鱶澤くんのトランス!
イッパツで一発
徒歩一時間で、ぐるりと島周囲できるという小さな離島にあるホテルは、想像よりずっと大きく、立派で、綺麗だった。
五階建てくらいだろうか? 白い建物の前は芝の公園になっていた。
観光客がすごくたくさんいる。そしてヒト以上にたくさんのウサギ。
車は乗り入れ禁止らしく、そこはまさにリゾート、ユートピア。南国風の植物や外国人が多いせいもあり、まるで外国に来たみたいだ。
場所見知りな俺は完全にお上りさんで、キョロキョロあたりを見回していた。
「ペンションしろくろより、断然にぎわってるだろ? ココがウサギ島のメッカだからね」
モモチが言う。確かに……。この島の宿はココとしろくろしかないが、両者は比べ物にならなかった。部屋数は十倍もありそう。プールやゲーム、日帰り温泉、食堂もあるらしい。レンタサイクルなどもココで受付。となるとあのフェリーや高速船の客は、だいたいこの場所に集中してきているわけだ。そりゃ、にぎやかだよな。
「ペンションは近年できた補助施設みたいなもんだからね。設備も安物だし」
そういう、モモチの言葉は、悪口ではない。子供のころから手伝いをして、半分、実家のようなものなんだろう。謙遜だ。
明るいロビーで、俺は答えた。
「しろくろは、看板娘がカワイイからいいんだよ」
「なに、おばちゃんのこと?」
俺が頷くと、モモチは吹き出した。
そのまま二人でげらげら笑う。俺が言ったのも半分くらいは本心だけどな。にこにこしてて明るくて、優しくて、かわいらしい女性だと思う。
賑わうロビーを抜け、奥にある、土産物売り場へ進んでいく。
思っていたより、大きな売店だ。
こういった観光ホテルの売店と言えば、地域の銘菓と謎のアイテムってのが定番だが、そこはさすがウサギ島。お菓子もグッズも、ウサギ絡みのものが多い。
なんとなく眺めていると、モモチが覗き込んできた。
「なにかお土産買う?」
「いや、荷物になるからそれは帰り際にするけど」
俺はそこにある、細長い布のようなものを手に取った。
「これ何だろうと思って。この棚ぜんぶウサギ柄とか形とか、ウサグッズばっかりなのに、ただの無地の布みたいだからさ」
と、言いつつ持ってみると、布は袋状になっており、中にワイヤーが仕込んであるのに気が付いた。棚についたラベルをみると、リボンカチューシャと書かれている。カチューシャって、あれだよな。髪の毛につけるやつ。どうやって着けるのだろうと考えていると、モモチが取り上げる。
「ちょっとだけ屈んで」
言われて、俺は素直に膝を曲げた。
モモチの手が、俺の髪を梳る。
体温が、一瞬だけ頬をかすめて、耳の向こうへ。そして彼は手早く、布を俺の後頭部へ回し、両先端を額の上、てっぺんよりは少し下あたりで細工する。
……何をされているのかわからない。
モモチは俺を、鏡の前へ導いた。
「――あ。うさ耳」
白い、厚みのある布がワイヤーで形を整えられ、ちょうどウサギの耳のように、天に向かって伸びている。
かわいい。――という言葉をこぼしかけて、俺は慌てて、頭を押さえた。
「やだ! なんだこれ、どうやって取るの。やだ!」
「かわいいよ?」
「かわいすぎるよ! 俺にこんなの、似合うわけねーだろーがっ!」
モモチは首を傾げた。あっけらかんと、淡々と。
「似合ってるよ。赤い髪に映えてる。横髪もまとまって涼しそうだし、白いスカートといいコーディネートだな」
「無理―っ」
喚く俺を、モモチは手を引いて、売店の奥へ連れていく。レジカウンターの女性に、俺自身を指さして、
「この頭のやつください。着けたままで精算できます?」
「はいはい。税込みで千円ですよ」
「じゃあこれで。それから水着が欲しいんですけども」
「はい毎度。水着なら少しですが、奥にございますよ。ご案内しますね」
「何勝手に金出してんだっ!」
モモチはレジを済ませると、店員に従って進んでいく。俺は追いかけようとして、途中、鏡の前で立ち止まった。
ハイポーズ、じゃねえぞ。もちろん、うさ耳リボンを取るためだよ。
……えーと? これは両端を結んで……いや、捻じってあるだけか。やわらかいワイヤーが入ってるから、それで形を作っているんだな。しかしよくできてるなあ。誰が考えたんだろう。
絶妙の硬さ、しなやかさのワイヤーだから、指先でちょっといじれば思いのままに変形できる。捻じっただけなのにちゃんとウサギになってるもんな。
たとえば今は左右対称だけど、片耳をちょっと倒してみるとか……あ、できた。
左右、長さを変えてみるとか。
根元で結ぶんじゃなく、一度カチューシャ部分に巻き付けてから外側に開けば……おっ。これ、ちょっと猫っぽいんじゃないか?
