『ザ・ウォリアー』 ~この世界を浸蝕するデスゲーム系の近未来SF&ラブコメディ~

チョーカー

デスゲームの説明会

 お札……正式名所は日本銀行券。
 1万円札の重さは1枚1グラム。
 1億円で10キロ。100キロだと10億円。

 10億円だ。

 男は、その10億円の上に無造作に座っている。

 ざわ……

      ざわ……

 騒めきが収まらない。

 「お前らにくれてやる」

 男が、そう言うと騒めきが一瞬で止まった。
 シーンと擬音で表現されそうな静寂が周囲を包む。

 「俺が用意した裏ボス100体を倒したものくれてやろう」

 誰も反応ができない。
 すると……携帯端末ディバイスから音がなる。
 アプリのアップロードを知らせる音。俺の携帯端末だけではなく、隣の陽葵にも同じ音が鳴っている。
 ……いや、俺と陽葵だけではない。それが会場中で同時に鳴り響き始めた。
 恐る恐る、 携帯を開くと、『ザ・ウォリアー』の更新のお知らせ。
 アップロードの許可を求める表示をクリックすると……

 『100万円分のネットマネーが追加されました』

 それを確認したのは俺だけではないのだろう。
 至る所で叫び声があがる。

 「なんだこりゃ!?」
 「100万円だ。通販サイトで本当に使えるぞ!」
 「すげぇ!運営サマサマだ!」

 一気に会場の熱が上昇する。
 俺は思考がついて来れず、唖然とする。
 「これは……この状況はなに?」そう呟いたのは俺か?陽葵か?それとも―――

 「その100万円は前金だ。参加は自由参加だ。断っても返却は求めない。参加希望者は拡張パックを受け取れ」

 拡張パック。
 それは携帯端末ディバイスに取り付け、ゲーム内にさらなるリアルティをプラスするアイテムだ。
 例えば、陽葵は武器の使用直後に匂い……人工的な香料、香水により火薬の匂いを再現している。
 そして、よく「げほげほ……」とむせている。

 普通なら、「一体、何の効果がある拡張パックか?」と疑問に思うはずだが―――
 集団は狂乱していた。
 声にならない声があがる。感情が爆発している。
 誰もが浮かれ、誰もが熱狂し、誰もが錯乱している。
 そんな中、男は宣言する。ゲームの開始を―――

 「では、記念すべき裏ボス1体目を召喚しよう。……おっと、その前に自己紹介をしていなかったか。
 ……そうだな。取りあえず、今は『M』とだけ名乗っておく。
 それでは―――」

 男は手を空中で何かをクリックした。

 「デスゲームの始まりだ」

 会場の一ヶ所にスポットライトが集中する。
 そこにシルエットが浮き上がっていく。
 それは黒い犬だった。巨大な黒い犬。

 誰かが呟く。

 「……あれが、裏ボスか」

 皆、一斉に『ザ・ウォリアー』を起動させ武装を完了する。
 しかし、誰も動かない。
 それは、裏ボスである黒犬から強さが伝わっているからだ。
 先ほどの熱狂に冷水をぶちまけるが如くの強さ。

 見る者を威圧させる圧倒的情報力。

 『ザ・ウォリアー』には敵の強さを見た目で計る方法が存在している。
 それは――― 

 情報力=データの密度=敵の強度

 それから、導き出す答え。目の前の黒犬は既存のボスよりも遥かに強い。

 その、事実が上位プレイヤーたちを冷静にさせた。
 大さはライオンくらいか? その程度のモンスターは数多くいた。
 その瞳は赤く。爛々と輝いている。
 そして、口からは巨大な牙が見え隠れしていて、近くにいる者を威圧する音を「ぐるるる……」と鳴らしている。

 「カナタは、アレと対峙しない方がいい」

 見ると陽葵も武装を終えていた。
 RPG的な装備が多い『ザ・ウォリアー』には珍しい近未来的なイメージの武装。
 なんとなく、ロボットアニメの主人公専門機を連想させるメタリックな鎧。
 そして腕には、その二つ名の代名詞である、キャノン砲が装備されている。

 戦闘は始まらない。
 ボスには戦闘範囲が設定されている。
 プレイヤーがその範囲に足を踏み込むとボスはそのプレイヤーを敵だと判定して攻撃を開始するのだ。
 上位プレイヤー達は、互いに出方を窺っている。
 黒犬の出方ではない。他のプレイヤーの出方だ。
 一見すると譲り合い。 
 本音は「早く誰か攻撃して、黒犬の攻撃モーションを確認しろよ。自分以外の誰かが……」と未知の敵への情報収集目的。
 膠着状態が続く。だが、いつまでも黒犬と睨めっこを続けるわけにはいかない。
 やがて、その膠着状態は破れる。そして、それは来た。

 1人のプレイヤーが我慢比べに負けたのか、黒犬の敵判定距離に足を踏み入れた。
 黒犬は、ソイツに向かって襲い掛かっていった。

 誰かが「速い!」と叫ぶ。
 黒犬はプレイヤーとの間合いを一瞬で消した。
 だが、ここにいるのは、大抵は熟練者。
 襲られた男は、自ら後方に倒れ込み、覆いかぶさってくる黒犬に下から武器を―――小型の槍を突きだした。
 誰もが、男は黒犬に大ダメージを叩き込んだと思った。
 しかし、黒犬はその攻撃すら避けると―――
 その巨大な咢を開き、牙を男に向け、噛み付いた。
 噛み付いた? 
 ―――否。

 そんな生温い表現では足りない。

 黒犬は、敵の捕食を開始したのだ。

 今まで『ザ・ウォリアー』のボスにはなかった捕食という攻撃モーションに会場に衝撃は走った。そのグロテスクな表現に、嘔吐する者すら―――

 いや、おかしい。いくらなんでも、奇妙だ。

 どうして、襲われいて男は、痛みを訴えているのか?

 「あぁ、言い忘れていた」

 『M』と名乗っていた男の声が会場に伝わる。

 「お前らに配った拡張パックの機能だ。僅かな電気を脳に流して、痛みを再現させている」

 「なっ!」と俺は思わず叫んだ。
 それは俺だけではなく、会場にいる誰もがそうだ。
 例外は『M』とリアルタイムで捕食され続けている男くらい。

「まぁ、実際に食われている痛みの完全再現とまではいかないが、それでも十分に痛いぞ。ショック死の可能性もあるから気をつけたまえ」

 くっくくく……と『M』は言葉に笑い声を付け加えた。

 「ふざけるな!」と至る所から非難と罵倒の声が飛ぶ。
 それに対して『M』は飄々として―――

 「ふざけてませんよ。ちなみHPが0になったら、何が起きるか……皆さん、お楽しみにね!」

 その言葉で会場を取り囲んだものは「絶望」の2文字だった。

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