魔術がない世界で魔術を使って世界最強

海月13

叶う奇跡

地面が砕ける。突き出された巨人の拳は、地面を砕き土片を巻き上げる。

「クソッ!あぶねぇ!」

拳の一撃を間一髪で回避した健が、その威力を見て悪態つく。銀の巨人、ミスリルゴーレムは、そのまま地面を砕きながら腕を振るい、巨大な土塊を飛ばしてくる。

「うぉおおおッ!?」

飛んでくる土塊に目を剥き、すぐさま【縮地】で一気に土塊の圏外に回避。ゴーレムは土塊が当たってない事を確認すると、もう一度拳を突き出してくる。

「ーーッ!ぐぼッがッ!!」

回避しようとした拳だが、今回のは前回よりも速く、健は回避できずにそのまま吹き飛ばされる。

砲弾のように吹き飛ばされた先にあったのは巨大な岩石。健はそのまま岩石の半分近くまでめり込む。

「健!!」
「健くん!!」

彩と凛緒が同時に声を張り上げ、健に駆け寄る。

「だ、大丈夫だ、二人とも」

身体を動かし岩石から自力で出てきた健が、息絶え絶えに答える。頭から血は流しているが、骨折などはないようだ。

「健!無事か!?」

「余所見をしている暇があるのか!」

「くっ!!」

遠くの方で雄也が声を上げるが、次の瞬間にコルトアが握っている剣を振り下ろす。雄也はなんとか防ぐが、掛かる剣の重さに耐え切れず弾き飛ばされる。

「まだまだだな、英雄」

そう言ってコルトアは剣を払い、言葉を吐く。その手に握るのは銀に光り輝くミスリルの剣。

「ぐっ、強過ぎる。これが魔王軍六属の力か・・・!?」

握るルナ・エルームを支えにして立ち上がり、雄也は剣を構える。その身体には大きな外傷は無いものの、至る所に浅い切り傷があり、血が滲んでいる。

魔王軍六属『土』のコルトアと戦闘が始まってから三十分が経過していた。現在、健・彩・凛緒・ロジャーパーティーの騎士はコルトアが召喚したミスリルゴーレムの相手を、雄也とロジャーはコルトアの相手をしている。

しかしロジャーパーティーの騎士達はすでに全滅し、意識を失っている。そのため、ゴーレムは健と彩、凛緒の三人で対処するしかない。

数では勝っても攻め切れない。そんな戦いが続いていた。

「ふんっ!!」
「はぁあああっ!!」

ロジャーと雄也が同時に左右から攻める。込める力は普通なら魔人でも致命傷の威力。しかし相手は普通の魔人ではない。

「ふんっ、甘いわ!!!」

ガキンッという金属がぶつかるような音を立て二人の攻撃が受け止められる。ロジャーの剣は腕で、雄也の剣はミスリスの剣で。

「なっ!」
「そんな!?」

二人の攻撃をそれぞれ片手で防ぐコルトアに、信じられないと言った声を上げる。完璧なタイミングでの同時攻撃。しかしコルトアはキッチリ二人の攻撃に対応して見せた。

ギリギリと両者が拮抗する。最初は拮抗していたが、徐々にコルトアが目に見えて押されていく。流石に英雄と騎士団長の二人の攻撃は、完全には防げないようだ。

「ちっ!《大地よ・あるべく形の盤上を変え・疾く鋭く穿て》!!」

「ーーッ!まずいっ!!」

コルトアが詠唱を唱えると、ロジャーが叫び雄也も同時にコルトアから離れる。

その瞬間、コルトアの周囲の地面から鋭い土の棘が雄也とロジャーを強襲する。

雄也は英雄としての動体視力と反射神経で、土の棘を間一髪ルナ・エルームで防ぐ。しかし、防げたのは雄也だけ。ギリギリの所で回避し損ねたロジャーの足に棘が刺さる。

「ぐっ!!」

「ロジャーさんっ!!!」

着地後膝を着くロジャー。右足の裏に刺さったらしく、足裏から止めどなく血が流れ、地面を黒く染めていく。雄也が駆け寄り光の中級回復魔法【恩光】を使い、応急処置を行う。その甲斐あってか出血は止まったが、光の回復魔法であるため応急処置程度、本職の水の回復魔法ほど完全には回復出来ていない。

