魔術がない世界で魔術を使って世界最強

海月13

凛緒side 不穏な空気

まだ日が昇らない早朝。凛緒は何時もと変わらぬ時間に目を覚ます。うーん、と背伸びをしベットから起きて窓を開ける。窓を開けると港からの潮の香りが鼻腔をくすぐる。凛緒の朝はこれから始まる。

一ヶ月程なく前から滞在している【都市メイカイ】は大きな港街だ。港の方を向くと大海原が見え、そこから朝の風とともに潮の香りが漂う。

凛緒は大きく息を吸って朝の匂いを堪能し、気合をいれるため頬を叩く。

「よし!今日も元気にいこう!」

そういうと寝巻きを脱いで運動用の服に着替える。顔を軽く洗い、タオルと飲み物をカバンに入れた後杖を持って外に出る。

まだ寝ているクラスメイトを起こさないように気をつけて廊下を歩き、宿の裏の大きな空き地に出る。

「まずは走ろっかな。昨日レベルが二つ上がったからそれに慣れておかないと」

そう言ってた凛緒はカバンからステータスプレートを取り出す。

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《綾乃凛緒》 女
レベル:68
職業:女神官

筋力:1000
体力:1100
俊敏:1030
耐性:1140
魔力:1600

〔契約精霊〕
・水精霊『最上級:ミーラ』
・風精霊『上級:ミン』
・光精霊『上級:レーン』

スキル
言語・料理・裁縫・解呪・回復魔法威力上昇・魔力回復速度上昇・光魔法威力上昇・突き技威力上昇・体力強化

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現在のクラスメイトの平均レベルが60なので凛緒は勇者パーティーの中でも二番目にレベルが高い。最高は相川で、レベルは71。これは職業英雄の効果でレベルが上げやすいからだ。

凛緒はレベルへの補正がなくてここまで来たのだ、並大抵の努力ではない。これも弥一と出会うため。

凛緒はステータスの確認を終えると、まずは始めにジョギングから始める。コースは【都市メイカイ】を一周だ。メイカイはとても広く、港だけでも東京ドーム二十個分以上はある。街全体となると相当な距離だ。

軽いストレッチをして軽快に走り出す。そして走りながら継続的に自分に回復魔法を掛け続ける。掛ける効果は疲労を和らげる最小限の範囲で。

走りながら魔法を掛け続けることで体力面と魔法の訓練になる。

凛緒はその状態で走り続け、一時間後宿まで戻ってくる。既に日は昇り始め夏の朝特有の暑さが出てくる。

「はぁ、はぁ、ふー。よし、ジョギング終了。みんなそろそろ起きてくるから今日の魔法練習は夜にして、杖術を練習しよう」

そう決めると汗をタオルで拭き、今度は空き地の木にくくりつけた縄を的にして杖術の訓練をする。

「セッ!ハッ!!」

体全体を使って鋭い一撃を放ち、すぐに引き戻して今度は三連突き。そしてそのまま杖を回転させ杖の先端で側面から殴りつける攻撃。一連の動作を最速、最短で行う。

それをひたすらに、何度も、何度も、愚直に繰り返す。一つ一つの動作を正確に、スマートに、ただそれだけのこと。その杖捌きは、本職の槍術師なみの技量だ。

それから一時間、凛緒はひたすら集中して杖を振るう。その集中力は人が来ても気がつかないくらいに。

「凛緒、そろそろ朝ごはーーーーー」

「シッ!!」

突然かかった声に凛緒は即座に体の向きを変え、打ち出すはずだった突きをその声の主の喉元に打ち込むーーーー寸前で止める。

「・・・え?あ!ごめん彩ちゃん!!大丈夫!?ケガない!?」

「だ、大丈夫」

声の主は凛緒の親友、彩だった。彩は喉の数ミリ手前で止まっている杖を見て冷や汗をダラダラと流している。それもそうだろう、朝ごはんを呼びに来た瞬間、その呼びに来た相手に気がつけば杖の先を喉元に向けられるなど誰が予想できようか。

