公爵令嬢は結婚したくない!
思いのかたち(4)
「それじゃ……、アンタは長く町にいると人に迷惑がかかると思って行動していた訳かい?」
私はシェリーさんの言葉に頷きながら答える。
「はい。ミトンの町に来たのは本当に偶然でした。多くの人に助けてもらって、自分の居場所が出来ていけたのはとても幸運な事だと思っています。ですが私が居る事で親しくしてくれた人に迷惑が掛かるのは嫌です」
思っていた事を言葉にして口に出す。
そこでようやくはっきりと自分の気持ちが理解できた。
私は、この町で自分の居場所があったとだと言う事を。
だけど、それは同時に失ってしまうと言う事も意味していた。
それは私の特異体質とも言えるべき強大な魔力で。
「だから、海洋国家ルグニカが王位を決める王位簒奪レースに出て商工会議のメンバーを勝たせることで、総督府であるスメラギから離反しているミトンの町を救おうとしているんだね?」
彼女の言葉に私は頷く。
するとシェリーさんは静かに言葉を選んで話しかけてきた。
「そうかい……。アンタは、海洋国家ルグニカの王位や貴族に位に私らを着けた後、姿を消すつもりだったんだね?」
「…………」
別に無言で返すつもりはなかった。
でも、それ以外に彼女の問いかけに帰す言葉が見当たらない。
「アンタは馬鹿だよ」
「……そうですね。私は、愚かだと――、自分が駄目な人間だと自覚しています。強い魔力を持っていて特別な力も有しているのに、誰かを傷つけずにはいられないのですから。最初、この世界に――、異世界に転生してきた時は何も考えていませんでした。何故なら、転生前に男として40歳まで日本で暮らしてきた記憶を持っている私としては、新しく生を貰って一番問題だったのは性別の問題だったから。そして、何よりシュトロハイム公爵家だけではなくリースノット王国全体が貧困に喘いでいました。だから私は、何となく前世の記憶を活用して土壌を改良して栽培できる食物を増やして食料需給率と経済を立て直しました。それにより多くの人が助かればと思って」
私は自傷気味に笑う。
本当は違う。
そう、本当は違うのだ。
シェリーさんに言った言葉も理由も大半は建前に過ぎない。
私は、この世界にいきなり放り出されて性別も変わっていて不安だったのだ。
今だってそう。
自分を良く見せようと言葉で飾り立てて、誰かを守るため、誰かを救うためと偽善を述べているに過ぎない。
「……なんていうのは建前に過ぎないです。私は、自分がどうしてこの世界に転生してきたのか、どうして生まれたのかという答えがどうしても見つけられずにいたと思います」
「アンタ……」
「誰かにやさしくする事で、誰かに必要にしてもらえるかも知れないと……、きっと心のどこかで思っていたのかも知れません。本当に、浅ましい考えですよね」
私は、身体強化の魔法を発動してシェリーさんの手から抜け出て着替える。
「シェリーさん。少し話をして楽になりました」
私は頭を下げると部屋から出ようとドアノブに手を伸ばす。
「ユウティーシアさん」
「……」
「アンタは少なくとも、ミトンの町の人間からは尊敬はされているよ。それに孤児院の子供たちだって――」
私は頭を左右に振る。
彼女の言いたいことは分かっているつもり。
だけど……、その好意は受け取れない。
受け取ってしまったら私は足を止めてしまうと思うから。
だから、私は彼女の言葉を遮って町の運営について話す。
「シェリーさん。今日、話した事は皆さんには内緒でお願いします。あとアルドーラ公国との小麦の取引に関しては、転移系魔法を使う魔法師を揃える事が出来たらしいので次回からは塩での取引を考えているそうです。ですから、今後は塩の取引をメインにアルドーラ公国と貿易取引を行えば問題ないです。私の事に関しては、気にしないでください」
「アンタ……、本当にそれでいいのかい?」
「私は、大丈夫ですので」
雰囲気から、シェリーさんは何かを言いたいのは分かっていた。
だから私は彼女から逃げた。
宿から出ると、思っていたよりも人通りは多かった。
日の高さから見てお昼を少し回ったくらいだと思う。
ずいぶんと私は寝過ごしてしまったようだ。
溜息をつくと「ユウティーシア様!」と、甲冑を身に着けた兵士さんが話しかけてきた。
話しかけてきた人物を良く見ると、その人物には見覚えがある。
「エルマーさん?」
「はっ! ご無事で何よりです! あのシェリーという女、私達が宿に入ろうとするのを止めてきたのです」
「そうだったのですか……」
「はい。それよりも何もされませんでしたか?」
「大丈夫です。むしろ寝床を用意して頂いてよく眠れました」
「本当ですか?」
疑いの眼差しを宿の方へ向けるエルマーさんの手を取って私は歩きだす。
「大丈夫です。私が強いことは、貴方が一番良く知っているでしょう? 私は、誰よりも強いのですから……」
エルマーさんが怪訝そうな表情を向けてくるけど、すぐに目を逸らす。
私は、上手く笑えているだろうか?
貴族として生まれてきて、この世界に転生してきて自分の気持ちを外に漏らさないように作り笑いをする術を私は必死に覚えた。
だけど、シェリーさんは見抜いてきた。
それは、仕事柄ということもあるかも知れない。
「やはりどこか疲れているのでは?」
「大丈夫です。それよりもカベル海将に会うために衛星都市エルノへ向かう手筈を整える必要があります」
「それでは、話し合いは上手く行ったのですか?」
「はい」
本当のところ、お父様と話をつけたのはシェリーさんであり私は何もしていない。
だけど、それを彼に言う必要はない。
政治というのは結果ありきだから。
それでも褒められてしまうとやっぱり罪悪感を覚えてしまう。
けど今は感傷に浸っている場合ではないと気持ちを切り替える。
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