鱶澤くんのトランス!
百度目のトランス、初めてのお出かけ
俺は生まれて初めて、母親の前で土下座した。
「おかあさまおねがいします。雌体化周期に、女にならずにいられる方法を教えてください」
「無理」
即答される。俺はさらに床に額を押し付けて、
「そこをなんとか!」
「いや私の采配じゃないから。あんたの体質の問題でしょ。旅行かあ。あっちの日程をずらしてもらうことは出来ないの?」
「……無理。……たとえ宿代出しても、夏休みは予約でいっぱいだって……」
「だったらしょうがないでしょ。残念だけどお断りしなさい。また別の機会に行けばいいじゃないの」
「いつ、だれがその機会を作ってくれるんだよ。母ちゃん連休取れるのか」
「ワタル一人で行けば」
さりげなく家族旅行をねだってみたが、母親の返事は厳しかった。俺は即答する。
「無理。広島県だぞ。遠い。怖い。さみしい」
「……あんた、十七の男で場所見知りって、かわいくないわよ……」
うるさいな、ちょっと方向音痴なんだよっ! 迷子になったら困るだろ!?
どうしたもんだか。
唸る俺に、食後のお茶を啜っていたシノブが、冷たい言葉を投げかける。
「ほら、こんなことがあるから、さっさと童貞捨てろっていってたのよ。完全に男になってれば今頃なんの気兼ねもなく、ウキウキと旅行準備していたでしょうに」
こいつはまた……
俺は妹をにらんだ。
「うるせえな。お前だって、雌雄同体のときから修学旅行だのなんだの行ってたじゃねえか」
「それなりの苦労はしたもん。お兄ちゃんだって、やればできるんじゃないの?」
「できるわけないだろ、そっこーでバレるわっ!」
シノブがそれなりの努力をしたこと、そして要領がいいことは、認める。しかしシノブと俺とでは事情が違うのだ。
シノブの変化はゆるやかかつ大差が無く、ピーク時でも「男の娘」という程度。さらに脅威の女装技術があり、風呂さえ逃れればなんとでもなった。
しかし俺は突然変異の異常体質。「どくん」を前兆に五分で変化、そうして外見が全く変わってしまうのである。
胸や股間の凹凸うんぬんではなく、身長で三十センチ、コワモテ番長からたおやかな美少女に様変わり。男装とか女装とかでどうにもならない、まったくの別人である。赤い髪とつり上がり気味の目など、なんとなく面影くらいはあるけども。
雌体化した俺が行ったところで、『青鮫団』は首を傾げるだけだろう。誰だこの女、ってな。
まあ、鱶澤の妹かなってくらいには思ってもらえそうだが……。
「……ん」
俺は顔を上げた。
妹。……そうだ。俺には妹がいる……ひとつ年下の、あんまり仲の良くない妹。俺ら底辺男子校とは世界が違う、進学校に通っている。
中学も俺とは別の私立だし、『青鮫団』を自宅へ入れたことはない。
妹がいる、ことは知られている。だがシノブ当人を知るものは誰もいない。
妹――女――女なら、奴らの目の前で、心ゆくまでウサギをモフモフしても、鱶澤ワタルの評価は下がらない。だって別人だもの。女の子だもの。可愛いものに目がなくてなんにも恥ずかしいことなんか無いもの。
黙り込み、目に輝きを取り戻した俺に、シノブはクスッと笑った。こいつはいつも俺の思考を読む。
「いーよ、お兄ちゃん。洋服貸してあげる。三日間なるべく出歩かず、あとでなんかあっても、口裏を合わせてあげるわ」
「おぉ妹よ! あぁ妹よ、妹よ!!」
「お土産よろしく。たっぷりとね」
…………バイト、がんばろう。
どうなることかと思ったけども、なんとかなりそうだ。
俺は再びテンションをあげて、心も体もぴょんぴょんしていた。
雌体化する日をこんなに楽しみにしたことなんか初めてだ。楽しみすぎてじっとしていられない。
その様子を、いつもの冷めた目で見ていたシノブがふと、眉を寄せる。
「お兄ちゃん。まさかと思うけど、旅行ってアホ鮫団の連中とじゃないわよね」
「えっ?」
「せいぜい、同学年の何人かってところだよね? 下級生ふくむ団員全員、男ばっかりで海にいくんじゃないわよね?」
………………そ……その通りですがなにか?
俺は首を振った。
「そんなわけないだろう」
「だよねっ。ならよかった!」
本気でホッとしたようすのシノブ。さっさと自分の携帯で、「わたしも八月には彼氏とディズニーいこうかなー」などとやりだした。ちくしょうリア充め。見てろよ俺だって、いつか同じだけの人数、異性をはべらせてハーレム旅行してやるからな! ……いつか!
その日から、客先での俺の評価はめざましかった。
お客様アンケート回答:
ぱっと見、髪の毛真っ赤だし怖かったけど、ものすごくよく働くしずっとニコニコ笑顔で、素敵な従業員さんでした。またお世話になりたいです。 清水市四十九歳主婦
ちょっとしたボーナスまで頂いて、旅行準備は順調に進む。
天気予報も上々。
授業のたび髪の毛はピンクになったけど、そんなことで俺は負けない。
通販で届いた箱を開き、床に並べて、確認する。
女ものの下着と、黒髪のウィッグ。
今は試着するわけにはいかないが……女の俺には、ぴったりフィットするはずだ。
「……シノブのフリ、とはいえ……女の体で、外を出歩くのは初めてだな……」
呟くと、自然と笑みがこぼれた。
「へへっ」
――そしてついに、その日がやってきたのだ!