俺はウサギが好きだけど、猫も好きだ。毛の生えた動物全般が大好きだ。
俺は目元がキツめだし、猫耳のほうが似合うような気もする。
いやー、でもなぁ。せっかく、ウサギ島だからな。ここはリゾート、郷に入っては郷に従えで、元のうさ耳がふさわしいよな……
「おーいアユムちゃん、なにやってるの? 水着あったよ、おいでよ」
「モモチー、うさ耳直してー。なんかうまく左右対称にならない」
小走りでモモチへ駆け寄ると、彼はハイハイと頷いて、すぐにうさ耳を作り上げてくれた。わーい。
海に囲まれたこの島に、水着を忘れてくる馬鹿なんかいない。
――というわけで、売店にあったのはたったの四つ。うち一つは男性物、もう一つは子供用。実質、俺の水着ショッピングは二択でしかない。
その両方を持ち上げて、俺は呻いた。
「……迷う……」
モモチがちょっと、めんどくさそうな顔をした。その一瞬を見咎め、モモチをにらんで唇を尖らせる。
「なんだよ、そんなに長い時間待たせてるわけじゃないだろっ! イイじゃないか迷ったって、あたし水着選んだことなんかないんだから」
「……何も言ってないじゃん」
やはり億劫そうに、モモチ。
「どっちも可愛いよ。こういう時は、値段の安い方選んじゃえばいいんじゃないの」
「うん、そうなんだけども……」
俺は二つの水着を、モモチの前に掲げて見せた・
「こっちのほうが可愛い。けど、そっちのほうが安い。値段とカワイサの天秤かけが、ユラユラグラグラでちっとも止まらない」
「可愛い方買えば」
「だって四千円も違うんだぞ!」
俺は叫んだ。
ひとつはワンピースタイプ、ひとつはビキニ。
ワンピースのほうが安いのだが、ピンクの花柄にどっさりドレープで、可愛いすぎるというかなんというか――甘いのである。
対してビキニのほうはまだシンプルと言えよう。紅白のストライプに焦げ茶色のふちどりで、ショーツに小さなレースが付いているだけ。露出度は多いが、スポーティな印象。
うなじで結ぶタイプの肩紐は、自分でも着けやすそうだった。
……うん。やっぱ、こっちがいいよな。
最悪、海水浴中に男に戻るかも知れないんだ。ワンピースよりビキニのほうが脱ぎやすい。物だけ選ぶなら選択の余地はないのだが、値札を見ると、心がくじける。
「……これ買ったら、シノブへの土産が目減りするなあ……」
俺は嘆息した。横でモモチが苦笑する。
ああもう、女ものの水着ってなんでこんなに高いんだ?
ワンピのほうが安いというのも理屈が分からん。布面積もフリルの量もこっちが多いじゃん、なんで安いんだよ。ていうかそれでも高いよ。手のひら三つ分くらいしか布がないのに、なんで俺のジャンパーより高いわけ?