これ以上の回復は時間を掛けるか、回復専門の魔法師に任せるしかない。しかし、敵はどちらも待ってくれる相手ではない。

「ハァアアアアアアッ!!」

「ーーッ!オオオオオオオオオッ!!」

コルトアが大きく跳躍し、上空から上段の剣を力強く振り下ろす。健は振り下ろされる銀の煌めきに負けるまいと、腹から声を張り上げて叫び、ルナ・エルームを振り上げる。

交錯する剣線。お互いの中間地点で互いの剣がぶつかり合い、火花を散らす。お互いの中間地点で散る火花は両者が互角という事を表す。

しかし、それも僅かの間。剣を振り下ろすのと振り上げるのではどちらの方が重たいか、それは明白である。

「ぐっ!!重いッ!!」

火花の位置が徐々に雄也寄りになってくる。このままではまずいと判断した雄也は、角度をずらしてコルトアの剣を流す。

「だからそれが甘いと言っている!!」

「なっ!?がはっ!!」

しかしコルトアは攻撃の流れに逆らわず剣を振り切り、それと同時に拳を脇腹に喰らわせる。

拳は重く鋭く突き刺さり、雄也が弾かれるように吹き飛ばされた。

「ぐっ!!」

空中で体制を立て直すと、ルナ・エルームを地面に突き刺して減速する。ガガガーーーッ!!と地面を抉りながら止まる。その距離、なんと二十メートル。

「ダメだ、全く歯が立たない・・・!」

《英雄》の加護を受けた自分すら上回る力。その力を完璧に制御し、的確なところで最大限の力をぶつけるてくる技術。戦いが長引くにつれ、その強さの格を感じ、そして悟る。


勝てない、と


「でも、こんなところで負けてたまるか・・・!僕が負ければ、みんなが・・・っ!」

勝てないとわかっていても、負けるわけにはいかない。今ここで倒れてしまえば、本当にコルトアを止めるものが居なくなり、確実に皆殺しだろう。しかもそれだけにとどまらず、多くの魔物が近くの村や町を襲い、蹂躙が始まってしまう。

(何が何でもこんなところで負けるわけにはいかない!!)

自分が負ければ多くの命が失われてしまうという、命の重みが雄也の背中に重くのしかかる。その重みのみを糧にして雄也は立ち上がる。

「ほう、まだ立ち上がるか英雄。だがいい加減諦めたらどうだ?貴様ではこの俺には敵わないと理解しただろうに」

「ああ、痛いほど理解してるさ。でも・・・そこに中のどこに諦める理由がある!!」

ダメージが蓄積した体に鞭打って、コルトアと対面しルナ・エルームを構える。ルナ・エルームは厳しい戦いの中でもその輝きを衰えさせることなく輝き、「まだ自分は戦える」と訴える。

