公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

継承権を失った男(1) スペンサーside




 隣で寝ている愛おしい女性の――、艶のある黒髪を何度も手にとる。
 手入れが行き届いているのか指先のどこにも引っかかることもなく彼女の髪は俺の指の隙間から零れていく。

「ティア」

 自分が初めて守りたいと思った女性。

 ――彼女との出会いは最悪と言ってよかった。


 
 彼女の出身地は、リースノット王国と言ってアルドーラ公国の南に位置する貧困に喘いでいた何の特産物も特色もない小国であった。
 何も持たず天然の山々に囲まれていたからという立地もあり、どこの国から長年に渡り侵略をうけることはなかった。

 そんな国が急速に力を付けてきたと間者から報告があった後――。
 リースノット王国は食料の改善。
 特産物となる魔道具の作成。
 公共福祉の充実に国民全体の魔力量向上とありえない速度で国が豊かになっていった。
 調べた結果、その中心にいる人物は、まだ成人前の女性。

 名前は、ユウティーシア・フォン・シュトロハイム。

 国の発展と、リースノット王国の国力増大からアルドーラ公国の民を守るために、彼女を拉致しようとしたが返り討ちにあった。
 初めて、彼女と話を交わした時は、男のような話し方をする人物だと思ったが――。

 次に会った時は、白色魔宝石と呼ばれる人の魔力許容量を増やす魔石と、アルドーラ公国の穀物の取引をする話し合いの場であった。

 彼女と接点のあるのは俺だけだった。
 出会いは最悪――、それでも彼女が直接面識のある俺に話を振ってきたのは、人脈を持っていなかったからだろう。
 父親であるフィンデル大公は、俺が政務を手伝うことに最初は反対をしていた。
 それはそうだ。
 元々は、リースノット王国の王家に嫁ぐ予定だったはずの公爵令嬢を浚って拉致しようとしたのだから。
 結局は、失敗して――。
 俺の浅はかな行動でアルドーラ公国は、リースノット王国に莫大な賠償金を払った。
 そして俺は王位継承権を失った。
 もちろん多くの貴族が賠償金に関して表面では何も言わなかったが裏では王家を叩くものは多く存在していた。

 だからこそ、父親は俺を交渉の場に立たせるには苦慮していたと思う。
 それでも最終的には、リースノット王国の――、将来は王妃ともなる女性から名指しで取引を持ち掛けられたのだからということで俺が交渉の場に立つことになった。

 久しぶりに会った彼女は、とても美しく女性らしく成長を遂げていた。
 見た瞬間、彼女が欲しいと思った。
 
 交渉が終わり、普通に話をしている分にはユウティーシアという女性は、話しやすく親しみ易い女性であり、こちらの意図をよく汲んでくれる反面、恋愛事には疎くすら感じた。
 何というか貴族に籍を置いていたのが信じられないと思うくらい市井(しせい)に溶け込んでおり、どちらかと言えば町娘なのか? と思わせる程、コロコロと表情を変える魅力的な女性であった。

 それから何度も繰り返し商談の場で話を交わすたび、彼女は商談には向かない女性だと思った。
 何故なら、彼女は考えている事がすぐに顔に出るのだ。
 本当に面白いくらいに。
 裏で一生懸命何かを画策しようとしているのが表情に出てしまう。
 ユウティーシアの代わりにレイルという男が、本格交渉の前段階の交渉の時点で話を纏めてくれていたのがミトンの町での成功の秘訣とも言える。

 ――いや。

 商工会議に参加している面子が、ユウティーシアをTOPにして纏まって居られるのも彼女が何の見返りも求めていないから。
 調べた限り、彼女が商工会議を作ったのは孤児院の子供たちを守るためだとか――。
 その話を聞いた時、私は一瞬――、耳を疑った。
 あれだけの魔力と美貌と才覚を持ちながら、何の後ろ盾もない何の権力者との繋がりもない吹けば飛ぶような明日も知れない子供たちの為に組織を立ち上げるなんて理解に苦しむ。
 それでも――、そんな彼女を見ていて俺は何時の間にか彼女の姿を――、ミトンの町に行った時に無意識の内に追っていた。
 レイルに話を聞いたが、ユウティーシアは人口一万人のTOPに立っているにも関わらず報酬は殆ど貰っていない。

 貴族の令嬢が欲しがるような高額な貴金属も、庶民の数年分の稼ぎに値するドレスも欲しがらず市井の女性と同じような服を着て、同じ食事をして暮らしている。

 公爵家に生まれて何不自由なく育てられた女性には考えられないことであった。

 
 
 ――それからしばらくして……。

 雨の日に彼女と出会った。
 暴漢に襲われている場面で――、その場面を見た俺の心境は何とも言えない物で……。
 気が付けば、彼女を助けていた。
 
 そして、彼女が魔力を失っている事に――、私は初めて気が付いた。
 彼女は……、魔力をほぼ消失しているユウティーシアは、本当にか弱い存在で――、彼女を抱き上げている手に掛かってくる重みは、とても軽かった。

 俺は居た堪れなくなり、従者に命令しアルドーラ公国にユウティーシアを連れ帰った。
 

 

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