あー……どうしよう。
俺は二つの値札を見比べながら、むーと低いうなり声。
財布の中身的には、出せないわけじゃないけど……。シノブへの土産は洋服のレンタル代だ、ケチることはできない。しかし母ちゃんからもリクエスト受けちゃったんだよなあ。内容は違うが、どちらも約束をしたことだ。
ウーンウーンと悩み、俺の意思がほぼ、ワンピースのほうで決まりかけた時。
モモチがひょいと、ビキニを奪った。
「差額だけカンパするよ。そしたらコッチを買えるんだろ?」
「え。――えっ、なんで」
面食らっている間に、彼はレジカウンターのほうへ運んでいく。慌てて追いすがり、俺はモモチの手を止めた。
「ばか、いらないよ、なんでだよっ」
「大丈夫、おれゴールデンウィークも働いてたから。全額はちょっと手持ちじゃ心もとないけど」
「だったら無理するなよ!」
「だから無理なく差額だけだってば。別に施しとかじゃないよ。おれの買い物だから」
「……おれの?」
モモチは軽く、商品を持ち上げた。
「おれもこっちのほうが可愛いと思うから、着てほしい。おれがほしいんだから買う」
俺は目を丸くして、その場で固まった。ひっく、とシャックリが出る。
動けなくなってる間に、モモチはさっさと、レジへ通してしまった。仕方なく、俺は黙って財布を開く。モモチが追い金して、その水着は俺のものになった。
「……ありがと……」
別に、とそっぽを向くモモチ。
そうやってぶっきらぼうにするのは、ずるい。
自分の買い物だなんて言い訳も、丸ごとプレゼントじゃなくカンパっていうのも、ずるい。断りにくいというか、遠慮の心地悪さより、ありがたいな甘えちゃおうかなという気になってしまう。
ずるい。
「ありがとうございまーす、レシートどうしましょう」
店員に聞かれて、モモチはアッと声を上げた。
「しまった、試着するべきだったかな」
「えっ水着って試着なんかいる? 手足の長さ関係ないし。あたし洋服でもめったにしないよ」
俺の問いに、何をバカなことを言っているんだという顔。店員のほうへ向き直ると、
「すいません、支払った後だけど試着をしてもいいですか。やっぱりもう一つのほうが良かったら交換したいんです」
「はいはい、大丈夫ですよ、どうぞ。あ、合うようだったら今日そのまま着て行かれます?」
「そうします。試着室はどこです?」
「はいご案内しまーす」
「こら、また俺を置いてけぼりにするな!」
こいつ、時々妙に強引っていうか、強気になるのなんなんだっ? 
俺は前を店員、後をモモチで挟まれて、試着室へと連行された。ブティックではなく、土産物売り場の一角である。細長く、クローゼットみたいな小さな箱だ。
「これ、素肌に試着していいんですか?」
店員に聞くと、ビキニの上だけにしてくれとのこと。まあべつに、下は試着しなくていいだろう。特別巨尻でもないし。
俺はなるべく、速やかに試着を終えて出たかった。
オープンなような、クローズドなような。
何とも落ち着かない空間で、だぼゆるシャツを一気に脱ぐ。
試着室の壁は、一面が大きな鏡であった。そこに映った半裸の俺――ジュニア向けの、簡素なスポーツブラに乳房がつぶされ、いびつな形に変形している。客観的に見て苦しそうだ。
俺はブラも取り除き、上半身裸になった。改めて、露出した胸に触れてみる。
……やっぱり、大きい。
先月に性転換した時は、かろうじて膨らんでる程度のド貧乳だった。昨日だってそう。それが今朝になって急に膨らんだ。しかし今はさらにむっちりと肉感を増し、手のひらで覆えないほどになっている。
……これ、どのくらい、あるんだろう。
グラビアはとんでもなくサバ読んでるなんて聞くけども、DとかEとか書かれてるのと同じくらいに見える。
とりあえず、俺は水着を着用してみた。ホルダーネックっていうんだっけ? 首の後ろでひもを結び、鏡に映しこんでみたが、どうも肉の据わりが悪い。
俺はひもを何度も結びなおし調整したり、水着のなかの乳房をこねくり回したり、試着室の中で悪戦苦闘。
ようやく綺麗に収まったところで、カーテンを開いてみた。
「お疲れ様でしたー」
うぉっ、店員そこで待ってたのかよ!?
カーテンを開いたら一気に視界が開け、土産物屋の景色が一望できる。半裸な自分が浮いて感じる。俺は反射的にカーテンを閉じた。どうしましたお客様、と即座に店員。開けるなよ!
