迷探偵シャーロットの難事件
CASE3-7 解答解説
唇を斜に構えた偵秀を目聡く見つけた二人がいた。
「シュウくんが解けた顔をしているであります!」
「やっぱり現役名探偵は違うね。プリーズ! アンサープリーズ!」
協力しようと言いながらずっと偵秀の顔色を窺っていた寄生虫……もとい、水戸部芳子と鳩山美玲である。
もはや最初から任せる気満々だったことを隠そうともしない二人に、偵秀は思わず苦虫を噛み潰して飲み込んだような表情になった。
「く、解説したいけどお前らにだけは教えたくない……」
「ふふふ、ならわたしが教えてあげましょう」
偵秀を押し退けるようにして二人の前に出たのは、こちらも全て解決したと言わんばかりのドヤ顔をしたシャーロットだった。
「シャロちゃんわかったの?」
「当然です。なかなかの難事件でしたが、わたしだって名探偵ですからね!」
「ほう、なら一番から解説してもらおうか」
自信ありげに残念な胸を張るシャーロットに、偵秀は一番の謎を書いたメモ用紙を見せる。
【①始まりの日。暗きを照らす太陰の頭を示せ】
「まずこの『始まりの日』は地球が生まれた日です。たぶん千年くらい前だと思います」
「若いな、地球」
シャーロットの中で地球史がどうなっているのか非常に気になるところではあるが、今は推理を邪魔しないように静聴する。
「そしてこの『暗きを照らす太陰の頭』――これは間違いありません」
ビシッと、シャーロットは偵秀の持っているメモを指差し――
「頭がピカピカ光っている人を探せってことです!!」
「違う!?」
思わず叫んだ。
「ハゲを見つけろと申すか!」
「だから違う!? てか『始まりの日』はどこ行った!?」
ストレートにぶっちゃける美玲にもツッコミを入れ、偵秀は推理から一瞬で行方不明になった部分を指摘する。
「あ、わかりました。今日が誕生日の頭がピカピカしている人ですね!」
「そうじゃない!?」
「むぅ、だったらテーシュウの答えを教えてください」
ちゅくんとシャーロットは唇を尖らせた。自分の推理に揺ぎ無い確信を持っているようだが正解に掠ってもいない。
最初から頭が痛くなりそうになったので偵秀は眉間を揉み、謎の解き方を解説する。
「いいか、『始まりの日』はいろいろ解釈できるが、後の文章を考えると『月曜日』だ」
「どうして? 週の始めなら日曜日もあり得るんじゃないの?」
「次の文章の『太陰』とは『月』を意味するからな」
言葉を知らなくても、今の時代には携帯からでも気軽に接続できるインターネットという便利なものがある。調べれば答えはすぐに出てくるはずだ。
「『頭を示せ』というのは、つまり最初の文字だ。例えば『月曜日』と『月』を平仮名に分解すると、頭は?」
「『げ』と『つ』になるであります」
水戸部刑事が顎に手をやる。
「そうだ。だが、それだと結局『月』になるから二つある意味がわからない。分解するのは平仮名ではなく、英語だ」
「『MOON』と『MONDAY』――あっ、『M』ってこと?」
そう、英語なら頭の文字が共通するのだ。
「馬鹿ですね、テーシュウ。結局意味がわからないじゃないですか」
「これ単体ではな。意味が生まれるのは一番から五番までの謎を解いた時だ」
一問一問にしっかりとした意味のある言葉が現れると思っていると解決できない。最初から六番目の謎を含めて全て揃えたことは間違いではなかったのだ。
「じゃあシャーロット、それを踏まえて二番の謎を解いてみろ」
やれやれと肩を竦めたシャーロットに若干イラッときたので、偵秀は二番目の謎が書かれたメモ用紙を彼女に突きつけた。
【②亜・真・盾・眩・濁。文字に隠れし映景の器を変じよ】
シャーロットは数秒ほどメモ用紙をマジマジと見詰めると――
「なるほど、わかりました」
いつもの自信に溢れたドヤ顔を浮かべた。
「まず、これも文字を分解します」
「ほう」
「あ・しん・たて・まぶしい・だく。ここに隠れている言葉。最初の文字を繋げてみると『あしたまだ』……つまり『明日まだ?』って質問されています! もちろん明日なので答えは『まだ』です!」
「天才かお前」
「えへへ、ようやく偵秀もわたしの頭脳を認めましたか」
誉めた覚えはないのだが、言葉通り受け取るのが彼女の美点だろう。
「音読み訓読みごちゃ混ぜで分解して無理やり言葉を繋げるとか俺じゃできないな」
「ふふん、そうでしょうそうでしょう」
「シャロちゃんシャロちゃん、思いっ切り馬鹿にされてるから」
「ホワット!?」
どんどん鼻が高くなっていくシャーロットを見兼ねた美玲が苦笑気味に告げるまで気づく気配もなかった。
「シュウくん、意地悪しないで本当の答えを教えてほしいであります」
水戸部刑事に諌められる。もう少し自分で考えてほしかったが、偵秀自身も早く答えを口にしたくてうずうずしているので解説することにした。
「『映景の器』をどう捉えるかが鍵だな。景色を映す器。テレビなども考えられるが、隠れているのは文字の中だから現実のモニターなんかは関係ない。例えば、この器が人体の『器官』を示しているのだとすれば?」
「もしかして、目?」
「よく見たら全部の漢字に『目』が入っているであります!」
美玲が自分の片目を指差し、水戸部刑事が漢字の中に隠れていたそれを発見する。
