例え変わってしまっても

Haseyan

例え変わってしまっても

 鳥たちが騒がしいほどに合唱を繰り広げる晴天の下で、酒を注ぐ音が小さく響いている。

「おい! もう酒がねぇぞぉー……」

「クリス……そろそろ止めてやめないか。もう何本開けたんだか分からないぞ」

「うるせえよ! オレの財布から出してるんだから構わねえだろっ!!」

 とある冒険者の宿の一室で、一人の青年は酒に溺れる相棒に手を焼いていた。窓から外の景色を覗いてみれば、人々が活発に通りを歩き回り、太陽の光がこれでもかと差し込んでいる。
 つまり昼間である。昼食を済ましている最中のような、昼の真っ最中である。

 そんな時間から酔いつぶれるなど、怠惰以外の何ものでも無かった。普段であったら青年──アランもそのことを咎め、無理やりにでも止めさせるだろう。男同士なのだから、多少乱暴な手段を用いてでもそうする。

 しかし、その決意も今となってはまるで役に立たない。何故なら、男同士・・・では無くなってしまったからだ。

「なあぁ、別にいいじゃねえか……? 今日ぐらい飲ませてくれよ……!!」

「近い近い! 少し離れてくれ!」

 身長は低いながらもしっかりと筋肉の付けられた肉体は、柔らかく小柄なものになってしまい、短く切り揃えられていた銀髪も、背中にまでかかる長さになってしまっていた。
 幸いと言うべきかなのか。真っ赤になっている顔は非常に整っており、子供のそれながらも女性らしい曲線を描く体つきだ。

 人間ですらない化け物にならなかっただけ、喜ぶべきなのかもしれない。
 しかし、だ。そんな美少女がぶかぶかの男物の服を着て、色々と見えそうになりながら、上目遣いで寄りかかってくる光景は非常に危うい。
 それが何年もの付き合いの相棒だと知っていても、思わず過ちを犯してしまいそうでアランは自分自身が恐ろしくて堪らなかった。

「というか、アランも飲めや。一人よりも二人で騒いだ方が楽しいだろ!」

 既に何時間もこの拷問に囚われている身としては、非常に魅力的な提案だ。だが、そんなことをすれば、限界寸前の理性が今度こそ消え去ってしまう。
 どうしてこうなってしまったのか。アランは三日前のことを回想し、少しでも現実から眼を逸らしていた。




 ☆ ☆ ☆ ☆




 太陽の届かぬ薄暗い空間。岩の壁に立て掛けられた松明だけが光源となっている洞穴の中に、様々な怒号が響いていた。

「相手は二人だろうがぁ! さっさと囲んでボコボコにしてやれッ!」

 大柄な男が洞穴の広場──彼らの生活スペースの中心を陣取る二人の青年へ指を突き出す。顔を真っ赤にし、怒り新党とばかりの様子だ。それに従い、姿も武器もバラバラな男たちが一斉に青年たちへと飛びかかった。

「何人捌ける?」

「やろうと思えば全員。ただ右半分は任せるかな」

 鬼気迫る男たちに対して、青年二人はあくまで冷静だった。短い銀髪を揺らす青年──クリスが問い掛け、アランがそれに答える。
 相棒の回答にクリスは獰猛な笑みを浮かべて、

「──じゃあ、さっさと終わらせようぜ……ッ!」

 短杖を構えると、素早く言霊を口走る。杖先の水晶を通じて魔力が流れだし、空間へ現象が顕現した。
 空気が歪み、暴風が巻き起こる。巨大な風の刃は飛び掛かってきていた男たちをまとめて切り裂き、地へと落としていく。

 しかし、それで地に落としたのは半数だけだ。残りの男たちは未だ健在で、それぞれの得物を振りかざす。

「──フッ」

 あわや二人の顔が両断される──その前にアランが動いた。腰に指していた剣を抜刀すると共に、男たちの間を縫うように通り抜けていく。
 その素早く流れるような移動術に、成す統べなく背後を取られた男たちは慌てて振り向き、

「ぎゃ……!?」

 そこまでして、自身の体が切り裂かれていることをようやく認識した。しかし、気が付くのがあまりに遅かった彼らは、思い出したかのように血を吹き出しながら倒れることしかできない。

 人数差は圧倒的。それなのに戦力差は全くの逆。たった二人の青年へ残った男たちは明らかに怯えの表情を向けていた。指示を出しているリーダーらしき男は、どうにか状況をひっくり返そうと頭を悩ませている様子だが、名案が飛び出る気配は全くしない。

