公爵令嬢は結婚したくない!
記憶と思いと(23)
「それでは――」
私は椅子から立ち上がり、草薙雄哉と名乗った男性に頭を下げる。
彼には悪いけど、あまり好きにはなれそうにない。
何故なら、人を物のように考えている節があるように思えてならないから。
「そうか……」
彼は、私を止めることなく小さく頷くと「あと一つ、君から頼まれていた調べ物についてだが――」と、話しかけてきた。
私は何も頼んではいないけど、疑問に思い扉に向けて歩いていた足を止めて振り返る。
「何でしょうか?」
「これを読んでおいてほしい。それと、しばらくすれば……、ここの施設は立ち入りが出来なくなる」
「立ち入りが出来なくなる?」
「うむ。本来は、ここの――、神代文明と呼ばれていた建物は、いまの人類にとっては異端な物であり到底理解が出来ないものだからだ。そのために我々の時代の研究所の上には、今の人類がダンジョンと呼んでいる遺跡を作っている」
「――え? ダンジョンは、神代文明時代の方が作ったのですか?」
「ああ――」
彼は、頬を掻きながら私の問いかけに答えてきた。
「ここの実験場は、我々の時代でも初期の段階に作られたものだ。その為に、現在は他の設備との接続が切れていてスタンドアロンで動いている状態になっている。その為に――、此処に存在している私も君に渡せるデータ―は限られている。ユウティーシア・フォン・シュトロハイム……、君には強く生きてもらいたいと私やリメイラール、アレルも思っている」
「スタンドアロン? リメイラール? アレル? 一体、何の話しなのですか?」
たしか、スタンドアロンって独立して動いているって意味だったはず。
それにリメイラールって……、大陸全土に信徒を持つ宗教の組織名で……。
「詳しい話しは、君に渡した紙に書いてある。それを読んでくれ――。思ったよりも、システム運用に電力が使われていたようだ。君と共の者をエレベーターでダンジョンまで戻したあと、しばらくの間はダンジョンのみに電力を回すことになる…………」
男性の姿が霞むと霧散する。
「信じられないわ」
私は、先ほどまで彼が立っていた場所に手を伸ばすけど、そこには何も存在していない。
先ほどまで日本の庭園を映していた壁や天井も白い壁に変わっている。
おそらく電力をダンジョンに回すと言っていたから、地下施設の運用のための電力が止められたのかもしれない。
彼から渡された手紙とタウンページ並みに分厚い杖の仕様書。
そして白い杖を両手で抱き抱えたまま私は扉の前に向かうと扉は音もなく開く。
通路を歩き、最後の扉を抜けたところでコルクさんやレオナさんと目が合った。
「大丈夫だったのか?」
「――ど、どこかお怪我は?」
「大丈夫です。それよりも、お二人こそ大丈夫ですか?」
どこも二人の体には異常は無いらしく頷いてきたけど、レオナさんが「ですが……」と、言葉を濁した。
彼女が、言葉を濁した理由が――、意味が一目で分かってしまう。
「エルフさん!?」
小走りで近寄り倒れている彼女の首に指先を添える。
「ユウティーシア様、この者は……、いきなり倒れたのです。何もいわずに……」
「……そうなのですか?」
レオナさんの話しを聞きながら、首に指先を添えたまま脈を測ろうとすると「……ユウティーシア様……。私を含めた当施設は、数カ月の休止状態となります。すぐに地上にお戻りください。また、お会い出来る時を――」と、言う言葉を最後に彼女は――、エルフさんは動きを止めた。
「……ユウティーシア様? 彼女は何と?」
「ここの……、神代文明時代の遺跡は廃棄されるそうです。すぐに脱出してほしいと――」
「そうですか……」
レオナさんは少し残念そうな表情で言葉を紡いでいた。
「それなら、すぐに脱出するぞ!」
コルクさんだけは、すぐにエレベーターの方へ向かっていく。
私とレオナさんは彼のあとを追って行こうとすると――、仕様書が床の上に落ちた。
「ユウティーシア様、それは?」
「これは……」
なんと説明するべきか……。
そういえば、私が神代文明時代の人間と関わりがあると告げるべきかどうかすら決めていなかった。
私が意識していない、覚えていないだけで――、もしかしたら私は神代文明人と関わりがあるのかもしれない。
だけど、それを二人に伝えていいかどうかは分からない。
幸いにも草薙雄哉という男は、いまの人類には神代文明時代のことは知られたくないようだから黙っておいた方が良いかもしれないし、エルフさんも二人には何も言っていない可能性だってある。
――なら。
「迷宮をクリアした報酬として頂きました」
「ダンジョンをですか?」
「はい、癒やしの杖と魔法書です」
「なるほど……」
嘘はついていない。
でも、本当の事も言っていない。
心苦しくはあったけれど、本当のことを言っていいか判断がつかないのだから仕方無い。
「ようやくだな……」
3人してエレベーターに乗りダンジョンを出た第一声がコルクさんの言葉であった。
「それよりも、それが癒やしの杖なのか?」
「はい。これがあれば怪我をしている人を救えます」
コルクさんは、どこか納得いかなそうな表情で悩んでいたけれど、最後には納得したのか「…………そうか」と、答えを返してきた。
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