魔術がない世界で魔術を使って世界最強

海月13

魔術師の怒り

精霊の里を出発してから二日経った。道中特に問題は起きず順調に旅を続けていた。もともと精霊の里とエルネ街は小さな道で結ばれており、定期的に整備しているのか魔物との遭遇もなく安全に進むことができた。

「でもここまで魔物が出ないと暇だな。」

「うん。ただ歩くだけってのも味気ない」

そんな少し物騒な事を言いながら弥一とセナはただひたすらに道に沿って歩く。道の景色はどこを見ても森、森、森でそんな代わり映えしない景色に思わずため息を溢す。

それからも休憩を挟みつつ進んでいくと、二人が待ちわびた変化が訪れた。ただし悪い方向で。

「・・・セナ、気付いてるか?」

「うん。三十くらい?」

「惜しい、三二だ」

お互いに顔は前を向き小声で話す。それは弥一達の周りを囲むようにして何者かが近ずいて来ているからだ。気付いていることに気付かれないようにお互いに前を向いておく。

「どうする?」

「取り敢えず様子を見る。攻撃してくる様だったらそん時は制圧する。一応離れないでおいてくれ」

「わかった」

取り敢えずの方向性が決まり、歩いていると横の森から野暮ったい格好をした三人の男が現れ弥一達の行く先を阻む。男達の腰には剣が吊り下げられており、その顔には気味の悪い笑みを浮かべている。いかにも山賊といったような男達だ。

「リーダーなかなかの上玉ですぜ!」

「こりゃあ楽しみだな!おい、そこのガキ。死にたくなけりゃとっととそこの女を置いていけ。そしたら見逃してやるよ。」

そう言って男は剣の先を弥一に向け下品な笑いをあげ、セナの全身を撫で回すように見てくる。後ろの男達も同じよな目で見てくる。ロクでもない事を考えているような様子だ。

そんな男に気持ち悪くなったセナは弥一の後ろに隠れ袖を掴む。確かにセナは正真正銘の文句なしの美少女でそんな彼女に興奮しているのだろう。セナが隠れた事に怯えていると勘違いした男はさらに調子に乗る。

「ほら命が惜しけりゃさっさと逃げろよ。なにそこの女は殺しはしねえさ、逆にたっぷりと可愛がってやるよ。ゲハハ!なぁ!お前ら!!」

すると後ろの道を塞ぐよに五人の男が現れる。それに続き右から左からと正面の男達も含め合計三十人の山賊が現れる。男の笑い声に釣られ周りの山賊も笑い出す。

そんな中、弥一は動かずただし静かに佇んでいる。全く怯えずただただ静かに佇ずむ弥一に男はイラただしげに叫ぶ。

「おい聞いてんのか!とっとと女を置いて消えーー」

「《黙れ》」

男の叫びを遮り、静かな冷たい言葉を放つ。すると周りの空気が一瞬にして極寒の如き温度に下がる。精神的にではない、物理的にだ。

そして弥一は爆発的に全力の殺気と威圧を辺りに無造作に撒き散らす。その極寒の温度と大瀑布のごとき殺気と威圧に誰もが呼吸を忘れ硬直する。

精神寒気スピリット・コールド】。精神的な恐怖を感じる時の寒気を魔術で昇華させ人間の潜在的な恐怖を増幅させ、精神だけでなく周りの空間の温度を低下させて、物理的にも恐怖をあたえる精神系魔術だ。

極寒のなか、この現象を引き起こした張本人である弥一は静かに殺気を込めた言葉を紡ぐ。

「お前ら、何俺の嫁に手出そうとしてやがる。」

そう言って冷徹な眼を向ける。弥一はブチ切れていた。自分の嫁に気色の悪い視線を向け、あまつさえ襲おうとした事に。弥一を殺そうとするだけならまだ許された、しかし奴らはセナを襲おうとした。それなら容赦は要らない。

