いつかの記憶~鯉と龍
いつかの記憶~鯉と龍
「なあ、親父」
勇気は、ある疑問を思い出し。
親父である、勇吾に話をかけた。
勇吾は、二年前、詳しく言えば勇気が十六歳の頃には既に身長は抜かれてはいたが。それでも、父として舐められることなく親という者を努め務めてきていた。苦労が表す四十後半にしては多いい目尻の皺・少し痩せこけた頬・それを誤魔化すかのように生やした短い顎鬚。きっと、同じ年齢の相場よりも老けて見られるだろう。
しかし、それは父の手一つで育ててきた勲章であり証明なのだ。
勇吾は、その事について、どう思っているか分からないが。
勇気にとっては、敬意を払うべき存在。
「──ん? なんだ?」
焼酎を嗜むように口に含み。ゆっくり飲み込み終えると、酒やけをした声でテレビを観ながら応える。
二人しかいない部屋には会話が少ない分、気を使うかのようにテレビの中の会話が賑わいを見せていた。
「俺がさ? 小さい頃に聞かせてくれた話……。あれー、なんだっけ?」
「小さい頃に?」
“ズズズズ”と、焼酎を啜りながら言う。
勇気は、それに対し「ああ」と相槌をし。
「ほら、子供の日の話。ほらもう少しで子供の日じゃん? なんか、フと思い出してさ」
勇気は、カレンダーを指差しながら言った。
まるで「ああそれか」と言わんばかりに“カタン”とグラスを置く。そして、何かを思い出すかのように白い天井を見上げ。深呼吸をしながら遠い目をする勇吾。
だが、その穏やかな表情は、まるで懐かしんでいるようにさえ、勇気の瞳には写っていた。
「あれか、あれはな?」
チャンネルをゴツイ手で掴むと徐にテレビを消した。
静かな部屋に、時計の秒針が響く中、勇吾は話を続ける。
「子供が大人に成長して行くって意味だと。おれは思ってるんだ」
「そこなんだよ!! 俺は、そこがイマイチ分からなかった」
小さい頃の勇気には、父である勇吾から話された話が難しく。良くも悪くも、その疑問が今、開花させたのだ。
「いいか? 鯉のぼり。なんで鯉だと思う??」
「──え?」
勇気は、普段の私生活で問われる事は無いであろう問に躓き、顔を顰める。
その表情を見るや否や、勇吾は嬉しそうな表情を浮かべる。
「鯉は龍になるんだよ」
「え!? 鯉が!?」
「ぁあ、登竜門と言う滝を登りつめる。すると、鯉は化け鯉になり、角が生え・手が生え・指が生えるんだ」
「……!! それでそれで?」
勇気は、初めて聞いた訳では無い話に初めて見せる表情を浮かべ。話に食いつく。
「化け鯉はいずれ昇竜になり應龍と言う最高位の龍になるんだ」
「因みに」と、勇吾は何故か勇気の目の前に自分の手を前に出す。
その訳の分からない行動に勇気は例の如く眉を開き首を傾げる。
「龍の成長は指で分かるんだ。昇竜は三本、應龍は五本と言われている」
男と言うのは、何故こうもこう言った話が好きなのか。
勇気の盛り上がりは最高潮を迎え。また、勇吾の語も最好調と言った所だろう。
「だからな? 鯉のぼりは、鯉が龍に成長するように。子供もまた大人にちゃんと成長しますように。と言う願いを込めたんじゃないか? と俺は、思ってるんだ」
再び深い息を吐き。そして、言い切ったと言わんばかりに・頑張った自分へのご褒美だと言わんばかりに・塩辛を口に含みテレビを付けた。
「じゃあ、俺にとって親父は應龍『おうりゅう』だな」
と、恥じらいを隠しながら小さく吐露した。
その言葉は、テレビの笑い声と共に静かに宙に舞い消えていく。
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