公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

契約の代償(4)ユウティーシアside




「草薙雄哉?」

 私は、首を傾げながら記憶を探る。
 だけど――、何の引っかかりも覚えない。
 それは、そのはず……、何故なら私には何の記憶もないのだから。

 何も答えることが出来ずに、目の前の男を見ていると男は溜息をつく。

「やれやれ――、俺の記憶を持っていたというのに何も覚えていないとはな」
「私が、貴方の記憶を持っていた?」

 意味が分からない。
 どうして、私が『人間』の記憶を持っているのか。
 それに――、

「どうして『人間』が、此処に来られたの?」

 気が付けば、私の口からは疑問とも呼べる言葉が出ていた。
 それは、目の前の男が――、この場所に居るのがおかしいと私自身が理解出来てしまっていたかのように――、そう確信して口が勝手に動いていて――、

「さあな、理由は分からないな。俺も、オリジナルの草薙雄哉という訳ではないからな。ただ一つだけ心当たりがあるとすれば、それは――」
「それは?」

 彼は、絶妙なタイミングで話を切ってくる。
 まるで私が興味を持つように仕向けるかのように――。

「精神核の影響なのかも知れないな」
「精神核?」
「ああ……」

 男は頷く。

「アウラストウルス、あれを追い出したあと俺とお前は二つに分かれた」
「二つに?」
「そうだ。精神核を主軸として存在する俺と――、そしてサブシステムであるお前だ。元々は俺とお前は一つの存在だった。だから、いまはこうして話して居られるんだろう。それに、役目が終わったお前は、俺と一つになる為に存在しているんだからな」
「それって……、私が……」
「そうだ。消えるということだ」

 消える……、私が――。

 その言葉は、何もない虚無の心しかない私には――、何となくだけど救いのように思えてしまう。
 
 ――でも……。

 分からない。
 よく分からないけど……、何となくだけど……。

「消えるのは嫌」

 そう――、消えるのは嫌だと思ってしまっていた。
 何故かは分からない。
 だけど……、何かが胸の奥に――、本当に小さな突っかかりを覚えてしまう。
 だから、無意識の内に私は否定していた。

「どうして消えるのは嫌なんだ?」

 男が問いかけてくる。
 私は首を振りながら数歩後退りしながら首を左右に振る。

「分からないわ。でも、嫌なの。覚えていないけど、覚えているの」

 私は自分の胸元に手を置きながら言葉を紡ぐ。

「何も覚えていないけど何も分からないけど! 此処に! ここの所に残っているの! 私はきっと誰かを――」

 自分でも何を言っているのかと思ってしまう。
 それでも私は話すことを辞めない。
 きっと、話すことを辞めて諦めたら何もかも消えてなくなってしまうって分かるから。
 それだけは怖い。
 何が怖いかなんて分からない。
 だけど――。

「何か温かい――、虚無しか無かった私にも大事なものがあったはずなの! だから!」
「…………そうか」

 男は小さく溜息をつくと共に――、私に向けて手を伸ばしてくると共に――、

「この俺も、他人の記憶を流用して作られた物に過ぎない。その記憶を下敷きに作りあげたお前の気持ちと心は――、記憶を失っても無くさない本当の想いは本物なんだろうな。――なら、お前は戦わないといけない。他人に助けてもらう訳ではなく自分の足で立って自らが守ると決めた大切な者を守るために――」
「――え?」
「だから力を貸してやる。全ての神々の王にして虚無の王、全ての星々を作り出せし万物の力たる象徴、即ち――、アウラストウルスの楔の力を――」
「あなたは……」
「我が名は、アウラストウルスの楔――、お前が本来持ちえる力の裁定者だ」

 男の手が私の額に触れた瞬間に――、膨大な記憶が流れ込んでくる。
 私が男の記憶を鮮明に持っていた時の記憶と、そして私が私と成った後に手にいれた記憶と愛おしい人の名前と、授かった命の灯のことを――、それによりようやく自分が世界に根を下ろすことが出来たという事実を――。

「我は全にして個にあらず、我が主にしてアウラストウルスの楔たる汝――、ユウティーシア・フォン・シュトロハイム。汝に幸があらんことを――」

 その言葉と共に男の姿が――、本来の私だった者が目の前から掻き消える。
 それと同時に体内に莫大な魔力と――、それとは別の異質な力を感じ取れた。

「ようやく理解できた」

 そう――、私は――、草薙雄哉であって草薙雄哉でもなくユウティーシアでも無いということに。
 それと共にヒステリックな女の声が辺りに響き渡る。
 
「――ど、どうして! どうして私の世界に貴女がいるのよ!」

 自らの存在が理解出来たと同時に、景色が一変する。
 周囲には、色とりどりの花が咲き誇る場所で――、先ほどまで私が居た何もない虚無の場所ではなかった。

 ――そして、目の前には白銀の髪と赤い瞳をした本来のユウティーシア・フォン・シュトロハイムが怒りの眼差しで私を見てきていた。





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