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鱶澤くんのトランス!

とびらの

モモチ誤爆

 何食わぬ顔で、モモチはエサをばらまいていた。

「おれとシノブちゃんとの関係は、簡単に言えばただの元同級生。つながりでいえば、おれの親友が彼女の恋人だ。シノブちゃんの彼氏――ナカムラっていうんだけど、本気でシノブちゃんに惚れこんでるから、男十五人の宿泊旅行に紅一点なんか行かせるわけない。それなのにシノブちゃんは一人で来た。百歩譲って彼女のご乱心だとしても、おれの顔みてギクリともしないのはおかしいでしょ。おれがナカムラにチクらないわけないじゃん? 行動がデタラメだ、これはどういうことだ? って、しょっぱなから思ってたわけ」

「うふふ……ははは」

 俺は、笑うしかない。

「そこから距離を置いて観察してたけど……なんだかずーっと、シノブちゃんらしくない言動の連続。よく見りゃ顔も違う気がする。別人だって確信したのはごはんの時。シノブちゃん、魚料理が大好きだから。おれにそれを話したことは忘れてしまっても、自分の嗜好は簡単に変わりはしないだろ?」
「……なんだよ。それじゃあ……ココに誘い出したときにはもう、なにもかもわかってたんじゃねえか」

 俺は呻いた。

 ……部屋に来たのは、夜這いじゃなく、外へ誘うため。外へ誘ったのは尋問のため。
 手をつないだのも、唇を寄せてきたのも、なにもかも演技。
 ぜんぶ、俺をひっかける嘘。

 モモチが適当に蒔いたエサが、俺の耳に落ちてきた。モッハモッハが耳穴のくぼみをフッハフッハしてるけど、ひっぺがす気力ももはやない。
 俺は完全に諦め、脱力して、完全に「俺」として、大の字になっていた。
 モモチの返事がくる。

「そうだね。もし本物のシノブちゃんなら、夜に部屋を訪ねたりしない。ナカムラはおれの親友なんだ」

 ……ほんと、脱力した。なんかもうどうでもいいや。ばかばかしい。
 俺が宇宙人の混血とバレようが、それでこの街に居られなくなろうが、どうでもいい。どうせ引き留めるやつなんかいないだろ。アユムならなおさら。居なくなったって、消えたっていい。

 黙り込んだ俺を、見下ろすモモチ。
 エサがなくなったらしい。彼は膝を曲げ、かがみ込む。寝転がった俺の傍らに寄り添って。

「……あのさ。……今夜、おれが誘い出したのは確かに、君を試すためだけども。……でも君は」

 そのとき、俺の懐で、携帯電話が鳴った。浴衣の前を開き、帯のあたりに差していたそれを、ヒョイと取り出す。

「ひぁっ!?」

 モモチがなにやら妙な声を上げた。どうでもいい。俺は電話をつなげた。

「……もしもし」
『あ、お兄ちゃん。ごめんごめん、お風呂はいってた』
「……上がってからかけ直したのか、長風呂だな」
『ううん、上がったところで通話したの。それから時間つぶしてた。だってスグ切られたんだもん。かけるとマズい状況かなって』

 まあ、ある意味アタリだ。そしてベストタイミングでもある。シノブは声をひそめた。

『今は大丈夫なの? なにかあったのお兄ちゃん。まさか、バレた?』

 俺は首を振った。このアクションは、静岡のシノブには見えないけどな。

「平気。ちょっとシノブの声が聞きたくなっただけだ」
『……はっ? な、何言ってんの』
「とにかくなんでもないよ。おやすみ」
『まだ十時半よ。小学生じゃないんだから』

 なんなのよもー、とブツクサ言いながら、シノブは通話を切った。
 俺は再び、携帯電話を浴衣の中に戻す。
 モモチに向き直ると、彼はなにやら、顔面を覆っていた。

「……モモチ?」
「はっ、はだっ……ケイタイ、浴衣の中……そのまんまって」
「ああ。ポケットがなくてさ。これ防水だから、汗でショートしないし」
「ちが……じゃなくて浴衣っ……!」

