鱶澤くんのトランス!
サマバケとモフと女体化と
「団長っ!?」
モモチが飛び上がり、震え上がる。
俺はモモチの肩を掴み、激しくゆさぶり尋問した。
「いつだ! いつ行くんだ!? 今からかこれからか、明日か今すぐか!?」
「お、落ち着いてください、夏休みって言ったじゃないか」
「エサは持ち込みできるのか現地で売ってるのか、キャベツとにんじんが映ってるけどどっちがいいんだ、どっちのほうがよりウサギは俺の手からおいしそうに食べてくれるんだどっちなんだ」
「ど、どっちも持って行けばいいと思うけど」
「そうかよしとびきりの野菜を用意しておく! 大山、小川、これから八百屋に繰り出すぞ!」
「行くのはまだ先なんだから、傷んじゃうっすよ」
「そして八百屋。いまどき八百屋。存在するのかすら疑問な八百屋」
気の抜けた顔でいう小川と大山。
団員のツッコミにも、俺のテンションはおさまらない。なんかしてなきゃ踊ってしまいそうだ。ていうか待つ必要なくね? ほんと今すぐいけばよくね?
モモチは苦笑いして、ポケットから封筒を取り出した。簡素な茶封筒に、シンプルな文面の手紙である。
「観光地だもの、いつでも部屋が空いてるってわけにいかないですよ。僕らも学校があるし。……だから、夏休み入ってすぐの、日・月で二泊、火曜日に帰宅」
「なるほど、社会人なら休めない時期だ」
スマホで確認しながら、小川。
モモチはにこやかにうなずいた。
「実はこの日、露天風呂と外周の修繕工事で、一般予約が取れないらしくて。昼間にちょっと物音がするのと内風呂だけでよければ……なにより団長のスケジュールが合えばの話ですが」
「大丈夫、夏休みの予定なんかニコ動でマキバオーの一挙生放送くらいしかない。大丈夫、プレミアム会員だからあとでも見れる!」
「団長、ウサギ、好きなんですか」
「だいすきだっ!!」
と、即答してから、我に返る。
そっぽを向き、口笛を吹いた。
「……いや…………べ……別に。そんなわけないだろ。俺はただ……アレだ。ほら。ウサギって食えるだろ。狩猟本能ってやつが刺激されたんだよ」
「捕まえちゃだめですよ。つかみ取りバーベキューじゃないんだから」
「わ、わかってるって、ただちょっと、冗談を言ってみただけだ……」
「そうそう、団長がウサギなんかに興味あるわけないだろ」
と、助け船を出してくれたのは小川。
「静岡最強の男にして、われれが『青鮫団』の団長だぞ。こんなに雄々しくて強くてクールな団長が、モフモフに目がないなんて、似合わないね」
「お、おう……そうだ」
「うんうん、ニンジンスティック片手にウサギの前にしゃがみ込んでワクテカしてる団長なんて、カッコ悪くて幻滅っす」
大山も頷く。俺は引きつった笑いを浮かべてのけぞった。
「そ、その通りだ、ありえないよな」
大山と小川はそれぞれ向き合い、いかに俺とウサギの相性が悪いかを語り始めた。団長のひとにらみはあらゆる獣を服従させるとか、上陸しただけで天変地異を察して森にこもるとか。このやろう。
腰に手を当て、小川が得意げに、
「サメとウサギっていったら天敵だからな。ほら、昔話で。ウサギが鮫をだまして一列に並ばせて、海を渡った話」
「あれってワニじゃなかったか」
「ワニってのはサメのことですよ。昔、日本ではサメのことをワニと呼んでいたから」
と、口を挟んできたのはモモチ。大山と俺がヘェと声を出す。ちなみに、とモモチは続けた。
「鱶っていうのもサメのこと。だから『青鮫団』なんですよね?」
「え、そうなんだ」
「……なんで団長が驚くんですか」
「チーム名つけたの俺じゃないし。モモチは博識だな。俺は自分の名字も、画数多くて書きにくいとしか思ったことなかった」
