リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-

国広仙戯

●29 黒灰戦争勃発 2






 というわけで、ハヌの突発的な機転により僕達は『探検者狩りレッドラム』ことハウエル・ロバーツが率いる『黒』『白』混合チームを配下に加え、カレルさん達『黒』チームと全面戦争の構えをとることに相成った。

 本当に信じられない。ゲームが始まる前は、これっぽっちも予想できなかった展開である。

 僕はふと、何かで小耳に挟んだ『人生とは、何かを計画している時に起きてしまう別の出来事のこと』という言葉を思い出した。全くもってその通りだな、と思わざるを得ない。

 昨日の敵は今日の友、なんて言葉も連想で思い浮かぶけれど、やはりどこか釈然としない。ハヌはもちろん、考えがあっての上で行動したとは思うのだけど――

「浮かぬ顔をしておるのう、ラト」

 これから行われる『戦争』に向けて準備行動をしている『探検者狩りレッドラム』の動きを見るともなく見ていると、隣のハヌがおもむろに話しかけてきた。

 振り向くと、どこか楽しげな目付きで彼女は僕を見上げていた。

「わかっておる。あやつらが裏切るかもしれぬと危惧しておるのであろう? 案ずるな、問題はない。妾もしかと対策を考えておるからの」

 くふ、と微笑んでハヌは大きく請け負う。自信満々なその顔につられて僕も微笑を浮かべつつ、小さな声で、

「……うん、大丈夫だよ、僕はハヌを信じているから。ただ……」

「ただ? 何じゃ?」

 なおも歯切れの悪い僕に、けれども機嫌を悪くすることもなくハヌは真摯に向き合ってくれる。小首を傾げ、心配そうに僕を見つめて。

 少し言いにくいというか、場合によってはちょっと照れくさいことなので、僕は少々躊躇いつつ、

「……その、ハヌが攫われた時に僕、ものすごく怒っちゃって……」

 脳裏に蘇るのは、深紅のマグマが流れる地下空間での出来事。

 ハウエルやヤザエモンとの戦いの中、自らの喉が叫んだ言葉が耳の奥で反響する。



『――何がそんなにおかしい。自分が下種だってことがそんなにおもしろいのか?』

『聞こえていただろ。お前は下種野郎だ、って言ったんだ』

『何を偉そうにふんぞり返ってるんだ。自分が強いからって、それだけで上等な人間にでもなったつもりか? 馬鹿を言うな。わかってないのならはっきり言ってやる。お前は正真正銘の下種だ。つまらない小悪党だ。偉そうにしていい理由なんてどこにもない』

『お前はただの卑怯者だ。ちょっと狡賢いだけの泥棒だ。どれだけ偉そうにしても何の自慢にもならないぞ。お前は強くなんてない。相手の装備を全部引っぺがさないと戦えない、ただの臆病者だ。だから武器を奪って、術式を奪って――僕からはハヌを奪った』

『――そうやっていつもいつも、自分が最後の勝者になれると思ったら大間違いだ……!』

『さっきも言ったはずだ! 僕はお前達を絶対に許さない……! お前らみたいな卑怯者なんかには絶対負けないッ!』

『お前は僕からハヌを奪った。卑怯な手を使ってあの子を連れ去った。何を言われようが、それを許す気にはならない……!』

『――だから、僕は絶対にお前を許さないっ! お前みたいな卑怯者に降伏するなんてクソ喰らえだっ! 僕は――!』

『――相手が誰だろうと自分が納得できないことには頷けないし、理不尽な暴力の前に膝を屈したりもしない!』

『目の前に立ち塞がるのなら――僕は神様にだって楯突いてやるッ!』



「……何というか、色々とひどいことを言っちゃったというか……」

 戦意が昂ぶって極限状態だったせいもあって、やや記憶が曖昧なところもあるけれど――それにしたって、ものすごい勢いで啖呵を切ったことだけは忘れられない。

 ハヌのことで腸(はらわた)が煮えくり返っていたとは言え、我ながらひどいことを口走ったものである。ロムニックの時もそうだったが、冷静になってから思い出すとなんとも言えない気分になってしまう。

