魔術がない世界で魔術を使って世界最強
碧撃の弓神
用意されたのは冒険者組合が所有する練習場。敷地は半径約四百メートルの広さで、吹く風が地面の砂を軽く巻き上げている。その練習場にて二人は向き合っていた。弥一とビルファだ。
セナと受付嬢が練習場の外枠から見守る中、ビルファが口を開く。
「それじゃあ始めようと思うけど準備はいいかい?」
ビルファは先程とは違い緑色を基調とし、所々に金の刺繍が入ったローブを身に纏っているだけだ。それ以外には何も装備していない。『碧撃の弓神』と呼ばれるくらいなのに肝心の弓が見当たらないことに弥一は困惑する。
「弓はどこにあるんです?」
「それならここに」
そう言って首もとから出てきたのは碧色の宝石がついたネックレス。光に反射して緑に輝く宝石は神秘的で美しい。しかしそれだけではなかった。弥一はそのネックレスを見て魔力の反応を感じた。
そしてビルファはネックレスの先の宝石を掴み、そのままチェーンを引きちぎって前に突き出し、呼ぶ。
「ーー疾く輝け。ウィルセルク」
ビルファがそう呼んだ瞬間、掴んだ宝石から眩い碧色の輝きが生まれ辺りを塗り潰す。
そして光が収まるとビルファの手元には一つの長弓が握り締められていた。
宝石でできたような弓は緑色に薄っすらと光り所々に木や風をイメージしたような繊細な装飾がある。弦は緑の色をした糸でできてその弦からは魔力が感じられる。緑に輝くその弓はまるで森の神秘を封じ込めたような美しさだ。。
「これが僕の武器、【ウィルセルクの精霊弓】さ」
美しくも神秘に溢れ力強さも感じる弓を見て弥一はリカードの【アルメディアの紅眼・碧眼】と同じアーティファクトだと推測する。
「弓は持ち運びに不便だからね。普段はこうして宝石に戻ってるんだ」
「なるほど、それじゃこっちも準備しますか」
パチンと指を鳴らす音と同時に弥一の足元に無色の魔術陣が展開して上昇し飲み込み消えるとそこにはレルバーホークと【蒼羽】を装着し、甲明が使っていた黒を基調にし裾や袖など所々に銀の刺繍が施されたロングコートを身に纏った弥一が悠然と立っている。
実はこの刺繍ミスリルで出来ている。ミスリルを【錬成魔術】で糸のように細くしそれを使ってコートを縫い直したのだ。縫う際に【刻印魔術】の応用で縫い方に魔術的な意味合いを持たせ、コートに魔術に対する耐性を高めている。さらに鋼よりも硬いミスリルで編んでいるため防具としての耐久性も高く、そこらの鉄の鎧なんかよりも耐久性が高い。
たった一つの指鳴りで全ての服装が変わったことにビルファは感心したような声をあげる。
「へぇ。それが魔術か。それに弥一君は剣も使えるのかい?魔法師なのに」
「魔術師も近接戦はできないといけませんからね。それにこれくらいの魔術で驚いていたら持たないですよ?魔術師の本当の魔術はこんなものじゃない」
不敵に笑う弥一にビルファも同じように笑い弓を構える。
「そうかい。それでは見せてくれ」
矢が装填されていない弦を引き絞ると瞬時にそこに碧色の宝石でできた矢がうまれる。弦を最大限引き絞って放たれた矢は弓の速度とは思えないほどの速さで弥一を貫くべく駆け抜ける。
しかし銃弾に比べて速度が劣る矢に弾丸すらも視覚できる魔術師の弥一が反応できないわけがない。ましては今は【解析眼】もある。【解析眼】による予測能力は未来視にも迫り、その矢の軌道予測に従い腰の【蒼羽】を抜刀し矢を斬り払う。
迫り来る矢に【蒼羽】が衝突する瞬間ーー