「おかあさまおねがいします。雌体化周期に、女にならずにいられる方法を教えてください」
「無理」
即答される。俺はさらに床に額を押し付けて、
「そこをなんとか!」
「いや私の采配じゃないから。あんたの体質の問題でしょ。旅行かあ。あっちの日程をずらしてもらうことは出来ないの?」
「……無理。……たとえ宿代出しても、夏休みは予約でいっぱいだって……」
「だったらしょうがないでしょ。残念だけどお断りしなさい。また別の機会に行けばいいじゃないの」
「いつ、だれがその機会を作ってくれるんだよ。母ちゃん連休取れるのか」
「ワタル一人で行けば」
さりげなく家族旅行をねだってみたが、母親の返事は厳しかった。俺は即答する。
「無理。広島県だぞ。遠い。怖い。さみしい」
「……あんた、十七の男で場所見知りって、かわいくないわよ……」
うるさいな、ちょっと方向音痴なんだよっ! 迷子になったら困るだろ!?
どうしたもんだか。
唸る俺に、食後のお茶を啜っていたシノブが、冷たい言葉を投げかける。
「ほら、こんなことがあるから、さっさと童貞捨てろっていってたのよ。完全に男になってれば今頃なんの気兼ねもなく、ウキウキと旅行準備していたでしょうに」
こいつはまた……
俺は妹をにらんだ。
「うるせえな。お前だって、雌雄同体のときから修学旅行だのなんだの行ってたじゃねえか」
「それなりの苦労はしたもん。お兄ちゃんだって、やればできるんじゃないの?」
「できるわけないだろ、そっこーでバレるわっ!」
シノブがそれなりの努力をしたこと、そして要領がいいことは、認める。しかしシノブと俺とでは事情が違うのだ。
シノブの変化はゆるやかかつ大差が無く、ピーク時でも「男の娘」という程度。さらに脅威の女装技術があり、風呂さえ逃れればなんとでもなった。
しかし俺は突然変異の異常体質。「どくん」を前兆に五分で変化、そうして外見が全く変わってしまうのである。
胸や股間の凹凸うんぬんではなく、身長で三十センチ、コワモテ番長からたおやかな美少女に様変わり。男装とか女装とかでどうにもならない、まったくの別人である。赤い髪とつり上がり気味の目など、なんとなく面影くらいはあるけども。
雌体化した俺が行ったところで、『青鮫団』は首を傾げるだけだろう。誰だこの女、ってな。
まあ、鱶澤の妹かなってくらいには思ってもらえそうだが……。
「……ん」
俺は顔を上げた。
妹。……そうだ。俺には妹がいる……ひとつ年下の、あんまり仲の良くない妹。俺ら底辺男子校とは世界が違う、進学校に通っている。
中学も俺とは別の私立だし、『青鮫団』を自宅へ入れたことはない。
妹がいる、ことは知られている。だがシノブ当人を知るものは誰もいない。
妹――女――女なら、奴らの目の前で、心ゆくまでウサギをモフモフしても、鱶澤ワタルの評価は下がらない。だって別人だもの。女の子だもの。可愛いものに目がなくてなんにも恥ずかしいことなんか無いもの。
黙り込み、目に輝きを取り戻した俺に、シノブはクスッと笑った。こいつはいつも俺の思考を読む。
「いーよ、お兄ちゃん。洋服貸してあげる。三日間なるべく出歩かず、あとでなんかあっても、口裏を合わせてあげるわ」
「おぉ妹よ! あぁ妹よ、妹よ!!」
「お土産よろしく。たっぷりとね」
…………バイト、がんばろう。
どうなることかと思ったけども、なんとかなりそうだ。
俺は再びテンションをあげて、心も体もぴょんぴょんしていた。
雌体化する日をこんなに楽しみにしたことなんか初めてだ。楽しみすぎてじっとしていられない。
その様子を、いつもの冷めた目で見ていたシノブがふと、眉を寄せる。
「お兄ちゃん。まさかと思うけど、旅行ってアホ鮫団の連中とじゃないわよね」
「えっ?」
「せいぜい、同学年の何人かってところだよね? 下級生ふくむ団員全員、男ばっかりで海にいくんじゃないわよね?」
………………そ……その通りですがなにか?
俺は首を振った。
「そんなわけないだろう」
「だよねっ。ならよかった!」
本気でホッとしたようすのシノブ。さっさと自分の携帯で、「わたしも八月には彼氏とディズニーいこうかなー」などとやりだした。ちくしょうリア充め。見てろよ俺だって、いつか同じだけの人数、異性をはべらせてハーレム旅行してやるからな! ……いつか!
その日から、客先での俺の評価はめざましかった。
お客様アンケート回答:
ぱっと見、髪の毛真っ赤だし怖かったけど、ものすごくよく働くしずっとニコニコ笑顔で、素敵な従業員さんでした。またお世話になりたいです。 清水市四十九歳主婦
ちょっとしたボーナスまで頂いて、旅行準備は順調に進む。
天気予報も上々。
授業のたび髪の毛はピンクになったけど、そんなことで俺は負けない。
通販で届いた箱を開き、床に並べて、確認する。
女ものの下着と、黒髪のウィッグ。
今は試着するわけにはいかないが……女の俺には、ぴったりフィットするはずだ。
「……シノブのフリ、とはいえ……女の体で、外を出歩くのは初めてだな……」
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コメント
ノベルバユーザー602527
百度目のトランスの最後まで一気見した後、あまりにも衝撃的ですぐに1話から読み返しました。
読むたびに楽しんで拝見してます。