「い、いや、なんか、恥ずかし……」
「あっここちょっと紐がよじれてますね直しますねーあとはオッケーちゃんと脇肉もおさまってるしカップもよし」
「聞いて。ねえお願い聞いて」
「別売りのパットは要らなさそう。お客様、スタイルいいですねえー! 腰ほっそいし」
お、大きな声でそういうことを言うなっ!
泳がせた視線の先に、モモチがいた。ゲームでもしていたのだろう、片手に携帯電話を持っている。彼はぽかんと口を開けていた。……視線が痛い……。
俺は照れ笑いに顔を引きつらせつつ、両手を背中に回し、胸を張って見せた。
「ど……どうかな」
モモチは黙ったまま、俺に向けてフラッシュを焚いた。
「撮るな!」
なにはともあれ、購入決定ということで、いいだろう。もう支払いは済んでおり、海辺もすぐ近くなので、下も着替えて出ることにした。
デニムのスカート、ショーツを脱いで……ん、女もののビキニの下はなんて呼ぶんだ。ビキニパンツ、でいいのかな。まあどうでもいい。
しかしこの、試着室で下半身も全部ぬぐというのはいささか……それに、こんな布面積のすくない格好で移動というのもちょっと。浜辺やプールサイド以外は、やっぱり心地が悪い。
どだい、俺は女の体で人前に出ることも初めてなんだ。水着の着方も不安である。うっかり出てはいけないものが出てたりしないよな?
全身を鏡に映し、モソモソやってると、カーテン越しにモモチの声。
「アユムちゃん、まだかかる? ……おれ、買い物しといていい?」
「あっ、はーい」
おっと、なんだかんだでずいぶん待たせてる。俺は手早く着替えを完成させると、リュックに元の服を詰め込んだ。
しかし、このまま出るのは小恥ずかしい。俺はモモチから借りっぱなしの、黄色いパーカーを羽織ることにした。太ももから下は丸出しだが、上半身は隠せる。
デニムスカートのポケットから、パーカーのほうへ移動させようと、携帯電話を取り出す――と、そこで初めて、メール着信に気が付いた。
いつの間に届いていたのだろう、送り主はシノブ。
ペンションを出る前、俺が投げた質問への返信であった。
――男に戻るための手段――
シノブからの返事は、シンプルだった。
『女ナンパして生で中出し』
「――出ねぇええええっ!」
思わず、俺は携帯に向かって絶叫した。
五階建てくらいだろうか? 白い建物の前は芝の公園になっていた。
観光客がすごくたくさんいる。そしてヒト以上にたくさんのウサギ。
車は乗り入れ禁止らしく、そこはまさにリゾート、ユートピア。南国風の植物や外国人が多いせいもあり、まるで外国に来たみたいだ。
場所見知りな俺は完全にお上りさんで、キョロキョロあたりを見回していた。
「ペンションしろくろより、断然にぎわってるだろ? ココがウサギ島のメッカだからね」
モモチが言う。確かに……。この島の宿はココとしろくろしかないが、両者は比べ物にならなかった。部屋数は十倍もありそう。プールやゲーム、日帰り温泉、食堂もあるらしい。レンタサイクルなどもココで受付。となるとあのフェリーや高速船の客は、だいたいこの場所に集中してきているわけだ。そりゃ、にぎやかだよな。
「ペンションは近年できた補助施設みたいなもんだからね。設備も安物だし」
そういう、モモチの言葉は、悪口ではない。子供のころから手伝いをして、半分、実家のようなものなんだろう。謙遜だ。
明るいロビーで、俺は答えた。
「しろくろは、看板娘がカワイイからいいんだよ」
「なに、おばちゃんのこと?」
俺が頷くと、モモチは吹き出した。
そのまま二人でげらげら笑う。俺が言ったのも半分くらいは本心だけどな。にこにこしてて明るくて、優しくて、かわいらしい女性だと思う。
賑わうロビーを抜け、奥にある、土産物売り場へ進んでいく。
思っていたより、大きな売店だ。
こういった観光ホテルの売店と言えば、地域の銘菓と謎のアイテムってのが定番だが、そこはさすがウサギ島。お菓子もグッズも、ウサギ絡みのものが多い。