ーー矢が避けた。そうまるで水が流れるがのごとく。
「ーーッツ!!」
避けた矢が弥一の左肩を撃ち抜く寸前、咄嗟に体を半身に捻りスレスレで矢を回避する。しかしーー
「なに!?」
回避したはずの矢が今度は背後から弥一を狙う。
迫り来る矢を背後に【金剛障壁】を局所展開する事で防ぐ。カキンと硬質な音を立てて矢が障壁をぶつかり合い矢が砕ける。
砕けた矢を見てすぐにビルファを見るとそこにはさらに矢を構えたビルファがいた。限界まで引き絞った弓から飛び出すのは三つの矢。
発射された矢は今度は一本は正面から、もう二本は左右からそれぞれ迫る。レルバーホークを使い矢を撃ち落とすべく装填されたゴム弾を発砲。ゴム弾は矢に当たる瞬間今度はゴム弾の方が矢を避け、矢が弥一に向かってくる。
「《業火の火柱》!」
弥一の周りに炎の柱が立つ。柱に衝突した矢はその業火に焼かれ消失する。業火の柱が消えるとビルファは一つの矢を放ってくる。放たれた矢の速さは先程よりも速く威力も相当なものだ。
加速する矢を見据え【金剛障壁】を前方に展開し、防ぐ。砲弾をも止める障壁に阻まれ砕ける矢の欠片が舞うなか、ビルファは再び静かに弓を構える。引き絞った弓はいつでも発射出来る状態だ。
【金剛障壁】を維持した状態で弥一はビルファを見つめる。
「風の魔法か」
「さぁ?どうだろう」
弥一の呟きにとぼけた様に答えるビルファにさらに言葉をかける。
「矢に風を纏わせて物体に当たる瞬間に風の力で矢を物体に滑らせるようにして避けたんですね。そしてその矢を回避しても矢の方向を曲げ、背後から狙い撃つ。これが回避する矢のカラクリです」
「・・・そこまでわかってしまっては流石に誤魔化せないか。流石だね。まさか一目で正解にたどり着くとは」
「ええ。でもまさかこれほどの精密な風の魔術を操る人がこの世界にいるなんて」
風の魔術というのは他の属性魔法に比べ制御が難しい。気温、湿度、風圧など制御する項目が多いからだ。その分風の魔術は応用の幅が広く、属性系魔術を使う魔術師はこのんでよく風の魔術を使う。
「けど不思議だ。精霊ではそれほどの精密な魔術行使はできないはず」
精霊はあくまで補助的な魔術回路しかない。最上級精霊でもここまでの精密な魔術行使が出来るほどの魔術回路は持ち合わせていない。なので仕組みは分かってもそれを制御する魔術回路に疑問が生まれるのだ。
「そうだね。この仕組みにたどり着いたご褒美として教えてあげます。このウィルセルクは精霊が集まってできた結晶をもとに作られていてね、そのおかげで自分で風の魔法が使えるんだ」
「・・・!そうか、その弓自体が魔術回路なわけか」
【ウィルセルクの精霊弓】はそれ自体が風の魔術専用の魔術回路なのである。風の魔術専用の魔術回路のおかげで精霊を使わずとも自ら風の魔術の制御が出来るのだ。
「ウィルセルクを使える人は僕以外にいなくてね。それくらいウィルセルクの風魔法は扱いが難しいが、その分自分次第で精密な制御ができるからこんな芸当もできるのさッ!」
言葉とともに放たれた三本の矢が正面、側面、背後と様々な場所から弥一を狙う。
「《三重展開》!!」
弥一を囲む様にして展開した三つの【金剛障壁】が全ての矢を防ぎ、矢が砕けたと同時に駆け出す。それと同時にレルバーハークを連続発射。発射される弾丸はゴム弾。
発射された五つの線はビルファの両足、両手、頭部を狙うがビルファが纏う超高密度の風の鎧がゴム弾を全て滑らせ流す。