「だがまだ答えじゃない。最後に『変じよ』とある。今回は頭文字を取れ的な指示はないが、一番の答えがアルファベット一文字だったことを考えると同じだろう。だったら『目』を英語の読みに直して――」
「『アイ』……アルファベットの『I』ですね!」
「おお、やればできるじゃないか」
「むふん」
「シャロちゃん、馬鹿にされてる」
「ホワット!? おのれテーシュウ……」
これで二番目の謎は解決。カタカタと怒りと悔しさに震えるシャーロットはスルーして三番目の謎へとシフトする。
「次は三番目の謎だが……」
【③МVEMJ●UNP。時を刈る農耕の神冠を導け】
「これは知識があれば楽だが、そうでなくても解けるようにはなっている。要はこの抜けているところにアルファベット一文字を入れろってことだ」
必要なのは前半部分。後半部分単体でも答えに辿り着けなくもないが、そのためには神話の知識が必要になってくる。しかも選択肢が二つあるため、結局は前半部分を解き明かさないといけない。後半はあくまでもヒントだと見るべきだ。
「でもこんな英単語なんてありませんよ? 他の国の言葉でしょうか?」
語学だけは割と優秀なシャーロットが首を傾げた。
「いや、これはある規則によって並べられた単語の頭文字だ」
「規則……ぐぬぬ、難事件です」
「お前、一応わかってたんじゃないのか?」
「神様の冠を被った人を連れて来るのだと思っていました」
「言葉通り受け取りすぎだろ」
その理屈なら天使の輪をつけている今の偵秀も該当しそうだ。もちろん、答えが偵秀なわけでも天空神ゼウスなわけでもない。
「『時を刈る農耕の神』とはギリシャ神話の『クロノス』もしくは『サートゥルヌス』を表す。『農耕の神』だけならいろいろあるが、『時を刈る』……時間も司っているとなると有名どころはその二択だ。前者だと前半部分と噛み合わないので、この場合は後者になる」
「後者でもさっぱりでありますが?」
「『サートゥルヌス』とは英語名で『サターン』だ」
ここまで言えば見えてくるだろう。真っ先に閃いた美玲がポンと手を叩いた。
「あっ! もしかして太陽系の惑星!」
「なるほど、『水金地火木土天海冥』でありますね!」
「正解」
前半部分の並びは『Mercury(水星)』『Venus(金星)』『Earth(地球)』『Mars(火星)』『Jupiter(木星)』『Saturn(土星)』『Uranus(天王星)』『Neptune(海王星)』『Pluto(冥王星)』であり、抜けているのは土星なので答えは『S』となる。後半がわからなくても、この規則に気づけば答えられるのだ。
冥王星は後から準惑星に指定されたが、並びを覚える時には未だに入れられることもある。
「スイキン……な、なんですかその呪文は?」
シャーロットだけが意味がわからず目を点にしていた。
「太陽系の惑星の配置を覚え易くする歌だ。日本の歌だから知らなくても不思議はないが……惑星の配置くらい知ってるよな? 英語圏は英語圏で歌があったはずだし」
「当たり前です! 小学生の時に習いました! ……たぶん」
最後に呟かれた一言が不安だった。
「てか偵秀ってば神話にも詳しいの?」
「父さんが考古学教授なのは知ってるだろ? そういう関係の資料もうちには山ほどあるんだよ」
偵秀が地下の書斎に籠もって読みまくっていたのはなにもミステリーだけではない。知的好奇心を満たせるものなら手当たり次第だった。
「ふぅん……あっ! にゃふふ、ウチ残りの答えわかっちゃった♪」
「ほ、本当ですかミレイさん!?」
三つも答えを出せば後は簡単だろう。美玲は考えようとしないだけで頭は悪くないのだから、ここまで来ればパッと気づいてくれる。
その美玲はいたずらっぽく猫目になった。
「でも先にシャロちゃんの解答を聞こうかにゃー♪」
「……馬鹿にしてます?」
「そんなことないよ。ユニークな答えを期待してます」
「馬鹿にしてます!?」
流石に学習したらしく愕然とするシャーロットだった。
「ぐぬぬ、ミレイさんにまで馬鹿にされたら名探偵としてのプライドに傷がつきます」
「あれ? なんかウチがナチュラルに馬鹿にされた気がする」
名探偵のプライドも迷探偵のプライドもどうでもいいので、偵秀はさっさと四番目の謎をシャーロットに提示した。
【④古代ローマに君臨せし二十六柱の悪魔。その序列二十番目の名を答えよ】
「ちょっと待っててください。今インターネットで古代ローマの悪魔さんを調べますから!」
「カンニング!? しかも間違った方向に!?」
「ふっふっふ、こんな時のための探偵七つ道具。スマートフォンです。……ほら、さっそく出てきました。答えはネロさんですね!」
「ローマ帝国の第五代皇帝はなんの関係もないからな?」
キメ顔で偵秀を指差したシャーロットには悪いが、やっぱり答えは掠ってもいない。
「シャロちゃん、今までずっとアルファベット一文字だったんだよ? 二十六ってほら、アルファベットの数じゃん? だからその二十番目は?」
「ABC…………『T』ですか?」
不憫に思えてきたらしい美玲が優しく教えると、シャーロットは『A』から順番に数えて答えを導き出したのだった。
「でもなぜ古代ローマでありますか?」
「ローマ字を連想できる。世界共通の代表的なアルファベットだからな」
悪魔と表現した理由は偵秀にもわからない。問題の製作者が英語に並々ならぬ怨念でも抱いているのだろうか?