「……まあ、そうですね。毛筆じゃ真っ黒になりそうですね」
ほんとそれ。大山と小川がうらやましい。まあこいつらは下の名前がめちゃくちゃ難しいんで苦労してるだろうけど。
と、思ったくせに、奴らのファーストネームを失念する。難しい名前としか覚えてないぞ。なんだっけ。当人らに聞いてみると、二人は同じ方向へ首を傾けた。
「さあ」
「わすれました」
「あんまりにも難しいもので」
「十八になったいまだに書けねっす」
「なのでいっそ設定も無いってことにして」
「これからも大山小川コンビとだけ呼んでくれたら結構っす」
「そうか。大変だな、おまえらも」
「…………大変ですね…………」
モモチは眉毛をハの字に垂らし、なぜか引きつった笑いを浮かべていた。
そんなことよりウサギだ。
俺はきたる日、ウサギとの逢瀬に思いを馳せて、以後の授業を誠心誠意、聞き流す。
白チョークが七本ばかり飛んできて、赤い髪がピンクがかってしまったけどもどうでもいい。そんなことよりウサギだ。
宿代はモモチ持ち(なんかうまそうだな)でいいらしいけど、新幹線ふくめ交通費は自分持ち。移動中の食事だってそこそこかかる。あとおやつとー、おみやげとー。
俺は携帯電話を取りだし、派遣会社にメールを入れた。
飛んでくる八本目のチョークにめげず、近日中で手取りのいい仕事はないかと投げかける。できれば機材搬入作業がいいな。力仕事はまったく苦にならない上に、手取りがいいのだ。髪色をうるさく言われないし。
しばらくして、返事が来た。九本目のチョークはすんででかわした。
ふむ、引っ越し屋のヘルプか。これも嫌いじゃない。ルールとコツを覚えればやりがいがある。
俺は携帯電話を取り出し、カレンダーアプリを開いた。明日の夜と、明後日と今週末……それから七月末の土日――っと、この週はウサギの日じゃねえか。無理。
都合の悪い日をズバッと断れるのが、日雇い派遣バイトのいいところ。
レギュラーで入った方が安定するのはもちろんなんだけどな。
俺の場合はどうしても、家から出られない日があるわけで――
「……ん? ああっ!?」
俺は声を上げた。画面を凝視し、悲鳴を上げる。
思わず立ち上がったところに十本目のチョークが飛来、俺の額に直撃する。だがそんなことはどうでもいい。
手帳を握る両手が震えていた。
「団長、どうしたっすか」
後ろの席で、小川。俺はナンデモナイと答えて、着席した。
まじめぶった顔で黒板を眺めながらも、実はさっきまでよりずっと、心ここにあらず。
背中を脂汗が伝う。
……さっきは、舞い上がっていて、気がつかなかった。
七月末の――第四日曜。
スーパーロイヤルストレートモッフーなサマーバケーション、出発の日。
それは、俺が朝から丸一日、女になっている日だった。
モモチが飛び上がり、震え上がる。
俺はモモチの肩を掴み、激しくゆさぶり尋問した。
「いつだ! いつ行くんだ!? 今からかこれからか、明日か今すぐか!?」
「お、落ち着いてください、夏休みって言ったじゃないか」
「エサは持ち込みできるのか現地で売ってるのか、キャベツとにんじんが映ってるけどどっちがいいんだ、どっちのほうがよりウサギは俺の手からおいしそうに食べてくれるんだどっちなんだ」
「ど、どっちも持って行けばいいと思うけど」
「そうかよしとびきりの野菜を用意しておく! 大山、小川、これから八百屋に繰り出すぞ!」
「行くのはまだ先なんだから、傷んじゃうっすよ」
「そして八百屋。いまどき八百屋。存在するのかすら疑問な八百屋」
気の抜けた顔でいう小川と大山。
団員のツッコミにも、俺のテンションはおさまらない。なんかしてなきゃ踊ってしまいそうだ。ていうか待つ必要なくね? ほんと今すぐいけばよくね?
