公爵令嬢は結婚したくない!

なつめ猫

人の気持ち

 1歩ずつ進んでいく足取りがとても重い。
 どうしたらいいのか分からない。
 クラウス様にエスコートされている私を周囲の貴婦人の方々は見て微笑ましく見守ってくださっているけど、私の心の内はどうしたらいいか分からないという虚脱感に支配されつつある。

「クラウス様――」
「なんだい? ユウティーシア」

 すぐにクラウス様は言葉を返してくる。
 その声色には、慈しみすら含まれているように思えた。
 でも……私は男性とは結婚したいとは思えない。
 それに、婚約者であった頃に私がいたと言うのに、アンネローゼという女性とあんな仲を見せつけたのも気にいらない。
 ――と、いうか浮気されたのが気にいらない。

「私は前に、国王陛下――クラウス様のお父様に婚約の取り消しをお願いしました」
「聞いていたよ?」

 私は周囲の貴族の方々の耳に入らない声量で話す。

「どうして婚約の取り消しをグルガード国王陛下にお願いしたのか――御存じでいらっしゃいますか?」

 その時に、クラウス様が私の手を引っ張ってきた。
 そして、そのまま通路の壁に押し付けられた。
 所謂、壁ドン状態。

「分かっているさ。俺はアンネローゼに騙されていた。君の事を探していたのに好きだったのに、私はアンネローゼに騙されて彼女と恋を囁き合っていた……本当に最悪な気分だよ」

 私は、クラウス様の言葉に苛立ちを覚えてしまった。
 アンネローゼさんは少なくても、クラウス様を好きだったと思う。
 手段は間違っていたかもしれない。
 それでも、クラウス様を愛していた! 好きだった! そんな相手に対して、最悪とか……そんな言い方はないと思う。

「クラウス様は……アンネローゼさんの事をどう思っていたのですか?」

 私は表情に出さずに問いかける。
 同じ女性としてクラウス様の最悪な気分だよと言葉には引っかかりを覚えてしまう。

「私がずっと探していて好きだったのはユウィテーシアだけだ。アンネローゼなんてどうでもいいだろう?」
「――っ!?」

 思わず右腕を左手で押さえてしまった。
 そうしないと、クラウスを殴りそうだったから……。
 アンネローゼなんてどうでもいい?
 信じられない。
 そんな事を言える男性が、そんな事を平気で言える男性の感性が分からない。
 いくら騙されて付き合い始めたとしても――私から見たアンネローゼさんのクラウス様に向けられていた表情には愛情があった。
 そして、クラウス様も愛情を傾けているように見えた。
 それなのに、どうでもいい? それが、どういう意味を指しているのかクラウス様は理解して言っているの?

 貴方は、一人の女性の愛情を――今、貶める発言をされたのですよ?
 それも同じ女性である私の前で!
 これがクラウス様を好きだった女性の前での発言なら好感度が上がったかも知れない。
 でも私には逆効果でしかない。

「まったく、誰もが彼も私を攻めて立ててくる。父上も婚約破棄をシュトロハイム家に通達すると言ってきた。だから――父上には婚約者である私から伝えると言ったんだ。デリケートな問題だからね、父上もシュトロハイム家には余計な事は言わないでくれて助かっていた」

 私は、そこで視線を上げていく。
 そして、クラウス様の表情を見て背筋が凍りつく感覚におそわれた。
 そして最悪の事態にようやく気がついた。

「――その表情……私が何をしたのか察したみたいだね。お父様に頼んで理事職を魔法師筆頭職をウラヌス家に戻さないように働きかけた。ユウティーシアは妹のアリシアを大事にしているからね。アリシアを餌にすれば、君は必ずアリシアを助けようとする。そして魔法師筆頭は、戦争が起きれば必ず戦場に赴く事になる。だから君の妹アリシアの魔力量を理由に王宮魔法師筆頭に推薦したんだ、君は必ずそれを阻止しようとするからね」

 私は、クラウス様の言葉を聞きながら恐怖で歯が鳴るのを抑えるために口元を両手で押さえながらクラウス様の目を見る。
 信じられない。
 私一人を手に入れるためにそこまで……。
 そこまでするの?
 理解が追いつかない。
 妹のアリシアや国王陛下まで騙してそんな事をするなんて――そんなのもう、職権乱用の域を超えている。

「いい――実にいい。君のその顔はすばらしい」

 クラウス様は、私が口元を覆っていた両手をまとめて片手で押えて就けると右手を私の顎に添えて顔を上に向かせる。
 そしてクラウス様は、私に顔を近づけてくる。

「クラウス殿下、どうかされたのですかな?」

 クラウス様は、私から両手を離して後ろを振り返った。
 私もクラウス様の後ろを見る。
 するとそこには、ウラヌス公爵が居り偶然にも通りかかって声をかけてきたみたいだった。
 ――でも、おかげで助かった。

「いや……何――シュトロハイム公爵令嬢の気分が優れないようでしたので介抱をと――」

 クラウス様の口調の歯切れが悪い。
 そんなクラウス様を見てウラヌス公爵は、私に向けて笑いかけてくる。

「そうですか、それではクラウス殿下。私にシュトロハイム公爵令嬢のエスコートは任せてもらいましょうか? さすがに婚約破棄をした令嬢の手を持ったまま王城を歩くなど無粋の極みですし」

 ウラヌス公爵の言葉にクラウス殿下の顔色が真っ赤に染まる。

「わ、わかった……ユウティ……シュトロハイム公爵令嬢の介抱は、ウラヌス卿にお任せしましょう」

 そういうとクラウス様は、颯爽とその場から歩いて立ち去ってしまう。
 私は一息ついた所で、足に力が入らなくなりその場で座り込んでしまった。

「大丈夫ですかな?」

 ウラヌス公爵は私の腰と背中に手を回すと抱きあげながら話しかけてきた。
 私は、ギュッとウラヌス公爵の服の胸元を掴む。
 怖かった。
 あんなに狂気的な好意を向けられた事がとても怖かった。
 私は体を震わせながら、ウラヌス公爵の服を力強く掴む。



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