公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

揺れる気持ち(10)




 椅子から優雅に女性は立ち上がると音も立てずに部屋の中を歩き――、そして私の前で立ち止まると、彼女の手は真っ直ぐに伸ばされ私の頬へと添えられる。
 背筋が震え思わず数歩下がりつつ私は距離を取る。

「一体何を――、それに! 私が仮初の人格ってどういう意味ですか?」
「何を言っているも何も、言葉通りよ? 貴女は、主人格である草薙雄哉の記憶が途絶えた際に、非常時に体を動かす為のバックアップシステムみたいな物なの」

 真っ直ぐに私を見つめてくる瞳を見ていると、吸い込まれそうな感覚を覚えてしまう。
 私は頭を振りながら女性を睨みつける。

「私が仮の人格? 私には、草薙雄哉としての記憶があるから! 何を言っているのかサッパリ分からないわ」
「本当に、現実が見れていないのね。貴女、自分が男だった時の――、地球に居た時の記憶を鮮明に思い出せて? 家族や友人の名前を憶えているのかしら?」
「それは――!?」

 思わず言葉に詰まる。
 最近は、自分が元・男だったという記憶が――、感覚が殆どない。

「だって、貴女――、同性のスペンサーの考えを理解出来ていないでしょう? やり取りどころか考え方まで完全に女性そのものよね?」
「――ッ!」

 思わず体を硬直させると共に息を呑む。
 たしかに彼女の言葉通り、殿方の気持ちというのが最近、まったく分からない。

 ――でも……。

「――さて、貴女の考えはどうでもいいの。それより忠告に来たの」
「……忠告?」
「ええ。貴女、そろそろ消えるから。その忠告にね」
「――え?」

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。
 だから――、「私が消える? 何を言っているの?」と、言葉を返していた。

「言葉の通りよ。アウラストウルスの楔の効果は、その力の一部を利用して円環の女神が作ったアウラストウルスを追い出して消えたから、貴女が作られたわけだけど……、貴女は、あくまでも仮の人格。ずっと存在していられる訳じゃないの。本来なら一か月ごとに不必要な記憶は消去されるはずなのだけれど……」

 幾つかの知らない単語が彼女の唇から滑り出るけれど、どれでも私が消えるという物事に比べれば些事と言ってもいいほどで――。

「そんなの……」
「信用できないかしら?」
「当たり前よ! そんなことありえるわけが――」
「そんなに、いまの世界に未練があるの? 何れ消えるのに」
「何を言われても私は――」
「まぁいいわ。とりあえず忠告はしたから――、それから記憶が消えると言っても全ての記憶が一度に消えるわけではないから。どうしても、消えたくないのなら……」

 そこで彼女は一端、言葉を切る。
 そして――、「もし、どうしても助かりたいと思うのなら私に会いたいと心の中で思いなさい。それだけで会う事が出来るから」と、語ったあと光の粒子になり目の前から消え去り――、それと同時に色あせたセピア色の世界が、元の色鮮やかな世界へと変貌を遂げた。

 しばらく、女性が消えた場所を呆然と見ていると、廊下側が騒がしくなり――、「ティア!」と、スペンサーが部屋に駆け込んでくると私を強く抱きしめてきた。

「スペンサー?」
「無事だったか! いきなり、館の外で気が付いたから何かが起きたと思って――、ティアの身に何かがあったらと思い急いできたんだ」
「……」
「ティア?」
「私は大丈夫だから」

 私が消えると言っていたけど、そんな前兆はまったく感じないしスペンサーに話して心配を掛けさせる訳にはいかない。
 彼は国内外と多くの仕事を担っているのなら。




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