 無論、後悔しているわけではない。頭に血が上っていたとはいえ――いや、怒り心頭に発する状態だったからこそ、あれらの言葉は嘘偽りのない僕の本音だったのだろう。

 まぁ確かに、いささか面映ゆい台詞もあるにはあるけれど、それはそれ。

 今でもあの怒りが間違っていたとは思わないし、それを相手にぶつけたことを悔やむつもりもない。

「……それだけじゃなくて、当たり前だけど、戦いだったから容赦なく攻撃もしたし……というか、ちょっと以上に殺意が剥き出しだったというか……」

 むしろ、【今でも正しいと思っているからこそ】、僕の心は憂鬱なのである。

 思い返せば、あの時の僕はハウエルやヤザエモンの命など二の次で行動していた。当然だ。奴らはハヌを攫った張本人。手をかけるのに躊躇(ちゅうちょ)する理由など、どこにもない。

 ああ、そうだ。もはや明言してしまおう。

 僕はあの二人を殺すつもりで戦っていた。

 もちろん、より厳密に言えば『ほとんど』とか『半ば』とか、言い訳めいた文言が出てくるし、何だったら『殺すとか殺さないとか、そんな迷いすら頭になかった』と言っても過言ではないのだけど。

 少なくとも『殺さない』という選択肢は僕の頭の中にはなかった。欠片も。微塵も。これっぽっちも。

 もっと有り体に言おう。

 死ねばいい。

 多分、僕はそう思って戦っていたのだ。

「……だから、その……何というか……僕はいまだに、ハヌを連れ攫われたことを許せていない、というか……」

 結果論ではあるが、ハヌは無事だった。むしろ眠らされて攫われただけで、それ以外では指一本触れられていないらしいとも、今ではわかっている。

 だけど。

「…………」

 ええい、ダメだ。ここでまごまごと言い訳がましいことを繰り返していても、埒があかない。

 とはいえ、面と向かって言うのはあまりに恥ずかしいので、僕は思わず、ぷいっ、とそっぽを向いてしまった。

「……だから……僕の大事な友達を、無理やり連れて行った連中と、その……一緒にいるのは……なんか、やだ……」

 言ってしまった。

 わかっている。わかってはいるのだ。子供じみた考えだと。まったくもって大人げない言い分だと。

 でも、やっぱり我慢ならないものは我慢ならないのだ。

 だって――何度でも言うが、よりにもよって僕の前でハヌを誘拐した、あんな連中と手を組むだなんて……

「ラト……」

 ハヌの小さな呼び声。力のなさは、呆れて脱力しているからだろうか。その声を耳にした途端、カッと全身が熱くなった。

 ダメだ、僕はなんて恥ずかしいことを言ってしまったのだろうか。とんでもなく情けない奴だと思われたに違いない。

「――あ、いや、そ、その、い、今のは違くて……!」

 とうに手遅れなのはわかってはいるけど、どうにか誤魔化そうと両手を上げた時、

「ラト、近(ちこ)う寄れ」

「えっ?」

 険しい顔付きのハヌに端的に言われて、僕は石像のように固まった。ハヌのこの表情――きっと失望された、これはこのまま怒られる流れだ……そう悟ったのだ。

 ハヌは片手の人差し指で下を示し、

「ほれ、いつものように頭を下げて近う寄れと言っておるのじゃ。はよう」

「は、はいっ」

 既にお説教モードに入っている強い声に、僕は反射的に従った。毎度のごとく地面に膝を突き、ハヌと視線の高さを合わせる。

「ラト」

 ずい、とハヌの顔が勢いよく近付いてきた。これまた恒例の小さな両手が僕の頬を包み込み、向きを固定させる。

 馬鹿なことを言ってしまったのを怒られる――と思っていた僕は思わず両眼を強く瞑ってしまった。

 そこへ、

「……あいすまぬ。妾の配慮が足りんかった。許してたもれ」

 こつん、と額に軽く触れる感触。

「――え……?」

 驚いて目を開けると、ハヌが僕と額をくっつけ合わせていた。

 悔いるように目を伏せたハヌは、静かな声で続ける。

「そうじゃったな。妾が、ラトが思う以上にラトを思っておるように、ラトも、妾が思う以上に妾のこと思うてくれておるのじゃったな。まったく、当然の摂理じゃ。これは妾が迂闊じゃった。まずはおぬしの気持ちを慮(おもんぱか)るべきじゃったの。悪いことをしてしもうた。許せ、ラト」