弾丸が命中しないことは予想済み。駆け抜ける弥一はビルファとの距離を縮める。
「シッ!」
縮まったビルファとの距離を更に埋めるべく短く息を吐き袈裟斬りを食らわせる。
しかしビルファは弓を使って【蒼羽】をうけとめる。ガキンッと硬質な音を立てて両者が拮抗すると思われたが、弥一のステータスは人間のレベルではない。そのステータスが示す通りの筋力が弓の防御を押し返す。
「くッ!」
吹き飛ばされたビルファだが風の鎧が怪我を防ぎ、さらに風を使って弥一との距離を引き離す。追撃とばかりに弥一はゴム弾を連射するがやはりそらされる。
「ならっ!」
発動するのは【重力魔術】。この世界にはない重力を操る魔術で隙を突き拘束する算段だ。
足を踏み鳴らすと弥一を中心とし魔術陣が急速に広がる。魔術陣がビルファを飲み込んだ瞬間、ビルファに強烈な重圧が掛かる。掛かる重圧はおよそ3G。それはビルファは本人の体重の三倍。
「なに!ぐはっ!!」
急激な重圧にビルファは膝を崩す。弥一の作戦は見事ビルファの隙を突き拘束した。しかしーー
「ーーッ!まだです!!」
ビルファはウィルセルクを使って風の魔術で自分自身を吹き飛ばす。吹き飛ばすと同時に自身を風の魔術で加速させ強引に重圧を振り払い魔術陣の効果範囲内を抜ける。強引に重圧を振り払ったことで体へのダメージは相当だがそこは『四天武神』といったところか、ビルファに動けなくなるほどのダメージは伺えない。
そんなビルファに驚愕しつつ即座に追撃を試みようとするとビルファが詠唱する。
「《駆け抜ける風・鋭く疾い疾風よ・汝の風を我が身に宿し・我が行く末を導く追い風となりて・駆け抜けろ》!!」
その詠唱とともにビルファの周りの風にさらなる風が纏い加速したビルファはそのまま地面を蹴りーー壁を疾る。
「嘘だろ!?」
訓練場の壁を疾るビルファに向かって【弾門】を展開し発射する。発射された光のレーザーともいうべき弾は総勢百。しかしビルファはさらに壁を加速して疾りながら全ての【弾門】を回避する。
そしてさらに驚くことにビルファは壁を蹴り空中に飛び出し、背後で指向性をもった風の爆発を起こしその爆発を推進力にして空中を飛ぶ。
そのまま弥一の頭上を越える寸前まとめて矢を放ってくる。
頭上から迫り来る碧の雨を【金剛障壁】を頭上に展開することで防ぐ。
その間ビルファは反対の壁に着地し疾りながらさらに矢を放ってくる。
一連の動きに弥一は驚愕を隠しきれない。
「【疾風加速】だと!?まかさこの世界にも使い手がいたなんて・・・!」
風を纏うことで自身を加速させ、さらには制限付きではあるが空を飛べる風の高等魔術。それが【疾風加速】だ。この魔術は制御が難しい風の魔術を自身に纏わせ背後に風を爆発的に噴射させ加速するため、とてつもない精密制御が要求される。噴射する方向や角度、さらには正面からの風圧を軽減する制御などが必要な為だ。一つでもミスをすれば大惨事に発展する為制御の難しさからも使える者は地球でもほとんどいない。このことからもビルファの風の魔術に対するセンスは相当なものであると言える。
この魔術はもともと属性系魔術の魔術体系だった時代に開発されたものだ。時代が進むにつれ属性系魔術以外の魔術体系も発展し、安全性も高く制御の簡略化が進んだ【加速魔術】や【飛行魔術】が生み出されたことで忘れ去られた魔術なのだ。
しかしこの魔術は場合によっては【加速魔術】や【飛行魔術】よりも応用ができ使い方次第では大きな力を成す為今もなお使う者はいる。