雄也はそんな相棒を頼もしく思いつつ、腰を落として剣先をコルトアへ向ける。

「【精霊付与】!!」

輝く刀身に炎が絡みつき、炎の力が宿る。しかしコルトアは燃える炎の剣を前にしてもなお余裕の態度を崩さない。

「そんな力でなにができる。それに、貴様は俺にばかり気にして忘れてはいないか?」

「雄也後ろっ!!」

「--っ!しまった!!」

健の声で振り向けば、そこには目前に迫る巨大な拳があった。

【縮地】を使って回避をと考えたが、今からでは間に合わない。そう判断したのも束の間、体中に重たい衝撃が走る。

衝撃は余すことなく雄也の全身に伝わり、ものすごい勢いで体が吹き飛ばされた。

「雄也っ!!」

とそこへ雄也の進路上に健が飛び込んでき、雄也の体をキャッチする。

「大丈夫か雄也!?」

「げほっ、だ、大丈夫ありがとう健」

「離れるぞ。しっかりつかまってろよっ!」

雄也に肩を貸して【身体強化】と【縮地】の併用で一気に飛びずさる。その際、後方から炎の風があたりを呑み込み、一時的な目くらましになる。凛緒と彩の魔法だ。

「大丈夫健君、雄也君!?」

「なんとかな、体中ボロボロだけどなんとか動ける。雄也は?」

「大丈夫、それよりもロジャーさんのほうが」

「ロジャーさんなら治療して避難させてあるわよ」

「ならよかった。・・・それより問題はあっちの方だな」

そういって健は岩陰から向こうを覗く。遠くの方には輝くミスリルのゴーレム。

「それでどうだった、あのゴーレムの方は」

「ダメだ、まったく攻撃が効かねぇ。物理攻撃に魔法、どれも目に見えてダメージがない。そっちは?」

「・・・勝てない。純粋な力も、それを扱う技術もどれもあっちが上だ」

「ま、マジかよ。雄也でもダメなのか」

”英雄”である雄也でも勝てないと言われ、健がたじろく。彩と凛緒も同じような反応を見せる。

攻撃が効かないミスリルでできたゴーレムに、英雄をも上回る強さの魔王軍六属の魔人。敵わない敵を前に四人の中に絶望の空気が漂う。

「なにか弱点でもあれば・・・」

「でもそんな簡単に見つかるとは思えないけど・・・」

凛緒と彩もゴーレムを観察するが特に見てわかるような弱点は見当たらない。攻撃のせいかゴーレムの体に細かい傷ができている、でも特にゴーレムの動きに影響はない。

「全員回避!!」

「「「ーーッ!!」」」

その場から飛びのくのと同時に、隠れていた岩場に巨大な土塊が落下してくる。飛んできた方向を見ると、ゴーレムが巨大な土塊を持ち上げて、再びこちらに投擲してくる。

「《圧政なる水の奔流》!!」

凛緒が省略詠唱で魔法を打ち出す。荒れ狂う水の奔流が空中で土塊とぶつかり、そのまま土塊を押し返すことに成功した。

「行くぞ雄也!先にあのゴーレムをどうにかする!【筋力強化】!【身体強化】!【豪腕】!」

「僕は左から行く!【身体強化】!【精霊付与】!」

「凛緒援護するわよ!」

「うん!」

四者一同に動き出す。煙幕で視界が奪われている隙に、雄也と健が左右から強襲する。そこに凛緒が氷結を、彩が炎の矢を放ち牽制する。

どれだけ強いゴーレムでも、視界を奪われれば身動きはできない 

「ハァアッ!!」
「セァアアアアアアー!」

ほぼ同時にゴーレムに攻撃を仕掛ける。雄也のルナ・エルームはゴーレムの右脇腹に、健の拳は左脇腹に命中。

 ガギンッ!と鈍い音が響く、ゴーレムに攻撃は通った様でその巨体がバランスを失い倒れる。

「いまだ!」

ゴーレムが怯んだ隙を突いて、彩と凛緒が詠唱を始める。

「《緑の神秘に隠れる風の息吹き・静かにそよげ荒々しくそよげ・その息吹きが全てを打ち据える》!!」

「《青の神秘に隠れる水の流れ・静かに流れ荒々しく流れろ・その流れが全てを呑み込む》!!」

同時に唱えたのは風と水、それぞれの神級魔法。

何もかもを圧倒的な風圧で叩き潰す【天風搥】

何もかもを圧倒的な水の奔流で吞み込み砕く【天水砕】

その二つが合わさり、天まで届く風と水戦鎚がうねる。

圧倒的な二つの天災がそこに存在するだけで全てを呑み込もうとする。辺りの木々や土などが浮かび上がり、天に昇る渦に呑まれていく。呑み込めば吞み込むほどその大きさは増していき、遂には直径百メートル近くまで達する。

風と水の渦はそれだけでも脅威であるにも関わらず、更には巻き上げた土塊や木々が渦の中で猛烈に回転し、天災の危険度を跳ね上げる。呑み込まれれば木々や土塊などでボコボコにされるだろう。