「ハヌ……」

 率直に謝罪するハヌに、僕は喉が詰まって何も言えなくなる。僕の気持ちを理解してくれて嬉しい気持ちと、そんな風に謝らせてしまったという申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになって、張り裂けてしまいそうになる。

「そういえば、先刻も妾のことを心配してくれておったな。過保護などと言ってすまんかった。妾も普段、ラトのことをアレコレうるさく言うておるのじゃ。おあいこじゃったな」

 くふ、と笑ったハヌは額を離し、少し距離を空けてから瞼を開けた。蒼と金と色違いの瞳は、まるでそれ自体が発光しているかのように煌めいて、僕をじっと見つめる。

「礼を言うぞ、ラト。素直に伝えてくれて助かったわ。危うくおぬしの気持ちを無視したまま、無理を通すところじゃった。いつぞやのごとく、ラトの苦しみに気付かぬ愚行を繰り返しては、あの時の〝けんか〟が無駄になってしまうからの」

「あ……」

 喧嘩(けんか)――その単語一つで、僕はハヌと出会ってすぐのことを思い出した。

 ハヌが言っているのは、僕が彼女の手を振り払った時のこと。

 かつて僕は、ダイン・サムソロという男に唆されて自らの劣等感を肥大化させた挙句、ハヌの力と釣り合わない己の矮小さに耐え切れなくなって、彼女の前から逃げ出すという愚行を犯したことがある。

 だけど、それはハヌからしてみれば『親友である自分がラトの苦しみに気付いてやるべきだった』ことらしく、未だにこうして心に留めてくれているのである。

「妾は今度こそ間違わぬぞ。ラトが嫌がることは妾もしとうない。そこまで言うのであれば、今すぐあやつらを――」

 消し飛ばす、ないしは、決別する、と言いかけたのだと思う。唇が『え』の形の時に、僕が続きを遮ってしまったから。

「――ま、待って! ちょっと待ってハヌ!」

 やっと口が動いてくれた。思わぬ展開に焦ったが故のことだったけれど。

「? どうしたのじゃ、ラト?」

「ご、ごめん……ううん、ありがとう。ハヌの気持ちはとても嬉しい……嬉しいんだけど……で、でも、でもね? だ、ダメだよ、せっかくここまでお膳立てしたんだから、それを台無しにするのは……もったいないよ……」

 我ながら『面倒くさい奴だな』と思う。自分で言っていて思うぐらいだ、ハヌにとっては余計にだろう。

 なにせ自分から『やだ』とこぼしておきながら、それが叶いかけた途端に『もったいない』と言うのだ。矛盾も甚だしいではないか。

「ご、ごめんね? さっきのはその、僕のわがままでしかなくて、だから……わ、わかってるからっ! これが必要なことだってことは。ハヌが考えがあるっていうなら、きっとそれは正しいことだろうし、もちろん僕にとってもいいことだって、ちゃんとわかってるから。だから……ご、ごめんっ! 変なこと言って本当にごめんなさい。僕は、ハヌを困らせたいわけじゃなかったんだ……」