「って驚いてる場合じゃない!」
放たれる矢に【金剛障壁】を半球状に展開することで防ぐ。頭上からあるいは横からまさざまな角度から幾多の雨の矢が降り注ぐ。矢一本一本が別々の軌道を描きながら殺到する。
ガガガッーーと硬質な音を連続で立てて全ての矢を防ぎきる。しかし幾百もの矢の鋭い攻撃を受けて障壁が悲鳴を上げる。やがて永遠に思われたが矢の雨が終わると最初の位置に戻っていたビルファが新しい矢を構えている。
今までの矢よりも大きく先端は槍の様に鋭く尖っている。まるで短槍の矢だ。そしてその短槍には凄まじい風、いや暴風が濃縮されていく。濃縮されている暴風はさしずめ天災といったところ。
あれ程の天災が直撃すればいくら【金剛障壁】でも防げない。それを感じた弥一は【金剛障壁】を解除し、新しい障壁いやーー盾を展開する。
「《我が前に現るのは純白の神盾。その盾は盾にあらず、その盾は盤石にして不動たるもの。決して揺らぐことのなき、確固たるもの》」
弥一の前に現れたのは純白に光り輝く巨大な魔術陣。詠う詠唱とともに輝きは増し、巨大な魔術陣の周りに別の四つの魔術陣が展開し巨大魔術陣の周りを高速で回転する。
輝きを増す魔術陣は思わず眼を瞑る程の純白の輝きを示す。
「《如何なるものもの前にあろうと潰えぬ輝き盾。その盾は神が持ちし神盾。その神盾の名はーー》」
輝きを前にしても怯むことのないビルファは矢の狙いを定め撃ち出す矢を叫ぶ。そして弥一も最後の詠唱を紡ぎ、叫ぶ。
「刺し穿て!ウィルセルクの槍撃矢!!」
「《神の盾!全てを阻む純白の輝きよ》!!」
輝きが全てを飲み込む。
視界の全てを塗り潰し場を純白が覆う。やがて輝きが収まりそこにあったのは訓練場の地面や壁がまるで台風の直撃にあったかの様に抉られ見る影もない光景だった。
そしてこの光景を引き起こした原因である攻撃を受けた弥一はーーー立っていた。純白の輝く魔術陣をを展開して。
あの天災を喰らってなお魔術陣は壊れず純白に輝いている。魔術陣陣の後ろの弥一や地面、壁には一切の傷はない。そこだけは天災が避けたかの様に静かだ。
「まさか、ウィルセルクの槍撃矢を防ぐとは・・・!」
ビルファ最強の攻撃であるウィルセルクの槍撃矢を防がれたことにビルファは眼を見開き驚愕する。ウィルセルクの槍撃矢は城塞すら破壊する威力を持つ。
驚愕に染まるビルファを見て弥一は言う。
「大魔術【神の盾】。かつて黒赤竜の咆哮をも防いだこの盾にたかが天災じゃあ突破できませんよ」
大魔術【神の盾】は弥一最強の防御魔術である。
アイギス、英語ではイージスと呼ばれるこれはギリシャ神話に登場する武具である。主神ゼウスが娘の女神アテナに与えた武具でその形状は盾とされており、神の盾と呼ばれている。
【神の盾】はこの盾をイメージし作ったもので、弥一渾身の力作だ。
この盾は大砲だろうが魔術だろうが全てを防ぎ核爆弾すらも防ぐ。五年前のルバティアドラゴンの討伐では一つで国が滅ぶ威力を持つルバティアドラゴンの放つ黒赤竜の咆哮を防いだ。
そのためたかが天災ではこの"神の盾"は破壊できない。
「それでどうします?」
弥一は【蒼羽】の先をビルファに向けて戦闘続行の意思を問う。それに対してビルファはウィルセルクを元の宝石に戻し両手を上げる。
「いいや、今の一撃に全ての魔力を注ぎ込んだからもう魔力が残っていないんだ。降参だ弥一君」