その言葉で我を取り戻したリーダーの男が恐怖に怯えながら周りに命令する。

「お、お前ら!!さ、さ、さっさと掛かれ!!相手は二人だ!!男はすぐに殺せ!!」

こんな超常現象の前にあって恐怖のあまり冷静な判断ができず、欲望に身を任せたのか、あるいはただ相手の力量も判断できない阿呆なのか。男の指示に従い、周りの男達が一斉に矢を放ってくる。

全方位からと降り注ぐ矢の雨。普通ならここでおしまいだろうが、ここに居るのはそんな普通は通じない、世界を想うがままに変える魔術師である。

弥一に殺到してきた無数の矢が弥一の周りに瞬時に出現した複数の魔術陣に阻まれ、全てカキンと硬質な音を立てて落ちる。

突如空中に出現した魔術陣に男達は驚愕する。この世界において魔術陣は詠唱をして魔法を発動させる時に現れるもの。詠唱も無しにいきなり出現した魔術陣に誰しも理解が追いつかない。

「な、なんだ、いまの・・・!?。クソッ!!魔法だ!最大威力の魔法を放て!!」

そして今度は森の中に隠れていた二人の魔法使いが炎を放ってくる。しかしその攻撃は今まで見てきた攻撃に比べれば劣る。

迫り来る炎に焦ることもなく弥一は右手をかざすと、魔力障壁を局所展開。魔力の障壁に阻まれた炎は消滅する。

「魔法の炎が効かないだと!?な、なんなんだてめぇ!!」

矢も魔法も効かないとなり、ならば直接と思うが、弥一が放つ【精神寒気】の前には本能的に近ずくことを拒む。

圧倒的有利なはずだった状況が経った少しの時間で逆転した現状に男は酷く狼狽する。

そんな男を尻目に、弥一は呆れた口調で話す。

「あんな炎で俺の魔力障壁を突破できるわけないだろ。セナを襲おうとしたその対価、生きてその炎に焼かれろ」

そう言って殺気のこもった声で、しかし静かな声で唱える。

「《輝け・眩ゆきマグナスの幻炎》!」

弥一の足元に赤く輝く魔術陣が描かれ、そこから炎の輝きが溢れる。カッと輝きが増した瞬間、弥一とセナを中心として白い炎が放射線状に地面を這いながら爆発的に広がる。

その白い炎は神秘的な輝きを放ちながら周りのものを全て飲み込む。しかし炎は森などは焼かず、男達だけに纏わりつく。


「なっ、なんだ!!ぐがぁあああああーー!!」
「ぐぁああああああああああ!!!熱い!熱い!
「助けて!助けて!水!水ぅうう!!」
「消えない!!なんで消えないんだぁああ!!」

そこからは地獄絵図だった。纏わりついた炎は本人を燃やし、いくら暴れようが消えることはない。誰しも全身を生きたまま焼かれる苦しみにもがく。そして魔法使いが水の魔法を味方にかけるが、それでもなお、白炎は消えず、全身纏わりつく。

生きたまま炎に焼かれる苦しみに、次々と倒れふす。また一人、また一人と倒れ、その場には弥一とセナ以外誰も立っていなかった。

それを見届けた弥一は、指を鳴らす。

パチンと良い音が響くと、男達に纏わりついていた炎が、しぼむ様に消失する。男達を見ると、誰一人としてを焼かれていない。服も皮膚も、何一つだ。

「お前らには死すら生温い。生きてまま焼かれた恐怖を刻め」

弥一が使った炎は、【マグナスの幻火】と呼ばれる非殺傷系の精神魔術。いくら暴れたり、水で消火しようとしても幻影の炎は消えず、その纏わりついた本人に生きたまま炎に焼かれる苦痛を直接神経に、精神に刻む魔術で、その苦痛は通常で炎に焼かれるよりもはるかに強力である。あまりの惨たらしさに、使用規制がかかる程の魔術でもある。

