公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

母娘(4)エレンシアside




 どこをどう走ったのか分からない。
 気が付けば、建物の中庭に当たる場所に到着していた。

「ここは……、庭園?」

 私は、多種多様な花が咲き誇る庭園に足を踏み入れる。
 あまり広い庭園ではない。
 少し歩けば庭園から出てしまうほどのこじんまりとしたところで――、その庭園の中心部には見たことがない花を咲かせている大樹が立っているのが見えた。

「これは……」

 薄い――、本当に薄い朱色の花びらを咲かせている木。
 リースノット王国だけでなく、ティアを産む前に外交で夫と一緒に訪れたことがある軍事大国ヴァルキリアスでも、海洋国家ルグニカでも見た事がない。

「それは、桜という品種の木だそうですよ? エレンシア殿」

 ――振り向く。
 そこには、娘を変えた元凶とも言えるアルドーラ公国の元・第三王子であるスペンサー・ド・アルドーラが立っていた。
 
 私は目元を拭いながら、貴族の淑女として気丈に振る舞いながら「何の用かしら?」と、問いただす事にする。

「貴女を追ってきました――、というのは理由にはなりませんか?」
「……それは、あの子に頼まれたことなの?」
「いえ」

 目の前の男は、顔を左右に振ると――、庭園を居りてくると私に近寄ってくる。

「それ以上は、近づかないようにしてくださるかしら?」
「分かりました」

 私の言葉に目の前の男は足を止める。

「それで、何のために私を追ってきたのかしら? 母娘の――、シュトロハイム公爵家の内輪揉めでも嘲笑いに来たのかしら? 貴方は、一度は娘を拉致しようとして失敗して失脚したのですものね。ちがうわね。王位継承権から外されたと言った方が正しいかしら?」

 私は自嘲気味に言葉を重ねる。
 自らの立場を奪った娘――、そして……、その母親との確執。
 それを目の前で見られて、目の前の男はさぞかし愉悦を感じていることだろうと。

「そのような事は思っていません」

 そのような言葉を男は嘯きながら、私から一定の距離を取りながら、庭園内を歩き始める。
 
「――ただ、自分の言葉をエレンシア殿は信じてはくださらないでしょう」
「そうね」

 娘を拉致しようとした男。
 さらに、いまは娘を奪おうとまでしている。
 しかも娘は、目の前の男に嫁ぐという妄言まで出ている始末。
 夫や祖国リースノット王国のグルガード国王ですら、結婚には賛成という立場を取っている。
 すでに外堀は埋められていて、女の身である私にはどうする事もできない。
 娘のユウティーシアが、反対をすれば事態は変わるというのに。
 それすら、望みが先ほど立たれてしまった。

「自分には、母親がいません」

 唐突に男は言葉を紡ぐ。
 一瞬、何を言ったのかと思ってしまう。
 そしてようやく気が付く。

「それで、何を言いたいの? 貴方の身の上を私が聞いて何かを思うとでも思っているの?」

 
 

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