こうして碧撃の弓神と魔術師の苛烈を極めて戦いは魔術師の勝利で終わった。
セナと受付嬢が練習場の外枠から見守る中、ビルファが口を開く。
「それじゃあ始めようと思うけど準備はいいかい?」
ビルファは先程とは違い緑色を基調とし、所々に金の刺繍が入ったローブを身に纏っているだけだ。それ以外には何も装備していない。『碧撃の弓神』と呼ばれるくらいなのに肝心の弓が見当たらないことに弥一は困惑する。
「弓はどこにあるんです?」
「それならここに」
そう言って首もとから出てきたのは碧色の宝石がついたネックレス。光に反射して緑に輝く宝石は神秘的で美しい。しかしそれだけではなかった。弥一はそのネックレスを見て魔力の反応を感じた。
そしてビルファはネックレスの先の宝石を掴み、そのままチェーンを引きちぎって前に突き出し、呼ぶ。
「ーー疾く輝け。ウィルセルク」
ビルファがそう呼んだ瞬間、掴んだ宝石から眩い碧色の輝きが生まれ辺りを塗り潰す。
そして光が収まるとビルファの手元には一つの長弓が握り締められていた。
宝石でできたような弓は緑色に薄っすらと光り所々に木や風をイメージしたような繊細な装飾がある。弦は緑の色をした糸でできてその弦からは魔力が感じられる。緑に輝くその弓はまるで森の神秘を封じ込めたような美しさだ。。
「これが僕の武器、【ウィルセルクの精霊弓】さ」
美しくも神秘に溢れ力強さも感じる弓を見て弥一はリカードの【アルメディアの紅眼・碧眼】と同じアーティファクトだと推測する。
「弓は持ち運びに不便だからね。普段はこうして宝石に戻ってるんだ」
「なるほど、それじゃこっちも準備しますか」
パチンと指を鳴らす音と同時に弥一の足元に無色の魔術陣が展開して上昇し飲み込み消えるとそこにはレルバーホークと【蒼羽】を装着し、甲明が使っていた黒を基調にし裾や袖など所々に銀の刺繍が施されたロングコートを身に纏った弥一が悠然と立っている。
実はこの刺繍ミスリルで出来ている。ミスリルを【錬成魔術】で糸のように細くしそれを使ってコートを縫い直したのだ。縫う際に【刻印魔術】の応用で縫い方に魔術的な意味合いを持たせ、コートに魔術に対する耐性を高めている。さらに鋼よりも硬いミスリルで編んでいるため防具としての耐久性も高く、そこらの鉄の鎧なんかよりも耐久性が高い。
たった一つの指鳴りで全ての服装が変わったことにビルファは感心したような声をあげる。
「へぇ。それが魔術か。それに弥一君は剣も使えるのかい?魔法師なのに」
「魔術師も近接戦はできないといけませんからね。それにこれくらいの魔術で驚いていたら持たないですよ?魔術師の本当の魔術はこんなものじゃない」
不敵に笑う弥一にビルファも同じように笑い弓を構える。
「そうかい。それでは見せてくれ」
矢が装填されていない弦を引き絞ると瞬時にそこに碧色の宝石でできた矢がうまれる。弦を最大限引き絞って放たれた矢は弓の速度とは思えないほどの速さで弥一を貫くべく駆け抜ける。
しかし銃弾に比べて速度が劣る矢に弾丸すらも視覚できる魔術師の弥一が反応できないわけがない。ましては今は【解析眼】もある。【解析眼】による予測能力は未来視にも迫り、その矢の軌道予測に従い腰の【蒼羽】を抜刀し矢を斬り払う。
迫り来る矢に【蒼羽】が衝突する瞬間ーー
ーー矢が避けた。そうまるで水が流れるがのごとく。
「ーーッツ!!」
避けた矢が弥一の左肩を撃ち抜く寸前、咄嗟に体を半身に捻りスレスレで矢を回避する。しかしーー