なんとなく眺めていると、モモチが覗き込んできた。
「なにかお土産買う?」
「いや、荷物になるからそれは帰り際にするけど」
俺はそこにある、細長い布のようなものを手に取った。
「これ何だろうと思って。この棚ぜんぶウサギ柄とか形とか、ウサグッズばっかりなのに、ただの無地の布みたいだからさ」
と、言いつつ持ってみると、布は袋状になっており、中にワイヤーが仕込んであるのに気が付いた。棚についたラベルをみると、リボンカチューシャと書かれている。カチューシャって、あれだよな。髪の毛につけるやつ。どうやって着けるのだろうと考えていると、モモチが取り上げる。
「ちょっとだけ屈んで」
言われて、俺は素直に膝を曲げた。
モモチの手が、俺の髪を梳る。
体温が、一瞬だけ頬をかすめて、耳の向こうへ。そして彼は手早く、布を俺の後頭部へ回し、両先端を額の上、てっぺんよりは少し下あたりで細工する。
……何をされているのかわからない。
モモチは俺を、鏡の前へ導いた。
「――あ。うさ耳」
白い、厚みのある布がワイヤーで形を整えられ、ちょうどウサギの耳のように、天に向かって伸びている。
かわいい。――という言葉をこぼしかけて、俺は慌てて、頭を押さえた。
「やだ! なんだこれ、どうやって取るの。やだ!」
「かわいいよ?」
「かわいすぎるよ! 俺にこんなの、似合うわけねーだろーがっ!」
モモチは首を傾げた。あっけらかんと、淡々と。
「似合ってるよ。赤い髪に映えてる。横髪もまとまって涼しそうだし、白いスカートといいコーディネートだな」
「無理―っ」
喚く俺を、モモチは手を引いて、売店の奥へ連れていく。レジカウンターの女性に、俺自身を指さして、
「この頭のやつください。着けたままで精算できます?」
「はいはい。税込みで千円ですよ」
「じゃあこれで。それから水着が欲しいんですけども」
「はい毎度。水着なら少しですが、奥にございますよ。ご案内しますね」
「何勝手に金出してんだっ!」
モモチはレジを済ませると、店員に従って進んでいく。俺は追いかけようとして、途中、鏡の前で立ち止まった。
ハイポーズ、じゃねえぞ。もちろん、うさ耳リボンを取るためだよ。
……えーと? これは両端を結んで……いや、捻じってあるだけか。やわらかいワイヤーが入ってるから、それで形を作っているんだな。しかしよくできてるなあ。誰が考えたんだろう。
絶妙の硬さ、しなやかさのワイヤーだから、指先でちょっといじれば思いのままに変形できる。捻じっただけなのにちゃんとウサギになってるもんな。
たとえば今は左右対称だけど、片耳をちょっと倒してみるとか……あ、できた。
左右、長さを変えてみるとか。
根元で結ぶんじゃなく、一度カチューシャ部分に巻き付けてから外側に開けば……おっ。これ、ちょっと猫っぽいんじゃないか?
俺はウサギが好きだけど、猫も好きだ。毛の生えた動物全般が大好きだ。
俺は目元がキツめだし、猫耳のほうが似合うような気もする。
いやー、でもなぁ。せっかく、ウサギ島だからな。ここはリゾート、郷に入っては郷に従えで、元のうさ耳がふさわしいよな……
「おーいアユムちゃん、なにやってるの? 水着あったよ、おいでよ」
「モモチー、うさ耳直してー。なんかうまく左右対称にならない」
小走りでモモチへ駆け寄ると、彼はハイハイと頷いて、すぐにうさ耳を作り上げてくれた。わーい。
海に囲まれたこの島に、水着を忘れてくる馬鹿なんかいない。
――というわけで、売店にあったのはたったの四つ。うち一つは男性物、もう一つは子供用。実質、俺の水着ショッピングは二択でしかない。
その両方を持ち上げて、俺は呻いた。
「……迷う……」
モモチがちょっと、めんどくさそうな顔をした。その一瞬を見咎め、モモチをにらんで唇を尖らせる。
「なんだよ、そんなに長い時間待たせてるわけじゃないだろっ! イイじゃないか迷ったって、あたし水着選んだことなんかないんだから」
「……何も言ってないじゃん」
やはり億劫そうに、モモチ。