 結局のところ、僕の気持ちは最後の一言に集約されてしまう。

 ハヌに迷惑をかけたかったわけじゃない。現状をかき回したかったわけでもない。

 ただ、衝動的に感情を漏らしてしまっただけなのだ。

 頭ではわかっている。ハヌのすることだ。間違いなどあるわけないし、きっといつもみたいに上手くいくのだろう、と。それはちゃんと理解できている。

 でも、まだ心がついていけてなかったのだ。ハウエルやヤザエモンに対する悪感情が先に立って、理性的な判断がどうしてもできなかったのである。

 しかも、それをそのままハヌにぶつけてしまった。

 我ながら本当に最低だ。

「――だから、ね? 僕のことは気にしないで、ハヌの思う通りにやって欲しいんだ。そっちの方がきっと、ううん、絶対に正しいと思うから」

「……じゃが、おぬしは嫌なのであろう?」

 無理していると思われているのか、ハヌは困ったように眉根を寄せて食い下がる。いや、実際に困っているはずだ。こんなチグハグなことを言われたら、僕だって戸惑うに決まっている。

 だから、認めるべきところは素直に認めよう。その上で、

「……うん。嫌だけど……我慢する。我慢するから、ハヌの考えた通りにやって欲しい。というか、僕のせいでハヌが好きに行動できない方が、もっと嫌なんだ。僕は、君の足手まといになりたくないから」

「――――」

 言った途端、ハヌの顔から、ストン、と表情が抜け落ちた。綺麗な目をやや見開き、透明な顔でハヌは半ば呆然と僕の顔を見つめる。

 ――あ、あれ? 僕、何か変なこと言った……?

 何やら地雷を踏んでしまったような気がして、胸の中が妙にざわつく。でも、まるで心当たりがない。さっきの言葉の中に、そんなにおかしなものが混ざっていただろうか?

 その一瞬の混乱には、けれどすぐ正解が与えられた。

「――【足手まとい】、じゃと……?」

「あ……」

 遠雷にも似たハヌの声に、僕は己の落ち度の根幹を悟る。

「……ラト、おぬし、まだそのようなことを考えておったのか」

「あっ、いや、ち、ちがっ――ま、待ってハヌ、い、今のはごふぁひふぁんふぁあああああああ……!」

 途中で呂律がおかしくなってしまったのは、頬に添えられたハヌの両手が勢いよく僕の顔を引っ張ったからである。

「言い訳無用じゃ。まったく、おぬしという奴は。この期に及んでまだ妾との仲をそのように思っておったとはな。流石の妾も少々呆れたぞ、ラト」

「ひふぁいひふぁいはっへはふはっへほへんははいははひへぇぇぇぇ……!」

 むにぃぃぃぃ、むにぃぃぃぃ、と粘土のように僕の頬肉をこねるハヌは、言葉通りジト目で呆れの息を吐く。

 それから、ずずい、とハヌの顔が間近に迫った。

「よいか、妾とおぬしは唯一無二、世界最高の大親友なのじゃ。それだけは何があっても変わらぬ。未来永劫な。つまり、妾とラトの間に〝足手まとい〟だの〝荷厄介〟だの〝おじゃま虫〟などと言った言葉は存在せぬのじゃ! とくと心に刻むがよい!」

 がーっ、という勢いでぶちまけられた言葉が、体にも心にも響く。というか突き刺さる。僕は自らの迂闊さを呪うのと同時に、ハヌの優しさに涙ぐみそうになるのを我慢しながら謝罪した。

