魔術がない世界で魔術を使って世界最強

海月13

【節分特別ストーリー】豆まき大会

『これより!第一回王宮豆まき大会を開催いたしまーーーすっ!!』

拡声器を持った木村美奈がそう言い放つと会場に集まっていたクラスメイトや王宮関係者が盛大に声を上げる。

会場が熱気に包まれやる気に満ち溢れるなか、弥一は辺りの熱気に反して呆れたような声で隣の健を見る。

「おい健説明しやがれ。なんだこれは」

「え〜お前知らないのか〜?豆まきを」

「そこじゃねぇよ!この騒ぎはなんだって聞いてるんだ!!」

小馬鹿にするような健にイラッとしながら弥一は問い詰める。そして健に代わって彩が答える。

「ほら、ハロウィンとかと同じよ、異文化交流。今回は節分の豆まきをゲームとして行おうってこと」

豆まきは節分に行われる行事の一つで、豆をまくことで邪気や悪鬼を追い払うというものだ。それを今回は王宮全体で行おうというのである。

彩が簡潔に説明すると壇上の美奈がゲームの説明を始め出した。

『それではルール説明です!皆さんはこれから二時間、この王宮全体を使って逃げ回り、互いに豆を投げ合ってもらいます。豆が当たると当てられた人は当てた人にバンドを渡してもらいます。これがポイントとして加算されまして、女性の方は男性との体力差などを考慮し一つのバンドにつき2ポイントとします。そしてゲーム終了時に一番ポイントが高かった人が優勝です!』

随分と慣れた様子で美奈が説明を終えると闘いの前の高揚からか、会場中から喝采が上がる。王宮関係者や騎士からも興奮した声が上がる。みんなイベントと聞いてワクワクしているのだろう。意外とノリが良い。

「楽しみですね弥一さん」

「うおっ!?いつからいたんだヘンリ?」

「ふっふっふー、いつからでしょう?」

いつの間にか弥一の近くにやってきていたヘンリはそう怪しく笑う。彼女も楽しみなのか普段よりテンションが高い。

『それでは開催にあたりヴィディル・バース・アーセラム国王陛下から一言お願い致します』

ヴィディルは全員が膝を着こうとするのをスッと手を振って制し壇上に上がると、会場をぐるっと見回す。動きやすそうな服装で腕にはバンドを付けているからして、どうやら参加する気満々のようだ。

「皆の者今回は勇者たちの世界の文化を体験する大会だ。全員畏まらず大いに大会を楽しんで交流して欲しい。今回は私も参加する。遠慮はいらん。存分に掛かってくるがいい。誰が私を倒せるか楽しみだ、ハハハ!」

『(いえ、できるわけありません!!)』

楽しみで仕方ないといった表情のヴィディルは子供のようだ。そして反対に会場の心の声は一致していた。いくら本人が掛かってこいと言っているが相手は国王だ。国王に豆を投げつけるなどできるわけが無い。