「どっちも可愛いよ。こういう時は、値段の安い方選んじゃえばいいんじゃないの」
「うん、そうなんだけども……」
俺は二つの水着を、モモチの前に掲げて見せた・
「こっちのほうが可愛い。けど、そっちのほうが安い。値段とカワイサの天秤かけが、ユラユラグラグラでちっとも止まらない」
「可愛い方買えば」
「だって四千円も違うんだぞ!」
俺は叫んだ。
ひとつはワンピースタイプ、ひとつはビキニ。
ワンピースのほうが安いのだが、ピンクの花柄にどっさりドレープで、可愛いすぎるというかなんというか――甘いのである。
対してビキニのほうはまだシンプルと言えよう。紅白のストライプに焦げ茶色のふちどりで、ショーツに小さなレースが付いているだけ。露出度は多いが、スポーティな印象。
うなじで結ぶタイプの肩紐は、自分でも着けやすそうだった。
……うん。やっぱ、こっちがいいよな。
最悪、海水浴中に男に戻るかも知れないんだ。ワンピースよりビキニのほうが脱ぎやすい。物だけ選ぶなら選択の余地はないのだが、値札を見ると、心がくじける。
「……これ買ったら、シノブへの土産が目減りするなあ……」
俺は嘆息した。横でモモチが苦笑する。
ああもう、女ものの水着ってなんでこんなに高いんだ?
ワンピのほうが安いというのも理屈が分からん。布面積もフリルの量もこっちが多いじゃん、なんで安いんだよ。ていうかそれでも高いよ。手のひら三つ分くらいしか布がないのに、なんで俺のジャンパーより高いわけ?
あー……どうしよう。
俺は二つの値札を見比べながら、むーと低いうなり声。
財布の中身的には、出せないわけじゃないけど……。シノブへの土産は洋服のレンタル代だ、ケチることはできない。しかし母ちゃんからもリクエスト受けちゃったんだよなあ。内容は違うが、どちらも約束をしたことだ。
ウーンウーンと悩み、俺の意思がほぼ、ワンピースのほうで決まりかけた時。
モモチがひょいと、ビキニを奪った。
「差額だけカンパするよ。そしたらコッチを買えるんだろ?」
「え。――えっ、なんで」
面食らっている間に、彼はレジカウンターのほうへ運んでいく。慌てて追いすがり、俺はモモチの手を止めた。
「ばか、いらないよ、なんでだよっ」
「大丈夫、おれゴールデンウィークも働いてたから。全額はちょっと手持ちじゃ心もとないけど」
「だったら無理するなよ!」
「だから無理なく差額だけだってば。別に施しとかじゃないよ。おれの買い物だから」
「……おれの?」
モモチは軽く、商品を持ち上げた。
「おれもこっちのほうが可愛いと思うから、着てほしい。おれがほしいんだから買う」
俺は目を丸くして、その場で固まった。ひっく、とシャックリが出る。
動けなくなってる間に、モモチはさっさと、レジへ通してしまった。仕方なく、俺は黙って財布を開く。モモチが追い金して、その水着は俺のものになった。
「……ありがと……」
別に、とそっぽを向くモモチ。
そうやってぶっきらぼうにするのは、ずるい。
自分の買い物だなんて言い訳も、丸ごとプレゼントじゃなくカンパっていうのも、ずるい。断りにくいというか、遠慮の心地悪さより、ありがたいな甘えちゃおうかなという気になってしまう。
ずるい。
「ありがとうございまーす、レシートどうしましょう」
店員に聞かれて、モモチはアッと声を上げた。
「しまった、試着するべきだったかな」
「えっ水着って試着なんかいる? 手足の長さ関係ないし。あたし洋服でもめったにしないよ」
俺の問いに、何をバカなことを言っているんだという顔。店員のほうへ向き直ると、
「すいません、支払った後だけど試着をしてもいいですか。やっぱりもう一つのほうが良かったら交換したいんです」
「はいはい、大丈夫ですよ、どうぞ。あ、合うようだったら今日そのまま着て行かれます?」
「そうします。試着室はどこです?」
「はいご案内しまーす」
「こら、また俺を置いてけぼりにするな!」
こいつ、時々妙に強引っていうか、強気になるのなんなんだっ? 