「ふぁい……ほへん、ははひ……」

 目尻にちょっと滲む涙は、ほっぺたをつねられているからだと誤魔化せるものだろうか。

 が、なおもハヌの怒りの熱は冷めやらぬのか、

「よって、妾がラトを見捨てるようなことは何があろうと、例え天変地異が起ころうと絶対にあり得ぬ! それとも、ラトは何ぞあれば妾を見捨てると申すか!?」

「――!? ふふん! ほんはほほ、へっはひぃはひっ!」

 とんでもないことを言うので、びっくりして全力で否定する。そんなこと、絶対にない――と。

 頬を引っ張られた状態での言葉が通じたかどうかわからないけど、ハヌは、じぃぃぃ、と僕の両眼に鋭い視線を射込み、

「……であれば、二度と先程のようなことを言うでないぞ。いや、考えるでないぞ? 次は絶対に許さぬからな……!」

 叱るように強い口調だったハヌの声が、徐々に涙に濡れていくことに気付き、終いにはその色違いの双眸に大粒の涙が浮かぶのを目の当たりにして、僕は大きな衝撃を受けた。

「――!」

 違う、ハヌは怒っているのではない。

 僕の言葉で傷付いたんだ――と。

「……! ……!」

 ようやく自分の失態の大きさに気付いた僕は、慌てて首を何度も縦に振った。すると、ハヌの手がゆっくりと離され、僕の口元が自由になる。

「ご、ごめんっ、ごめんねハヌっ! ぼ、僕そんなつもりじゃ……!」

 オロオロと謝る僕に、ハヌはとうとう溢れだした涙を服の袖で拭いながら、

「よい……わかっておる。じゃが……」

 逆接続詞を使おうとする彼女に、僕は皆まで言わさなかった

「――うんっ! 言わないっ! もう二度と言わないし考えないっ! 約束するっ! て、天の神様にだって誓うよっ!」

 気合いを入れて力いっぱい請け負った瞬間――

「――……っ……」

 何故かいきなり、ハヌが『ぷふっ』と吹き出した。

 ――へっ?

 いや、確かにハヌに泣き止んでもらおうと思っての言葉ではあった。だけど、まさか笑われるとまでは予想していなかったので、僕は唖然としてしまう。

「…………」

 ものすごい場違いな気分というか、電源ボタンを押したら機械がバラバラになってしまったかのような、奇妙なアベコベ感。

 ――あ、あれ? 僕、また変なこと言っちゃった……?

 まるで心当たりがない。

 が、ハヌの方も、思わず笑ってしまった、という感じだったのか。はたと我に返り『おっと、しまった』みたいな眼をしてから表情を取り繕い、澄まし顔を見せる。

 それから、おほん、と咳払いを一つ。

「……何を言うておるか、ラト。おるかどうかもわからぬ神に誓っても、意味などなかろう?」

「え?」

 謝罪にではなく、微妙にピントのずれた指摘に僕はキョトンとしてしまう。

 ハヌは微妙に視線を泳がせながら、どこか思わせぶりな口調で続けた。

「……神であれば、ほれ……おぬしの目の前に、おるであろう? ん?」

「――???」

 しばらくの間、僕はハヌが何を言っているのかまったく理解できていなかった。

 が、それなりに時間を置くと、ジワジワと言葉の意味が頭に染み込んできて、

 ――……あれ? え、えっと……も、もしかして……?

 いやまさかな、と思いつつも、それでも念の為に確認してみる。

「……現人神(あらひとがみ)、だけに?」

 よもやそんなくだらない話なわけが――と思いながらの問い掛けだった。だけどそう聞いた途端、ぱぁっ、とハヌの顔色が明るくなって、彼女が片手を胸に当て、

「うむ、現人神だけに」

 どやっ、と誇らしげに顎を上げた瞬間――

 僕も反射的に吹き出してしまった。

 ぶふっ、と。

 衝動的なものだった。我慢しようとか堪えようとか考える前に吹いていた。

「……え、あの、ちょっと……」

 慌てて手で口元を抑え、今更のように咳払いをして誤魔化す。

 けれど、もう遅い。

 ハヌと目が合う。

 瞳をキラキラさせたドヤ顔のハヌと、ばっちりと視線が噛み合ってしまう。

 彼女は悪戯を成功させた悪童みたいな顔で、唇や目尻をプルプルと震わせながら、じーっ、と僕と見つめてくる。

 もう駄目だった。

 色違いの目が『面白いじゃろう? どうじゃ、面白いじゃろう?』と言っているようにしか思えなかったし、頭の中でさっきの『現人神だけに?』『うむ、現人神だけに』が延々とリフレインしてしまい、もはや我慢できる範疇を超えてしまっていた。

