公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

召喚の代償




 私は、怒りの眼差しで見てきている彼女を真っ直ぐに見据える。
 それと共に、私はどうしても聞きたいことがあった。

「貴女の目的は一体何なの?」

 そう――、私はどうしても彼女の行動原理が理解できなかった。
 私を助けたかと思えば意思を奪い――、体を簒奪した。
 しかも、スペンサーとエレンシアお母様の前で――。
 彼女に何か目的があるのなら、公爵家令嬢という立場だけでなく、スペンサーと結婚したあとの力も役に立ちそうなはずなのに――。

 外で何が起きているのかは、私には知る由はない。
 だけど、人格が代わり見た目が変わったのなら、何かしらの問題が起きていておかしくない。
 だからこそ、彼女が私と入れ替わった理由が分からない。

「どうして、貴女に言わないといけないのかしら?」
「同じ体を共有してきた間柄でも?」

 彼女への問いは否定。
 だけど、私も自分の体では無かったとは言え、意識を――、体を共有してきたという考えはある。
 だからこそ知りたい。

「……つまり、私の世界に貴女が土足で踏み入ったのは知識的好奇心からなのかしら? 最後に消える前のろうそくの明かりのように、何かを知って消える――、それを強く望んだから、私の世界に来られた? と言う事かしら?」
「それは……」

 私が、この世界に来られたのは――、それは……。
 告げていいかどうか迷ったところで、私の様子を是と取ったのか目の前の女性――、ユウティーシア・フォン・シュトロハイムが小さく溜息をつく。

「いいわ。教えてあげる。全ては契約の為――、全ては愛しの――、あの人に会う為に! 私は行動をしているの」
「契約? 愛しい人?」
「それは――」
「勘違いしないで! それはスペンサーという男の事ではないわ! 私が――、私達が犯した過ちのせいで――、全てを――、全てを彼に押し付けてしまった」

 苦悶の表情を浮かべる目の前の女性は、胸元に手を当てながら今まで見た事が無いほどの悲痛な様相を見せ――、

「本来なら、私達の世界のことは私達が対処しなければいけなかった。――でも! 私達は安易に選んでしまった。選ばされてしまった。――だから! 何も理解していなかった。それが何のためにあるのかということを――、そして安易に他人を利用できる利己的な人間というのが、どれだけ危険で愚かで愚昧で愚者であるということを! 私は理解していなかった」
「何の話を――」

 彼女は、私の方を指差して壊れたように笑う。

 ――笑う、笑う、笑う。

「知っているかしら? 勇者や英雄というのは、世界を支える為の供物であり生贄だということを! 貴女は知っているのかしら!」
「何の話をしているの?」

 話がまったく噛み合わない。

「そう! 私は、お父様や重鎮のことを信じていたわ! 彼を――、勇者たる素質を持つ者を召喚すれば世界は助かるのだと――。――でも、そんなのは嘘だった! 利用するだけ利用して――、だから!」

 そこで、目の前の女性は、一端――、言葉を切る。
 そして俯いたあと、顔を上げて私を見てくるが――、そこには何も映さない虚無の瞳があるだけで――、

「邪魔になった勇者を殺す為に、勇者を精神的に動揺させるためにローランド王国の召喚術師だった私! ユウティーシア・ド・ローランドを殺したのよ!」
「……こ、殺された?」
「ええ。そうよ」
「でもね、私は殺される時に空間上に魂を保存したの。召喚陣の応用でね――、でも! 私が愛した勇者様は、そのことを知る術を持たなかった。世界を救うために勇者を召喚して、排除しようとしたら勇者に世界は滅ぼされた。それは身勝手で他人に全てを任せて罪を着せて殺そうとした愚かな人間共の当然の帰結とも言えるわよね?」
「……それじゃ、貴方は――」
「そう。あなたは、もう消えるから教えてあげる。私の望みは! もう一度、あの方に会う事! そのために、数億の人間の魂を固形にした精神核は必要なの! あの円環の女神と契約をしたの。精神核を渡して――、その力で、元の世界――、あの人を召喚する前に戻るために!」
「それって……、元の世界に戻ったあとはどうするつもりなの? 召喚する前に、戻るなんてそんなの……」
「決まっているわ。私が私を殺すの! そうすれば少なくとも彼が召喚されることはない。そうすれば――」
「――でも、それって……、貴女は――、ユウティーシア・ド・ローランドと貴女は消えるのでは……」
「そうよ! それの何が悪いの! 私は、彼を愛しているの! 私が死ぬことで彼が召喚されずに元の世界で生きられるのなら、こんなに素晴らしいことはないもの! 貴女だって、スペンサーという男を愛しているのでしょう? 同じ立場になれば同じことをするに決まっているもの!」

 私は首を左右に振る。
 
「自分で自分を殺すなんて、そんなことは出来ないわ」

 一度、起きてしまった事象を覆すなんてことが出来るとは私には到底思えない。
 それはタイムパラドックスに他ならないから。

 

 

  
 

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品