公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

届かない思い(5)




 ――婚前交渉を求められてくる。

 その可能性は非常に高い。
 むしろ、それ以外に考えられない。
 だって、リースノット王国の王家は私ではなく私の中に流れている王家の血筋に価値を見出しているのだから。
 それに強い魔法師が国王となる事が求められている以上、魔法力が弱まったとはいえ上級魔法師クラスの力を持つ私を手放すことは絶対に考えられない。

「アリシア……」

 誰も覚えていない私の妹――、その名前を呟きながら私はふらりと立ち上がる。
 部屋の中央を横断し、バルコニーへと通じる扉を開けたあと――、バルコニーに置かれている椅子に力なく腰掛ける。

 妹のことは誰も知らない。
 私しか知らないこと。
 それと同時に、シュトロハイム公爵家の子供は私しかいない事になる。
 それはつまり私に何かあれば、シュトロハイム公爵家は大変な事になるという事に他ならない。

「今回は、逃げることは許されない」

 逃げたら100%、アルドーラ公国のせいにされるし、ようやく治まりかけている内乱も誘発しかねない。
 何より、リースノット王国の経済力は強く軍事力では、アルドーラ公国とリースノット王国は遜色無くなったけれど、経済大国になったリースノット王国が経済に物を言わせてきたら対抗するのは大変に厳しい。

「スペンサー……」

 気が付けば――、私は好きな人の名前を自然と口ずさんでいた。



 給仕の方が持ってきてくれた食事――、殆ど口にすることも出来ずに私は部屋の中で一人佇む。
 彼が――、スペンサ―が訪ねてきてくれると思っていた。
 だけど……。

「どうして……、来てくれないの……」

 私は、一人――、ベッドで横になる。

 心細い――、糸のように張り詰めた思い……、気持ちを――、彼への想いを支えにしながら……。

「どうして、こんなに私は弱くなってしまったの……」

 以前は、一人で何でもできるって疑わずに行動に移せていたというのに……。

 ――コンコン

「スペンサー?」

 扉が叩かれると同時に私はベッドから降りて扉に駆け寄る。
 時刻はすでに夕方を過ぎていて暗くはなっていたけれど……、私は――。

「ティアか?」
「――ッ!?」

 私は、思わず扉から離れると扉が開き――。

「俺を、待っていた――、と、言うわけではなさそうだな」

 室内に入ってきたは、赤い髪の殿方――、リースノット王国の第一王位継承権を持つルガード・ド・リースノット。

「こんな夜分に、淑女の部屋に入ってくるとは――、どういう了見なのですか!」
「ユウティーシア・フォン・シュトロハイム。お前も、自身の母親エレンシアから話は聞いているのだろう?」

 私に語りかけながらも、ルガードは溜息交じりに答えつつ扉を閉めると鍵を閉めた。
 カチャリと室内に音が鳴り響くと同時に私は数歩下がる。

「――い、いや……」

 男たちに乱暴されかけた情景が思い浮かぶ。
 それと同時に体が震え――。
 そんな私を見て何を思ったのか――、目の前の男ルガードは口角を上げる。

「なるほど……、これは情愛を抱かずにはいられないな」
「止めて! 近寄らないで!」

 後退りしていくところで、足がベッドの端に当たり――、私はベッドの上に倒れた。
 立ち上がろうとしたところで、ルガードが私の体の上に圧し掛かってくる。


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