「なに!?」
回避したはずの矢が今度は背後から弥一を狙う。
迫り来る矢を背後に【金剛障壁】を局所展開する事で防ぐ。カキンと硬質な音を立てて矢が障壁をぶつかり合い矢が砕ける。
砕けた矢を見てすぐにビルファを見るとそこにはさらに矢を構えたビルファがいた。限界まで引き絞った弓から飛び出すのは三つの矢。
発射された矢は今度は一本は正面から、もう二本は左右からそれぞれ迫る。レルバーホークを使い矢を撃ち落とすべく装填されたゴム弾を発砲。ゴム弾は矢に当たる瞬間今度はゴム弾の方が矢を避け、矢が弥一に向かってくる。
「《業火の火柱》!」
弥一の周りに炎の柱が立つ。柱に衝突した矢はその業火に焼かれ消失する。業火の柱が消えるとビルファは一つの矢を放ってくる。放たれた矢の速さは先程よりも速く威力も相当なものだ。
加速する矢を見据え【金剛障壁】を前方に展開し、防ぐ。砲弾をも止める障壁に阻まれ砕ける矢の欠片が舞うなか、ビルファは再び静かに弓を構える。引き絞った弓はいつでも発射出来る状態だ。
【金剛障壁】を維持した状態で弥一はビルファを見つめる。
「風の魔法か」
「さぁ?どうだろう」
弥一の呟きにとぼけた様に答えるビルファにさらに言葉をかける。
「矢に風を纏わせて物体に当たる瞬間に風の力で矢を物体に滑らせるようにして避けたんですね。そしてその矢を回避しても矢の方向を曲げ、背後から狙い撃つ。これが回避する矢のカラクリです」
「・・・そこまでわかってしまっては流石に誤魔化せないか。流石だね。まさか一目で正解にたどり着くとは」
「ええ。でもまさかこれほどの精密な風の魔術を操る人がこの世界にいるなんて」
風の魔術というのは他の属性魔法に比べ制御が難しい。気温、湿度、風圧など制御する項目が多いからだ。その分風の魔術は応用の幅が広く、属性系魔術を使う魔術師はこのんでよく風の魔術を使う。
「けど不思議だ。精霊ではそれほどの精密な魔術行使はできないはず」
精霊はあくまで補助的な魔術回路しかない。最上級精霊でもここまでの精密な魔術行使が出来るほどの魔術回路は持ち合わせていない。なので仕組みは分かってもそれを制御する魔術回路に疑問が生まれるのだ。
「そうだね。この仕組みにたどり着いたご褒美として教えてあげます。このウィルセルクは精霊が集まってできた結晶をもとに作られていてね、そのおかげで自分で風の魔法が使えるんだ」
「・・・!そうか、その弓自体が魔術回路なわけか」
【ウィルセルクの精霊弓】はそれ自体が風の魔術専用の魔術回路なのである。風の魔術専用の魔術回路のおかげで精霊を使わずとも自ら風の魔術の制御が出来るのだ。
「ウィルセルクを使える人は僕以外にいなくてね。それくらいウィルセルクの風魔法は扱いが難しいが、その分自分次第で精密な制御ができるからこんな芸当もできるのさッ!」
言葉とともに放たれた三本の矢が正面、側面、背後と様々な場所から弥一を狙う。
「《三重展開》!!」
弥一を囲む様にして展開した三つの【金剛障壁】が全ての矢を防ぎ、矢が砕けたと同時に駆け出す。それと同時にレルバーハークを連続発射。発射される弾丸はゴム弾。
発射された五つの線はビルファの両足、両手、頭部を狙うがビルファが纏う超高密度の風の鎧がゴム弾を全て滑らせ流す。
弾丸が命中しないことは予想済み。駆け抜ける弥一はビルファとの距離を縮める。
「シッ!」
縮まったビルファとの距離を更に埋めるべく短く息を吐き袈裟斬りを食らわせる。
