魔術がない世界で魔術を使って世界最強

海月13

魔術師の嫁は無双する

ユノとエルと別れ西側にやってきたセナは、丘の上から魔物の軍勢を見下ろす。魔物の軍勢は、暗くてよく見えないが、目測で1万程度。そんななかで、金属音や魔法が飛び交う一帯がある。

セナは、視力強化の魔術を使いその一体を見てみると、そこでは騎士と勇者が魔物と激しい戦いをしていた。後ろの古城に避難しようとしているが、負傷者を運んだり、魔物に翻弄されうまく撤退ができていないようだ。

セナは手始めに視界を確保する。

「【光天】」

セナが唱えると、空に小さな光が生まれたと思うと、次の瞬間には空全体が光に覆われ、戦場に昼間のような明るさが訪れる。

突然の出来事に騎士団や勇者はおろか、魔物も攻撃を中断し、空を見上げる。

視界を確保したセナは、今度は右手を掲げる。

「【豪炎鳥】」

セナを中心とし、業火の火柱が渦を巻いて天に昇ると、炎はそこで巨大な鳥の形を成す。

『キュアアアアアアアアアアア!!!!』

炎を纏う鳥は天高く吼え、翼を広げると、あたりに炎の鱗粉をまき散らす。光り輝く空に突如現れた炎の鳥は、すべての視線を集める。

それを確認したセナは、指揮者のように腕を悠然と振り下ろし、豪炎鳥に命令する。

「いけ!」

セナの命令を受け、豪炎鳥は炎の羽を羽ばたかせ、魔物の軍勢に向かう。そして中心部分に来ると、口から灼熱の炎を吐き出し、魔物をこの世から炭一つ残さず焼失させる。さらに豪炎鳥が羽ばたけば、灼熱の熱風があたりを薙ぐ。

魔物の軍勢に次々と炎が上がり、魔物が燃えていく。瞬時に灰となり、その灰すらも燃やしながら、豪炎鳥が飛び回る。

そのうちにセナは騎士団や勇者たちが集まるところまで来る。するとセナに築いた騎士がすぐさま駆け寄る。

「冒険者組合から派遣されてきた、第十階梯冒険者のセナ・アイヤードです」

「アーセラム王宮騎士団副団長のクロード・アルマークです。応援感謝します」

差し出された手をお互いに握って挨拶をすると、さっそく状況確認をする。

「それでいまの状況は?」

「負傷者がかなり出たため、一度古城に引き返し、前線の立て直しを図ろうとしたのですが、そこで魔物による追撃に対応できなくなってしまっている状態です」

イギリスの軍事学者ベイジル・リデル=ハートはこのような言葉を残している。

『戦火の大部分は追撃によって生まれる』

今の時代のように重火器による遠距離戦闘とは違い、白兵戦が主だった頃は、戦争の被害は敗走兵が大きな割合を示していた。それは単純に正面からの戦闘と撤退中の戦闘では、撤退中の戦闘の方が難しいからだ。

もちろんここに集う王宮騎士団は、撤退しながらの戦闘練度も高く、ふつうならここまで被害が出ることはなかっただろう。だが今回は勇者たちがいる。

いくら王宮騎士団よりも強力な力を持っているとはいえ、撤退中の戦闘は経験がものをいう。

今まで騎士団の安全な補助があり、その強力な力で魔物を倒して敗北というものを経験していない彼らにとって、撤退しながらの戦闘はまともに機能しない。そのため今回は勇者たちは、騎士団の足かせとなっていたのだ。