もっとも、若干何名かは遠慮なく行く気のようだが。

『それではこれより十分後に開始したいと思います。皆さん散ってください!』

会場の三つの大扉が開きまずは女性、その次に男性が会場を後にして散らばる。

「う〜ん、さてどこに逃げるとするかな?」

王宮の廊下を歩きながら逃走ルートを考える。最初は隠れて全体の状況を見渡す作戦だ。

「よう!日伊月!お前も隠れる作戦か?」

後ろから声を掛けられ振り向くとそこにはクラスメイトの中島健人がいた。

「おう、そういう中島も同じだな?」

「最初からぶつかったんじゃ後々消耗するだけだしな。無駄な戦闘は避けるべきだ。よかったら最初は一緒に行動しないか?」

「ああ、いいぜ。味方はいた方が囲まれるリスクが減るしな」

「.....。おうそうかありがとな!」

一瞬黙った健人だがすぐに戻る。弥一は特に気にすることもなく、健人の提案で二階の蔵書室に隠れることにした。

多くの人が徘徊しているため気配が多いが、扉さえ注意していれば問題無いだろう。

と、拡声器に乗って王宮中に美奈の声が届く。

『それでは間も無く開始いたします!5、4、3、2、1、ーーーゼロッ!!』

「「「死ね日伊月ぃいいいいいーーーーーー!!」」」

「なにぃいいいい!?」

開幕の合図と同時に蔵書室内に置かれていた箱から三人の男子クラスメイトが現れた!そして弥一へ手に持った豆を無造作に全力で投げてくる。いくら豆とはいえチートの勇者が投げればそれなりの威力はある。当たれば普通に痛い。

「危ねッ!!」

咄嗟の条件反射で飛び退き、置かれた机の陰に隠れる。健人の方も同じく机の陰に隠れる。

「待ち伏せかくそっ!まさか潜伏場所が被るなんて。中島、逃げるぞ」

「.........いや、その必要は無い」

「へ?」

ガシッ

「今だ!全員かかれぇえええーーー!!」

「ちょっとおおおおおおーーー!?」

後ろから羽交締めにされ三人のクラスメイトの前に突き出される。状況が理解できない弥一だが一つだけわかることがある。

「嵌めやがったな中島!!てめぇどういうつもりだ!?」

「........許せねぇんだよ」

「はい?」

噛み殺した声で答える健人。何かしてしまったのだろうかっとと考える弥一に健人は言葉を続ける。

「許せねぇんだよ.......お前がセナさんっていう美少女と結婚してイチャイチャしてるのが、許せねぇんだよぉおおおおーーーー!!」

「知るかボケーーーーーーーッ!!」

声を上げでさらに締め付ける力を強くする健人に弥一は思わず吠える。

「うるせぇ!持たざる者の気持ちなど、貴様には理解できまい!お前にはここで退場してもらう。豆でボコボコにした後にな!!いけお前ら!!」

「「「持たざる者の力!!死に晒せ日伊月ぃいいいいいーーーーーー!!」」」

ビュン!と豆が恐ろし速度で飛んでくる。豆が広範囲に広がっているので回避は不可能だ。

「死んでたまるかっ!!」

回避できないと判断すると、腰を折り身体を前に倒す。すると後ろから羽交締めしていた健人もつられるように前に倒れる。その瞬間を逃さず逆さまの健人を盾にして構えて豆を防ぐ。

結果、

ズバババババババババーーーーッ!!

「ぎゃぁああああああーーーー!!」

「「「健人ーーーーーーー!!」」」

背中に高速の豆を喰らい悲鳴を挙げて倒れる健人。何のためらいもなくクラスメイトを肉盾にした弥一を三人が外道を見るような目で見る。

「てめぇ、よくも健人をやりやがったな!」
「だが俺たちは、一生彼女が出来るわけがないあいつの恨みを受け継ぐ!」
「そうだ!一生持たざる者の健人の雪辱、ここで晴らしてくれる!」

