公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

継承権を失った男(5) スペンサーside




「自分の思い通りにならないから……、理想の子供ではないから……、それは全て貴女の――、親のエゴでしかない! という事は理解していないんですか?」
「何を言っているの……? 子供は、親の所有物なのよ? それに、彼方だって貴族として生まれてきたのだから家の為に女があるというのは理解しているでしょうに――」

 俺はエレンシアの言葉に首を振る。
 それと同時に、目の前の彼女が――、ユウティーシアの母親が――、ユウティーシアの事を誤解している事に気がつく。
 ただ、ユウティーシアの異世界から転生してきたという出生の秘密を彼女に告げる訳にはいかないと本質として理解する。

 ――もし、いま……、ユウティーシアが異世界から転生してきた人物だと知ったらきっと彼女は娘であるユウティーシアを完全に切り捨てる――、そうとしか思えないからだ。

「シュトロハイム公爵家夫人、貴女の言っている事は重々理解しておりますが――」

 そこから彼女を説得する言葉が見つからない。
 何故なら、ティアの存在の本質にあるのは異世界からの転生だからだ。
 その転生があったからこそ、多くの知識を持っていて――、その知識があるからこそ、自らの存在を疑い――、自分の居場所を見つけ作るために必死にいい子を演じてきたのだから。
 だから、物事の本質である転生を話せない以上、彼女を説得することは出来ない。

「分かっているのなら、娘を返してよ! すぐに! 娘をリースノット王国に連れ返って教育し直さないといけないの! お父様だって、娘が王妃になれば喜ぶのだから!」

 どこまでも歪んだ思い。
 醜態を晒す言葉。
 それのどこに親子の情があるのか、俺には理解が出来ない。

「あなたは、自分の娘がリースノット王国の王妃になれば幸せになると考えているのか?」
「そうよ!」
「クラウスを含めた王子に何度も傷つけられた彼女を――、ティアを――、自分の娘を見て何とも思わないのか?」
「……辛いことだと言うのは分かっているわ。――でも、娘には才覚があるもの。政に、女が携わってはいけないと言う古い習慣も娘が政を手伝うようになれば、貴族の子女を見る目も大きく変わるわ! そうすれば娘は、長い歴史を持つリースノット王国の中でも注目されて名を遺すことが出来るの! それに、王妃になれば誰もが幸せになることだってできる! そのことの何が間違っていると言うの?」
「……貴女は、自分の娘を過大評価しすぎだ」
「――ッ! 貴方に娘の何が分かるというのよ! 私は、娘の母親なの! 娘の幸せを願っているのは――、一番! 娘のことを思っているのは私なのよ! 娘を失敗作に貶めた貴方に何が分かると言うの!」
「――ですが……」

 尚、彼女に話しかけようとしたところで花瓶が飛んでくる。
 俺は咄嗟に右手で飛んできた花瓶を跳ねのける。
 花瓶は、床に落ちてガッシャーンと言う音と共に割れた。
 すぐに外で扉を護衛していた兵士が二人、室内に入ってくる。

「どうかしましたか?」

 二人の衛兵が室内を見渡すが、俺とシュトロハイム公爵家夫人の距離が離れている事と、花瓶が俺の足元で割れている事に気が付いたようで、

「スペンサー様、今日は、このへんで――」
「分かっている。夫人、それでは失礼致します」

 俺は、頭を下げて部屋から出る。
 さすがに、まったく話が通じないとは予想外だ。
 それに、彼女と話していて分かったことがある。
 彼女は、言葉では娘が大事だと言っていたが――、本質にあるのは家の繁栄と女性の地位向上の為に、ティアを利用しようとしている。

 そんな彼女とティアを合わせる訳にはいかない。
 今日の謁見の間での話を聞く限り、ティアも相当精神的に参っているはずだからだ。

 

 俺は父上に、シュトロハイム公爵家夫人との会話の顛末を報告したあと、すぐにティアが運ばれた公都の貴族街の邸宅へと戻るが――。
 そこには、発狂したティアの姿があった。
 必死に彼女を宥めて落ち着かせたが――、こんな精神状態の彼女を母親に合わせる訳にはいかない。
 どんな手段を講じてもリースノット王国との話し合いが終わるまでは屋敷から出さずに外部からの情報を得られないように手段を講じなければならない。

「ティア……」

 俺は、彼女の髪の毛を梳きながら、これからの事を考える。
 いまは王城にティアの母親が居るが――、ティアを合わせるわけにはいかない。
 まずは、ティアの母親が国内に止まっているという事実を隠蔽しなければいけない。
 政に関しては、ティアに口を出すなと遠回しに伝えればいいだろう。
 真実をティアに伝えるのは酷すぎる。
 
「俺が、お前を守ってやるからな」

 どんな手を使っても――。




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