「――っ……ぷっ……く……ふっ……ふふっ……!」

 僕も生まれたての小鹿みたいにプルプルと震えながら、堪え切れない笑いの欠片を口からこぼしていく。すると、

「――ふっ……ふふっ……ははっ……!」

 連動するようにハヌも大きく全身を揺らし始め――

 次の瞬間、僕達は揃って大口を開けて笑い始めた。

「――あはははははっ! あは、あははははははははっ!」

「ふふっ、ふははは、ふははははははははははははっ!」

 二人向き合って、一緒に呵々大笑してしまう。

 しかも、一度始まってしまったらそう簡単には止まれない。僕とハヌはそのまま笑い続けてしまうしかない。

 周囲からの視線を感じる。戦闘準備中の『探検者狩りレッドラム』達が奇異の目を向けているのだろう。少し恥ずかしかったけど、こればっかりはどうしようもなかった。

 くだらない話だ。さっきまで刺々しく話をしていたにも拘わらず、ちょっと面白そうなことを思いついただけで、僕達はもう笑っている。

 馬鹿馬鹿しい話だ。でも、そんな些細なきっかけ一つで、僕達の間にわだかまっていた重い空気は不思議なほど綺麗に吹き飛んでしまっていた。何だか目の前が明るくなったような気さえするほどに。

「ははははははっ! はははは……はぁぁぁぁ……」

 ひとしきり笑い、やがて笑い疲れて、溜息になるぐらい衝動が収まって着た頃、

「……本当によいのじゃな、ラト?」

 ハヌが前置きもなしに、そう聞いた。

 改めての確認に僕は迷いなく、そして晴れやかな気持ちで頷いた。

「うん、本当に大丈夫だよ。僕も子供じゃないからね。わがままだけで上手くやっていけないことは百も承知だから。――ハヌもそうでしょ?」

 だから君だって小さな子供みたいなこと言わないよね?――という僕の言葉に、ハヌはニヤリと笑う。

「ふん、言うではないか。さよう、本来であればラトの嫌がることはしとうない妾じゃが……そこまで言うのであれば、致し方ない。確かに乗りかかった船じゃ。ここで捨てるのは少々惜しいからの。それに、じゃ……」

 僕の思いを清濁併せて呑み込んでくれたハヌは、そう言ってから、ちょいちょい、と小さく手招きした。

「……?」

 これは『耳を貸せ』という合図だと理解した僕は、ハヌに向かって左耳を傾ける。すると彼女は小さな両手で筒を作り、それを口元に当てて、腰を屈めた。

 僕の耳にゴニョゴニョと囁く。

「――――」

 最初は普通に聞いていた。耳に掛かるハヌの吐息が少しくすぐったかったけど、そんなことは些細なことである。

 内容についても、前半は特に問題はなかった。が、後半になるにつれ――

「――えっっっ!? そ、それって……!?」

 思わず声が出た。驚いて体を離し、ハヌに視線を向けると、

「しっ、じゃ。他言無用じゃぞ」

 険しい顔をしたハヌが片手の人差し指を唇の前に立てて、箝口令を敷いてしまった。

 僕はやや唖然としつつ、喉元までせり上がってきた言葉を呑み込む。けれども何も言わないままではおれず、

「で、でも……い、いいのかなぁ……? それは流石に……なんというか、そこまでしちゃうのは、ちょっと……」

「何を言うか。最初に仕掛けてきたのはあやつらの方じゃ。この策を実行したとして、妾達が責められる道理がどこにある? そも、これは遊戯なのじゃ。手立てに良いも悪いもなかろうて」

