公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

結婚式の準備(3)




 彼が室内を照らしている魔道具の光量を落す。
 それにより室内は薄暗くなり――、それと共に少し眠気が襲ってくる。
 私は、彼に抱き着いて瞼を閉じる。
 頬に伝わってくる彼の熱。
 スペンサーは寝る時に、基本的に裸なのでダイレクトに感じてしまう。

「くんくん……」
「どうした?」
「ううん、何でもないわ」

 彼の匂いが私は好き。
 匂いを嗅ぎながら目を閉じると彼に包まれているように感じるから。

「ティアは、変態なのか?」
「ひどいっ! 女の子は、みんな好きな男性の匂いが好きなものなの!」
「そ、そうか……」
「うん!」

 少し呆れ気味に彼は私をギュッと抱きしめてくる。
 思わず天国にも上るような気持ちになって蕩けてしまう。
 あとは、部屋の中が暗いこともあり少しだけ甘えたくなってしまい――。

「……あれ?」

 私は彼の足に自分の足を絡めた時に気が付いてしまう。

「ねえ、スペンサー」
「どうかしたのか?」
「もしかして興奮している?」
「……そうだな。自分の女が甘えてきているんだから、男としては当然だろう?」
「そうだね……」

 そこに関しては私も同意。
 私だって好きな彼と一緒に寝ているとイチャイチャしたいと思うし。
 とりあえず、彼も一週間以上、我慢しているようだから――。



「ティア」
「…………ん?」

 私は、ゆっくりと声の主――、スペンサーの声に瞼を開ける。

「どうしたの?」

 昨日は夜遅くまで彼とイチャイチャしていたので眠くて、思わず欠伸が出てしまう。
 
「今日も政務があるから、そろそろ仕事に行くが大丈夫か?」
「えっと……」

 本当は、彼にはずっと居て欲しいけど、結婚式の準備や公国内の政務、新しく興す公爵家の根回しなど忙しい彼を引き留めるのは良くない。
 そう……、良くないのは分かっているけど……。

 彼がベッドから抜け出ようとしたのを私は無意識に――、そう、無自覚に彼の手を掴んでしまう。

「あっ……、ごめんなさい」
「気にするな。それより何かあったらエリンに言えば俺に連絡が来るようにしておくから、無理はするなよ?」
「うん……」

 彼と一緒に肌を重ねている時は、不安感をまったく感じない。
 だけど少しでも離れるような事になると寂しくなってしまう。
 でも、彼にあまり甘えるのも良くないと思い――、

「今日は、何時頃に帰ってこられるの?」
「そうだな。今日は、ティアも王城から邸宅に戻ってもらう事になるから……」
「――え?」

 一瞬、私は彼の言葉に疑問を口にしてしまった。

「何時までも王城の来賓室を使っている訳にはいかないからな」
「そうね」

 たしかに、その通りだけど……。
 そうなると私はアルドーラ公国内の貴族街の邸宅に戻る事になる訳で、王城内で政務を担当している彼とは邸宅に戻ってくるまで会える事は無くなるわけで……。
 それでも、我儘を言うのは公爵家夫人になる上で良くない訳で……。

「わかったわ。頑張ってきてね」
「ああ、ティアも無理をしないようにな」

 軽いフレンチ・キスをしたあと、彼は部屋から出ていく。
 私は、しばらくベッドの中で微睡んだあと侍女を呼んで湯浴みをしたあとドレスを着てから軽食を用意してもらう。

「エリン」
「どうかなさいましたか?」

 部屋の扉近くで畏まっていた彼女が私の傍まで近づいてくる。

「邸宅に戻る予定時間などは決まっているのかしら?」
「いえ。とくに予定は決まっておりませんが――」

 彼女は、奥歯に物が挟まったような物言いをしてくる。
 その様子から早めに邸宅に戻った方が良いというのが分かってしまう。

「――ただ、一度は廃嫡された方が公爵家として身を立てるのを快く思わない貴族家も居ると思われますので……」
「そうよね」

 エリンの――、その言葉に私は同意してしまう。
 そう――、現在のスペンサーは功績が認められて公爵家の爵位を得た訳だけど、それでも過去に廃嫡されたという事実は消えない。
 そして……、一度の失敗も許さない貴族家も少なくない。
 そんな状態で、私の我儘で王城内に長く滞在するのは、他の貴族からの反感を買ってしまう可能性がある。

「分かったわ。すぐに邸宅に戻るように手配してもらえるかしら?」
「すぐにご用意するようにいたします」

 エリンが頭を下げると室内から出ていく。
 しばらくしてエリンが戻ってくる。
 ただ、室内に入ってきたのはエリンだけでなくて――、

「フィンデル大公様!?」

 椅子から立ち上がり私はスカートの裾を掴んだあと頭を下げる。

「よい、そういう挨拶は公的な場ではない限り必要ない」
 
 彼女と一緒に私を訪ねてきたのはスペンサーの父親でありアルドーラ公国の大公であるフィンデル・ド・アルドーラ。

「フィンデル大公様」
「父親でよい」
「お義父様、どうかなさいましたか?」
「邸宅に戻ると聞いて顔を出したのだ」
「さようでございましたか」
「うむ。それよりも身体はもう大丈夫なのか?」
「はい。ご心配をおかけいたしました」
「よいよい。まだ身体に違和感があるようならしばらくは滞在しても良いのだぞ?」
「いえ。これ以上は、ご迷惑をおかけしてしまいますので」
「ふむ……。そう……であるな。それでは、王宮の方から主治医をスペンサーの邸宅の方に派遣しておこう。何かあった時にすぐに対応できなければ困るだろうしの」
「お心遣いありがとうございます」

 私は頭を下げ謝意を示す。
 そんな私を見て大公様は小さく溜息をつく。
 一瞬、おかしなことをした? と、胸中で考えてしまうけど……。

「ユウティーシア譲には感謝しているのだ。だから、あまりこういう場では他人行儀な事はしないでもらえるかの?」
「はい……」

 顔を上げると大公様は私を真っ直ぐに見てくる。





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