「く、くそ! あんな化け物相手にやってられるかッ!!」

 やがて耐え切れなくなった一人の男が武器を投げ捨て、背中を見せた。その様子に、顔を見合わせた男たちは、先の一人を真似て一斉に逃げ出していく。

「誰のおかげでこれまでうまく略奪できてきたと思ってる!? 戻ってこい! おい!!」

 リーダーの叫び声は空しく洞窟内を反響するだけだった。男たちの足音が途切れれば、後はリーダーを含めて、五人しか広場には残っていない。その男たちも、真っ青にした顔を見れば、ただ逃げ遅れただけの間抜けだとはすぐに分かるだろう。

 勝敗は、明らかに決まり切っていた。

「さーて、じゃあ覚悟しやがれよ! てめえら全員、豚箱行きだ」

「投降するなら怪我はさせないけど、どうする?」

 好戦的なセリフを吐き出すクリスに男たちが震え、僅かなりとも慈悲を見せるアランに希望を見出したように目を向ける。しかし、その様子を見ていたリーダーは顔をさらに赤く発火させて、

「ふざけるな! 俺たちみたいな盗賊なんて捕まったら死刑だ! どうせ死ぬなら戦って死ぬぞ!!」

「ご立派な志だけど、盗賊だからな。ま、やるならオレは構わねえぞ?」

 それが皮切りだった。リーダーが剣を抜き放ち、駆け出すのを見ると覚悟を決めたのか、残りの四人も武器を携えてそれに続いていく。最後まで抵抗を続ける盗賊たちに、クリスは笑みを浮かべ、アランはため息を付いた。
 しかし、油断無くそれぞれの得物を構えると臨戦態勢を整える。

「てめえらはそっちの金髪を押さえろッ!!」

 途中、リーダーだけが残ると、四人の男たちがアランへと飛びかかった。一瞬だけリーダーへ視線を向ければ、クリスに一対一で挑む姿を捉えることができる。魔法使いであるクリスを接近戦で倒そうという魂胆なのだろう。
 一応は頭が空っぽでは無いのだなと変な関心をしながら、目の前に迫った四人の男へ向き直る。

「悪いけど──遅すぎるな」

 再び剣を抜刀。男たちの斬撃を受け流し、打撃を回避し、すれ違いざまに一発ずつ反撃を入れておいてやる。
 常人では目で追うことも叶わない早業に、男たちは訳も分からずに通り抜けていき、その先でうめき声を上げると地面へ吸い込まれるように倒れていった。

「死ねぇ!!」

 剣を振り払って血を落としながら、クリスへ刺突を繰り出すリーダーを視界に収める。さすがに盗賊団の頭を勤めていただけあって、その動きは他の男たちとは一線を画していた。
 踏み込みは力強く、狙いも正確にクリスの喉を捉えている。迷いは無く、その切っ先を目の前の敵を倒すことだけに集中しており、

 ──その程度ではクリスには届かない。

「よっと」

「──ッ!?」

 刺突がクリスの首を突き破る直前、攻撃を見切ったクリスが体を横に一歩逃がすことで難を逃れる。そのまま、驚愕するリーダーに向け、短杖をまるで剣のように構えて、

「魔法使いだからって接近戦ができないなんて、甘えだぜ?」

 杖から延長するように伸びた不可視の風の刃が、リーダーを肩から両断した。にやりと勝ち誇る様に笑うクリスは、崩れ落ちるリーダーへ興味を無くしたかのように背中を向けると、短杖をホルスターにしまう。

「今回はこれで終いだな。逃げたやつらも外の連中が……」

「クリス避けろッ!!」

 故に血塗れになりながらも、膝を付くだけに留まったリーダーにクリスは気づくことができなかった。にやりと口元を三日月型に歪めたリーダーが懐から不気味な液体の入った透明な容器を取り出すと、クリスに向けて投擲する。
 そこまでしてようやく振り返り、状況を把握したクリスだが既に遅すぎた。魔法の詠唱は間に合わず、身構えていない体は咄嗟に飛び退くともできない。

「くそっ……何だこれ?」

「へへへ、古代魔法文明の遺跡から見つけてきた魔法薬ポーションだ……。中身は知らねえが、ろくなことにはならね、がぁ……!?」

 してやったりと嘲笑う男に最後まで言い切らせることはアランが許さなかった。もう一度斬撃を喰らったリーダーは、今度こそ地面に崩れ落ちると事切れる。
 それを見届け剣を収めることさえ忘れたアランは、慌ててずぶ濡れになったクリスへと駆け寄った。

