公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

迷宮区への足がかり(5)

「こ、これは……一体、どういうことだい? アクアリード!」

 裏口から入ってきたのは、先ほどまでカウンターの向こう側に立っていた女性。
 おそらく、彼女がキッカさんだったはず。

「メリッサさん、緊急事態です。すぐにラーブホテルに行って金貨と銀貨と銅貨が入れてある箱を持ってきてください」
「――え? 事情説明とかしなくて……」
「何を言っているんですか! 人間というのはお金の力には弱いものです! とくに相手は商売をしているオーナーさんですよ? お金で頬を殴っていうことを聞かせたほうが良いに決まっているじゃないですか!」
「……はぁ、たしかに……一理ありますが……」
「それでは、急いでくださいね!」
「わかりました」

 私の勢いのある説明に、仕方ないといった表情で、メリッサさんは頷くと建物の入り口から出ていった。

「とりあえず、これで修理費については何とかなりそうですね」

 私は呟きながら、アクアリードさんの方へと視線を戻す。
 すると、アクアリードさんはキッカさんに襟元を掴まれて持ち上げられていた。
 どうやら、かなりお怒りのご様子。
 アクアリードさんもテンパっているのか、説明が上手く出来ていないみたい。

「お待ちください!」
「あんたは?」
「私の名前は、ユウティーシア・フォン・シュトロハイムと言います。悪いのは、すべて! そこの酒場の中央に座り込んでいる男達なのです! アクアリードさんやメリッサさんには罪はありませんので、八つ当たりしないでください。あっ、もちろん私も無関係ですので!」
「お前は、どちらかと言えば、当事者じゃないのか?」
「むむっ! いきなりと言えば、いきなりな発言! どなたですか?」

 私は、声がしたほうへ問いかける。
 もちろん方向は裏口の方で。

「エルノ冒険者ギルドマスターのグランカスだ」

 裏口から入ってきたのは髭や体毛が濃い熊みたいな男だった。

「キッカ、そこに転がっている2人だが、カール・ド・ルグニカの部下の奴隷商人で間違いない。おそらくだが、ミトンの町を治めているように、ここも治める可能性が一番高いユウティーシア・フォン・シュトロハイムに話をつけにきたのだろうよ」
「なるほど……私の考えは正しかったということですね!」
「――どういうことだい?」

 キッカさんは、突然の事態に理解が追いつかないのか私に話かけてきた。
 ちなみに、もちろん! 私も、突然の新情報に内心、戸惑ってはいる。
 だけど、前世では営業マンだったこともあるのだ。
 営業スマイルで、もちろん対応はさせてもらう。

「彼らが奴隷商人だということは、女の直感で分かっていました!」

 まぁ前世は男で、いまも中身は男だけど。
 そのへんは適当に話を作っておくとしよう。

「私は、品性公平を地で行く人物ですから! 彼らに問いかけたのです! 自らの人生に恥じ入るようなことはしていませんか? と!」

 私の話を聞いていたアクアリードさんが、私のことを養豚場の豚を見るような目で見てきたけど、理解してほしい。
 これは、アクアリードさんの身の潔白を明かす詐術だということを。
 さらに言えば、私の罪逃れも付与されたりする。

「そして、彼らは逃げました! ですからテーブルを投げて彼らを捕縛したのです!」
「いや、その最後のテーブルを投げたって下りが良く分からないんだが――」

 私の力説に、鋭くギルドマスターのグランカスさんが突っ込みを入れてくる。
 まったく、すぐに突っ込みを入れてくる人は嫌われるのみ困ったものですね。

「もちろん! 迷惑をかけたのは重々承知しております! ですから――」
「店の壁を直す費用と、テーブルなどの再購入費については私のほうから負担させて頂きます。別に感謝しなくてもいいのです! 当然のことですから!」
「まぁ、店を壊したのがお前だから当然だよな――」

 グランカスさんが突っ込みを入れてくる。
 まったく黙っていられないものなのか……。

「はぁ……、もう面倒になったからいいよ。それより店の修理費は、きちんと払ってもらえるんだろうね?」
「はい! お任せください」





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