彩は弓術師で動体視力には自信があるのだが、いまの凛緒の突きは全く見えなかった。それほどまでに凛緒の突きが鋭く精錬されていたのだ。

「ほ、本当にごめんね。いきなり背後から声がかかったから思わず体が」

「あんたはどこぞの暗殺者か」

そんなツッコミをしつつ、彩は先ほどの鋭く冷たい視線を思い出し思わずぶるりっと体を震わせる。凛緒は未だに申し訳なさそうに謝っている。

「もー、大丈夫だってば。私も訓練中に声をかけたのがいけなかったんだし」

「でも・・・」

「あーもう!行くよほら!朝ごはんが冷めちゃうから!!」

彩は凛緒の背中を押して強制的に宿に戻らせる。宿に戻ると凛緒は先に体の汗を流し、神官服に着替えた後、宿の食堂に向かう。

そこでは既にクラスメイトが朝食を摂っていて、凛緒もすぐに朝食をもらって彩と健がいる席に座る。

「おはよ凛緒」

「また早朝から訓練か?」

「うん、まあね」

そんな毎朝お決まりの挨拶をしながら凛緒は朝食を食べ始める。彩と健は「ほどほどにな」と言って食事を再開する。しばらくお話しながら朝食を食べていると、雄也がやって来た。

「おはよう三人とも僕もいいかい?」

「おういいぜ」

「ありがとう」

雄也が健の横に座り健と喋りながら食事を始める。雄也は最近よくこの三人と行動することが多い。なぜならここ四人はクラスの中でもレベルが一番から四番までを占めているからだ。

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《美波彩》 女
レベル:66
職業:弓術師

筋力:1030
体力:1080
俊敏:1050
耐性:1100
魔力:1200

〔契約精霊〕
・風精霊『最上級:ルオーフ』
・火精霊『上級:バーエル』

スキル
言語・精神統一・視力強化〔動体視力強化〕・連射・魔力耐性変換

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《赤木健》 男
レベル:67
職業:拳闘師

筋力:1100
体力:1150
俊敏:1300
耐性:890
魔力:890

〔契約精霊〕
・土精霊『最上級:ドーム』
・火精霊『上級:ベーデ』

スキル
言語・縮地・豪脚・俊脚・筋力強化・体力強化・俊敏強化・身体強化・豪腕

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《相川雄也》
レベル:71
職業:英雄

筋力:1900
体力:1850
俊敏:2000
耐性:1800
魔力:2300

〔契約精霊〕
・光精霊『最上級:アーリー』
・火精霊『上級:ルーパー』
・風精霊『上級:フーラ』

スキル
言語・剣術・精霊付与・威光・攻防適応・限界突破・英雄の加護・身体強化・気配感知

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これが三人のステータスだ。
レベル差が大きいので必然的にパーティーはこのメンバーになるのだ。そのため最近はこの四人で行動することが多い。

四人が食事を摂っていると、食堂に騎士団長のロジャーがやって来た。

「よーし、全員いるな。それじゃあ今日の予定を話すからよく聞いておけ」

ロジャーが呼び掛けると全員が食事を中断し、ロジャーに注目する。

「今日から三日間、西に進んだところにあるググル大平原で魔物やモンスター狩りを行う。ググル大平原には災害級の魔物の発生情報もあり、大変危険だ。お前達なら負けることはないだろうが万が一という事がある、十分に注意してくれ」

ロジャーはそれから各自諸注意とまとめをして出て行った。再び食堂には声が溢れ、食事を再開する。

集合は二時間後なので時間はあるがそれでも泊りの準備をしないといけないので急がないといけない。持っていける荷物には限界があるので荷物準備も大変だ。

凛緒達は朝ごはんを食べ終わると各自、荷物準備をする。

部屋に戻ってカバンに入るだけの荷物を選別する。

「うん、魔力回復薬は少しでいいかな。その分、治癒薬を増やして・・・あっ、魔力保存石も少し足りないから増やしておこう」

着替えなどの荷物より戦いに必要な荷物を優先的に準備するあたり、いろいろと逞しくなった凛緒だった・・・

「よし!準備完了!あっ!もうこんな時間!?」

準備を終えて時間を見るともうすでに集合の十分前。凛緒は急いで荷物を背負って、再度軽い確認をして、机の上の忘れ物に気付く。

それは一枚の紙。紙にはよくわからない文字が書かれている。そう、これは弥一の呪符だ。

これはある日メイが凛緒に渡しに来たのだ。弥一が王宮の廊下でメイにあった時、【式神】を生成した時に使った呪符だ。

凛緒はその呪符を受け取ってから常日頃必ず持ち歩いている。これがあると弥一が守っていてくれるという気持ちにさせてくれる。

(やいくん、少しだけ私に力を貸して)

