夕闇の研究所

山本正純

第10話 自殺と他殺

それから彼は、黒ずくめの男と別れて、村を歩き始める。丁度その時、前方から赤城警部が歩いてきた。警視庁の刑事を見つけた警部は、血相を変えて駆け寄る。
「喜田参事官。旅館に行けば会えると思ったら、探しましたよ。まあ、重要な証言を得ることができたから、無駄足ではありませんでしたが」
「どういうことですか?」
「三浦辰夫と中川が死んだ。死亡推定時刻は両者共に午前1時頃。中川は自殺で、三浦は殺人です。三浦を殺害した中川は、現場となった被害者の自宅の居間で首を吊ったんだろう。遺書も見つかり、抵抗した痕もなかったことから、中川は自殺で間違いない」
中川の自殺という事実を聞き、喜田参事官は腑に落ちないような顔になる。
「田辺か宮川による犯行とは考えられませんか? あの2人のどちらかが、中川を自殺にみせかけて殺したという可能性もありえると思いますが」
「それはない。あの2人が泊まっている旅館で、第4の事件のアリバイが証明された。証人は同じ旅館の宿泊客。2人は午前1時頃、旅館の廊下で握手をしていたらしい。田辺は午前5時頃、朝の散歩をするために旅館から出て行ったらしいが、事件とは関係ないだろう」
「篠宮澪が殺害された第2の事件。被害者の携帯電話の最後の着信記録が、中川と名乗る男の物だったそうです。しかし、分かりません。さらに、中川は第2の事件発生当日に上京したという証言も得ています。しかし、本当に中川が犯人だったのでしょうか?」
「中川が犯人で間違いない。幾つも証拠が出ているんです。平井村長が殺害された第3の事件現場で犯人が石を飛ばしたとされる岩場の周辺から、ゲソコンが見つかりました。それが、彼の自宅に保管されていた運動靴の物と一致したそうです。おまけに運動靴には、あの森の土が付着していました」
「それだけでしょう」
「さらに、中川の自宅には、サバイバルゲームのトロフィーが多く飾られていて、スリングショットの扱いが上手かったと仲間からの証言も得ています。それなら、暗闇の中で被害者の頭に石を飛ばすことも可能だろう。第3の事件で使用されたと思われる凶器も、自宅の居間の机の上に置かれていましたよ。気になることもありますが、群馬県警は一連の事件の裏付け捜査の後、中川を被疑者死亡で送検する」
「警視庁も同じ結論ですが、気になることというのは何ですか?」
つい本音を漏らしてしまった赤城は、隠し通すことができず、疑問点を挙げた。
「中川の遺書に残されていた、茜ちゃんというのは誰なのか? その謎は裏付け捜査で明らかになると思いますが」
その時、赤城警部の携帯電話が鳴った。捜査に進展があったのかと思い、警部は部下からの電話に出る。
『赤城警部。三浦の遺体の脇の下に付着していた白色の繊維を鑑識に調べてもらいました。あの繊維は、一般的に販売されている軍手の物のようですよ。被害者と中川が掴んでいた縄は、これまでの事件同様、送り火祭りで使う縄で間違いありません』
「分かった。これで謎が1つ増えたな」
『それと、中川の交友関係を調べたら、遺書が示す人物に該当する者がいました。名前は馬場茜。26歳。近隣住民の証言によると、研究所に勤務していた中川は、馬場家の一人娘の茜さんに勉強を教えていました。10年前に両親を失った彼女は、塚本八重子の家に居候していたようです』
赤城警部の通話に聞き耳を立てていた喜田は真剣な顔付きになった。そして、彼は電話を切った赤城警部に尋ねる。
「三浦辰夫の遺体から、軍手の繊維が検出されたと聞きましたが、自殺した中川は軍手を持っていましたか?」
「そんなものは持っていなかった」
「だとしたら、おかしいと思いませんか? 遺体から軍手の繊維が検出されたということは、中川が軍手を身に着けて三浦を殺し、そのまま居間で首を吊ったというのが、一連の事件の真相だとしたら、中川が所持していた軍手はどこに消えたのでしょう?」
「真犯人は別にいるということか? 中川は真犯人を庇うために自殺した。兎に角、塚本八重子の家に行けば、何か分かるかもしれないな」
赤城警部の考えは正しいと喜田参事官は思った。そうして、喜田参事官は、事情を知っていると思われる塚本八重子の家に行くため、赤城警部と同行する。

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