モモチは苦笑いして、ポケットから封筒を取り出した。簡素な茶封筒に、シンプルな文面の手紙である。
「観光地だもの、いつでも部屋が空いてるってわけにいかないですよ。僕らも学校があるし。……だから、夏休み入ってすぐの、日・月で二泊、火曜日に帰宅」
「なるほど、社会人なら休めない時期だ」
スマホで確認しながら、小川。
モモチはにこやかにうなずいた。
「実はこの日、露天風呂と外周の修繕工事で、一般予約が取れないらしくて。昼間にちょっと物音がするのと内風呂だけでよければ……なにより団長のスケジュールが合えばの話ですが」
「大丈夫、夏休みの予定なんかニコ動でマキバオーの一挙生放送くらいしかない。大丈夫、プレミアム会員だからあとでも見れる!」
「団長、ウサギ、好きなんですか」
「だいすきだっ!!」
と、即答してから、我に返る。
そっぽを向き、口笛を吹いた。
「……いや…………べ……別に。そんなわけないだろ。俺はただ……アレだ。ほら。ウサギって食えるだろ。狩猟本能ってやつが刺激されたんだよ」
「捕まえちゃだめですよ。つかみ取りバーベキューじゃないんだから」
「わ、わかってるって、ただちょっと、冗談を言ってみただけだ……」
「そうそう、団長がウサギなんかに興味あるわけないだろ」
と、助け船を出してくれたのは小川。
「静岡最強の男にして、われれが『青鮫団』の団長だぞ。こんなに雄々しくて強くてクールな団長が、モフモフに目がないなんて、似合わないね」
「お、おう……そうだ」
「うんうん、ニンジンスティック片手にウサギの前にしゃがみ込んでワクテカしてる団長なんて、カッコ悪くて幻滅っす」
大山も頷く。俺は引きつった笑いを浮かべてのけぞった。
「そ、その通りだ、ありえないよな」
大山と小川はそれぞれ向き合い、いかに俺とウサギの相性が悪いかを語り始めた。団長のひとにらみはあらゆる獣を服従させるとか、上陸しただけで天変地異を察して森にこもるとか。このやろう。
腰に手を当て、小川が得意げに、
「サメとウサギっていったら天敵だからな。ほら、昔話で。ウサギが鮫をだまして一列に並ばせて、海を渡った話」
「あれってワニじゃなかったか」
「ワニってのはサメのことですよ。昔、日本ではサメのことをワニと呼んでいたから」
と、口を挟んできたのはモモチ。大山と俺がヘェと声を出す。ちなみに、とモモチは続けた。
「鱶っていうのもサメのこと。だから『青鮫団』なんですよね?」
「え、そうなんだ」
「……なんで団長が驚くんですか」
「チーム名つけたの俺じゃないし。モモチは博識だな。俺は自分の名字も、画数多くて書きにくいとしか思ったことなかった」
「……まあ、そうですね。毛筆じゃ真っ黒になりそうですね」
ほんとそれ。大山と小川がうらやましい。まあこいつらは下の名前がめちゃくちゃ難しいんで苦労してるだろうけど。
と、思ったくせに、奴らのファーストネームを失念する。難しい名前としか覚えてないぞ。なんだっけ。当人らに聞いてみると、二人は同じ方向へ首を傾けた。
「さあ」
「わすれました」
「あんまりにも難しいもので」
「十八になったいまだに書けねっす」
「なのでいっそ設定も無いってことにして」
「これからも大山小川コンビとだけ呼んでくれたら結構っす」
「そうか。大変だな、おまえらも」
「…………大変ですね…………」
モモチは眉毛をハの字に垂らし、なぜか引きつった笑いを浮かべていた。
そんなことよりウサギだ。
俺はきたる日、ウサギとの逢瀬に思いを馳せて、以後の授業を誠心誠意、聞き流す。
白チョークが七本ばかり飛んできて、赤い髪がピンクがかってしまったけどもどうでもいい。そんなことよりウサギだ。
宿代はモモチ持ち(なんかうまそうだな)でいいらしいけど、新幹線ふくめ交通費は自分持ち。移動中の食事だってそこそこかかる。あとおやつとー、おみやげとー。
俺は携帯電話を取りだし、派遣会社にメールを入れた。
飛んでくる八本目のチョークにめげず、近日中で手取りのいい仕事はないかと投げかける。できれば機材搬入作業がいいな。力仕事はまったく苦にならない上に、手取りがいいのだ。髪色をうるさく言われないし。
しばらくして、返事が来た。九本目のチョークはすんででかわした。
ふむ、引っ越し屋のヘルプか。これも嫌いじゃない。ルールとコツを覚えればやりがいがある。
俺は携帯電話を取り出し、カレンダーアプリを開いた。明日の夜と、明後日と今週末……それから七月末の土日――っと、この週はウサギの日じゃねえか。無理。
都合の悪い日をズバッと断れるのが、日雇い派遣バイトのいいところ。
レギュラーで入った方が安定するのはもちろんなんだけどな。
俺の場合はどうしても、家から出られない日があるわけで――
「……ん? ああっ!?」
俺は声を上げた。画面を凝視し、悲鳴を上げる。
思わず立ち上がったところに十本目のチョークが飛来、俺の額に直撃する。だがそんなことはどうでもいい。
手帳を握る両手が震えていた。
「団長、どうしたっすか」
後ろの席で、小川。俺はナンデモナイと答えて、着席した。
まじめぶった顔で黒板を眺めながらも、実はさっきまでよりずっと、心ここにあらず。
背中を脂汗が伝う。
……さっきは、舞い上がっていて、気がつかなかった。
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