凛緒は呪符にそう祈ったあと胸ポケットにしまい集合場所に急ぐ。


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「ハァアアッ!!」

雄也がそう叫び、【聖剣ルナ・エルーム】を振り下ろす。振り下ろす先には大きな猿型の魔物。

『グギャ!!』

ルナ・エルームは猿型の魔物を一刀両断し、辺りに血しぶきを撒き散らす。すると横から虎型の魔物が、その凶悪な爪を振り下ろす。

「ぐッ!」

ルナ・エルームを盾にするように掲げて爪を防ぐ。虎の魔物はそのまま雄也ごと押し潰そうと更に力を込める。

「離れやがれ!!」

その瞬間、健が【豪腕】による拳の一撃を虎の魔物の腹に打ち込む。虎の魔物は
そのまま吹き飛ばされ地面を数回転がると、すぐさま立ち上がる。

「くらえ!!」

そこへ彩が弓矢を放つ。放たれた矢は真っ直ぐ虎の魔物の頭部に吸い込まれる。

虎の魔物は跳躍し、矢を回避する。しかし回避されるのは予想のうち。何故ならそうなるよう誘導したのだから。

「今よ凛緒!!」

「《水よ・鋭利な刃となり・放たれよ》!!」

凛緒が詠唱し、杖を虎の魔物に向かって振るうと、水の刃が放たれ、空中で逃げられない虎の魔物の首を切断する。

「ナイスよ!凛緒!!」

「ありがとう彩ちゃん。彩ちゃんが誘導してくれたおかげだよ」

「二人ともナイスコンビネーションだったぞ!な、雄也!」

「ああ、そうだね健。あとさっきは助かったよ」

「ハハ、気にすんな!」

四人はお互いに戦闘の感想を言い合う。お互いに助け合うコンビネーションは騎士団から見ても見事なものだ。四人はこの調子で計十四匹の魔物を倒していた。

そして四人は一度野営地に戻る。そこでは半分くらいのクラスメイトが休憩を取っていた。残りはまだ戦っているようだ。

「ロジャーさん、一番パーティー休憩に入ります」

「おうわかった。それにしても四人とも酷い汚れだな。返り血を浴びるようではまだまだだぞ」

「ぐっ、耳が痛い」

ロジャーの言葉に一番返り血が多い健が耳をふさぐ。そんな姿を見て健以外の三人は笑う。

そして凛緒たちも休憩に入ろうとしたその時、野営地に急いで駆け込んできた巡回の兵士がロジャーの前に来ると、膝をついて息を切らせながら焦ったように衝撃の報告をする。

「た、大変です!ロジャー騎士団長!災害級魔物が三体出現しました!!」

「なに!?三体もだと!!」

「現在、勇者パーティーの五番から七番パーティー、それから騎士団の三つのパーティーが対応していますが、三体同時のため防戦一方です!敵は獅子型の魔物、ゴリラ型の魔物、ワニ型の魔物の三体です!!」

「くそっ!!三体同時出現など聞いたことがないぞ!!」

ロジャーはそう愚痴を吐くと、すぐさま状況を把握し、休憩中のクラスメイトと騎士団に向かって言う。

「休憩中の全勇者、全騎士はすぐさま装備を整え次第出撃せよ!敵は災害級だ、固有魔法には細心の注意をはらって、戦士組は魔物の足止め、魔法組は最大火力の魔法の詠唱。長引くと面倒になる、一気にカタをつけるぞ!!」

『おぉおおおおおおおおおおおーーーーーーー!!!!』

全員が声を張り上げ、それぞれの武器を持って出陣する。凛緒たちもすぐさま準備を整えると出撃する。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

現場はすでに乱戦状態だった。中央の方では巨大な獅子型の魔物が暴れ、奥の方ではゴリラ型の魔物がその大きな腕で巨大な岩を投擲し、獅子型の魔物の援護をしている。そしてゴリラ型の魔物の前ではワニ型の魔物がゴリラ型の魔物に近づく騎士や勇者を蹴散らしている。

魔物には理性などなく、本能の赴くままに暴れ、決して協力することなどない。むしろお互いに潰し合うのが普通だ。

しかしあの魔物たちは明らかに協力し合っている。ただでさえ災害級は一体でも厄介極まりないのに、それが三体同時に、しかも共闘しているという悪夢に、騎士団と勇者は対応できていない。

