公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

揺れる気持ち(3)




 色々と、主治医のエルアルド先生は言っていたけど、私は告げられた言葉が衝撃的すぎて殆ど耳に入ってこない。

「ユウティーシア様」

 しばらくして話しかけてきたエリンさんの言葉で、私はようやくハッ! として周りを見渡していた。

「えっと……、エルアルド先生は?」
「もうお帰りになられました」
「そう……なの……?」
「はい。それとご懐妊おめでとうございます」
「本当に?」

 体調が、ここ数週間悪いとは思っていたけど、精神的な物だと思って気にはしていなかったから、自分が妊娠したという事実というか現実感が殆どない。

「――あっ!」
「どうかなさいましたか?」
「えっと……、スペンサーに私が妊娠したってことは……」
「すぐにでも王宮の主治医から報告がいくと思います」
「そうよね……」

 どうしよう。
 
「――そ、そういえば私のお腹の中に居る子供って――、スペンサーと私の子供なのよね? それで合っているのよね?」
「はい。エルアルド様は、魔法師でもありますから魔力の色で、判定されておりますので100%、スペンサー様とユウティーシア様の御子で間違いないかと」
「良かった……」

 不貞にならなくて……、本当に良かった。
 
 ――でも……。

「スペンサーは喜んでくれるかしら?」
「きっと大喜びされるかと思います」
「そうかしら?」

 ここ2か月間、殆ど擦れ違いばかりで肌を触れ合わせるどころか一緒に寝てすらいないしキスもしていない。
 本当に愛されているのか自信が持てない。
 もし、私が妊娠しているって知ったら彼はどういう顔をするのか……。
 認知してくれなかったら? そう考えてしまうと怖くて堪らない。

「ユウティーシア様、妊娠をしている時は情緒が不安定になるとエルアルド様も仰っておられましたので、深くは考えない方が宜しいかと――」
「……でも……」

 どうしても、嫌なことばかり――、悪い方向に考えが浮かんできてしまう。
 
「エルアルド様は、妊娠安定期までは妊娠してから5か月ほど掛かると仰っていましたので、無理な行動は控えた方がいいかと思います」
「5か月? えっと……、それだと海洋国家ルグニカで開催される予定の王位簒奪レースは……」
「出席は見合わせた方が宜しいかと――」
「見合わせるって……」

 王位簒奪レースの計画を立てたのは、私なのに……、その私が居ないというのは……。

「――で、でも! 転移系の魔法なら」
「転移系の魔法は母体に大きな負荷を掛けます。御子を身ごもられているユウティーシア様は使ってはいけません!」

 強い剣幕で、始めてエリンさんが怒ってくる。
 
「宜しいですか? ユウティーシア様は、もう御一人のお体ではありません。その身体には、御子が居て――、その子供を守れるのは母親になるユウティーシア様だけなのですよ? 今までとは違い、御子の為に御自分のお体をご自愛ください」
「……そう……よね……」

 たしかにエリンさんの言う通りで――、王位簒奪レースに出席する為に無理をするのは、子供を身ごもり母親となるならよくない。
 そこまで考えたところで、私はハッ! として顔を上げる。

「どうかなさいましたか?」
「いえ――」
 
 口元に手を当てながら、私は庭園で見た石碑の内容を思い出す。
 石碑には、エルノの神代文明時代の遺跡に向かうようにと文字がローマ字で書かれていた。
 そして、王位簒奪レースが開催されると共に高次元の存在が海洋国家ルグニカが襲うと――。
 そして、私は誰も守ることも出来なかったと……。
 それが本当なら……。
 どうして、私にエルノの神代文明時代の遺跡にすぐに迎えと書かれていたのも説明がつく。

 あの頃の私なら、子供を授かると分かっていたら、海洋国家ルグニカに戻っただろうか?
 間違いなく戻らなかったと思う。
 だって、子供を授かると知っていたら、そんな選択肢は取らなかったと思うし……。

 だから石碑には、余計な情報は書かれていなかった……、そう考えると辻褄が合う。

「……」

 思わず無言になってしまう。
 そして大事なものを――、私が守りたいと思うものを守れなかったという文字。
 それは、きっと海洋国家ルグニカに関わってきた人全てと、出席予定のアルドーラ公国の王家の人たちと――。

 ようやく私は理解した。
 守れなかった――、守りたかった――、その人たちはきっと……。




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