公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

揺れる気持ち(9)




「あら? 私の言葉が聞こえているのかしら?」

 微笑を絶やさずに私をまっすぐに赤い瞳で見つめてくる女性。
 その赤く燃えるような眼差しと言葉に私は思わず唾を飲み込んでしまう。
 そして――、その喉を動かす音すら煩いと思うほどの静寂が――、いま! この場を支配している。

「…………ほ、本物のユウティーシアってどういうことなの?」

 思考が上手く働かない。
 辛うじて絞り出せたのは彼女の存在意義を問いかける質問のみ。
 
 ――ただ、私の言葉に彼女は小さく溜息をつく。

「それ邪魔よね?」

 彼女の視線が、私からスペンサーに向けられると同時に、彼女は指先でテーブルを小さく叩いた。
 本当に小さい音が部屋の中に響くと同時に、彼女が触れたテーブルに小さな紫色の魔法陣が生み出され――。

「何をするつもりなの!?」

 リースノット王国に居た時も、海洋国家ルグニカに居た時も、そして――、アルドーラ公国に居た時も魔法書はたくさん読んできたけど、展開された魔法陣は初めて見る物で何が起きるのか判断もつかない。

 ――でも、彼女の言葉から碌でもない事が起きる予感がするのは分かった。

 瞬時に頭の中で物理現象を思い描きながら、それを魔法という形に変化させていくと同時に彼女に向けて手のひらを向ける。

「ファイアーランス!」

 一瞬で作り上げた10本もの2メートルを超える炎の槍が椅子に座っている女に向かって飛んでいく。

「人の話を聞かないのは相変わらずのようね」

 彼女は直径10センチにも満たない紫色の魔法陣をファイアーランスの前に向ける。
 すると、私のファイアーランスは魔法陣の中に全て吸い込まれてしまう。

「――え?」

 目の前で何が起きたのか理解が出来ない。
 いきなり魔法が全て消失してしまった。
 普通、こんなことはありえない。
 相殺するなら分かる。
 防御するなら理解は出来る。
 
 ――でも、全てが魔法陣の中に吸い込まれてしまうなんて……、そんな魔法聞いた事も見た事もない。

「――あっ!?」

 唐突に私はバランスを崩してベッドの上に横たわる。
 理由はすぐに判明した。
 さっきまで私を抱きしめてくれていた最愛のスペンサーの姿が掻き消えたから。

「あ、ああ……、あなた――、何を――、何をしたの!」
「落ち着きなさい。スペンサー・ド・アルドーラについては場所を移動しただけだから」
「場所を……?」
「ええ、二人だけで話すのに――、あの男は邪魔だから。それに私は、いままで貴女を助けた事は合ったけれど騙したことも敵対したことも無かったでしょう? 貴女は、私の分身のような物なのだから、悪いようにはしないわ」
「――っ!?」

 思わず唇を噛みしめてしまう。

「困ったわね。夢の世界で会うと、どうしても記憶の保持が難しいのよね」

 彼女は、唇に人差し指を当てながら面白おかしく笑う。
 そこに悪意の色はまったく見えない。
 まるで私の存在など些末な物としか捉えてないようにすら映ってしまう。

「スペンサーを、どこに移動したのですか?」
「そんなに、あの男が気になるのかしら?」

 彼女の言葉に私は頷く。
 
「本当にがっかりだわ。たかがメディデータに、そこまで入れ込むなんて――、貴女、私の忠告を聞いていたの? 見ていたの? 考えていたの?」
「なにを……」
「だから、地球まで行くようにって何度も言ったでしょう?」
「地球って……、何を言っているのですか? それに、何のために――」
「草薙雄哉から何も聞いていないの? あなたの中の精神核について」
「精神核?」
「そう。草薙雄哉の精神パーソナリティーが内蔵された物よ? 今は、アウラストウルスの楔が外れている状態だから、何かあった場合に稼働する仮の人格である貴女が動いているのだけれど……」

 彼女の言葉に私は動きを止めてしまう。

「何を言っているの……」





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