公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

婚姻式(4)




 スペンサーと一緒に貴族街を見て回る。
 採寸する為に、屋敷ではなく貴族街まで来たのは公都ルクセンブルグでは専門の業者との契約が済んでいないからだとか。

「えっと……、そうしますと商業ギルドとの契約が済んでいないから直接買い物に来た……と、言う事ですか?」
「そうなる。時間がないからな」
「えっと、時間が無いって……」
「結婚は一か月後と言う事になっている」
「ええっ!?」
「何か問題でもあるのか?」
「ううん。そうじゃなくて……、ずいぶん急だって……思っただけなの。だって、普通はもっと時間をかけるものだと思っていたし……」

 とくに貴族同士の結婚には、多くの参加者へ招待状を送る必要だってあるし……何より――、この世界は交通事情が整っていない。
 基本的には馬車やガレー船などで、陸路も海路も地球と比べて発達していないから。

「これはリースノット王国だけでなくエレンシア殿からの頼みでもある」
「そうなの?」
「ああ――。ウェディングドレスを着る際に……分かるよな?」
「えっと……」

 スペンサーが、最後まで言葉を濁す。
 それに私は内心、首を傾げながら意図を探るように考える。
 ドレスは基本的に身体の線が出るから……、ウェディングドレスだと――、それが顕著だから……。

「あ……」

 気が付いたところで納得する。
 お母様は言っていた。
 なるべく早く結婚を――と。
 貴族同士の婚姻。
 結婚式を挙げる前に子供が先に生まれてしまった場合は、貞淑を尊ぶ貴族の間ではタブーとされている。
 だけど、私のお腹には子供がもう居るから……、これから公爵家として身を立てているスペンサーの評判に傷がついてしまう。
 どんな理由があったとしても、自分達が良いと思っても第三者から見てアウトならアウト。
 それが、一般常識であり貴族の流儀になる。
 だから――、こんなに急いで準備をしていると言うことを理解してしまう。

「あれ? そうすると……、婚姻式って結婚式の前に行うのよね?」
「そうなる。転移魔法を使う事が出来る魔法師に手紙を持たせて各国の有力な王侯貴族に手紙を渡す事になるから」
「だから、時間がないのね」

 よくよく考えてみればアガルタの世界には、転移魔法というのが存在している。
 つまり――、限られた権力者にとっては地球よりも長距離の移動が簡単に短時間に行えてしまう。

「ああ、そういうことだ。婚姻式に関しては3日後に行う手筈になっている」
「――え? ドレスって新調ですよね? 間に合うの?」
「…………寝ないで頑張ってくれるそうだ」
「ブラック企業……」
「ぶらっく?」
「ううん! 何でもないの! えっと、そうすると結婚式の招待状を書かないといけないのよね?」
「…………いや、さすがに1000人近い招待状を書くのをティアに任せるのはな……。ただ、原本が無いと書きようがない。邸宅に戻ってからでいいから一枚書いてもらえるか?」
「うん。本当に、それだけでいいの?」
「むしろティアは、他にすることがあるからな」
「私のすること?」

 彼の言葉に私は首を傾げる。
 そういえば、アプリコット先生からは貴族の流儀や常識――、それに他国のことを色々と教えては貰っていたけれど、結婚式などについては殆ど教えてもらっていない。
 もしかしたら私が知らないことがたくさんあるの?

「参加する国の王侯貴族の家紋と名前は、どのくらい覚えているんだ?」
「えっと……、魔法帝国ジールの皇帝と、帝位継承権三位くらいまで――、あとは帝政国の皇帝と帝位継承権5位まで……、軍事国家ヴァルキリアスと王族と……、セイレーン連邦に属している国のトップくらいは……」
「海洋国家ルグニカに関しては?」
「それは、全員覚えているわ」
「そうか。結婚式には1000人を超える王侯貴族が集まることになる。一応、ティアには紋章官をつける予定だが――、出来るだけ覚えておいてほしい」
「それって、かなりの貴族が結婚式に来るってことよね?」
「そうなる」

 即答してくるスペンサー。
 そうなると単純計算で――、数百の紋章と当主の名前が一致できるようにしておかないといけない。
 公爵家夫人として公の場で初めての仕事になるし……、それに知らないと夫に迷惑を掛けることにもなる。

「私、頑張って勉強するね」
「すまないな。無理を言ってしまって……」
「ううん。そんなことないから、私が、やりたいからするだけだから!」
 


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