「いや、これやったのお前らだろ」

仲間からもボロボロな言われようの健人を、弥一はボロ雑巾ように放り捨てる。

ポイッ

ゴガッ

「ぎゃああああーーー!!背中に角がぁあーーー!!」

放り捨てた先にあった机の角に背中をぶつけ再び悲鳴をあげて倒れる。

「「「健人ーーー!!」」」

三人が意識を健人に向けた瞬間豆を三つ弾いて飛ばす。

「「「ぐはっ!!」」」

ビスッビスッビスッ!!と三人の額に豆がクリーンヒットして気絶。

ドサリと倒れる三人を見て弥一はため息を漏らす。

「はぁ、なんだったんだこれ。もしかして全員そうなのか?」

なにはともあれ三人を撃破したのできっちりとバンドは貰っておくとしよう。

そうして四人のバンドを回収していると、扉の向こうから何やら迫りくる音が聞こえる。

「.......え、冗談ですよね?」

扉を少し開けれ外を見てみればーーー奥の通路からこちらに向かって全力疾走してくる男子が。

どうやら冗談ではないようだ。

「やっぱりかくそうッ!!」

恐らく四人の悲鳴を聞きつけてやってきたのだろう。既に手には豆を握っておりいつでも投げれる状態だ。

扉からの逃走は不可能。なら残るは窓からのみ。

窓を開けて外に飛び出し飛行魔術で宙を舞い最上階の屋根に乗る。

「なんとか巻けたな。それにしても全員敵に回るとは........」

屋根に座り溜息をこぼす。嫉妬がここまで面倒だと思わなかった。

屋根から城内を見渡す。皆楽しそうに投げ合っていることからまぁこういうのもいいか、と思う弥一だった。

と何やら中庭の方が騒がしい。中庭に目を向ければ、そこでは二人の男が立ち会っていた。

「流石だなロジャーよ。あの一撃を回避するとは」

「陛下こそ。引退してなおその動き、感服いたします」

「ハハハ!まだ若い者には負けんよ」

豪快に笑うヴィディルとそれに対するロジャー。二人とも手には豆を持ち一触触発の空気で相手の出方を伺う。

「お父様!落ち着いてください!」

「団長もです!相手は国王陛下ですよ!?」

剣呑な二人を止めようとアーリアと副団長が声を上げるが二人は睨み合うのをやめない。

「娘よ、止めるでない。久し振りに遊べる......ではなく、騎士団長と交流できるのだ。これは上に立つものとして立派な部下との交流なのだぞ?」

「その通り。それに陛下からのありがたい申し入れを断るなどそれこそ失礼だろう?なれば全力で答えるのが騎士というもの。決して陛下と手合わせがしたいだけではないのだ、これは立派な交流なのだぞ?」

「「結局遊びたいだけでしょうが!!」」

目くじらを立てて叫ぶ二人。しかしヴィディルとロジャーはそんなもの知ったことか!!と無視して再び激突する。

「.......さて、ほかはどうだ?」

中庭から目を逸らし他を見てみる。

そして城壁の上では衛兵相手にユノとメイが無双していた。

「サニアごー!」

『オンッ!!』

ユノとサニアを乗せたサニアがユノの命令で15人程度の衛兵の群れに突っ込んでいく。

「来たぞ!ユノちゃんとメイ様だ!各員配置につけ!油断するなよ全力でぶつからなきゃ負けるぞ!それと二人に怪我の一つでもつけた奴は後でぶっ潰すからな!!」

『応!!』

油断せず全力で、尚且つ怪我をさせないようしろという無茶苦茶な隊長の命令に、まるでそんなこと当たり前だというような返事で豆を構える衛兵。

実はユノが王宮に遊びに行くたびにメイと王宮を遊んで回るので、衛兵や王宮職員と仲がいいのだ。

分け隔てなく誰にでも無邪気な笑顔で接してくるユノとメイは兵士や王宮職員から絶大な人気を誇り、ファンクラブもあるほど。

そしてユノの事を知っているからこそ、彼らは油断はしない。ユノとサニアが自分達よりも強いことを知っているからだ。

「いまだ!投擲!」

隊長の合図とともに衛兵が一斉に豆を投げる。

城壁の通路一面を塞ぐように豆が撒かれる。このまま直進すればいくらサニアでも避けきれない。

『ウォン!』

「わかった!メイちゃんつかまって!」

「うん!サニアいけー!」

ユノとメイがしっかり掴まった瞬間、サニアが大きく跳躍。飛び上がったサニア目掛けて豆が飛んでくるが、サニアは空中に氷塊を作ると蹴って空中で方向転換。氷塊を足場に空中を自在に駆ける。

