公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

使い魔

 突然の事で心構えが出来て無かった私は、振り下ろされた短剣に反応できずにいた。
 ゆっくりと私の心臓目がけて振り下ろされてくるのだけは分かる。
 そして――廊下に鮮血が散った。
 私の頬にもいくつもの血が飛んでくる。

「ば、ばかな……」

 中年の男性は、震えた声で呟きながらも数歩下がりながら引き抜いた短剣を構えてから私を睨んでくる。
 そして、私と言えば――胸に抱きしめていたルアちゃんが私の身代わりになって短剣の前に身を晒したのを見てから思考が停止していた。
 通路の上に力なく寝そべっているルアちゃんを見ながら両手でそっと抱きあげる。
 浅い呼吸を繰り返しているけど。生きている!
 私はすぐにルアちゃんを強く抱きしめた。
 そして立ち上がろうとすると――腰に力が入らない。

「そんな……こんな時にどうして……」

 腰から下に力が入らない。
 いきなりの襲撃で驚いてしまって神経が乖離してしまっている?
 私は余計に焦ってしまう。
 どうしたら……いいの……?
 そんな私の様子を余所に。

「くそ、くそっ、くそっ! お前みたいな化け物がいるから! お前がいるから大勢の人間が不幸になるんだ! お前みたいな異端視がいるから大勢の人間が不幸になるんだ!」

 中年の男性は狂ったように何度も叫ぶと私の方へ向かってくる。
 私はとっさに魔法を発動させようとしたけど、私の魔法は威力がありすぎる。
 それに、魔法陣を描く余裕もない。
 せめて回復魔法が使えればルアちゃんの傷を塞いで逃がす事もできるのに……。
 他人への回復魔法は、私は苦手とする分野で魔法の威力がありすぎる事もあり習得には至っていない。
 こんな事ならもっと練習しておくべきだった。

 男は私に近づいてきて血走った目で私を見降ろした後、短刀を振りおろしてくる。
 私は、その様子を茫然と見る事しか出来ない。
 そんなとき突然、目を開けてられないくらい白い閃光が通路を照らしだすと。

「ん? ここは?」

 光で何も見えなくなっている私に語りかけてくる人物がいた。
 その声は、どこかで聞いた事があるような――。

「き、貴様は――何故、ここにいる?」
「お前は……ああ、そう言う事か? なるほどな……まさか今頃になってお前がユウティーシアを狙ってくるとは予想外だったが……生憎、娘を見捨ててジールへ逃亡した後に戻ってきたという所か?」

 話を聞きながらも、ゆっくりと視界が戻ってくる。
 すると――目の前には壁から生えた蔦に拘束されている中年の男性と。

「クラウス殿下……」

 私の元、婚約者であったクラウス殿下が立っていた。
 私はどうしてクラウス殿下がここにいるのか理解できなかったけど、今はそんな事よりも……。

「クラウス殿下! 回復魔法を!」

 私は胸元に抱き締めているルアちゃんを差し出す。
 すると、クラウス殿下は顔を伏せて頭を左右に振ってくる。
 私にはその対応が理解できなかった。

「クラウス殿下、早くしないと死んでしまいます! はやく魔法を!」

 少しずつ腕の中で呼吸音が小さくなっていくルアちゃんを助けてもらうために私は懇願する。

「ティア、その子は……もう随分前に死んでいるんだよ? その子は、命を救ってくれた君の傍に居たいと言ったから俺の使い魔として生きながらえていたんだ。でも使い魔は、力を使い果たせば消滅してしまう。だから……」
「だから?」

 何を……言ってるの?
 まだ私の腕の中で生きているし……。
 そう、魔法なら、魔法なら生き返らせる事だって――。
 まだ生きているならまだ……。
 頭の中が上手く整理できない。
 口の中が渇く。
 それでも私は――。

「やめるんだ!」

 私は抱き締めたまま、回復魔法を発動させようとした所でクラウス殿下に頬を叩かれた。

「何が起きるか分からない魔法ほど危険な物はない。それにティア――君ほどの魔法力を体に注がれたらどうなるか分からないんだぞ? それに、どちらにせよ使い魔が主を呼びだすと言う事は……危機的状況だったのだろう?」

 私は小さく頷く。
 でも……。

「クラウス殿下、でも早くしないと。そうです。ルアちゃんと再度、使い魔契約をすれば……」 
「使い魔契約は1度までしか行えない。それは魂が一度の契約が終わった時点で消滅するからだ。だから2度目の契約は行えない。それに気がついていなかったのか? その子は、ユウティーシアの元に来てから5年以上、まったく成長していなかっただろ? そんな生物がいると――!」

 クラウス殿下は、途中で言葉を止めた。
 ううん、きっと止めざる得なかったから。
 私だって、薄々おかしいとは思っていた。
 でも、それでも気にはしないようにしていた。
 私の周りには妖精だっていたし、たくさん不思議な事があったから。
 この世界の動物だってそういうものだと自分を納得させていたフシがあった。

「帰ってください。もう、私の前にこないでください! どうして今更、やさしい言葉をかけてくるんですか? もう私の事は放っておいてください!」

 私は、突然の事にもう頭の中はぐちゃぐちゃだった。
 そんな私に向かってクラウス殿下は少し戸惑ったあと、中年の男性を連れてその場から転移魔法で消えた。
 それと同時に腕に感じていた重みが少しずつ消えていくのに気がついた。
 視線を落とすとゆっくりと光の泡になってルアちゃんの輪郭が消えていく。

「だめ……駄目」

 私は急いで魔法を発動させようとしたけど、自分の魔法の威力が強すぎる事に、どうなるか予想がつかない事に魔法の発動に関して戸惑いを覚えてしまい魔法発動を途中で止めてしまう。
 こんな事なら、練習しておくべきだった。
 魂が消耗するなら魂を修復する魔法だってあるはず……。
 ならそれをすれば?
 私はそこまで考えを巡らした所で、そんな魔法の方式を知らない事に至り……。

「ごめんなさい」

 私にはそれしか言う事が出来なかった。
 流した涙はルアちゃんに掛る事もなく、ルアちゃんの体を通り抜けるとスカートの上に染みをつくる。
 完全にルアちゃんの体が光となって消えたあと……しばらくして転移魔法の閃光に気がついた使用人達と両親が私の部屋まで駆けつけてきた。

「ティア! どうかしたの?」

 お母様が心配そうな顔で私を見てきたけど――。
 ……私は、その時に何を話したのか覚えていない。



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