「ちくしょう……! クリス、何か異変は無いか!?」

「え、ああ。今のところ特に変なこと、は……」

 そこまで声を発した時だった。クリスが突然、眼を見開くと胸の辺りを抑えて苦しみだす。立っていられないほどの激痛なのか、その場で地面に体を投げ出すと全身を掻き毟りながら、

「あ、熱い! 熱い熱いあついアツイ!!」

「クリス! おい、しっかりしろ!!」

 熱を訴えるクリスの肩を慌てて揺さぶり、そのあまりの高温に思わず手を離す。すぐに助けを呼ぼうと立ち上がるが、倒れるクリスを見て判断に迷ってしまった。
 まだ盗賊の残党が残っているかもしれない中、クリスを残していくのは危険だ。しかし、助けを呼びに行けるのもアランだけ。どちらにせよ、クリスを危険に晒してしまう。

「うっ……がぁ……!」

 何が正解なのか分からず、見守ることしかできない中、クリスが一段と大きなうめき声をあげた。思わずそちらへ視線を落とすと、クリスの様子が明らかにおかしい。

 骨がバキバキと変形するような音を鳴らし、髪の毛が明らかに伸びていく。筋肉質な体から蒸発するように湯気が立ち上り、徐々に脂肪へと置き換わっていっていた。

「あっぐぁ……ぁ」

 まるで体が作り替わっていくような現象に、クリスは身を捩りながら押し殺した声を上げるだけだ。その間にも変態は続いていく。

 全身の骨が細くなっているのか、段々と弱々しくなっていく体。小さかった顔はさらに小さくなり、一回りも二回りも小柄になったかのように感じられた。
 喉のふくらみまでもが綺麗に消えていき、筋肉を消費して作り出される脂肪がさらに増えていく。細くなってしまった体付きを補うように、柔らかな脂肪が全身に──何故か胸と尻辺りに集中して付いていった。

 気が付けば、伸び続けていた銀色の髪は妙に艶やかなものとなって、地面に広がるほどに長くなっている。
 最後に大きく骨格が歪み、悲鳴を上げながらクリスが海老反りになると、

「はあっ……はあっ……」

「え、何だこれ……?」

 妙に高い・・落ち着いた呼吸音が響き、あれほど苦しんでいたクリスの悲鳴が収まる。謎の変態も既に終わっており汗まみれになりながらも、クリスは無事だ。呼吸も安定しだしているし、顔色も先ほどと比べればよっぽど良い。

 だが、アランはそれを素直に喜べない。クリスの体は明らかに体が縮み、ぶかぶかになってしまった服は、着ているというよりも中に入っていると言った方が適格だ。
 袖からちょこんと指先をギリギリ出している姿は、まるで父親の服をいたずらで着てみた少女のようであり、あながち間違えていない。

「……んっ」

 寝心地の悪そうに唸り声を上げる銀髪の少女、もといクリス。ひとまずは相棒の無事を喜ぶべきか、変わり果ててしまった相棒の姿に途方に暮れるべきか。アランはその場で頭を抱えるほか無かった。




 ☆ ☆ ☆ ☆




「そのあと高い入場料払って図書館を探してみたりしても、情報はほとんど無し。教会に行ってみても呪いの類では無いから解呪も不可能と……結局、古代魔法帝国のオーバーテクノロジーで解決策は皆無としか分からなかったな……」

「どうしたんだよ!? もっと楽しもうぜぇ……!!」

 そして、女性になってしまったことを受け入れられないクリスは酒に逃げたと。つまりはそういうことだ。
 一体どれだけショックだったのか。分からないとは言えないが、いくら何でも二日連続でこれはひどい。貯金にはいくら余裕があるとはいえ、このままでは底を着くのは時間の問題だ。

「なあ、いい加減にしてくれ。とにかく、これからのことを真剣に考えなくちゃいけない」

「……分かってる。分かってんだよ、そんなことは」

 何の警戒心も無く寄りかかってくるクリスの肩を掴むと引き剥がし、アランの方を向かせると正面から向き合う。それから、真面目な話をしようと一度前置きをして──クリスの瞳から大粒の涙が流れだしたことで、アランもさすがに動揺を隠しきれなかった。

「お前分かるか? 突然、女になっちまった怖さが。いくら気合入れても全然力が入らねえし、何だか世界が大きくなっちまったみたいで心細いし、何かしてないと全身違和感だらけで落ちつくこともできねえんだよぉ……!」

