公爵令嬢は結婚したくない!
継承権を失った男(4) スペンサーside
「……失敗……作……だと……?」
「――どうかしたのかしら?」
冷静に接しようと――、努めようと思っていた――。
そう……、想っていた。
「何が、失敗作だと言うんだ」
「あなた、何を言って……」
「ティアの事だ! 貴女は、実の母親なのだろう! 何故、娘を――、実の子供を失敗作などと……、そんな事を平然と言う事が出来るんだ!」
たしかに昔ながらの風習を持つ貴族達の中には、家の存続を優先する者がいるのは事実。
それを否定はしない。
何故なら、貴族の家というのは家督を継ぐことを――、爵位や領地を守ることは領民の安寧に繋がるからだ。
だから、子供の教育には力を入れる。
基礎学問から情操教育や帝王学と言った物までありとあらゆる事を勉強させ家督を継ぐに相応しい人間かどうかを見る。
その結果、相応しくないと判断したのなら当主の判断で後継者から外される。
――それでも、失敗作と言う人間はいない。
あくまでも当主としては相応しくないという判断だけだ。
「ティア?」
エレンシア夫人は、俺の言葉に反応し俺の方をジッと見てくる。
彼女と会ったのは初めてだ。
「あなたは……、もしかして――」
長考したエレンシア夫人はハッ! と、した表情を見せたあと、
「もしかして……、あなたは……」
その言葉に俺は観念する。
感情的になりすぎた。
一国の――、公爵家の令嬢の名前を……、愛称で呼ぶような主治医など存在する訳がない。
「元・アルドーラ王国の王族――、スペンサーと言います。以前は――、エレンシア様の娘を拉致してしまい誠に申し訳ありません」
事実だけを述べる。
言葉を飾り立てて口にしたところで本質は何一つ変わらないからだ。
以前、誘拐の件に関しては国としての謝罪はしたが――、ティアのご両親には手紙以外には直に謝罪をしていない。
以前は、それで十分だと思っていた。
だが――、ルガードに自分の大事な人が傷つけられたと気が付いた時に俺は思った。
手紙での謝罪なんかでは、謝罪にはならないと言うことを。
それだけの事を――、罪を、俺は犯したのだ。
「いまさら何しにきたのよ!」
彼女は、自身が座っているベッドに置かれていた枕を手に取ると俺目掛けて投げてくる。
俺は、それを微動だにせずに体で受け止めた。
避けるという選択肢などあろうはずもない。
たとえ毒付きのナイフが飛んできても避けるということはしない。
いまなら分かる。
大事な物が傷つけられた時の思いというのが。
「ユウティーシア様に関しての謝罪に伺いました」
「今更、謝られてもどうにもならないわ!」
「はい」
そう――、いまさら謝ったところでどうにもなる訳もない。
時が巻き戻る訳でもないからだ。
頭を下げることで、言葉を尽くして詫びることで犯した過ちが帳消し出来るなら、どれほどいいだろうか。
そんな都合の良い事なんてあろうはずもない。
だからこそ、俺は頭を下げることしかできないのだ。
「娘は! 娘はね! 賢く諭い子だったわ! 小さい頃から造詣が深くて、思慮深く、頭も良かった! それに、民草のことを良く考えて私達の言う事をよく聞く理想の子供だったの! それが……、彼方に拉致されてからと言う物、粗野粗暴になり口も市井(しせい)の浮浪者の人のように悪くなったわ!」
一気に捲し立てるように言葉を紡ぐと彼女はベッドから立ち上がると俺を睨みつけてくる。
「娘はね! リースノット王国の王妃として嫁ぐ為に生まれてきたの! そう決まっていたの! それなのに……、彼方みたいな者と関わったから娘は変わってしまった。従順な貴族の令嬢たる見本でもあった娘は……」
――見本? 従順? 理想の子供?
言葉の節々から俺は苛立ちを募らせていく。
「だから、失敗作なんですか?」
「――え? ……そ、そうよ!」
俺が反論しないと思ったのだろう。
一瞬、戸惑いの眼差しをしたあと、肯定的な意味合いを込めて俺の問いかけを肯定してきた。
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