねぇちゃんにも褒めてもらうー」

そう言ってユノはメダルの袋を大事に抱える。どうやらこの短時間で稼いだものらしい。

そんな訳で少し待っていると、淡いグリーンのドレスのエルが少し小走りに走ってきた。

「ただいま戻りました」

「お帰りエル。悪いな一人だけ潜入任せて」

「いいえ、諜報は私の十八番ですから。こういう時こそ私の出番です」

「おかえりエルおねぇちゃん!ねぇみてみて!ユノこ〜んなにがんばったの!」

「凄いですねユノ様。はぁ〜.......癒されます」

メダルを見せてメダル以上にキラキラした笑顔を見せるユノに、エルはユノを抱き寄せて深くため息を付く。まるで我が子のような溺愛っぷりだ。

そして弥一は「それじゃ帰るか」と歩き出そうとしたところで、

「待ってくださいマスター。実は少々、というか大分面倒なことになりました」













エルの先導で弥一たちは走ってる。エレベーターに乗り込み、地下6階に降りて再び走る。全員その表情には焦りが見える。

「それでエル、状況を」

「はい。実は潜入中にカジノの運営と貴族が揉めているのを目撃しまして、聞き耳を立てていたところ、どうにもその貴族はどこからか『明日のオークションに銀狼族が出品される』というのを知ったらしく、運営に先に売れと迫っていたのです」

エルの話では、なんでもその貴族は近くの有権貴族らしく、このカジノに多大な寄付をしているため運営としてもその貴族を無下にできないのだという。

(その貴族、おそらくビルムットさんが言ってた貴族のことだろうな)

「てことはもしこのまま連れていかれたら」

「明日のオークションにケーティア様は出品されず、正当に取り戻すことができなくなります」

「ちっ、厄介な!」

焦りと怒りの表情で弥一は声を荒げる。他のみんなも同じような表情だ。

もしこのまま連れて行かれれば奪還が困難になること間違いなしだ。なんとしてもここでお取り返さなければならない。

「ッ!皆さん止まって」

エルの指示に即座に全員止まり、近くのスロットマシーンに隠れる。

エルのハンドサインで指示された方向を見れば、ギャンブルに勤しむ人たちの中で、一際金ピカな男を見つけた。そいつが貴族らしい。

その貴族は運営のスタッフと思われる男とテーブルを挟んで向かい合って座っている。

そしてその運営の男の横に、ボロボロの服を着た一人の少女を見た。

見た目は8、9歳くらいで、背中まである銀髪は今は埃でくすんでいる。そしてその子の頭には狼の耳。

「あの子がケーティアか」

「はい。伺っていた特徴と一致します」

「......酷い、あんな女の子に」

そう呟く雄也は拳を握り、今にも飛び出して行来そうだ。

実際ケーティアの状態は酷い。商品として出品するからか食事は取れているようだが、手には年端もいかない女の子に不釣り合いな無骨な鉄の錠が嵌められており、足には足枷もある。

そしてその表情は、暗く、そして悲しみで溢れている。目の前で自分が売られる契約が進んでいるのだから、その絶望感は計り知れない。

そしてどうやら契約が終わったのか、貴族の男が契約書を付き人の者に渡すと、運営の男がケーティアの手枷に繋がった鎖を引っ張る。

その際足枷が邪魔でうまく歩けなかったのか、ケーティアが転ぶ。そして運営の男はそれが気に喰わなかったのか、喚き散らすように言葉を発してケーティアを殴るべく拳を振り上げ、そして振り下ろしーー