だが流石は王都を守る精鋭騎士と召喚された勇者と言ったところか、幸いにも死傷者はいないようだ。だがそれも時間の問題。

援軍から雄也と健が先には抜けるとそれぞれの魔物に向かう。雄也は獅子型の魔物を、健はワニ型の魔物を。

「【威光】!!」

雄也が【威光】を発動し、獅子型魔物の意識をこちらに向けさせる。獅子型魔物は雄也に標的を変え、突撃してくる。

「【精霊付与】!【身体強化】!!」

【精霊付与】は武器に精霊の力を付与するスキルだ。ルナ・エルームに炎が纏わりつき、それを突撃してくる獅子型魔物に向かって振り下ろす。

振り下ろすと炎の奔流が獅子型魔物に殺到する。しかし炎は獅子型魔物の体表を軽く焼くだけにとどまり、獅子型魔物が前足を叩きつけるように振り下ろす。

「ハァアアッ!!」

振り下ろされる前足目掛けて、ルナ・エルームで斬りつける。そして拮抗する。
獅子型魔物の強烈な一撃は雄也の足元の地面を大きく陥没させ、雄也を吹き飛ばした。

「ぐっ!」

予想以上の攻撃に雄也は大きく吹き飛ばされる。地面に二本線を引きながら吹き飛ばされるたあと、すぐさま更に距離をとる。

そして獅子型魔物を見ると、体表に奔る血のような赤い線が薄っすらと光り、魔力の高まりを感じる。

「ッ!!《光の輝き・我を守る障壁となり・敵を阻め》!!」

両者の魔法が成立するのはほぼ同じ。獅子型魔物が口を開くとそこから炎が噴き出す。それを雄也の光魔法【光壁】が防ぐ。

炎を防いだ後すぐさま【縮地】で懐に潜り込もうとした瞬間、獅子型魔物に様々な属性の魔法が降り注ぐ。

後方で魔法組が最大火力で魔法を放つ。獅子型魔物はもがき苦しみ、魔法の雨がやんだ瞬間、雄也は【縮地】で獅子型魔物の懐に潜り込み、【精霊付与】を発動。

風を纏わせ、ルナ・エルームを獅子型魔物の首に斬りつける。

鋭利な風の刃と合わさって獅子型魔物の首はスパッと切断され、首から血を噴き出しながら、地面に沈んだ。

「はぁ、はぁ、残りは」

残りの魔物の方を向くと、ワニ型の魔物は絶命し、ゴリラ型の魔物が見えない。

不思議に思っていると、空からゴリラ型の魔物が降ってき、そのままゴリラは犬○家した。雄也は思わず「親方!空からゴリラが!!」と言いそうになったが、一歩手前で呑み込んでおく。

ゴリラ型の魔物の死体のそばには、いい笑顔で腕を振り上げる健が立っており、全身痣だらけだ。

どうやらゴリラ型魔物と殴り合いをしていたらしい。そして最後には「昇○拳!!」でゴリラ型魔物をカチ上げて勝利したらしい。なんとも脳筋思考だ。

災害級魔物三体の討伐に、騎士団とクラスメイトは肩を抱き合いながら喜びを分かち合っている。多少の負傷者は出たようだが重傷者や死亡者はいないようだ。

雄也が近くの岩場に腰を下ろすと、凛緒と彩、痣だらけの健と、ロジャーが集まってきた。

「よくやったぞ雄也、災害級魔物を一人で相手するなんて。お前のお陰で被害が最小限で済んだ」

「よしてください。それに一人なら健も」

「俺は彩と凛緒の援護があったからな」

「だからって凛緒の回復頼みでゴリラと殴り合いって何考えてるの!?反省しなさい!!」

「いでぇ!!や、やめろ彩!ガチでいてぇ!!」

「自業自得!!」

「ギヤァアアアアアアーーーーー!!」

戦いの後の戦場に健の悲鳴がこだました。

両手両足を投げ出し、地面でピクピクと痙攣している健を凛緒は回復魔法で癒していく。

そんな光景を見て笑いながらロジャーは、呟く。

「しかしなぜ災害級が三体同時に。しかも共闘してだなんて。こんなことは今まで無かったぞ」

「一体、何が起こっているんでしょう・・・」

ロジャーの呟きに雄也も心配そうに言葉を漏らす。

凛緒はそんな二人の会話を聞きながら、胸の内に微かに嫌な予感を抱いた。

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