 何言ってんだこいつ。衿を直すこともなく、モモチの手首を掴んで開かせた。むき出しにした顔は、なぜか真っ赤になっていた。不思議に思いつつ、とりあえず、俺は言った。

「さっきの電話、聞いてたな。お察しの通り、相手はシノブだ。……俺はシノブを騙った偽物。……騙していてごめん」

 モモチは視線を巡らせた。まず、俺の顔。それを真下へ逸らしてから、ものすごい速度で明後日の方に顔ごと向ける。

「だ、騙されてないし、実害も、ないしベツニソレハ」
「……シノブのことは悪く思わないでくれ。俺が無理に頼んだんだ。旅行の詳細を話してなかったし、お前がいることも知らなかった。本当に、服を貸してくれただけなんだ。……悪いのはワタルと、俺。……シノブを責めないでやってほしい。頼む」
「わかってます大丈夫……それより、ゆかた。はだ……衿を……はだかっ……」
「あとはお前の言ったとおりだ。……馬鹿が、その場しのぎの言い逃れを積み重ねてどうにもならなくなっただけ。……ごめん。俺が悪かった。馬鹿だった。ごめん」

 俺はうつむき、大きく嘆息した。

「……償いに……『あたし』はもう、今夜で消えるから……」

 そっと、モモチの手を放す。とたんに彼は顔面を覆い、うわずった声で叫んだ。

「なんでもいいからとりあえず、おっぱいしまってください!!」
「ん? ああ」

 はいはい、と浴衣を直す。適当に着付けた上、ケイタイを出し入れするのに衿を開いたままだった。ちゃちゃっとまた適当に隠すと、俺はモモチへ向き直る。

 彼はその姿勢のまま、なにやらブツブツと、ウサギに話しかけていた。

「なんなのこのこなんなの。もしかしてって気がしてたけど、さすがにないよなと思ってたのになんなの」
「モモチ?」
「……意外とあった…………」
「モモチ。あの、俺――ほんとにごめん。言葉の他にどう詫びればいいかわからなくて……俺にできることがあったら、なんでも……」

 モモチは顔を上げた。

「そういうことも言うな」

 うん?

 モモチはまたしばらく沈黙し、そして急に立ち上がった。いまだ赤面はおさまっていないが、目のぐるぐるは治まっている。むしろ、据わってる。

「お詫びはもういいよ。さっきも言ったけど、おれは何も損してないし。それより、君の正体が何者かをはっきりさせておきたい」
「……そ、それは……」
「名前は、宿帳に書いた、アユムちゃん……でいいんだよね」

 アユム――またその名を呼んでくれた。嬉しい。俺は無言で、小さく頷いた。

「名字は、鱶澤?」

 頷く。

「……鱶澤シノブと双子のようにそっくりな、鱶澤アユムか。まあ、普通に考えて、そのままそういうことかな」

 俺は首を振った。俺はシノブと双子ではないし、姉妹でもない。鱶澤家は二人兄妹だ。
 否定した俺に、モモチは眉を半分上げた。一問一答で真実を導き出すのは無理だろう。俺の口から説明するべきだろうし、俺としてももう、ラトキア星人のことを話していいと思っていた。
 しかし、うまく言葉が出てこない。
 アユムは、雌体化したワタルなのだということを言いたくない――強い拒否反応が、俺の舌を凍らせていた。

「ごめん。少しだけ待って。……あとで必ず話すから……」
「……いや、じゃあ話さなくていい。家庭の事情にツッコむ気はないよ」

 俺は再び首を振る。どうやらモモチ、昼ドラ風のドロドロな親族関係を想像したようだ。そういうことじゃない。まあ複雑っちゃ複雑だし、親が関係するから家庭の話ではあるんだけども、実に平和で簡単な話なのだ。

 二十年ほど昔、雌雄同体の宇宙人と地球の男が恋に落ちた。俺はその子供で、しかも突然変異、ゆえに異常な体質である。今夜日付が変わると同時に、本来の姿に戻る。だからそれまでアユムでいさせてほしい。