『なにいいいいーーーーー!?』

空中を駆けるという常識外れな回避に衛兵は硬直し、その隙が運命を分けた。

ユノとメイが両手いっぱいの豆を頭上から投げつけようとしている。

「まずい!退避ー!!」

城壁という限られたスペースを前と後ろに広がり豆の効果範囲内から逃れようとする。しかし、

「なっ!氷が!」

衛兵の退路を塞ぐように前後の通路に氷の壁がせり上がり、衛兵を閉じ込める。

逃げ場のない通路が自らに牙を剥いたのだ。

「「せーの、えい!」」

可愛い掛け声とともに頭上から豆が降り注ぐ。退路を塞がれた衛兵たちに降り注ぐ豆に対処できる方法はあるはずもなく、衛兵は一人残らず豆の餌食になった。

サニアが華麗に着地すると氷の壁が消える。豆を受けた衛兵たちは気持ちの良い笑顔で豪快に笑う。

「ガハハハ!いやーまいったまいった。まさか通路が塞がれるなんて」

「本当ですね。サニアお前凄いな空を駆けるなんて」

『オン!』

「塞がれたの隊長の指示が遅かったからじゃないんですか〜?」

「そーだそーだ〜!」

「んだとぉ!」

ガハハハと愉快に笑う衛兵たちは全員がすっきりした笑顔だ。そんな衛兵にユノとメイは近づく。

「凄いなユノちゃんとメイ様は!一杯喰わされたぜ!」

「本当!?やったねユノちゃん!」

「うん!サニアありがとう!」

『ガッフ!』

楽しそうにハイタッチをするユノとメイに衛兵たちはまるで自分の娘を見るような優しい笑みで二人を見守る。

隊長が二人の前にしゃがむと15人分のバンドを差し出す。

「さ、二人とも勝者の商品だ。おじちゃんたちの分も頑張ってな!」

「うん!おじちゃんたちのぶんもがんばってゆうしょうする!」

「そうか!応援してるぞ!」

バンドを受け取り、隊長に頭を撫でられたあとユノとメイは再びサニアに跨がり、衛兵たちの声援を受けてサニアは城壁を飛び越えて地面に降りていった。

「これが子供の力か.....」

娘の意外な交流の深さに驚かされた弥一だが、ユノがみんなに愛されていることがわかって微笑む。娘が褒められて嬉しくない親などいない。

「さて、娘が頑張ってるんだここは親として少しでも良いところを見せないとな」

そう言って屋根の上で立ち上がり不敵な笑みを浮かべる。ようやく本気になった弥一は駆け出し屋根の縁を蹴って宙に身を踊らせる。

降りる場所は弥一を探し回るクラスメイトの中心。

ドンッ!!と地面を砕きアメリカの鉄人ヒーローのような状態で着地する。

「なんだ!?」

突然現れた人影に全員が振り返る。土煙が姿を隠す中スクっと立ち上がると不自然な風の流れが土煙を払い、クラスメイトの前に弥一の姿を現す。

「出たな日伊月!」
「よくもノコノコと俺たちの前に姿を現せたな」
「この人数を前に逃げれると思うなよ!」

総勢十名の男子クラスメイトが各々豆を握りしめまるでチンピラのようなセリフを吐く。

四方をチート集団に完全に囲まれ逃げ場のない状況。普通に考えれば絶体絶命の状況だが、弥一はふっと口元を吊りあげる。

「逃る?違うな。ーーーーすべて倒すんだよ!!」

「かかれぇーーー!!」

号令とともに全方向から豆が飛んでくる。逃げ場はない、いや、逃げ場などいらない!