 僕の苦言というか憂慮というかに、ハヌはどこ吹く風だ。腕を組んで、ふんっ、と鼻息も荒く切り捨てしまう。

「た、確かに、それはそうなんだけど……」

 耳打ちされた内容があまりにも容赦がないというか、無慈悲というか、鬼畜に過ぎたので、僕はついつい寛恕(かんじょ)を請うようなことを言ってしまう。

「――じゃが、これで安心できたであろう? ラト」

「えっ?」

 不貞腐れたような顔つきから一転、ニンマリと笑ったハヌに虚を突かれる。

「いま話した通り、おぬしの不愉快もしばらくの辛抱じゃ。妾の見立てた通りに動けば、此度(こたび)の大戦(おおいくさ)は面白いことになるぞ。心躍るのう、胸騒ぐのう」

 くふっふっふっ、とハヌは手で口元を隠してほくそ笑む。僕には彼女がどんな想像をしているのかがわかってしまうので、余計にぞっとしない気分だった。

 我が親友ながら、空恐ろしい女の子である。

「遠慮など無用じゃ。責任はなべてあやつらにある。妾はそれを思い知らせてやるだけのこと。ラトが気に病むことではないぞ」

 浮かない顔をしているだろう僕にそう言うと、ハヌは懐から正天霊符の扇子型リモコンを取り出し、バシッと勢いよく開いた。最近はこのあたりの所作がやけに熟練されてきて、もはや手足の一部のようになっている。

 次いで、ギンヌンガガッププロトコルで収納されていた十二個の護符水晶が宙空に現れ、ハヌの術力を充填されてスミレ色の輝きを強く放った。

 ハヌは扇子型リモコンを高く掲げ、撤収作業中の『探検者狩りレッドラム』へ向けて声を張る。

「――者共、なにをぼさっとしておるか! 出陣じゃ! ついてこれぬ者は置いてゆくぞ! 気合いを見せよ!」

 傍から見ればそれは、小さな女の子が可愛い声で喚いているだけに過ぎない。が、そこへ正天霊符の護符水晶へ注がれた術力が飽和し、紫電を迸らせて空気を焦がす様が追加されると、途端に恐怖の光景と化すのだ。

 次の瞬間、ゴチャゴチャと動き回っていた大勢の男達が揃って直立し、申し合わせたかのようなタイミングで声を重ねた。

『――アイマム!』

 しかも敬礼付きで。

 おかしい。しつこいようだが、ハウエルへ強制命令権限を持っているのは僕で、ハヌではないはずなのに。

 そこからは早かった。支援術式〈ラピッド〉を発動させたかのごとく『探検者狩りレッドラム』の動きが俊敏になり、全ての準備が一気呵成に進む進む。

 あれよあれよと言う間もなく戦闘の支度が完了し、ハウエル以下の『探検者狩りレッドラム』が完全装備で僕達の前に勢揃いした。

『待たせたなぁ〝竜姫〟のぉ! こっちは準備万端整った! いつでも行けるぜぇ!』

 前回、僕と戦った時に身に纏っていたパワードスーツ姿のハウエルが、内蔵スピーカーを通して報告する。どういうわけだか知らないが、僕の重複〈ドリルブレイク〉で粉々に砕いてやったはずの装甲が綺麗さっぱり元に戻っていた。通常、あれだけ破壊されたものは専門家と専用機器の双方がなければ修復できないはずだけど――もしやエイジャの手によるものだろうか?

 なにせ、セキュリティ上〝ルート権限〟を持つ者しか個人の〝SEAL〟にアプリをインストールすることは不可能だというのに、この島にいる全員に『Lコンシェルジュ』なるものを勝手に導入したぐらいだ。少なくともこの空間においては、彼に出来ないことはほぼないと言っても過言ではないだろう。

 今すぐ開戦しても支障ない陣容を前に、傲然と胸を張ったハヌが腕を組み、大きく頷く。

 そして言霊を放った。

「 出合え 者共! 戦(いくさ)の時間じゃ! 」

 天まで届かん程の言霊が男達の戦意に火を点ける。

 一拍置いて、雄叫びの重奏が轟いた。

 斯くして僕達二人と、ハウエルを筆頭とする『探検者狩り《レッドラム》』の白黒混合――奇しくもジェクトさんが言っていた『灰色』とでも呼ぶべき――チームは出撃と相成あいなった。

 敵はカレルさん率いる『黒』チーム。

 途中でヴィリーさんの『白』チームと合流できればなおよしだけど、事情の説明が難しいので避けた方が無難か。

 ともあれ、状況は新たな展開を開始した。



 これこそ後に『黒灰戦争』とエイジャが勝手に命名した戦いの、その始まりであった。








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