鱶澤くんのトランス!
絶望
空見にとって、『青鮫団』そのものは特に興味のない存在らしい。
モモチを執拗に虐めるわけではなく、ポケットに手を入れ、あたしのほうを眺める。
あたし――鱶澤アユム。鱶澤ワタルの妹で、自分の代弁者になれるほど大きく大切な家族。
鷹取という男と、空見のつながりは知らない。卒業生――だか中退したんだかのチンピラと、連絡が取れる仲だったのは不思議ではない。
もしかすると鷹取は、この広島県近郊で暮らしていたんじゃなかろうか。
これまで静岡で抗争し、この助っ人が来たことはなかった。『青鮫団』の広島旅行に合わせて、『天竜王』が集まったのも不自然である。
……この、鷹取の参戦を見込んで、このウサギ島に集合したのだと、あたしは目星をつけた。
しかし空見にも鷹取にも、鱶澤ワタルの不在は想定外だった。そりゃそうだよな。『青鮫団』全員の楽しい遠距離宿泊旅行に、団長はカゼで休みなんて間抜けな展開、合戦に士気を高めた少年たちは思いもよらなかったことだろう。
あはは。きっと愕然としただろうな。
夏休みしょっぱなから、バカみたいな交通費かけて。『天竜王』メンバーであるというだけで仲良くもない男ばかり、ウサギの島なんかにやってきてさ。
助っ人の鷹取も、いい面の皮だよ。拍子抜けもいいとこ。
可笑しいの。想像したら、笑いが止まらない。
可笑しい。
「――何を笑ってる?」
空見が言う。あたしは答えなかった。
大男に組み伏せられ、体中をまさぐられて怖気に震える。
押さえつけられた手首がちぎれそうだ。
鷹取の巨大な手によって、あたしは杭を打たれたように、地面にはりつけにされていた。
一応、ダメ元で逃げようと身をよじってみる。
……びくともしないや。
可笑しいの。
「あはは」
あたしは笑った。
空見は気味悪そうに眉を寄せた。
対して、鷹取はだらしなく目を垂らした。片手であたしを抑えたまま、もう片方の手で、あたしの体を撫でまわしている。
「んん、まだこういうのはくすぐってえのか。離島で逆ハーレムやるような女のくせに、未開発かよ」
乳房をぎゅっと握り、嵩と柔らかさを確かめ、粘っこい声で囁いた。
「男勝りでこの体――たまんねえな」
あたしは笑いが止まらなかった。
「おい、なんか言え。アハハじゃなくて、色っぽい声を聞かせろよ。おねだりできたらお前にもイイ思いさせてやるぞ」
「おい、鷹取さん。俺はあんたを接待するために、ここへ来てもらったわけじゃないんだぜ」
空見が苦笑して、男を揶揄した。
「あくまでターゲットは鱶澤ワタルだ。妹が泣きだしたら、静岡にいるアイツに電話をつなぐぞ。あいつはすぐに駆け付けるだろう。明日の昼までに――いや、もしかしたら今夜中にやってくる」
「――あー、すげ……やわらけー。いい乳だなあ……」
鷹取は聞かない。さすがに、空見は怒号をあげた。
「遊んでんじゃねーっすよ! 犯すならさっさとやれ、殴ってでも泣かせろ!」
「……鱶澤ァ呼ぶんは、あっちの野郎どもに鳴かせりゃえぇじゃろぉが」
あたしの耳を食みながら、鷹取は低い声で、空見を脅した。
「オレは純愛派なんだよ。スレた売女を銭で買ったり、ガキを犯す趣味はない。ローマの休日も三回観たし、韓流ドラマで毎週泣いてる……相思相愛、惚れた女をよがらせなきゃ勃ちも悪い。愛のないセックスなんて、むなしいと思わんか?」
「だめだこの先輩、会話にならん」
空見は頭を抱えた。あたしも同意だ。
それでも、鷹取の意思を尊重するつもりらしい。空見はあぐらをかき、部屋の隅に座り込んだ。まあゆっくりやってくれ、と放置するのを、『天竜王』の少年がすり寄っていった。
「あの……空見さん、あとから俺も……」
空見は困ったように後ろ頭を掻く。