パチンッと指を鳴らす。音が響くと同時に弥一の周りで風が巻き起こり、豆は弥一に届くことなく巻き起こる風に囚われる。

ゴォオオオオオオオオオ!と速度を上げ回り続ける風と豆を前にこのあとなにが起こるかを察する。

「ーーーッ!!まずい全員防御ーーー」

「ーーー遅いな」

一斉掃射。

暴風から放たれた豆は辺りに無差別に撒き散らされる。そのあまりの速度に豆はぶつかった瞬間爆散するほどだ。

『ぐぁあああああああああああーーーーーーッ!!』

響き渡る豆の爆散音とクラスメイトの悲鳴。風が止むと死屍累々と転がるクラスメイトがそこにはいた。
何名かは障壁の展開が間に合った者もいるが、すでに壊滅状態だ。

「げほっげほっ!やり過ぎだろ!?」

「いや、先にやってきたのお前らだろ」

障壁を展開した三人が弥一と対峙する。

お互いに豆を握り再び再開しようとしたところで、互いの中心地に人影が落ちてきた!

落ちてきたのは二人。それは凛緒とセナだった。

「セナはここで、ーーー」
「凛緒はここで、ーーー」

周りが見えていないのか重々しい空気で二人が口を開く。


「ーーー倒す!!」


同時に豆を投げる。身体強化を施しているのか通常ではありえない速度で豆が飛ぶ。凛緒が投げた豆をセナが疾風加速ゲイル・アクセラレイションで回避する。

そして回避された豆がどこに行くかというと、ーーーそれは無情にも三人のクラスメイトを襲撃した。

「「「あぎゃあああああああーーーーー!!」」」

「お、お前らぁああーー!!」

流石のこれには弥一も同情する。巻き添えを喰らってやられる三人は何とも哀れだ。

しかしそんな巻き込まれた三人が眼中にない二人は、油断なく構え向き合う。

「凛緒、私に魔法で敵うと?  本当の豆撒きを教えてあげる」

余裕の笑みで挑発するセナは言葉と共に魔力を滾らせ魔法を発動。豆撒きとは一体?  と思う弥一だが目の前の嫁は止まらない。

「ーー鬼は、外ッ!!」

右手に握りしめた豆をセナは全力でぶん投げる。だがコントロールが悪いのか、難なく凛緒は飛んでくる豆をサッと回避する。

危なげなく豆を回避した凛緒が今のうちの!  と駆け出そうとした瞬間、背後から豆が飛んできた。

「ひょわっ!?」

奇怪な悲鳴をあげて即座にしゃがむと、先程まで顔があった位置を豆が通り過ぎていく。そして通り過ぎたはずの豆が突如、まるで見えない壁に弾かれたように凛緒を奇襲する!

「なんで!?」

「ふっふっふっ、これが私流の豆撒き。ーーー【風檻】!  」

セナが発動したのは風の上級魔法【風檻】。これは対象を風の壁で閉じ込める魔法だ。セナはそれの内側で豆を反射させる事で、凛緒を風の檻に閉じ込め豆から逃げられないようにしたのだ。