 溜まっていたものを吐きだすように、愚痴と涙を次々と溢れさえていく姿にアランは何も言えない。少なくともつい先ほどまで、情報を探して街中を走り回っている時も、酒におぼれている時も、あくまで普段通りに振る舞っていた。
 いや、本当はずっと怖かったのだろう。アランに心配をかけないように気丈に振る舞いながらも、その裏で泣きそうになっていたのだろう。
 それに気が付くことができず、不用意にクリスの心を刺激してしまった。最低な行為だった。

「寝ぼけたまま立ちしょんしようとして、漏らしちまった時なんてどうすればいいんだよっ!?」

「急いで洗ってたのはそういうことだったのか……」

 酒に酔っていた影響もあるのだろうか。ひとしきり吐き出し切ると、今度は声を上げて泣き出してしまう。
 しばしの間その姿を見て悩み、思い切ってクリスの小さな体を抱きしめてやった。最初は驚いた様子のクリスだったが、すぐにアランの胸に顔を押し付けると、子供のように涙を流し続ける。

 その姿は、もはやただ泣きじゃくる少女にしか見えなかった。




 ☆ ☆ ☆ ☆




「この一時間、オレは酒を飲みすぎて宿の裏で吐き続けていた。他には何もない。いいな?」

 それから一時間ほどして。ようやく落ち着いたクリスは、顔を真っ赤にしてアランに忘却を指示していた。男の胸で泣きふけってしまったことがよっぽど屈辱的だったらしい。
 アランからしてみれば、可愛い女の子がぷりぷり怒っているようにしか見えないが。

「分かったよ。少しは落ち着けたか?」

「……少しだけな」

 強情なクリスにアランは苦笑する。しかし、普段から男気の強いクリスがあれほど泣く姿など見たことが無い。
 よっぽど精神的負担が溜まっていたのか、あるいは女性になってしまった影響か。どちらかは本人にさえ分からないだろう。

「それで、本当にこれからどうしようか」

「オレは少なくとも冒険者を止める気はねえ。今まで見たいに無茶はできなくても魔法がある」

 あくまで力強く、クリスは言ってのける。だが、正直アランはその主張に反対だった。二人が主に受ける依頼は盗賊の退治などと言った、冒険者の中でも対人戦闘の多いものだ。
 つまり、依頼失敗時の危険性が男性と女性では大きく異なる。

 盗賊を退治するどころか、返り討ちに合い命を落とす。それは、ある意味で仕方がない。冒険者の仕事は危険と隣り合わせであり、いくら悪人とは命を奪うからには奪われても文句は言えない。
 この世界に入ってから既にその覚悟はしていた。

 しかし、女性ではただ命を奪われるだけでは済まない。男の身であるアランだが、それが死よりも重たいかもしれないことは知っている。

 ──だが、実感することは決してできない。

 あくまで知っているだけなのだ。男である以上、その恐怖を経験することはできない。それはつい先日まで男だったクリスも同じはずであり、故にアランは危惧していた。
 本当の意味で、クリスは女性の危険を理解していないのではないか。そのことが、心配でならない。

「……しばらくは安全第一にするぞ」

「おう、分かってる。この体じゃ無茶はできなそうだしな」

 そして、アランの危惧は現実となるのは、そう遠い話では無かった。




 ☆ ☆ ☆ ☆




 都市から離れた森林地帯に空から大量の水が、大雨が降り注いでいた。雨具が無ければあっという間に全身をずぶ濡れにしてしまうほどの大雨だ。しかし、その天の恵みも自然を汚す液体を、森を真っ赤に染める血をすぐに洗い流すことはできていない。

「怖がった゛……恐かったぁ……!!」

「もう大丈夫だからな……間に合って、本当に良かった」

 その血の海の中心にアランとクリスは、銀髪の少女を抱きしめるアランはいた。辺りを見回せば、大量の死体が転がっており、それら全てがアランによって命を絶たれた者たちだ。
 しかし、アランの愛用の剣は圧し折れた状態で地面に突き刺されており、彼自身も全身に無数の傷が刻まれている。誰がどう見ても、アランは満身創痍だった。