王宮騎士団の騎士は、もちろん非戦闘員を守りながら撤退しつつ戦闘する訓練も受けてはいるが、しかし今回の場合は魔物の数が桁違いだ。

そのため、魔物の追撃に対応できず、戦場で孤立状態となっていたのである。

一連の状況を理解したセナは、騎士にいう。

「わかりました、あとは私に任せてください」

「え?その、あなただけですか?第十階梯の冒険者の方なら心強いですか、さすがに一人では・・・」

セナの言葉に騎士が言いよどむ。それもそうだろう、いくら第十階梯の冒険者とはいえ、さすがに一人の少女に任せるわけにはいかない。しかしセナは首を横に振る。

「大丈夫ですから。任せてください」

そういうとセナは魔物の軍勢の方に歩き、静かに唱える。

「【劇氷楼】」

セナが唱えると、セナの周囲に極寒の絶対零度が発生し、それが魔物に向かう。そしてその瞬間、地面から氷の柱が発生し魔物を串刺しにする。

あたりに飛び散った血が瞬時に凍り付き、血の結晶が地面に落ちて割れる。さらに氷が刺さったところから魔物の体が瞬時に凍り付き、内臓や血液に至るまですべてが凍る。

その氷柱は急速に広がり、氷の世界を広げ魔物を次々と串刺しにし、大量の魔物が一瞬にして氷の世界に眠る。

魔物を一瞬にして氷漬けにしたその光景に騎士団や勇者たちは唖然とし、突っ立っている。

氷の世界の侵略が止まると、氷がガラスを割ったような音を立てて砕け、そこには魔物の死骸や血の一滴すらも残っていない。

「い、いったい何が・・・!?」
「これって魔法、なの・・・?」
「こ、これだけの規模の魔法を一瞬で・・・!」

セナの魔法を見て、全員が愕然とする。またこの【劇氷楼】はセナのオリジナル魔法なので、誰も見たことがなくその威力を見て魔法組の生徒が驚愕している。

セナは改めてそんな唖然とする生徒や騎士団に向かって、再度警告を出す。

「今すぐここから撤退してください。ここにいると、あなたたちも巻き込まれますよ」

「わ、わかりました!全員撤退!負傷者をかけてすぐに古城まで引き返すぞ!!」

クロードの指示によって全員が古城に向けて、撤退を開始する。負傷者を抱えているため撤退の速度は遅い。

それを見た魔物たちは、好機と見て一斉に動き出す。魔物は先ほど目の前で魔物がやられたことで、セナを警戒し、セナに目もくれず避けてその後ろで撤退している騎士団や生徒たちに狙いを定める。

しかし、それを許すセナではない。

「【冥水竜】」

水がうねり天に舞うと、今度は体が水でできた巨大な竜が生まれる。冥水竜はその場で吼えた後、豪炎鳥同様に魔物の軍勢に立ち向かう。

雄々しい羽を羽ばたかせれば、羽から超高圧の圧縮された水弾がガトリング砲のごとく発射される。水は高圧になればなるほど、その水流は包丁や刀なんかの刃物より鋭い切れ味を持つ。その威力はダイヤモンドすら切断する威力。

そんな威力を秘めた水弾は、冥水竜の羽から無差別に魔物の軍勢に打ち込まれ、魔物の体表をいともたやすく貫きハチの巣にする。

『ゴァアアアアアアアア!!』

冥水竜が大きく息を吸うと、口から超高圧の水のレーザーを放つ。巨大な水柱は魔物の軍勢に直撃し、魔物を呑み込む。超高圧の水は一瞬にして魔物を切断し、ぐしゃぐしゃに潰す。

そのまま水のレーザーは魔物の軍勢をジグザグに進み、魔物を蹴散らしていく。

「【風炎砲・散】!」

炎を纏う風の弓を構え上空に矢を放つ。放たれた矢は炎の尾を引き、天高く舞うとそこで炎が爆ぜ、矢が無数に別れる。

そらから矢が無数に雨のごとき降り注ぎ、魔物の軍勢に次々と着弾、そして爆ぜる。

爆撃の雨が降り注ぎ、魔物の悲鳴が響き渡る戦場。その空に炎の輝く鱗粉を散らし、灼熱の炎を放つ炎鳥。圧倒的量の水弾を無差別に撒き散らし、超威力の水のレーザーを放つ水竜。