 ……それだけの話だ。

 俺たちは、それでもう黙り込んでしまった。両者に気まずい沈黙が続く。
 沈黙を破ったのは、またモモチだった。

「うん、君の正体は、もういい。共犯のシノブちゃんが悪い子じゃないのも知ってるし、団長もいい人だし、君も……悪い人には見えないし」
「大嘘つきだけどな」

 自嘲ぎみに笑って言うと、モモチは破顔した。

「そんなに嘘が下手な嘘つきがいるかよ」

 頷くことも首を振ることも出来ず、俺はただ、モモチを見つめていた。一度、ばっちり視線が合った。モモチは素早く視線をそらし、ごほんと咳払い。

「それより……その……。ごほん。……君の動機。その。……なんで色々と嘘を重ねリスクを冒してまで、この旅行にやってきたかが、聞きたいんだけども……」

 なにやら、心地悪そうである。この問いならば答えられる。俺は端的に言った。

「来たかったから」
「それは……ごほっ。いやほら、ただ来るだけなら、はじめからアユムとして参加表明すればいいじゃないか。シノブちゃんの偽物じゃなく、団長のもう一人の妹だって来ればそれでよかった」

 俺は頷いた。ほんと、今となってはそうすれば良かったと思うよ。実はシノブの他にもうひとり妹がいました、ちょっと複雑な家庭の事情が絡んでるので詳しく聞くな、楽しませてやってくれヨロシクなって。そうすれば嘘は最初の一つで済んだし、モモチに疑われることもなかっただろう。

 たった一つの誤算から、予想外の事態が時間差でどんどこやってきて、収拾つかなくなっちまった。

 旅の支度をしてたとき、俺は別に、シノブの偽物という立場に不満はなかった。アユムなんて存在しなかったし、ワタルに代わるまでの一時しのぎとしか考えてなかったんだ。
 それが、今となっては変わってしまった。
 シノブと呼ばれただけで砕け散りそうになっている。ワタルに戻ることを悲しんでいる。それもあと数時間で霧散するのだろうけど、せめてそれまでは――アユムでいたい。

 話せないことが多すぎて、すっかり無口になってしまった俺に、困るモモチ。彼は言葉を選びながら、さらに追及してくる。
 俺の真実こころを知ろうと。

「……君が……ごほん。こんな、見知らぬ男ばっかりのむさ苦しい旅行に、色々と無理をして来たこと。しかもシノブちゃん――おれの知り合いに化けてきたこと。……その理由を、おれはずっと考えてた。考えながら一緒に旅をして、ずっと観察して、考察してた」

 ……?

 何か……変だな、モモチ。なんか展開の方向も歪んできてる気がするし、モモチ自身の挙動も変だ。言葉だけなら理路整然としてるけど、さっきまでの調子と違うじゃん。つか、どこ見てしゃべってんだよ。
 俺はとりあえず、黙って彼の弁論を聞くことにした。頷いて、続きを促す。

「そうしてここまで来て、おれは一つの推論を立てた。……あくまで推論。ただ状況証拠とか展開的にこの可能性が高いというか、客観的にそういうことになっただけで、主観や願望はないよ。それを先に理解しといてね? 期待とかじゃないからね?」

 だからなんなんだよ。前置き長いよ。ちょっとめんどくさくなってきたぞモモチ。

 再び頷き、促す。なんだかわからんけどわかったから、その推論だか結論だかをさっさと言え。
 モモチは再度、ごほんと咳払い。そして顔を上げた。俺のほうをまっすぐに向いて、琥珀色の目を輝かせて。


「君が、おれのことを前から好きで、おれを誘惑するためにこの旅行に紛れ込んだっていうこと」


 ……。
 ………………。

「え。全然違う。ただウサギ好きなだけ」

 思わず、完全な素で答える。モモチはきっかり三秒、そのままの姿勢で固まっていた。そして地面にしゃがみ込み、低いうなり声。俺はその正面に身をかがめた。

「えっと。……大丈夫?」
「………………今の、無かったことにして、やり直していいかな…………」

 消え入るような声で、モモチ。俺は眉を垂らした。

「それはちょっと」
「じゃあしばらくほっといて。あとその姿勢やめれ。またぱんつ見えてる」

 おっと、と、裾を直し、地面に膝をつけるよう姿勢を改めた。どうもこのへんがな。男の時の長ズボン生活で、スカートや浴衣でのガードが甘くていかん。注意をされればアリャコリャはずかし、という感覚くらいはあるのだが、上半身の裸やぱんつ程度では、恥じらいとかもよくわからん。男の時は、自分も周りもたいして気にせず出してたからな。
 しかしみっともないのは理解してる。俺は照れ隠しにへらへら笑って、頭を掻いた。

「えへへ、ごめん、お見苦しいものを失礼いたしました」
「……そういうとこだからな。君のそういうとこが悪い」

 俺は首を傾げた。なんか急にマジトーンで怒られた。

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