『ザ・ウォリアー』 ~この世界を浸蝕するデスゲーム系の近未来SF&ラブコメディ~

チョーカー

第0話 開幕前


 世界ってのは意外と嘘つきだ。

 当たり前のように居場所があって、
 当たり前のように人との繋がりがあって、
 当たり前のように―――笑っていて……

 そんな、日常が当たり前なんで嘘っぱちだった。

 世界はカンタンに反転する。

 当たり前のように居場所は壊れるし、
 当たり前のように人は死ぬ。

 世界ってのは意外と残虐だ。

 その事を誰も教えてくれなかったのだから―――

 嗚呼、これは夢だ。
 あの時の悪夢。

 彼女は―――陽葵は弾丸を込める。

 向かうのは死を司る黒犬。

 死神の如き黒犬だ。
 犬は弾丸を受けて吹き飛ばされる。
 その彼女の雄姿に―――
 他者は立ち上がり武器を取った。
 彼女はまぎれもなく英雄なのだろう。

 例え、それが―――ヤツの真の目的だとしても―――

 そして、その瞬間がやって来た。

 それを止めようと俺は駆けだそうとする。しかしできなかった。
 足元にはドロリとしたモノが纏わりついている。
 黒い―――漆黒のヘドロ――― 暗黒の意志が俺を止める。

 ……わかっている。
 そうして彼女は死ぬのだ。新たに現れた死神によって―――
 彼女の命は刈り取られたのだった。
 それを俺は見せられた。 彼女が迎えた仮初の死を―――
 例え、仮初であっても『死』は、俺と彼女の日常を狂わせた。


 ―――西暦2031年―――

 とある日本の民家にて


 『カンカンカンカンカンカン……』

 目覚まし時計は、けたたましい音を鳴らした。
 タブレット端末のアラームではなく、本物の目覚まし時計だ。
 ひどくレトロ趣味な時計で、時計本体の上部には小型のハンマ-があり、小刻みに揺れては左右の鐘を叩き音を出す。

 「ん~ うるさい!」

 俺は、枕の後ろにセットされているソイツを手さぐりで掴み取るとスイッチを切る。
 目覚めが悪い。変な夢を見た気がするけれども、内容はちっとも思い出せない。
 やがて、数分後には、夢を見ていた事すら忘れてしまう。
 そんな、よくある夢だったのだろう。

 手にした目覚まし時計をぼんやりと見つめる。
 時間は5時前。 
 もちろん朝の5時だ。正確には4時45分。
 お日様も拝めない時間。俺は体を起こし、充電器にセットされている携帯端末ディバイスを手にした。
 片耳に装着するインカムタイプの端末だ。
 それを実際に装着すると……

 『現在時刻 4時45分』

 視界の端にデジタルの数字が浮き上がり時間を知らせてくれる。
 天気予報は……
 晴れを意味するアイコンが点滅している。 
 僕はベットから起き上がり、周囲を見渡す。
 若干、散らかった部屋。脱ぎ捨てられたジャージを手にしながら、手くしで髪を整える。
 その最中、自転車の鍵と財布がない事に気づく。昨日、着ていた衣服のポケットにはない。

 「えっ……と検索。ワードは財布と鍵」

 空中に矢印のアイコンが現れた。その矢印が刺している場所には―――

 「あった、あった」

 財布と鍵がセットであった。 昨日、買ったマンガ雑誌の下敷きになっていた。
 それをポケットに入れると空中に漂っていた矢印は消滅した。
 矢印の正体は―――

 『レーザー網膜照射ディスプレイ』

 ごく微弱なレーザーが端末から網膜へ投射され、映像が浮き上がって見える。
 つまり、目に直接、映像が映し出されているわけだ。
 現実の風景にデジタルな情報がプラスされる。このシステムはARと呼ばれる。

 Augmentedオーグメンテッド Realityリアリティ

 略してARだ。 日本語では拡張現実。
 2016年に、日本のコンテンツをAR化させたゲームが世界的な大ヒットして以来、この分野での急激な進化が起こり、2031年の現在では生活の必需品とされている。
 余談になってしまうが、そのゲームの内容は、現実に追加された情報(annotaionアノテーション)をゲーム内のキャラクターに置き換え、その情報を捕まえては育成するといった、今の時代から考えると非常にシンプルなものだった。

 ついでに言えば、朝日が昇る前、薄暗いはずの部屋。
 それが、日中の変わらない明るさを保っているのは、端末の自動視力調節機能のおかげだ。

 端末の名前は―――

 『サラブレッド』

 かつては別の名前だったらしいが……
 なんでも、正式名を略すと有名な競走馬になるというネットスラングが広まった結果、発売メーカーが通称としての『サラブレッド』を正式名に変更してしまったそうだ。
 今では、トリビアや豆知識として披露される有名な小話だが……
 そんなこんなで、俺は出かける準備を終えると、部屋のドアを開けた。
 すると、 そこには、

 髪の長い女が立っていた。

 「ひぃ……」と必死にこらえたはずが口から悲鳴が漏れる。
 その衝撃も一瞬だけだった。すぐに俺は髪の長い女性の幽霊、その正体に気づいた。

 「こんな時間に何を考えてる?陽葵ひなた
 「あれれ?思ったより冷静だね。悲鳴も小さく……ひぃ~だって、アハハハ」

 髪を直した彼女は、小さく笑った。
 彼女の名前は桃林ももばやし陽葵ひなただ。
 彼女を簡潔に紹介するなら

 隣人で、

 同級生で、

 幼馴染。

 加えて現役女子高生のゲーム廃人。

 こんな感じだろうか?

 「む!カナタ君!何か失礼な事を考えてないかな?」

 彼女は一歩、前に出る。
 近い、近い、近い!
 俺は彼女に対して比較的ツンな態度を取っているが……陽葵を女性として意識し始めたはいつ頃だったかな?
 同級生から「お前、陽葵の幼馴染なんだってな。写真とか持ってないか?くれよ~」みたい話を言われ続けた結果、ビジュアルだけなら平均的な女性よりも上位に入っているのだと、強制的に理解させられた。
 ぶっちゃけ、俺は彼女に惚れてるんだなぁ。これが……

 「時間がないぞ。後、5分で5時だ」

 ドギマギしながら誤魔化してみた。
 彼女の前では一応、クールキャラを演じている。
 ちなみに演じきれてる自信はない。

 「え?それじゃ急がないと!」と陽葵は言った。

 俺は、下の階で寝ている両親を起こさないように音を殺して、階段を降りて玄関へ。

 「じゃな!先に行ってるぞ!」

 俺は、玄関で室内保管しているロードバイクを外に出して、そのまま跨った。

 「え?ちょっと、それ超速い自転車なんでしょ!後ろに乗せてよ!」
 「ダメダメ、2人乗りできる自転車じゃないから。ゆっくり、自力で来いよ」

 俺は、ロードバイク専門の靴をペダルにはめ込む。
 目的地でスニーカーに履き替えないといけないのは手間だが、それを差し引きしても、普通の自転車よりもロードバイクの方が速い。
 陽葵は抗議の声を上げた(家の両親を起こさないように小声で)。
 その抗議の声を背中で受けながら、ペダルを踏み込んだ。

 そう言えば、自己紹介をしていなかった。

 俺の名前は阿澄あすみ彷徨かなた
 高校2年生の17歳だ。

 自己採点では―――
 どこにでもいる平凡な高校生ってやつだ。

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