「――ほんというと、女をどうこうするのは趣味じゃねえんだが。……まあ、しょうがない。こんな離島くんだりまで来て成果なしじゃな。集まってくれたメンバーみんなに、せめてひと夏のアバンチュールを提供してやんねえと、リーダーの立場がねえわなあ」
「……勝手にひとを提供するな……田吾作」
鷹取に、丁寧に髪を撫でられながら、俺は呻いた。空見は笑った。
「ククッ。そのレトロな罵倒。妹さん、あんたへんなとこ鱶澤にそっくりなんだな」
「おい、アユム。オレに抱かれるのに他の男と会話をするなよ」
鷹取は、あたしの顎を掴み、無理やり自分に向けさせた。視線を合わせ、穏やかにほほ笑む。そして目をつぶった。
あたしは空見に向き直った。
「……覚えていろよ。鱶澤ワタルは、お前たちを決して許さない。あたしや、モモチや、『青鮫団』にしたことを、そっくりそのままお前たちに返すだろう。……何倍もの苦痛にして、必ず。お前たちは今夜のことを後悔するんだ」
「アユムぅ」
頬に、鷹取が唇を寄せた。もうアホらしくて、鳥肌もたちやしない。
「悔い改めて、逃げ出すんならいまのうちだよ空見。お兄ちゃんが来たら、こんな表六玉、一撃でぶっとばして終わりなんだから。何人で来ようと、お兄ちゃんは絶対負けない。お前たちみたいな下郎に、鱶澤ワタルは負けない」
「……そうかもな」
空見は答えた。
「――もしかしたら、俺はそれがわかってて――せめてあいつのココロだけ傷つけるために、こうしているのかもしれない」
「負け犬」
吐き捨てた瞬間、鷹取があたしの顔を掴み、真横に向けた。無理やり唇を合わせる。
あたしは猛烈な吐き気を覚えた。嫌悪感で体が震える。こらえきれずに悲鳴が出た。
鷹取はすねたように唇を尖らせて見せた。
「つれないなぁアユム。そんなにあの空見が気になるんか。オレのほうだけを見てっていっとるじゃろぉが」
「ぅあ……げえっ――」
えずき、せき込むあたしを、鷹取は優しく抱擁した。そしてあたしを横たえる。
あたしの顎を舐めまわし、髪を撫で、耳元でささやく。
「もしかして、オレの嫉妬をあおってるのかな。ほんとはもう欲しいんじゃろ」
「――おい、鷹取」
空見はぶっきらぼうに吐き捨てて、ポイと小箱を投げてきた。つぶれかけた紙箱。見覚えのあるパッケージを視線で追いかけるあたしに、空見は残酷な笑みを浮かべて言った。
「――お前が、大好きな彼氏と使うために持ってたもんだよ、鱶澤アユム。……こんなこと、鱶澤ワタルに話しはしないだろうがな。
……てめえも地獄を見やがれ」
あたしは青ざめて、それを見つめていた。
……でも、絶望はしなかった。
こんなこと、この廃墟に連れてこられた時から、覚悟してたし。
あたしは女じゃないし。
取り返しがつくことだ。忘れられることだ。こんなことで負けない。あたしはなにも傷つかない。勝手にしやがれと脱力した。
地獄を見るのはお前たちだよ『天竜王』。あたしが男に戻ったら、お前たちなんてひねりつぶせる。まずはこのでくの坊を細切れにして、それから空見を粉々にして、あの生意気なサドガキをぐちゃぐちゃにして……
あたしは不敵に笑った。
だが。――鷹取は、空見が投げたものを、拾わなかった。チッチッチ、と舌を鳴らし、ため息をつく。
「わかってないなあ空見。こんなモノで愛の営みを妨げようなんて、本当のセックスと言えないだろう?」
「……うん?」
「純愛と言えば、ナマで中だし。そして男は責任を取る。決まってんだろう。言わせんなバカ」
鷹取は微笑み、あたしにのしかかった。
あたしは絶叫した。
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