公爵令嬢は結婚したくない!
揺れる気持ち(4)
妊娠が発覚してから2時間ほど。
ベッドの上で横になっていると――、普段は誰も走らない廊下をタタタッと、誰かが廊下を駆ける音が聞こえてくる。
そして部屋の扉がノックされ――、「俺だ!」と、言う息切れを感じさせる声が扉の向こう側――、部屋の外から聞こえてきた。
「スペンサー? エリン」
静かに頷くエリンが部屋の扉を開けると、そこにはスペンサーが肩で息をしながら立っていた。
彼と目が合った瞬間、私は思わず目を背けてしまう。
いまの私の状況を彼がどう受け止めているのか分からなくて怖いから……。
「エリン、少し外に出ていてくれないか」
「かしこまりました」
スペンサーの命令で、彼女は部屋から出ていくと扉を閉める。
すると部屋の中は静寂に包まれた。
彼は、ゆっくりと私の傍にくるとベッドに腰かけて私の頬に手を添えてくる。
「主治医から話は聞いた」
「はい……」
私の視線は自分の手元に向けられたままで、彼の方へ瞳を向ける勇気がない。
だって――、私が妊娠していることを喜んでくれなかったら、どうしようと不安に駆られてしまうから。
「よかった……」
スペンサーの安堵の言葉。
それは何を意味しているのだろうか?
「ティア、君が元気が無いと――、食欲がないと報告は受けていた。すごく――、本当に心配した」
「スペン……サー?」
「本当に、何の病気も無くてよかった……。君に何かあったら、もう俺は生きていけない。君が病に掛かっているかも知れないとエリンから2週間前に聞いた時にはすぐに王宮の主治医を手配できるように父上に掛け合っていた。父上も伯母上も君の事は心配していた。本当に……、何もなくてよかった……」
「――な、なら!」
思わず声を荒げてしまう。
だって! だって!
――彼の言っている言葉が本当なら、どうして――、どうして!
「どうして、私を2か月近くも放っておいたの! 私、嫌われたと思って! ずっと辛くて! 悲しくて! だって……、だって! どうして……」
言葉にならない。
よく分からない感情が、胸の奥から湧き上がってきて――、ずっと放置されていたという事実と、彼がそこまで思ってくれていたという思いが鬩(せめ)ぎ合って何を言っていいのか分からない。
男としての意識が強いときは、もっと整理して話が出来たのに! いまは、良くわかならない。
彼の胸を叩きながら、私は涙声で――。
声にならない声で……。
そんあ私の頭を撫でながら彼は、「すまない……」と、言い訳もせずに何も言い返しもしてこない。
「ごめんなさいじゃないの! スペンサーが私のことを大事にしてくれていることは分かるの! でもね! でも! 言ってくれないと分からないの! どうしても、不安になるの!」
彼が、謝りながら私を抱き寄せてくる。
スペンサーの抱きしめられると――、彼の匂いを嗅ぐと安心する。
そして――、だからこそ――、ずっと……、2か月近くも放置されていた事が深く胸中を傷つける。
本当は、言ったらいけないなんて分かっている。
だけど――、溢れてくる気持ちが言葉を勝手に紡いでしまう。
「なんでよ! 私のことが大事なら、どうして私を――」
嗚咽が――、言葉を覆いつくしてしまい声にならない。
言いたいことが――、伝えたい思いが、たくさん! たくさん! あるのに! どうして……、どうして……。
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