公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

雨音の日に(16)




「それよりも――、どうしてリースノット王国の最大の防衛の要であるシュトロハイム公爵家のご令嬢がここにいるのですか?」
「レイリトン子爵、貴殿もアルドーラ公国の軍事力が大幅に上がったことは理解していると思うが?」

 レイリトン子爵の問いかけには答えずに、遠まわしにレイリトン子爵を牽制するスペンサー王子。
 
「理解しておりま……、ま、まさか……」
「そのまさかだ。アルドーラ公国はユウティーシア公爵令嬢と密約を結んでいた」

 スペンサー王子の言葉に、会談に集まっていた貴族達がざわつく。
 
「まさか……、リースノット王国の策略か?」
「いや――、グルガードが許可を出す訳が――」
「シュトロハイム公爵家が関与を?」
「それはない。さすがには他国の軍事力増強に手を貸す国は――」
「そうだな。さすがにそれは……」

 誰もが半信半疑と言った表情でスペンサー王子と私を交互に見てくる。
 その瞳には、怯えと好奇心と期待感が織り混ざっているように見受けられてしまう。

「シュトロハイム公爵家ご令嬢と、お呼びすればよろしいですかな?」
「私のことは、ユウティーシアと――」

 エミリア伯爵は「そうですか」と、頷くと私をまっすぐにみてくる。

「――して、ユウティーシア殿は、どのようなお考えでアルドーラ公国と密約を結んでいらっしゃるのですか? まさか祖国を売る気という考えでは?」

 なるほど……。
 第三者から見ると私は祖国を売るように見えてしまうのね……。
 たしかに言われて見ればそうかもしれない。

「どうなのですか? いくら、お力添えを頂けるとしても自分の祖国を売るような人間に私達は――」
「エミリア伯爵」

 スペンサー王子は、窘めるように彼の名を呼ぶ。
 
「大丈夫です」

 私は、スペンサー王子に微笑みかけてからエミリア伯爵へと笑いかける。
 
「私が、スペンサー王子と密約を交わしたのは海洋国家ルグニカの衛星都市ミトンの食料問題を解決するためです」
「海洋国家ルグニカだと!? どうして、あんな野蛮な国に! それよりも、どうやって行き来しているのだ!?」

 アルデイア侯爵が立ちあがり、私とエミリア伯爵との会話に割って入ってくる。
 その表情は赤く染まっていて一目で怒っているのが分かってしまう。

「それは俺が説明しよう」
「スペンサー王子?」
「まず魔法国家ジールから魔法師を招き、彼らに力を借りて転移魔法で海洋国家ルグニカの衛星都市ミトンと行き来を行っていた」
「行っていた?」
「うむ。いまはユウティーシアから助力を得ており、アルドーラ公国は中級から上級までの魔法師を500人は保有している」
「「「「5、500人……」」」」

 貴族達全員が息を飲む。
 私は思っていたよりも上級と中級魔法師の数が少ないことに驚いていたのだけれど……。
 少なくとも私が渡した数は2000個近い。
 それなのに……。

 彼の横顔を私はチラリと見る。
 するとスペンサー王子は私の視線に気がついたのかぺロリと舌を見せてきた。
 
 ――まったく。
 彼は戦力をこの場でまともに提示する気はないよう。
 それはそうか。
 元々は反乱を起こしていた軍を率いていた中核の貴族だもの。
 そんな人達に、軍隊の正確な数を教える意味はデメリットしかないものね。
 それに、500人でも十分だったみたいだし。

「それと、彼女は国を売った訳ではない。我らの国がリースノット王国と国力の差が絶望的に離れてしまったことで、人心は離れ国が乱れた。国を思う貴殿らは、それが理解出来ると思うが?」
「それは……」

 エルミア伯爵が、先ほどまでの強い口調がどこにいったのか大人しく椅子に座る。

「彼女は、リースノット王国では酷い扱いを受けていた。だから亡命をしたのだ」
「「「「――!?」」」」

 貴族達の視線が私に向けられる。

「ユウティーシア公爵令嬢と婚約をしていたクラウス殿下は、別の貴族の令嬢と付き合い、さらには婚約者である彼女に婚約破棄を告げたのだ」

 スペンサー王子の言葉に会談室に静寂の空気が流れる。
 そして誰もが、その話しは本当なのか? という猜疑心の瞳で私を見てきている。

「はい。それと――、そのあと他の王族の王子とも婚約をさせられましたが……、奴隷のように扱われました……」
「それは……」
「なんと――」
「まことですかな?」
「本当のことだ」

 貴族達の言葉を肯定するかのようにスペンサー王子は頷きながら返答していた。

「それで、彼女は男性恐怖症になっている」
「「「「……」」」」

 静まり返る会談室。

「前から気にいらないと思っていましたが酷い国ですな!」
「とても賢王が治める国とは思えません!」
「うむ――」
「だが! それでもユウティーシア公爵令嬢は、国を売ろうとは思っていない。ユウティーシア公爵令嬢は、ミトンの町に亡命した時に、圧政に苦しんでいた民を見捨てられるずスメラギの総督府から解放したのだ。だが、それは周囲の町や村から孤立する事となった。だから我が国から食糧物資を手に入れるために白色魔宝石を対価に密約を結んだというわけだ」
「「「「おおー、民のために!」」」」

 スペンサー王子の言葉に全員が「なんと気高きことか!」とか「自らも酷い目に合わされていたにも関わらず」などと言ってくれている。
 
 



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