ーーーそこまでが限界だった


「.......やめていただきましょう」

バシッと振り下ろされた拳を掴んだのはーーー雄也。
振り下ろされる寸前、【縮地】を使ってケーティアと運営の男の間に割り込んだのだ。

「なっ......!?き、貴様なんだ!」

突如目の前に現れた雄也に男は驚いた表情のあと、すぐさま憤怒の表情で喚く。

すると雄也は、いつもの爽やかな笑顔から一変、鋭い目付きで男を睨む。

途端に「うっ!」とすくみ上る男。しかし長年裏カジノという魔境で暮らしていたためか、逃げ出すということはなく、すぐさま雄也の手を振り払って下がる。

そして男は雄也から離れた後、怒鳴り声で叫ぶ。

「警備員!警備員!この男を捕らえろ!」

近くに警備員が待機しているのか、男がニヤリと笑い雄也を見る。だが、

「警備なら来ないぞ」

「なにっ!!」

そう言って男の後ろから現れた弥一は、引きずって来た黒スーツの男たちをドサッと男の横に投げる。

雄也が飛び出した途端、弥一は先に警備員を潰しに行ったのだ。

「そんなバカな!その五人は元第八階梯の冒険だぞ.......!!」

男は驚愕の表情で弥一を見る。弥一は一度に全員倒すべく、眠りの魔術で五人まとめて眠らせたのだ。

ただの魔術の心得のない戦士が魔術師の相手になるわけがない。

男が地団駄を踏む間に、雄也は後ろに庇ったケーティアを立たせて、その顔を覗き込む。

「もう大丈夫だよ。ケーティアちゃんだね?おじいちゃんから君の事を頼まれた」

「....!おじいちゃん、から....?」

「うん、だから心配しないで、僕を信じてくれる?」

そう雄也が優しい笑みを掛けると、ケーティアがコクリと頷く。それを見て安心した雄也は、上着を痛々しい格好のケーティアに羽織らせ立ち上がり、運営の男を見る。

すると今まで黙っていた貴族の男が動く。男は全身金ピカの服を着たいかにも悪人といったような顔。その貴族が低い声で言う。

「これは一体どういう事だ」

「も、申し訳ありませんアーケル様!直ちにこの者たちを捕まえますので!」

運営の男はアーケルと呼ばれた貴族の言葉に、焦って追加の警備員を呼ぼうとする。しかしそれをアーケルが遮る。

「もういい。おい、そこのお前」

「何ですか.....」

呼ばれた雄也は警戒した声で答える。その横に弥一が来ると、アーケルは言う。

「それは私のモノ・・だ。直ぐに返してもらおうか?」

「モノ、だって.......」

ケーティアを人として見ず道具として見るその言い方に雄也は頭に血がのぼるのを感じ、冷静になれ、と自らの拳を握るとアーケルに言い放つ。

「この子を道具として見ているあなたに渡すわけにはいかない!」

「何を言ってるんだ貴様?そいつは人ではない。汚らわしい亜人だ。それに渡す渡さないの話ではない。それは私が買ったモノだ、所有権は私にある」

実際ケーティアの首にはそれを裏付ける首輪が嵌められ、契約状態となっている。

ケーティアの所有権は今はアーケルの元にある。そこから奪い取ろうとすれば、ここ世界では雄也たちが悪者だ。

「わかったのならさっさと渡せ!」

「......っ!!」

形勢が悪いこの状況に弥一は内心舌打ちする。

そして、こうなれば指名手配覚悟で強行突破と行くか?、と考えた次の時


「双方、引くが良い」


ゆったりとした、しかし覇気のある声が聞こえたと思うと、人だかりの中から一人の男が歩いて来る。

その人物は先程出会った老人。

「ビルムットさん」

「ホッホッホ、またあったのヒイヅキくん。まさかお主がこの騒動の原因だとわの」

そう、ビルムットだった。

ビルムットが姿を表すと、運営の男が急に畏る。

「これはこれはビルムット様。大変申し訳ありんせん。今対処いたしますので」

「それには及ばぬ」

対処のため駆け出そうとした男をビルムットは引き止めると、ゆっくりとした足取りで二人の元に向かう。

「さて、両者もめているようじゃが。ここはギャンブルを競い合う場所。喧嘩など無粋なものを持ち込む場ではない」

そう言ってビルムットがアーケルを見ると、アーケルは「ちっ」と舌打ちをして目を逸らす。どうもビルムットはこの業界では有名らしい。

そんなビルムットは今度は雄也と、雄也がかばうケーティアに目を向ける。そして再び覇気のある声で言う。

「ここにはここの流儀がある。そしてここはギャンブルがすべての世界。すなわち、争いはゲームで解決せよ」

ここはギャンブルというゲームで幾らでも願いが叶う場所。叶えたい願いがあるならゲームで勝つしかない。全てがゲームの世界なのだから。

なれば、争いもまた同じ。

「ちっ、面倒なジジィが。.......だがいいだろう。ただし!ゲーム内容はこちらで決めさせてもらうぞ」

「よかろう。して何にする?」

「決まっているだろう?」

その言葉と共に笑みを深めると、パチンと指を鳴らす。それが合図なのかアーケルの後ろで控えていた老紳士が前に出てきて、その手に持ったケースを開け机に置く。

そして取り出したのは、

「チェス?」

宝石で作られたチェスの駒。

それを老紳士は素早く机に並べて行く。

「......まずいぞヤイチ」

「!マルク、どうしてここに?」

背後から聞いたことのある声がすると思って見れば、そこにはマルクがいた。昨日会った時と同じようにスーツをだらしなく着こなしている。そしてどうやらマルクも裏カジノの住人だったらしい。