対象を閉じ込め確実に潰す戦法。

どちらが鬼らしいか見るまでもない。

「く、このままじゃ.......!!」

騎士団から教わった足捌きで襲いかかる豆をスレスレで回避しつつ、起死回生の糸口を探すが見当たらない。

反射する度に徐々に豆の速度が上がっていく。いずれこのままでは回避が間に合わなくなることは目に見えている。

「だったら.....!!」

豆が反射して頭上から襲ってくる。しかし凛緒は臆することなく、静かに口を開く。

「《鋭く鋭利に・水は形を成す》」

瞬間、水が凛緒の手の中で氷と化し氷の槍が生成。凛緒はそれを頭上に向かって振るい豆を砕く。

風の檻が解ける。それと同時に凛緒は豆を投げる。

「お返し!!」

「ーーーッ!」

飛んでくる豆をセナは咄嗟に避けて反撃の豆攻撃。

凛緒が避けて投げる。

セナが避けて投げる。

お互いに一歩も譲らぬ戦いに中庭にいた人たちは固唾をのんで見守る。

「決着をーー」

「--つける」

セナは左手に持った袋に手を伸ばし、ざっ、と豆を掴む。

凛緒は右手に豆、左手でゆっくりと槍を構える。

全員が息を呑む。

二人はバッ! と駆け出しーーーー

「凛緒!」
「セナ!」

一瞬の交錯。

そのまま二人は立ち位置を入れ替わって立ち止まり、静寂が訪れる。

そして二人は同時に髪の毛をさっ、と払いーーーーお互い、相手が投げた豆が落ちる。

そう、引き分けだ。

「どうやら引き分けみたいだね」

「むぅ...私のほうが少し早かった」

「あ!それなら私のほうが一瞬早かったもん!」

「私!」

「いーや、私!」

「「ぐぬぬぬぬぅう.......!!」」

ガシッ! と両手をつかみ合い睨みあう。

いつの間にか取っ組み合いを始めた二人に中庭の人たちは唖然とする。弥一は今のうちにとそっとその場を後にする。

「まったく、あの二人は何をやってるんだ....」

「そうですね」

「うおっ!?」

突如背後から声がかかりすぐさま飛びのき距離を置く。「遅かったか!?」と体に力を入れ構えて、声の主を見る。

そこにいたのはエルだった。

「なんだエルか」

「はい。ですからそんなに警戒しないでください」

「いや、突然後ろから声がしたら驚くって」

「ふふふ、申し訳ございません」

口元に手を当ててほほ笑むエルに弥一は質問する。

「エルも逃げてる途中か?」

「ええ。ただ逃げ回るので精一杯で.....よろしければマスターに同行してもよろしいですか?」

「ああ、別に構わないぞ」

「ありがとうございます。あっ、マスター動かないでください。髪の毛にゴミが」

そういって手を伸ばしてくるエルに身を任せる。

エルの華奢な指先が伸びてーーーーその手に持った豆を当ててくる。

「---ッ!!」

即座に上体を反らし豆を回避するとそのままバク転して回避する。

「流石に避けますか」

「どういうつもりだ」

「すみませんマスター。ですがこの勝負は負けるわけにはいかないのです」

「勝負?」

「ええ、ですからーーーーここでやられてください!」

言葉と同時にエルが素早く両手を振るうと、いくつもの呪符が投擲され、呪符が猛禽類の形を成して弥一を奇襲する。

「ふっ!」

突撃してくる猛禽類を壁を使っての三角飛びで回避し、廊下の天井を蹴って再び地面に着地すると身をひるがえして逃走する。しかしーー

「なに!?ワイヤーか!」

逃げようとした先で透明なワイヤーに絡まれ動きが制限される。エルは式神に透明なワイヤーをつけて攻撃と見せかけて罠を張っていたのだ。

左腕が拘束され、こうなれば力づくにとワイヤーを引きちぎろうが、びくともしない。さらには徐々に左腕から魔力が吸い取られた。

「無駄ですよマスター。それは拘束対象から魔力を吸い上げ硬度を増す魔導器。いくらマスターでも簡単には逃げ出せません」

「どんだけ豆まきにガチなんだよ!?」

エルの無駄にすごい魔導器と豆まきにかける熱意に弥一はつっこむ。なぜクラスメイトやセナたちといいこんなにも豆まきにガチなのだろうか?

「さぁ、マスター。----覚悟!!」

エルの指示に従って式神が一斉に弥一に殺到する。今度は確実に弥一を拘束する気のようだ。全身を拘束されては弥一とて振り切れない。

「---いいや。覚悟するのはお前だ、エル」

パチンと指を鳴らす。その瞬間、弥一を襲おうとしていた式神たちが動きを止め、同時にくるりと反転すると今度はエル目掛けて襲い掛かる。

「えっ!そんな!きゃっ!」

式神が突如自分の指揮下から離れたことに困惑し驚いている隙にエルの周囲を式神が駆け、エルの全身を拘束する。

拘束されて膝をつくエルを見て、弥一は息を吐く。いつの間にか右腕を拘束していた式神も弥一のそばで飛び、手の中に呪符に戻る。

「いったい何を」

「術式返しの応用だ。エルの式神は式神同士をリンスさせて命令一つで全部の式神が動くようにしていたろ?まず、右手の拘束ワイヤーに魔力を吸われるときに魔力と一緒に呪祖を流しこんで右手の拘束をしている式神を術に感染させる。そしてそこからすべての式神に術を感染させて指揮権を奪い取ったのさ」

