迷探偵シャーロットの難事件

夙多史

CASE3-8 ハンカチの仕立屋

「えへへ、ミスティちゃんの限定フィギュア貰っちゃいました♪ これは一生の宝物にします!」

 入口に立っていた着ぐるみミスティに回答すると、なんとシャーロットがぎりぎり十人目だった。宝の限定フィギュアも貰えて超ご満悦のお嬢様は鼻歌まで口ずさんでいる。

「よかったね、シャロちゃん」
「まさか着ぐるみの中の人がミスティちゃんの声優さんだったなんて驚きであります。しかも直接フィギュアにサインしてもらって、自分の名前まで書いてもらうなんて……くぅ、シャーロット氏が羨ましすぎるでありますぅ!」

 ギリギリで十一人目になってしまった水戸部刑事は血の涙を流していた。自分の名前なんて書かれたら転売もできないだろうに、そんなに価値のある物なのだろうか? 謎解きがしたかっただけの偵秀にとってはどうでもいいことである。

「シュウくんがのんびり推理を披露しているからであります!」
「俺のせいかよ」

 人任せにしていたのはそっちなのになんとも理不尽な言われようだった。
 そして宝がなくなったところで宝探しゲームは終了し、続いてコスプレの投票審査が始まった。
 結果は――水戸部刑事が惜しくも四位。グランプリは知らない誰かに掻っ攫われてしまった。ちなみにシャーロットが六位、美玲は十位、偵秀はあれだけ似ていると言われて圏外だった。別に悔しくはない。

 無事にコスプレ大会が終わった後は、借りた衣装を返して一度解散。各々が好きなように即売会を見て回り、結局その日の終了時刻まで居座ってしまった。
 オレンジ色に輝く西日が稜線の彼方へと沈んでいく。

「で、俺たちの本来の目的はハンカチについて調べることだったわけだが……芳姉、その店はまだ開いているのか?」

 ミステリーサークルが出していた推理小説が思いのほか面白くてつい読み耽っていた偵秀にも非はあるだろう。が、水戸部刑事が閉会間際まで同人誌を買い漁っていなければもう少し早く行動できたはずだ。

「き、きっと大丈夫であります。なんなら自分の車で送るでありますよ」

 背中にコスプレ衣装の入ったリュックを背負い、片手に四袋ずつ戦利品を提げた水戸部刑事は冷や汗たっぷりにそう提案した。
 コミュニティホールの駐車場に停めてあった彼女の車に乗り込む。メタリックブルーの軽自動車に四人が座るとなると、荷物のおかげで身動ぎできないほど窮屈だった。

 車で移動すること約二十分。
 即売会ではしゃぎまくって疲れたらしいシャーロットがうとうと船を漕ぎ始めた頃、ようやく目的地へと到着した。
 そこは北区の山麓にある住宅街にぽつりと建つ、創業して五十年は超えていると思われる老舗風の仕立屋だった。

「おっ! よかったね、シャロちゃん。まだ開いてるっぽいよ」
「ほえ?」

 美玲が夢の世界に旅立とうとしていたシャーロットを揺り起こす。店にはまだ明かりがついており、客の姿は見えないが閉店している様子ではない。

 店の真正面に停めてもらい、偵秀たちは車を降りる。
「自分は車を回してくるであります。近くに停められる場所はなさそうなので、用事が済んだら連絡してください」
「了解。ありがとう、芳姉」

 水戸部刑事の車を見送り、店の中へと入る。店内は落ち着いた雰囲気であり、カラフルな生地や糸が壁の棚に所狭しと並んでいる。ハンガーに掛けられている洋服などは一昔前のデザインといった感じだった。
 店の奥にはそろばんがぽつりと置かれている会計台だけあり、店員の姿はどこにも見えない。

「すみませーん! 誰かいませんかー?」

 完全に目が覚めた様子のシャーロットが大声を張り上げた。すると会計台のさらに奥、自宅と繋がっている通路からドタバタと慌ただしい足音が響いてきた。

「まったくなんだいこんな時間に! そろそろ店仕舞いだからさっさと帰んな! やれ帰んな! ほら帰んな!」

 どこかで聞いたことのある怒鳴り声だった。
 猛獣の突進のごとき勢いで通路から飛び出してきたのは、曲がった腰が空気抵抗を軽減するためではないかと疑いたくなるほど精力に満ち溢れた老婆だった。

「「あっ」」
「あん? どこのクソガキかと思えば昨日の小僧と小娘じゃないかい」
「え? なに? 知り合い?」

 こんな口が悪くて態度がでかくて声が無駄に大きい老婆を偵秀は他に知らない。

「ここ、土井さんの店だったのか……」

 土井梅子。
 偵秀と、ある意味でシャーロットが解決した昨日の引っ手繰り事件の被害者である。

「はあ、このハンカチが誰のモノか知りたいって? 確かにこりゃあたしが作ったもんさ。そうさね。この型だから丁度十年前になるねえ」

 シャーロットがハンカチを見せて事情を説明すると、会計台の椅子に腰かけた土井さんは八十三歳とは思えない記憶力でそう断言した。

「誰に作ったかわかるの、お婆ちゃん?」
「わっかるわけねえだろ牛娘! もっと考える栄養を乳じゃなく頭に回しな!」
「う、うしむすっ!? ……偵秀、ちょっとご老人だけど叩いてもいいかな?」
「やめとけ。絶対返り討ちに遭う」

 土井さんは訓練された警察官数人がかりで抑え切れないスーパーお婆ちゃんなのだ。そのパワフルさは山姥の末裔ではないかという説が偵秀の中で最も有力である。
 眼鏡の位置を直し、土井さんはフンと鼻息を鳴らした。

「まあ、記録は残してあるから調べればわかるだろうね」
「本当ですか!」

 顔を輝かせたシャーロットが会計台に身を乗り出す。

「十年以上前だから裏の倉を引っ繰り返さないといけないね! あー面倒臭い面倒臭い!」
「大丈夫です! わたしたちもお手伝いします!」
「はん! 馬鹿言っちゃいけないよ! 十年前でも大事な顧客情報! おいそれと他人に見せるわけにはいかないね!」

 当然の反応だろう。これは立派な個人情報の漏洩になる。いくら偵秀やシャーロットが探偵でもそこまでの権限を持つことはできない。
 なのに――

「ていうか、やってくれるんですね」
「フン! あんたには引っ手繰り犯を見つけてくれた『借り』があるからね! ホントはやっちゃいけないけど今回だけ特別だよ!」

 偵秀とシャーロットは喜びに顔を見合わせた。この最大の難関をどう乗り切るか偵秀は数通りの方法を考えていたが、ここまですんなり行くとは思っていなかった。善行はするものである。ちなみに後ろで美玲が「ツンデレ……」と呟いていた。

「さあさあ、もう夜になっちまうよ! 明日には見つけてやるからそのハンカチと連絡先を置いてガキ共はさっさと帰んな! やれ帰んな! ほら帰んな!」

 鬱陶しそうにする土井さんにほとんど追い出される形で偵秀たちは店を出るのだった。

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