しかし、今はそれを聞いている場合ではない。取り敢えず必要な情報を聞き出さなければ。

「一体、何が不味いんだ?」

「....あのアーケルは大のチェス好きで、チェスの腕前は超一流。今まで人生で負けなしで、この裏カジノでの賭けチェスの戦績は、ーーー156戦無敗だ」

「なに!?156戦無敗だと!?」

つまりは本物の天才チェスプレイヤーということ。156戦という事実がそう裏付ける。

その事実に弥一は頬を汗が伝うのを感じる。チェスは運が入り込む余地のない完全なる頭脳戦、運気上昇の腕輪は意味をなさない。弥一もチェスをやったことはあるが、あくまでやったことあるというだけ、素人とプロで相手になるはずがない。

まさに絶対絶命。

「さて、どちらが私の相手になる?」

いやらしい笑みを浮かべてアーケルは挑発的に弥一と雄也を見る。その言葉に弥一は答えられない、

しかしーーー

「僕が相手になりましょう」

「ッ!?おい雄也!?」

答えたのは雄也のは雄也だった。そう言って雄也は一歩前に出る。

「待て雄也。相手はプロのチェスプレイヤーだぞ?そんな迂闊にーーー」

「大丈夫」

弥一の言葉を遮って雄也は声を発する。そして弥一はその雄也の顔を見る、その瞳は自信の瞳だった。

「弥一、言ったよね?救う手段は一つじゃないって。これなら都合がいい。これなら、ケーティアちゃんを救える。このなら僕はーーー負けない」

その言葉は今まで聞いた雄也の声の中で、一番自信に溢れた声だった。

「.......わかった。何かあるんだな?だったらお前に任せる。頼むぞ、雄也」

「任せて」

その自信に漲った声の雄也は、一度安心させるようにケーティアの頭を撫でると、前を見てアーケルの前まで行く。

「ほう、お前が私に挑むのか?いいだろう。しかし、だな、賭けるものはお互対等のもとでなければならないのだぞ?貴様らがそれを用意できると?」

そう言うアーケルはどこか余裕の笑む。

するとそんな笑みを見た雄也がは、ポケットから一つのチェーンに繋がった小さな宝石を取り出す。

「なんだ?そんな安っぽい石で釣り合うとでも?」

嘲笑うアーケルの言葉に、雄也は何も言わず宝石を前に突き出す。

そして唱えた。

「来てくれーーー聖剣ルナ・エルーム」

パキンッという音と共に小さな宝石が砕け、光が漏れる。それは輝かしい月の光のようで、一瞬の発光の後、砕けた宝石が雄也の手の中で形作る。

そして後に残ったのは煌めく透明な刀身の聖剣、ルナ、エルームだ。

実はあの宝石はルナ・エルームが待機状態の物なのだ。所有者が呼べば反応し聖剣を形作る。

『ーーーッ!?』

突如現れた聖剣の輝きにその場の誰もが驚いたように息を呑む。雄也はそれを気にせず、キンッと音を立てて聖剣を床に突き立て、言う。


「僕が勝ったらこの子を返してもらう。そして、もし、僕が負けたら........この聖剣ルナ・エルームと、僕、【英雄】相川雄也を好きにしていい」


雄也の言葉で水を打ったように静かになる会場。すると途端に今度は騒ぎが広がる。亜人の奴隷の代わりに、世界の希望の英雄である人とその聖剣をなんの躊躇いもなく賭けのベットにしたことに誰もが「正気か!?」というような目で雄也を見る。

これには流石にアーケルも驚いたようで目を見開く。しかしその後、すぐさま口元に笑みを浮かべて笑う。

「いいだろう。後悔するなよ」

と、その言葉に雄也はおもむろに懐からなぜかメガネを取り出し掛ける。すると途端に雄也が「フフフ」と忍笑いを漏らし、



「ハハハハハッ!後悔?するわけがないだろう?この勝負は勝つんだからな。なにせーーが本気で挑むのだから!」



突然、まるで人が変わったように喋り出す雄也は、そう高らかに宣言すると、悠然とした動きでアーケルの座るイスの向かいのイスに座る。

ーー優雅に足を組み肘あてに腕を乗せ頬杖を着いて。

「さぁ。ゲームを始めようじゃないか」

もう何かに取り憑かれたんじゃないかというレベルで人が変わった雄也さん。

弥一はそんな雄也を遠目に見ながら、

「いや、誰だよ」

そう呟いたのだった。


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