弥一は解析眼と解析器をリンクさせその処理速度を使って、感染した式神から式神へとまるでウイルスのように術を感染させてエルの式神を乗っ取ったのだ。

すべての式神が独立稼働していればできなかった方法だが、弥一は最初の攻撃の時に式神の動きからエルが式神を個別で操っていないことはわかっていた。

あっけらかんと言う弥一の答えにエルは思わず目を見開く。

一つの式神を乗っ取りそこからすべての式神を乗っ取るというのはできないことはない。だが異常なのはその速度だ。

拘束からの僅かな時間で10もの式神を乗っ取る、その規格外の魔術処理にエルは戦慄と同時に尊敬を覚える。そして思う、やはり敵わないな、と。

「参りました。流石ですマスター」

「いやー俺も危なかった。エルこそ流石だったぞ?」

「お褒めいただきありがとうございます。と、ところでですねマスター。その.....そろそろこれ、解いてほしいんですが.....」

「え?」

頬を染めて俯くエルに弥一は声を漏らし、エルの体を見る。

式神が乱暴に拘束したそのせいでスカートがめくれて、スラリとしかし柔らかそうな太ももが見え、チラリと淡いグリーンのショーツが覗いている。さらに胸元にはワイヤーが強くくい込んで、エルの豊かな胸が殊更強調されてなんとも目のやり場に困る格好になっていた。

「わ、悪い!」

弥一も顔を赤くしてすぐに拘束を解く。

拘束が解けるとすぐさま身だしなみを整えるエル。しかしその耳は赤く染まっている。

お互いに向かい合うとしばらく居心地の悪い沈黙が続く。

そしてふと思い出したようにエルが腕のバンドを弥一に渡す。

「ど、どうぞマスター。私は完全に拘束されたので私の負けです」

「あ、あぁ、ありがとう。ふぅ、これで14個か」

「随分と集まったのですね?」

「まぁな。勇気と無謀をはき違えたバカどもの人数だ」

倒したクラスメイト(バカども)を思い浮かべながらポケットにバンドを突っ込む。

「それではマスター私の分まで頑張ってください。応援しております」

「オーケー。それじゃあ残り時間あと少しだし、取りこぼしたバカどもを一狩りいくとするか」

「ご武運を」

エルがスカートを優雅につまんで軽く頭を下げると、弥一はニヤリと笑いかけて残ったクラスメイト(バカども)を討伐しに廊下を走る。

それから時間終了まで、王宮にクラスメイト(バカども)の悲鳴と弥一の高笑いが響いていた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『それではいよいよ結果発表!!栄えある第一回王宮豆撒き大会の優勝者はーーーーーーーーーユノちゃん・メイ様・サニアペアーーーーー!!』

