公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

思いのかたち(1)




 目をゆっくりと開ける。
 隣に気配を感じて瞼を開けると、シェリーさんが私を抱きしめて寝ていた。
 彼女が、どうして同じベッドで寝ているのか? と言う疑問が脳裏を横切ったけど、他人の体温が伝わってきて心地良いことから、別にいいかなと思ってしまう。
 
 ――そういえば、誰かと一緒に寝たのは何時ぶりだろう?
 シュトロハイム公爵家令嬢として私は産まれてから一度も両親と寝たことがない。
 大事にはされていた。
 だけど……、それは私がリースノット王国の王家の血筋を持ち尚且つ、100年ぶりに産まれた女児だったからという理由だったように思える。

 つまり私自身、ユウティーシアとしての個人としての価値は認められていないと思う。
 ミトンの町で……、お母様が部屋に訪ねて来た時も家の存続や王家との婚約の話ばかりで、まるで私のことを見ていないように思えた。

 ――まるで、私自身には価値ないと言われているようで。

 そう考えてしまうと、私って何なのだろう? と思ってしまう。
 これなら転生する前の時の方が遥かに両親に大事にされていた……、されていた? 両親に?

 私は、心の中で疑問を抱く。
 前世の両親に関する記憶が一切抜けている。
 それは顔が思い出せないとか、そういうレベルではなく両親の名前すら思い出せない。
 まるで、最初から両親なんて存在しなかったように記憶に残ってないのだ。

「起きたのかい? あんた!? 何て顔をしているんだい」
「――え?」

 シェリーさんが悲痛な表情を私に向けてくる。
 どうして、彼女が私のことをそこまで気にかけるのか理由は分からない。
 ただ、シェリーさんは両腕で私の頭を抱きかかえると左手を私の頭に添えてくる。
そして、ゆっくりと撫でてくる。
 
「自覚がないんだね。そんな捨てられた子犬のような表情をしているのに……」
「捨てられた子犬のような表情? ――あっ!」
「どうかしたのかい?」
「――あ、あの! お、お父様とお母様に話をしないと……、私はどのくらい寝ていましたか?」
「それって、王位簒奪レースのことかい?」
「は、はい!」
「遅れている王位簒奪レースを、大国でありリースノット王国の重鎮であるシュトロハイム公爵家からの口添えで開催させようとしているのかい?」
「……」

 ミトンの商工会議に所属している人間だけど、彼女の情報網はすごい。
 私が両親に会いにきた理由を知っているなんて……。
 さて、どう話をしていいやら。
 こちらの手札を他人に知られるわけにもいかないし。

「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。うちも色町に宿を置いているからね。それに他国でも営業している宿があると言っただろう? だから、情報は逐一入ってくるのさ。ほら、男は床では色々と話をしてくれるからね。アンタだって、そこは分かるだろう? 公爵家に産まれたのなら、王家に嫁ぐこともあるのだから床に関する知識も……って無いみたいだね……」
「はい。あっ!? で、でも……、そう言ったのは教えなくていいです」
「分かっているさ。それにしても、本当に箱入り娘だったんだね。その癖に、時々思いもしない行動力を見せてくるね。本当に、不思議な子だね」
「ええ、まぁ……」

 さすがに前世は男だとは言えないから、言葉を濁すことしかできない。

「まぁ、いいさ。それよりも急いで起きなくても大丈夫」
「どういうことですか?」
「シュトロハイム夫妻は、リースノット王国へ帰国されたからね」
「――え!? う、嘘!?」
「本当」
「ど、どうしよう……」

 私が寝たことで王位簒奪レースの開催期日が流れてしまったら、全ての計画が狂ってしまう。
 
「落ち着きなさいな」
「――で、でも!」
「そんなに慌てることもないよ」
「でも、時間がないのです。早くしないと、また――」
「また?」
「――あっ!?」

 私は思わず口にしてしまった言葉をシェリーさんに指摘されて慌てて口を噤んでしまった。
 そのことで彼女は。
 
「どういうことだい? 王位簒奪レースに関して、どうして時間がないんだい? あんた、何を隠しているんだい?」
「それは……」
「その顔からして重要なことなんだろう?」
「…………」
「別に誰かに話したりはしないさ。ただ――、一人で抱えておくのは辛いんじゃないのかい? その様子だと、レイルにも話をしていないんだろう?」
「……はい」

 私は、シェリーさんの言葉に頷く。
 
「そうかい……。別に無理に聞こうとは思わないけどね。誰かに相談するのもいいかも知れないよ?」
「はい」
「本当に何でも一人で抱え込むんだね」
「そんなことは……」

 彼女は私の頭を撫でながら話しかけてくる。
 まるで、その話し方は子供に言い聞かせるみたいで、抱かれているだけで人肌を感じて落ちついてくる。
 こんなに落ち着いたのは何時ぶりだろう。
 たぶん異世界に来てから初めてかも知れない。
 
「じつはね……、私にも娘がいたんだよ」

 黙っているとシェリーさんが、私に語り掛けてきた。

「娘?」
「そう。アリスって言うんだけどね。色々とあってね……」
「色々?」
「ヴァルキリアスって知っているかい?」
「はい。リースノット王国の西方の国家ですよね? たしか……、10年前に王位継承問題で国内問題が起きていたと教えてもらいましたけど……」
「そうだね。その時に娘がね。生きていれば、アンタと同じくらいの年になっていたと思うからね。それで、どうしても気になってしまってね」

 なるほど……。
 彼女が、私に構ってくれる理由が何となく分かった気がする。
 おそらく亡くなった娘の姿を私に重ねているのかも知れない。
 そうすると、私が居なくなったあと彼女は気に病むかも知れない……。
 ここは、きちんと説明した方がいいかも知れない。
 私が町に居る事で、どれだけ人に対して害を及ぼすのかを早い段階で知ってもらえれば……。
 誰だって人に害する存在を受け入れられる訳がないのだから。
 何も知らない人が私を受け入れてしまい、私が害悪だと知ったら落胆するに違いない。
 それは相手にも迷惑だ。
 それだったら最初から説明して嫌われていた方がずっといい。

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