しかしビルファは弓を使って【蒼羽】をうけとめる。ガキンッと硬質な音を立てて両者が拮抗すると思われたが、弥一のステータスは人間のレベルではない。そのステータスが示す通りの筋力が弓の防御を押し返す。
「くッ!」
吹き飛ばされたビルファだが風の鎧が怪我を防ぎ、さらに風を使って弥一との距離を引き離す。追撃とばかりに弥一はゴム弾を連射するがやはりそらされる。
「ならっ!」
発動するのは【重力魔術】。この世界にはない重力を操る魔術で隙を突き拘束する算段だ。
足を踏み鳴らすと弥一を中心とし魔術陣が急速に広がる。魔術陣がビルファを飲み込んだ瞬間、ビルファに強烈な重圧が掛かる。掛かる重圧はおよそ3G。それはビルファは本人の体重の三倍。
「なに!ぐはっ!!」
急激な重圧にビルファは膝を崩す。弥一の作戦は見事ビルファの隙を突き拘束した。しかしーー
「ーーッ!まだです!!」
ビルファはウィルセルクを使って風の魔術で自分自身を吹き飛ばす。吹き飛ばすと同時に自身を風の魔術で加速させ強引に重圧を振り払い魔術陣の効果範囲内を抜ける。強引に重圧を振り払ったことで体へのダメージは相当だがそこは『四天武神』といったところか、ビルファに動けなくなるほどのダメージは伺えない。
そんなビルファに驚愕しつつ即座に追撃を試みようとするとビルファが詠唱する。
「《駆け抜ける風・鋭く疾い疾風よ・汝の風を我が身に宿し・我が行く末を導く追い風となりて・駆け抜けろ》!!」
その詠唱とともにビルファの周りの風にさらなる風が纏い加速したビルファはそのまま地面を蹴りーー壁を疾る。
「嘘だろ!?」
訓練場の壁を疾るビルファに向かって【弾門】を展開し発射する。発射された光のレーザーともいうべき弾は総勢百。しかしビルファはさらに壁を加速して疾りながら全ての【弾門】を回避する。
そしてさらに驚くことにビルファは壁を蹴り空中に飛び出し、背後で指向性をもった風の爆発を起こしその爆発を推進力にして空中を飛ぶ。
そのまま弥一の頭上を越える寸前まとめて矢を放ってくる。
頭上から迫り来る碧の雨を【金剛障壁】を頭上に展開することで防ぐ。
その間ビルファは反対の壁に着地し疾りながらさらに矢を放ってくる。
一連の動きに弥一は驚愕を隠しきれない。
「【疾風加速】だと!?まかさこの世界にも使い手がいたなんて・・・!」
風を纏うことで自身を加速させ、さらには制限付きではあるが空を飛べる風の高等魔術。それが【疾風加速】だ。この魔術は制御が難しい風の魔術を自身に纏わせ背後に風を爆発的に噴射させ加速するため、とてつもない精密制御が要求される。噴射する方向や角度、さらには正面からの風圧を軽減する制御などが必要な為だ。一つでもミスをすれば大惨事に発展する為制御の難しさからも使える者は地球でもほとんどいない。このことからもビルファの風の魔術に対するセンスは相当なものであると言える。
この魔術はもともと属性系魔術の魔術体系だった時代に開発されたものだ。時代が進むにつれ属性系魔術以外の魔術体系も発展し、安全性も高く制御の簡略化が進んだ【加速魔術】や【飛行魔術】が生み出されたことで忘れ去られた魔術なのだ。
しかしこの魔術は場合によっては【加速魔術】や【飛行魔術】よりも応用ができ使い方次第では大きな力を成す為今もなお使う者はいる。
「って驚いてる場合じゃない!」