その光景はまるでこの世の地獄のよう。そしてその地獄の中心に立つのは、蒼い髪をたなびかせる美しい少女。

「これで半分くらい」

爆撃の雨が止み豪炎鳥と冥水竜が消えると、戦場に静けさが舞い戻る。後に残ったのは、地面の至る所に空いたクレーターに魔物の死体。

最初は一万程度だった魔物が、今ではおよそ六千にまで減少していた。

魔物は静けさが戻った戦場の残骸を前に、足を止める。

「そんなもの?かかって来い」

そう言ってセナが手をクイッと挑発すると、言葉は通じなかったが、挑発されているという事がわかった魔物たちは、一斉に吠えるとセナに押し寄せる。

押し寄せる魔物の中には、固有魔法持ちがいるようで、様々な魔法が魔物より先に迫る。

火球や氷の礫、風の刃や闇のブレス、属性バラバラの魔法が合計で二千。魔法の壁とでもいうべき量が一度に押し寄せる。

しかし、セナはそんな様子を気にした様子もなく、静かでありながら戦場に透き通る凛とした声で、唱える。

「来て、【玄帝竜】」

突如して地面を白の雷が走る。セナを中心として放射線状に雷が広がり、そして放出された雷がまるで心臓が鼓動するように収縮して集まる。

収縮された雷は一度に空に舞い上がり落ちてくる。そして雷が地面を砕き潜ると、地面が大きく隆起し、隆起した地面から巨大な亀が現れる。いや、その姿は亀というより地竜に近い。

その全てが岩石や鉱石でできた亀に、さらに先ほどの白い雷が甲羅に巻き付き巨大な蛇の形を成す。

『グォオオオオオオオーーー!!』

亀が声を上げると、周囲の地面が変動し壁となる。

分厚い土の壁が出来上がり、それと同時に爆発と衝撃が壁を揺らす。二千にも及ぶ魔法はそのことごとくが土の壁に阻まれ、セナに当たらない。土の壁は揺れる事はあっても、崩れる様子がない。

それは壁の内部に仕掛けがある。最外殻は土と土壌中の鉱石が合わさった壁で出来ており、その内部の層は砂などの細かい土で出来ているのだ。

細かい砂などは、強い衝撃が加わるとその衝撃に比例して瞬間的に硬度を増す。軍隊などで土嚢が身を隠す壁として使われているのがその理由だ。

硬い層と細かい砂の層、これが交互に繰り返され土の壁が形成されていることによって、魔法の衝撃などを防いでいるのだ。

魔法の爆発はまだ続く。しかし土の壁が壊れる様子は見当たらない。そんな土の壁に対して、魔物は直接乗り越えようと考えたのか、十五メートルはある壁に飛びつき這い上がろうとする。

「雷蛇」

その時、空にバチっと稲妻が走ったかと思うと、次の瞬間には魔物目掛けて白の稲妻が落ちてくる。

稲妻に撃たれた魔物は、全身を焼かれ地面に落ちる。それだけに留まらず、今度は壁の下で登ろうとしていた魔物の軍勢目掛けて、稲妻の雨が降り注いだ。

無差別に落ちてくる稲妻は、魔物を撃ち抜き、時には地面にクレーターを作る。死の雨はその後も降り注ぎ、気がつくと辺りには魔物の死体で山ができていた。

『キシャアアアアアーーーーーー!!』

壁の上を見れば、白い稲妻の大蛇が声を上げている。魔物を襲った稲妻の正体は、この蛇の放つ稲妻だったのだ。

敵の侵攻を阻み、城壁上から敵を狙い撃つ。それは一つの要塞というべきものだ。

「うーん、まだ奥の方に残ってる」

壁の上から見下ろすセナは、稲妻で倒せた数が意外と少ない事に少し不満の様子。開発した新しい魔法だった為、まだ予想通りにはいかなかった。しかし土壁の方はちゃんと全ての魔法を防いだので、よしとする。

「じゃあ早く片付けよっと」

部屋を片付けるような気楽さでそう言うと、右腕を挙げる。その合図で稲妻の大蛇が大きく口を開き、口内に凄まじい電気エネルギーを蓄える。

セナは電気が十分にチャージされた事を確認し、遠くの魔物目掛けて腕を振り下ろす。

「発射!!」

発射の合図と共に、稲妻の大蛇から純白の極光が放たれる。極光はゴッガッッッ!!!!と空気を焦がしながら一瞬で魔物との距離を吹き飛ばし、魔物の軍勢の中心に着弾した。

ズッゴォオオオオオオオオオオオンッ!!