天災はうねり、そのまま倒れたゴーレムと傍にいたコルトアごと吞み込んだ。

押し寄せる大瀑布の風圧と水圧によってゴーレムは身動き一つできない。そして次々と襲い来るのは巨大な岩や木々など自然の凶器。

ゴガッ!ズゴォオン!などの金属の音が響くが、大瀑布の風と水のせいで掻き消される。だがダメージが通っているのは明白だ。

離れた所から彩と凛緒がそれぞれ別の場所からその光景を眺め、ゴーレムを挟んで反対側では、巻き込まれない様に避難した雄也と健がその光景に息を呑む。

「これなら無傷じゃいられねぇだろ」

「二つの神級魔法の威力なら攻撃は通るはず」

吹き荒れる強風に抵抗しながら二人は立ち上がる。吹き荒れる余波だけでも気を抜けば体が倒れそうだ。

「このままやられてくれればいいんだが」

吹き荒れる天災を眺めながら独りごちる。その時


天災が割れる


「「「「なっ!!??」」」」

比喩表現でもなんでもない。文字通り天災がまるで切られたかのように縦に割れたのだ。

余りの非現実的な光景に四人は声を揃えて驚愕する。驚きの余り声が出ないのか、ただただ天災の中心を見つめる。

そしてその中心には一つの影が

「はぁ、はぁ、意気がるなよ、人間・・・ッ!!」

割れた中心では憤怒の表情のコルトアが立っている。天に向かって剣を振り上げる姿から察するに、二つの神級魔法を斬ったのだろう。化物のとしか言いようのない。

「そんな!?あれだけの魔法を斬ったのか!?」

「貴様ら人間などの攻撃など、この俺には通用するものか・・・!!」

驚愕に声を上げる雄也に対してコルトアは答える。しかしそう答えるコルトアは、言葉以上に消耗しているようだ。

額から血を流しながら肩で息をするコルトアは、憤怒と憎悪を浮かべる。 格下の相手に、予想以上に負傷させられたことに怒り心頭のご様子。

「もうよい、余興はここまでだ。叩き潰してくれる!行け!ミスリスゴーレム!まずはそこの小娘だ!!」

コルトアの合図に従い、倒れていたゴーレムが起き上がる。損害は大きいようだが、それでもダメージを感じさせないような動きで、凛緒に向き直る。

「しまった!?逃げろ!凛緒!」

「間に合えっ!」

「行かせると思うか!!」

「凛緒ーーーー!!」

咄嗟に駆け出そうとするも、コルトアが攻撃を仕掛けてくる。健と雄也は完全に抑え込まれてしまった。彩も駆け寄ろうとするが、どう足掻いても間に合わない。

「《氷結の柱・極低の霜は・全てを穿つ》!!続けて《集え暴風・嵐となって駆け抜けよ》!!」

掛け無しの魔力を振り絞って、凛緒は水の最上級魔法【氷閃】と風の最上級魔法【嵐搥】を放つ。

暴風によって加速した氷の柱が、ゴーレムの右肩に命中する。そして驚異の強度を誇るミスリスの肉体を打ち破り、その身体に杭を打ち付ける。


だがそれだけ。


ゴーレムは多少フラつくが、それでも構わず再び腕を振り上げる。どれだけ深く刺さろうが、痛覚のない人形に効果はない。そして、それを理解した時には遅かった。

凛緒は腕を振り上げるゴーレムを見て思う。

(こんな所で終わるの?まだやいくんとも会えてない。見つけ出してやい君と一緒に話したい。やいくんと一緒にいろんなことしたい!)

絶体絶命のなか意識が引き延ばされるような感覚がある。走馬灯のように弥一との思い出が頭の中を駆け巡る。それと同時に、弥一への思いが溢れでる。

「私はまだここで死ぬわけにはいかない!こんな所で終われない!!」

杖を握り直し氷の刃を創り出す。迫り来る恐怖に足が竦む。それでも想いを声にして叫び、恐怖に立ち向かう。

杖を構え最後の意地を見せる。しかしゴーレムはそんな事お構いなしに、握った拳を振り下ろす。

ゴウッッ!!と空気がうねる音と共に、明確な『死』が襲い来る。

それを前にしても凛緒は逃げない。


ーー私はまだ死なない!

ーー私は生きてやいくんと再会する!


「ここで負けるわけにはいかないのッ!!」


ズッゴォオオオオオオオオオオオンッ!!

凛緒が叫び、ゴーレムの腕が落とされる瞬間、その間に何かが落ちて来る。凄まじい土煙と音を響かせながら何かが落ちてきたのだ。

「え、?」

凛緒は何が何だか理解出来ていない様子。唖然とした表情でぼそっと声が漏れる。そして驚きで固まるなか、ゴーレムの攻撃が来ない事を不思議に思う。

唖然とする凛緒だが、土煙が晴れると今度は別の意味で驚く。

そこにいた・・のは、全長約十メートル位の白と赤で装飾された騎士のような人間、いや、ロボットだ。

その巨大なロボットがゴーレムの拳を掴んで受け止めているのだ。

ロボットは目を光らせると、グググっとゴーレムの腕を押し返し、そのままゴーレムをーーーぶん投げる!!

ゴーレムは冗談のように吹き飛ばされ、そのまま十数メートルに落ちる。

巨大ゴーレムVS巨大ロボットという余りにもSFチック過ぎる展開に、誰もついていけず、ただただ呆然となる。

そんななか巨大な騎士ロボットは、凛緒の方を向く。

「新手の敵!?」と警戒した凛緒だったが、次の瞬間ロボットから声が発せられる。

それは自分が探し求めていた声。

『大丈夫か?凛緒』

「・・・やい、くん・・・?」

一瞬耳を疑った。それでも忘れるわけがない。その声は今一番聞きたかった声なのだから。

騎士の胸の部分がプシューと音を立てて開くと、なかから黒衣の少年ーーー日伊月弥一が出てくる。

「久し振りだな凛緒。あれ?俺さっきも言ったな」

凛緒の呟きに弥一は気の抜けた様な言葉を返す。

そのいつもと変わらない弥一に、凛緒は涙が溢れてくるのを感じる。今までの『会いたい』という気持ちが際限なく溢れ、それが涙となって頬を伝う。

くしゃくしゃに涙を流し、ようやく再会できた事にただただ涙と嗚咽を漏らす。

「よかった・・・本当に、よかった・・・!!」

弥一は凛緒のそんな姿を見ると、不敵な笑みを浮かべて微笑んだあと、騎士の胸の中、コックピットに戻る。

コックピットが完全に閉じると巨大な騎士は動き出す。凛緒に背を向け、数十メートル先で起き上がったゴーレムと対峙する。

その背は無言で『あとは任せろ』と言ってくる。

凛緒はそれが何よりも頼もしかった。

そんな凛緒の安心した目を受け、弥一はゴーレムに向かって言い放つ。

「さぁ、俺とお前のゴーレム、どちらが強いか勝負といこう」


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