放たれる矢に【金剛障壁】を半球状に展開することで防ぐ。頭上からあるいは横からまさざまな角度から幾多の雨の矢が降り注ぐ。矢一本一本が別々の軌道を描きながら殺到する。
ガガガッーーと硬質な音を連続で立てて全ての矢を防ぎきる。しかし幾百もの矢の鋭い攻撃を受けて障壁が悲鳴を上げる。やがて永遠に思われたが矢の雨が終わると最初の位置に戻っていたビルファが新しい矢を構えている。
今までの矢よりも大きく先端は槍の様に鋭く尖っている。まるで短槍の矢だ。そしてその短槍には凄まじい風、いや暴風が濃縮されていく。濃縮されている暴風はさしずめ天災といったところ。
あれ程の天災が直撃すればいくら【金剛障壁】でも防げない。それを感じた弥一は【金剛障壁】を解除し、新しい障壁いやーー盾を展開する。
「《我が前に現るのは純白の神盾。その盾は盾にあらず、その盾は盤石にして不動たるもの。決して揺らぐことのなき、確固たるもの》」
弥一の前に現れたのは純白に光り輝く巨大な魔術陣。詠う詠唱とともに輝きは増し、巨大な魔術陣の周りに別の四つの魔術陣が展開し巨大魔術陣の周りを高速で回転する。
輝きを増す魔術陣は思わず眼を瞑る程の純白の輝きを示す。
「《如何なるものもの前にあろうと潰えぬ輝き盾。その盾は神が持ちし神盾。その神盾の名はーー》」
輝きを前にしても怯むことのないビルファは矢の狙いを定め撃ち出す矢を叫ぶ。そして弥一も最後の詠唱を紡ぎ、叫ぶ。
「刺し穿て!ウィルセルクの槍撃矢!!」
「《神の盾!全てを阻む純白の輝きよ》!!」
輝きが全てを飲み込む。
視界の全てを塗り潰し場を純白が覆う。やがて輝きが収まりそこにあったのは訓練場の地面や壁がまるで台風の直撃にあったかの様に抉られ見る影もない光景だった。
そしてこの光景を引き起こした原因である攻撃を受けた弥一はーーー立っていた。純白の輝く魔術陣をを展開して。
あの天災を喰らってなお魔術陣は壊れず純白に輝いている。魔術陣陣の後ろの弥一や地面、壁には一切の傷はない。そこだけは天災が避けたかの様に静かだ。
「まさか、ウィルセルクの槍撃矢を防ぐとは・・・!」
ビルファ最強の攻撃であるウィルセルクの槍撃矢を防がれたことにビルファは眼を見開き驚愕する。ウィルセルクの槍撃矢は城塞すら破壊する威力を持つ。
驚愕に染まるビルファを見て弥一は言う。
「大魔術【神の盾】。かつて黒赤竜の咆哮をも防いだこの盾にたかが天災じゃあ突破できませんよ」
大魔術【神の盾】は弥一最強の防御魔術である。
アイギス、英語ではイージスと呼ばれるこれはギリシャ神話に登場する武具である。主神ゼウスが娘の女神アテナに与えた武具でその形状は盾とされており、神の盾と呼ばれている。
【神の盾】はこの盾をイメージし作ったもので、弥一渾身の力作だ。
この盾は大砲だろうが魔術だろうが全てを防ぎ核爆弾すらも防ぐ。五年前のルバティアドラゴンの討伐では一つで国が滅ぶ威力を持つルバティアドラゴンの放つ黒赤竜の咆哮を防いだ。
そのためたかが天災ではこの"神の盾"は破壊できない。
「それでどうします?」
弥一は【蒼羽】の先をビルファに向けて戦闘続行の意思を問う。それに対してビルファはウィルセルクを元の宝石に戻し両手を上げる。
「いいや、今の一撃に全ての魔力を注ぎ込んだからもう魔力が残っていないんだ。降参だ弥一君」
こうして碧撃の弓神と魔術師の苛烈を極めて戦いは魔術師の勝利で終わった。
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