大地を揺るがすような地鳴りと地響きが伝わり、着弾地点では爆炎と土が舞う。
着弾地点にいた魔物は炭一つ残さずこの世界から消え、周りにいた魔物も爆散した稲妻の電気や爆風で消し飛び、辺りには焦げた肉の臭いが漂う。

この原因を作り出した魔法使いさんは「うんうん」と満足した様子で頷いているが、額にはダラダラと冷や汗が出ている。先程は威力があんまりだったから少し溜めてみよう、と思って撃ってみればこの有様。

満足した顔とは裏腹に、その冷や汗が内心「やりすぎた・・・」と雄弁に語っていた。

しかしそれで多くの魔物を消し飛ばしたのも事実。やり過ぎたかもと思う反面、これで良かったのだと納得する。

「このまま押し切る!雷蛇分裂!第二射拡散用意!!」

セナがそう命令すると、大蛇が尾の付け根辺りから、合計二十近くに分裂する。土の城壁に沿って全方向に並ぶと、その顎門を開き、エネルギーを蓄える。

「第二射、発射!!」

振り下ろされた腕と共に、二十以上の顎門から極光が放たれた。

威力は小さくなったが、広範囲に広がった幾つもの閃光が戦場を瞬く間に蹂躙する。魔物は城壁にたどり着くことなく倒れ、撃ち出した魔法の数々も、城壁に阻みる。

蛇達はエネルギーが溜まるたび、即座に極光を無差別に撃ち、止む事のない光の雨を降らし続ける。

「【豪炎鳥】!!【冥水竜】!!行って!!」

このまま決着をつけるべくセナは更に豪炎鳥と冥水竜を召喚し、戦場に災禍を振りまく。

『キュァアアアアアアアーーー!!』

『ゴァアアアアアアアアーーー!!』

大蛇が広範囲を殲滅し、炎鳥と水竜が大蛇の撃ち漏らしを焼き、撃ち抜いていき、反撃とばかりに撃ち込まれた魔法を大亀が城壁で塞ぐ。

その光景は一つの要塞、いや一つの軍だ。

そしてその軍によって魔物の軍勢の九割が殺られ、残り一割となった。

セナは最後の決着を付けるべく、大蛇と炎鳥、水竜を集める。

各々顎門を開く。大蛇は電撃、炎鳥は炎、水竜は水を。それぞれが蓄えたエネルギーが限界点に達したその瞬間、セナは手を残りの魔物に向ける。

「これで終わり!発射ーーッ!!」

刹那、戦場を一条の柱が横断する。

空気を焼く稲妻の柱、灼熱の炎の柱、高圧の水の柱が絡まり、一つの柱となって魔物の軍勢を扇状に薙ぐ。

圧倒的な破滅いの前に魔物は声を上げる暇も無く、炭の一つすら残さずこの世から消失する。

破滅の柱から逃げようとする魔物もいるが、逃げ切ることなどできるはずも無く、同じく消失した。

やがて柱が溶けるように消える。柱が通った後には、地面が大きく抉れマグマのようにボコボコと音を立てて融解しており、一部はガラスのようになっている。

草一つ存在せず、扇状に地面が溶け、その破壊の威力を見せつける。

全てが消え、彼方此方で残り炎が燃える中、セナは四体を解除する。破滅の限りを尽くした四体の獣は、それぞれが空中に溶けるように消えると、あれ程騒がしかった戦場に、静寂が訪れる。

「ようやく終わった」

静寂に包まれた戦場を見ながらセナは一人呟く。【光天】を解除すると、夜が戻る。

いつの間にか雲が晴れていたらしく、空には星々が輝いている。星の輝きに照らされたセナは戦場をもう一度眺めると、遠くの空を見る。

その方向には、自分が一番愛する者がいる。

「こっちは勝ったよ。だから、守りたい約束を果たして、弥一」

約束を果たしに行くと言った愛する者を思い、燃える戦場で微笑む。

セナは燃える戦場を消化し、ユノとエルと合流すべく、二人の方向へ向かう。

その胸の内には、愛する者の無事を祈りながら。

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