しかし弥一に躊躇いは無かった。セナを襲おうとした瞬間に弥一の中に容赦や躊躇いはなくなりその時点でもう既に男達に死という選択肢は残されていなかった。

そして気絶した男達が死屍累々と倒れ伏しているこの惨状にセナが弥一に言う。

「弥一、流石に少しやり過ぎだと思う・・・」

少し批難めいた視線を送るセナだが、弥一は全く気にした様子もなくさも当たり前の様に言葉を返す。

「殺してはいないだろ?それに俺のセナに手を出そうとしたんだ、これくらいで十分だ。いや、むしろまだ怒りが収まらないんだが・・・」

そう言って握り拳を作る弥一に、セナは改めて自分お為に怒ってくれた事に嬉しくなり、「んっ、ありがと」とキスをして嬉しそうにお礼を言う。弥一もセナのキスで冷静になる。

死屍累々と倒れ伏す男達の惨状の中で、イチャつく二人はもの凄くシュールだった。そんな光景を気にする事なく二人は再び歩き出す。

「よし、それじゃ進むか」

「うん。早く森を抜けよ」

セナが弥一の腕に抱き付いて、腕を組みながら二人して道に沿って歩き始めた。ちなみに山賊達はそのまま放置である。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

あれからまたしばらく経ち、夕刻の時間。今は山の山頂にいる。そこからついに待ちに待ったエルネ街が遠くの方に見えた。夕日に照らされた街並みとそれを囲む城壁が美しい。

「おお、あれがエルネ街か!ようやくつくな」

「早く行きたい!」

「確かにそうだが此処からじゃ少し遠い。今日はここで野営をして、明日エルネ街に入ろう」

「わかった」

エルネ街は見えたが此処からだと少し遠く、つく頃には夜中頃だろう。そんな時間に行っても中に入れるかわからないので今日は野営をして、明日エルネ街に入る事にする。

弥一とセナはお互いに必要なものを用意し、野営の準備をする。弥一は獲物の狩りに、セナは料理を作る。近くの森で鹿をゲット出来たので、今晩は鹿鍋だ。
暗い森の中で焚き火の炎を頼りに二人で食事をする。
脂ののった鹿は絶品だ。

「うまい!肉が柔らかいから口の中ですぐになくなるな」

「今日のは自信作」

そう言ってフフーンとその膨よかな胸を張って褒めて褒めてと言わんばかりにもたれかかってくる。

そんなセナが可愛くてしょうがない弥一は名一杯甘やかす。

プロポーズしてからセナは弥一によく甘える様になった。それが信用や愛情による行動だと分かっている弥一は嬉しくて更に甘やかす。

用意した鹿鍋が無くな頃には焚き火の炎よりもアツアツな空気が漂っている。

その後セナはテントの中で明日の準備をし、弥一は少し辺りの探索を行う。そして特に異常がないと判断して、テントの周りに【感知魔術】を展開しテント内に潜る。

テントの中にはゆったりとした部屋着に着替えたセナが寝袋を敷いて待っていた。部屋着などは荷物になり旅に持っていくべきではないと思うが、寝るときも旅の服装では気が休まらず、それだけで体力を消費し、ストレスを溜め込んでしまう。そのため着替えを持っておくことは重要だ。

「どうだった?」

「異常なしだ。【感知魔術】も張ってるしな」

「なら良かった。お疲れ様」

そう言って労い隣に座った弥一にもたれかかる様にしてセナが身体を預けてくる。その顔には赤みがさし、潤んだ瞳で見てくる。セナがなにを期待しているか読み取った弥一はその頬に手を添え唇を合わせる。

舌を入れるとセナは一瞬ビクッとするが、すぐに甘える様に絡ませてくる。呼吸も忘れひたすらお互いに求め合う。

やがてぷはっと息をしセナはその場で崩れ落ち息を荒くする。そしてとろけた目で弥一を見ると弥一はセナを押し倒す。

ランタンの小さな光がテントの中を薄っすらと照らす。薄っすらな明かりの中でもセナが顔を上気させているのがわかる。少し息の荒い声でセナが発してくる。

「今日もたくさん愛して」

そうして再び唇に唇を重ね、熱いキスをする。

その後、テントから二人も息づかいが暗い静かな森に微かに響き、溶けていった。



コメント

  • 勇者ヒイラギ

    ノベルバに返信してる作者を見たのは二人目だな

    14
  • 海月13

    小説家になろうでブックマーク数100件になりました!これからも応援よろしくお願いします!

    7
コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品