壇上の美奈の声と共に会場中から拍手と喝さい、さらには花弁が舞い、台に立つユノとメイを盛大に祝福する。

ユノとメイは両手でばんざーい! と手を挙げて、舞う花弁にも負けない満面の笑みで喜び、子狼のサニアもしっぽをブンブンと振り回し喜びを表す。

壇上で嬉しそうに笑う娘の姿を見ながら弥一も拍手と写真を撮る。

結局あの後クラスメイト(バカども)をすべて狩り終えて合計21個のバンドを集めた弥一だが、順位は3位。2位はヴィディルで28個。

そして1位のユノ・メイ・サニアはなんと57個、つまり114点という驚愕の撃破数だ。どうやらあのあとも兵士相手に無双を続けたらしい。

「あー、ひでぇ目にあった......」

と、弥一の横では全身から疲労困憊のオーラを滲み出す健がいた。

「どうした?」

「彩と一緒に逃げてたんだが、途中からなぜか男子どもに狙われてな。結局逃げきれずボコボコにされた。豆で」

「......あぁ、ご愁傷様」

どうやら弥一以外にも犠牲者がいたらしい。幼馴染という関係でも容赦なく制裁を与えるあたりクラスメイトの見境のなさが伺える。女子と仲良くしていればそれだけで制裁の対象なのだろう。

こうして波乱にまみれた豆まき大会は幕を下ろした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

豆撒き大会が終わって帰宅後。今日の主役であるユノとサニアと泊まりに来ていたメイを祝いながら夕食の恵方巻を食べ終え風呂に浸かると就寝の時間だ。

「さて、そろそろ子どもは寝る時間だぞ~」

「「は~い!」」

パジャマ姿のユノとメイが手を挙げると、トコトコと弥一のそばに寄ってきて裾を引っ張る。

「ねぇパパ!きょうは3にんでねよ?」

「メイも弥一といっしょに寝たい!」

「それは別にいいが.....いいのかセナ?」

セナの方を見ると「うん」と言って頷く。

「勝負に勝ったのは二人だからね。今日は二人のお願いを聞いてあげて?」

「ん?勝負って?」

「実はね.....」

どうやらセナの話では、今日の豆まき大会で優勝もしくは弥一を倒した人は弥一を一回独占する権利を手に入れる、という内容の勝負をしていたらしい。

それで納得した。セナと凛緒が対決していたのはお互いに邪魔するためで、エルが狙ってきたのは弥一を倒すためだということが。

「俺の知らないところで勝手に賭け事に使われるって.....とゆうかもし俺を倒した人と優勝した人が別だったらどうする気だったんだ?」

「そこは二人分弥一に頑張ってもらうということで」

「おい」

賭け事に利用されるのはあまりいい気持もしないが、まぁユノとメイの願いならよしとしよう。それに一緒に寝る程度の願いなら権利がなくてもお願いされたらかなえてやりたい。

「わかった、そういうことなら一緒に寝るか?」

「「やったー!」」

「サニアもこい。お前も優勝者だもんな?」

『わっふ!』

そういうわけで二人と一匹を抱え普段より少し早いが寝ることに。ベットに入るとユノとメイが抱き着いてきて、サニアは腹の上で丸くなる。子供特有の高い体温が心地よく、サニアのモフモフした感触が腹から伝わりすぐに睡魔が襲ってくる。今日はさんざん動き回ったせいか全員ふわ~っとあくびを漏らす。

睡魔に身を委ねようとすると、ユノがクイクイと服を掴んでくる。

「パパ、おやすみのちゅー」

「ああ、おやすみユノ」

チュッと軽いおやすみのキスをユノの額に落とすと、今度は反対から引っ張られる。

「弥一、弥一。メイもしてほしいの!」

「メイもか?」

「だめ....?」

上目遣いで聞いてくるメイに断れるはずもなく、ユノと同じように額におやすみのキスをする。

「おやすみメイ」

「えへへへ~おやすみ.....」

軽く髪を撫でてやるとメイは嬉しそうに目を細め、そのまま規則正しい寝息を立てて眠ってしまった。

と、今度はまた服が引っ張られる。

「パパ、ユノ、も....パパは、ユノの....パパなのぉ......」

寝ぼけまなこのユノが可愛らしくおねだりしてくる。弥一はそんな愛らしい娘の髪をほほ笑みながら撫でていく。

二人が眠った後もしばらく二人の頭を撫でながら弥一はそっと目を閉じた。



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