俺は前を店員、後をモモチで挟まれて、試着室へと連行された。ブティックではなく、土産物売り場の一角である。細長く、クローゼットみたいな小さな箱だ。
「これ、素肌に試着していいんですか?」
店員に聞くと、ビキニの上だけにしてくれとのこと。まあべつに、下は試着しなくていいだろう。特別巨尻でもないし。
俺はなるべく、速やかに試着を終えて出たかった。
オープンなような、クローズドなような。
何とも落ち着かない空間で、だぼゆるシャツを一気に脱ぐ。
試着室の壁は、一面が大きな鏡であった。そこに映った半裸の俺――ジュニア向けの、簡素なスポーツブラに乳房がつぶされ、いびつな形に変形している。客観的に見て苦しそうだ。
俺はブラも取り除き、上半身裸になった。改めて、露出した胸に触れてみる。
……やっぱり、大きい。
先月に性転換した時は、かろうじて膨らんでる程度のド貧乳だった。昨日だってそう。それが今朝になって急に膨らんだ。しかし今はさらにむっちりと肉感を増し、手のひらで覆えないほどになっている。
……これ、どのくらい、あるんだろう。
グラビアはとんでもなくサバ読んでるなんて聞くけども、DとかEとか書かれてるのと同じくらいに見える。
とりあえず、俺は水着を着用してみた。ホルダーネックっていうんだっけ? 首の後ろでひもを結び、鏡に映しこんでみたが、どうも肉の据わりが悪い。
俺はひもを何度も結びなおし調整したり、水着のなかの乳房をこねくり回したり、試着室の中で悪戦苦闘。
ようやく綺麗に収まったところで、カーテンを開いてみた。
「お疲れ様でしたー」
うぉっ、店員そこで待ってたのかよ!?
カーテンを開いたら一気に視界が開け、土産物屋の景色が一望できる。半裸な自分が浮いて感じる。俺は反射的にカーテンを閉じた。どうしましたお客様、と即座に店員。開けるなよ!
「い、いや、なんか、恥ずかし……」
「あっここちょっと紐がよじれてますね直しますねーあとはオッケーちゃんと脇肉もおさまってるしカップもよし」
「聞いて。ねえお願い聞いて」
「別売りのパットは要らなさそう。お客様、スタイルいいですねえー! 腰ほっそいし」
お、大きな声でそういうことを言うなっ!
泳がせた視線の先に、モモチがいた。ゲームでもしていたのだろう、片手に携帯電話を持っている。彼はぽかんと口を開けていた。……視線が痛い……。
俺は照れ笑いに顔を引きつらせつつ、両手を背中に回し、胸を張って見せた。
「ど……どうかな」
モモチは黙ったまま、俺に向けてフラッシュを焚いた。
「撮るな!」
なにはともあれ、購入決定ということで、いいだろう。もう支払いは済んでおり、海辺もすぐ近くなので、下も着替えて出ることにした。
デニムのスカート、ショーツを脱いで……ん、女もののビキニの下はなんて呼ぶんだ。ビキニパンツ、でいいのかな。まあどうでもいい。
しかしこの、試着室で下半身も全部ぬぐというのはいささか……それに、こんな布面積のすくない格好で移動というのもちょっと。浜辺やプールサイド以外は、やっぱり心地が悪い。
どだい、俺は女の体で人前に出ることも初めてなんだ。水着の着方も不安である。うっかり出てはいけないものが出てたりしないよな?
全身を鏡に映し、モソモソやってると、カーテン越しにモモチの声。
「アユムちゃん、まだかかる? ……おれ、買い物しといていい?」
「あっ、はーい」
おっと、なんだかんだでずいぶん待たせてる。俺は手早く着替えを完成させると、リュックに元の服を詰め込んだ。
しかし、このまま出るのは小恥ずかしい。俺はモモチから借りっぱなしの、黄色いパーカーを羽織ることにした。太ももから下は丸出しだが、上半身は隠せる。
デニムスカートのポケットから、パーカーのほうへ移動させようと、携帯電話を取り出す――と、そこで初めて、メール着信に気が付いた。
いつの間に届いていたのだろう、送り主はシノブ。
ペンションを出る前、俺が投げた質問への返信であった。
――男に戻るための手段――
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