 しかし、アランの傷など、しばらく安静していれば治るようなものだ。剣だって思い入れはあったが、いくらでも新調すれば良いだろう。

 ──それ以上に、クリスの心の傷の方が計り知れない。

「全く、俺を助けようとしてお前が捕まるなんて……あれほど自分を優先しろって言ったのに」

 最初は、いつも通りの仕事だったはずなのだ。冒険者ギルドから受け取った情報をしっかりと吟味し、万全の計画を立てて、盗賊団の討伐へ赴いた。
 しかし、半数ほど討ち取ったところで別の一団の挟撃を受け──そこでギルドの情報に穴があったことに気が付いたのだ。

 ベテランである二人はすぐに不利を悟り、撤退を始めたが盗賊一人一人の練度も高かった。結果、致命傷を負い掛けたアランを助けるための行動がクリスに隙を生んでしまい、彼女は盗賊団に連れ去られてしまった。

 包囲網を突破したときに、クリスの姿を見つけられなかったアランがどれほどの焦燥感に、自責の念に駆られたのか。きっと他人には想像もつかないだろう。

 一日以上、食事も睡眠も忘れ、一心不乱に盗賊団の本拠地を探し出し、そしてたった一人で殴り込みを掛けた。ただ一つ、クリスを助けるためだけに。
 数時間にも及ぶ戦いで何度も死を覚悟したことか。しかし、その度にクリスの顔が浮かび上がり、死地を突破する力を得ることができた。

「もう絶対に、こんな目には合わせないからな」

「うっぅ……うぅ……」

 そして、ボロボロな体でクリスを抱きしめながら、アランは気が付いていた。アランはクリス無しでは生きていけないのだ。ずっと、子供の頃から苦楽を共にしてきた大事な相棒がいないと生きていけないのである。

 その大事な相棒・・・・・の意味が変わってしまおうと、本質は変わらない。そうでなければ、アランがここまでして助けに来た意味が、自分でも分からなくなってしまう。

 それを自覚しながら、アランは優しく愛おしげに、少女が泣き止むまで抱きしめ続けていた。




 ☆ ☆ ☆ ☆




「おお、中々大きいなーッ!」

 ワンピースの裾を翻すクリスが、目の前の建物を見上げながら無邪気に笑みを浮かべる。そんな姿にアランは苦笑を返しながら、釣られるように建物へ視線を向けた。
 正に新築と言った中規模の一軒家は、住民を歓迎するようにピカピカと輝いているように思えた。

 ここは森林地帯の近くに存在する商業都市の住宅街。種類を選べば、最も安全と呼ばれる魔獣退治の依頼が豊富な地域でもある。
 長らく各地の都市を転々と回っていたアランとクリスだが、ついに定住の地を決め土地を購入したのだ。冒険者になったばかりの時には考えられもしなかった。
 そう思うと、感慨深いものがこみ上げてくるというものである。

「どうしたんだ? 変な顔して」

「いや、昔じゃ家を買うなんて考えもしなかったなってさ」

 何気ない一言だったのだが、それを聞いた途端クリスが申し訳なさそうに俯く。

「私がこんなになっちまったからだよな……旅するだけでもきついし」

「別にそれだけじゃないって。身を落ち着けるってのも、悪くは無いだろう?」

 笑ってクリスの心配を否定してやり、癖のようなもので頭を撫でてやる。頬を赤くして照れたように、だが嫌がる様子も無く受け入れる姿は、それこそ数年前には想像もつかなかった。

 未だ口調は男の時のものが色濃く残っているが、細かな仕草などを見れば完全に少女のそれだ。あの事件があってから、意識してなのか、自然になのか。一人称が“オレ”から“私”に変わっているし、好む服装も女性として外見に似合うものになっている。

 黙って過ごしていれば、彼女が元々男だったとは誰にも分からないだろう。

「それにしても、二人で使うにはちっとばかし大きすぎないか?」

「だって、今は二人でもそのうち増えるからな」

 アランの返答にクリスは一瞬、きょとんとした表情を浮かべ首を傾げる。しかし、すぐに意味を理解したのか、小さな顔を真っ赤に染めた。

「い、いや、確かにそうかもしれないけど……! こんな昼間から何言ってるんだ!?」

「はははっ!」

 ボカボカと胸の辺りを殴る抗議を、甘んじて受け入れる。変わり切ってしまった相棒、変わり切ってしまった将来の設計図。
 だが、先が分からないからこそ人生は楽しいことだって多くある。ただ一つ、大事な人がいてくれるだけで、アランは満足だった。

 清々しい風に乗せられて、鳥たちののんびりとした合唱がアランとクリスの元にまで届いてくる。それを聞きながら、顔を真っ赤にするクリスを引きつれ、アランは新居の玄関を開け放った。

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