公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

雨音の日に(8)




 エリンさんに、白亜邸の中を案内され到着したのは玄関ホール。
 ここに来てから、何となく建物の構造が分かってきた気がする。
 建物は、円を描くように作られていて私が転移してきた場所は、建物の円の中心部分――、つまり日本でいう所の内庭と言ったところで――。

 アルドーラ公国の建築方式は、リースノット王国に暮らしていた時は見聞きすることは無かった。
 そもそも、アルドーラ公国に王家の血筋の女性が嫁いだのはずいぶんと昔の話。
 それによりアルドーラ公国とリースノット王国は貿易交渉を行えた。
 だけど、私の場合はリースノット王家に嫁ぐ事が決まっていたので、アルドーラ公国に対しての知識は広く浅くアプリコット女史から教えられていたけれど……、国政に関わるのは殿方の御仕事だから深くは教えられていない。

 いまにして思えば、国の王妃になる身分の者が隣国のことを詳しく知らずにして何をするのかと思ってしまうのだけれど――。

「ユウティーシア様? どうかなさいましたか?」

 玄関ホールで足を止めていた私をメイドのエリンさんは心配そうな表情で見てくる。

「まだ体の御調子がお悪いのですか? 外出が難しいようでございましたらスペンサー様に私の方からお伝えてして参りますが――」

 私は頭を振りながら。

「いえ、ずいぶんと立派な建物と見入っていただけですわ」

 私は微笑みながら彼女に語りかける。
 彼女は、少しだけ安心した表情を見せてくれた。

「さようでございますか。それでは――。ハリス! 門を開けてください」
「かしこまりました」

 いつから居たのか気がつかなかった。
 40歳代の黒い執事服を身に纏った男性が3メートルは高さのある扉を開けていく。
 両開きの扉は音も立てずにゆっくりと開ききる。

「ユウティーシア様、こちらへ」

 エリンさんに案内されて屋敷の外に出ると一瞬、目が眩む。
 そしてすぐに、何故に目が眩んだかが分かった。
 一面、見渡す限り白い鈴蘭の花畑が広がっていたから。
 鈴蘭の花畑は、どこまでも広がっていて時折、吹く風に可憐に揺れて――、とても美しく綺麗で――。

「すごく綺麗だわ」

 まるで白い絨毯が広がっているような光景に感嘆な感想しか出てこない。
 それに、すごく懐かしい感じがする。
 どこかで見た風景のような……。

「この白亜邸は、リースノット王国から嫁いできた王妃様の為に建てられた屋敷と言われています」
「そうなの?」
「はい。100年前にリースノット王国から嫁いで来られた王妃様は、アルドーラ王国の貴族に弱小国家ということもあり虐げられたということです。それを見かねた当時の国王様は、王妃様が鈴蘭を好きだったと言う事から、この白亜邸を建てられたと。その時に、王妃様の為に鈴蘭の花を植えたとされています」
「スペンサー王子は保養地って言っていたような……」
「今は、ほとんど保養地として使われていますね」

 ニコリとエリンさんは答えてくる。

「そうなのね……」

 王家の血筋として生まれてリースノット王国の為に、政略結婚という形でアルドーラ公国に嫁いだ彼女は一体、どういう心境だったのか……。
 私には、その気持ちが理解できない。
 だけど……、遠くから自分の意志とは関係なく結婚させられるのは女性としては、どうなのだろう?
 ――私なら……、って!? 私は、元は男性なのだから……。
 殿方とそういう事にはならない。

「申し訳ありません、つまらないお話を――」

 私が、一人考えて込んでしまっているとエリンさんが頭を下げてきた。
 
「そんな事ないわ。とても興味深い話ですもの」
「さようでございますか」

 彼女はホッとした表情で頭を下げてくる。
 そう何度も頭を下げられると私としては困ってしまう。
 そういう反応に慣れていないから。

「馬車が来たみたいね」

 8頭仕立ての馬車が私達の前で立ち止まる。
 するとハリスさんが、馬車に乗る際の踏み台を設置してくれた。
 
「ユウティーシア様。この馬車でエイラハブの町へ向かうことになります」
「エイラハブ?」
「詳しいお話は私もご同行いたしますのでその際に――」

 彼女の言葉に私は頷き馬車に乗る。
 馬車は、私がアルドーラ公国から貰った物よりも内部は広い。
 8人くらい乗れそう。
 それに、ソファーのクッションも絹製で、たぶん中に入っているのは羽毛だと思うけどフカフカしている。
 それにしても馬車の中に両向かいのソファーがあるのは知っていたけど――、その間に大理石のテーブルまであるのはさすがに想定の範囲外。
 腐っても大国であったアルドーラ公国と言ったと所で。

 ソファーに座ったあと、体感的に数分するとスペンサー王子が馬車に乗り込んできた。
 服装は、白を基調としてはいるけれど、縁が黄色い百合の花の刺繍で飾られている。
 
「すまない、待たせた。針子が急に体調を崩して会談用の服を急遽探していたんだが」

 なるほど……。
 たしか女性よりも殿方の方が身支度には時間が掛からなかった。
 彼が遅れたのは針子さんの仕事が終わっていなかったからかも知れないけど……、少しだけ私は気になっていた。

「スペンサー様、お洋服が――」

 どうやらエリンさんも気が付いたようで。

「――ん?」
「エリンさん、針仕事は?」
「いつも針子に任せておりましたので――」
「そうですか……」
「どうかしたのか?」

 どうやらスペンサー王子は気が付いてはいないみたい。

「糸と針はありますか?」
「はい、ここに――」

 エリンさんに針と糸が入った百合の花柄が描かれている鉄のケースを受け取る。
 中から黄色い糸、そして針を取り出して糸を針の穴に通したところで。

「スペンサー王子。上着を脱いで頂けますか?」
「――え? いや……、ちょっと――」
「いいですから、お貸しください」

 スペンサー王子から上着を無理やり奪い摂りエリンさんの方へと視線を向ける。

「エリンさん、時間が少し掛かると思いますので御者の方に馬車を走らせるようにお伝えして頂けますか?」
「――は、はい!」

 すぐに馬車は走り始める。
 思った通り高級な馬車ということもあり殆ど振動がない。
 これなら問題なく出来そう。

 私は、スペンサー王子が来ていた上着の右袖が解れていた糸を鋏で切ったあと、新しい糸で縫い合わせていく。
 次に、刺繍も解けていた箇所を修復する。

「ユウティーシア様は、手先が器用なのですね」
「いえ、それほどでも……」

 一人で暮らしていた期間が長かったこともあるし、ブラジャーやショーツのプロトタイプを色々と作っていたから、いつの間にか裁縫が上達していただけで、何の自慢にもならないと思う。
 たぶん貴族の淑女だと、針仕事とかしないと思うし――。

「――って、スペンサー王子、どうかしたのですか? ジッと私を見てきていて」
「――コホン。いや――、リースノット王国から嫁いできた王妃は、裁縫が得意だったと……、リースノット王国の貴族令嬢は全員がそうなのか?」
「どうでしょうか?」

 リースノット王国の令嬢は裁縫が得意なのかどうか私は知らない。
 何せ、私はリースノット王国の貴族社会とは殆ど無縁に生活をしてきたから。
 
 



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