「ぐぬぬ、最後は! 最後はわたしが解決してみせます!」
「今日は歯噛みが多いな」
【⑤Bは許可。Rは停滞。猶予を与える一字を求めよ】
「自分もこれはわかったであります!」
水戸部刑事が「はい!」っと元気よく挙手した。
「まあ、警察はわかってくれないと困るな」
「刑事さんまで!? となるとわからないのはわたしだけ……? ぐぬぬ、ぐぬぬ、ぐぬぬぬぬぅ……」
焦ってメモ用紙を凝視するシャーロットの歯噛みが大変なことになっている。一人だけわからないというのは死ぬほど悔しいだろう。
ちょんちょん、と美玲がシャーロットの肩を叩いた。
「シャロちゃんシャロちゃん、あれ見てあれ」
そうして指差した先には、大展示場の窓から見える道路の信号機があった。
「ミレイさん、今は横断歩道を渡っていないので信号は関係ありません」
「おっと、そこから全否定されちゃうともう美玲さんにはどうしようもないぜい」
「シャーロット氏、『色』であります」
「色? 色……信号……あっ! わかりました!」
二人から与えられたヒントにシャーロットはハッとする。表情を太陽のように輝かせ、生き生きと答えを――
「答えは『AMBER』の『A』」
「……」
「……」
「……」
「……じゃなくて、ここは日本なので『YELLOW』の『Y』ですね!」
危うくイギリス人らしい間違いをするところだった。イギリスでは信号機の黄色を『琥珀色(AMBER)』として認識しているのだ。
「正解。よく頑張りました」
「えへへ」
ほぼ答えを教えられていたが、一応自分で考えたのだから文句は言わないでおこう。
「正確には黄色も赤も原則『止まれ』であります。どうしても止まれない人だけそのまま進むことを許されるので、黄色になったからといってスピードを上げてはいけないでありますよ」
「日本だとそうなのですか? 黄色は『急げ』だと思ってました」
きょとりと意外そうに目を見開くシャーロット。きっとこういう奴が交通事故を起こすのだろう。彼女が車を運転するようになっても絶対に同乗しないと心に決める偵秀だった。
「とりま、これで五つの謎は解けたね」
「ここからどうするでありますか?」
「それを最後の謎が示している」
偵秀は六番目――正確には番号を振られていなかった謎が書かかれたメモ用紙を広げる。
【◎星を結び、現界した真理を雷霆の使徒に捧げよ】
「やはり錬金術でありますか!」
「違う! まず一番から五番までの答えを順に繋げて読んでみろ」
魔法陣のようなマークを空中に描く水戸部刑事を否定し、偵秀はこれまでの答えをメモ用紙に記述する。
「『MISTY』――ミスティちゃんです!」
「それが『現界した真理』にあたる。では次、『雷霆の使徒』とは?」
三人ともが、う~ん、と唸る。これも神話の知識が必要ではあるのだが、この場では常識になっている『魔装探偵ミスティ』を知っているのであれば答えは簡単だ。
「『雷霆』っていうのはギリシャ神話の全能神『ゼウス』が振るう武器のことだ。その武器の別名は〈ケラウノス〉……つまり、それを持っているキャラクターと言えば」
「ミスティちゃんです!!」
好きなアニメなだけあってシャーロットも即座に答えに辿り着けた。六番目の謎は『解いた謎の答えをミスティに教えろ』という指示だ。
シャーロットを含めてミスティのコスプレをしている人は多い。問題はどのミスティかなのだが、その点については明らかにコスプレより目立つ存在が必ず人目につく場所にいたはずだ。
「そう、入口にいたあの着ぐるみに答えを告げればゲームクリアだ」
「シュウくんが解けた顔をしているであります!」
「やっぱり現役名探偵は違うね。プリーズ! アンサープリーズ!」
協力しようと言いながらずっと偵秀の顔色を窺っていた寄生虫……もとい、水戸部芳子と鳩山美玲である。
もはや最初から任せる気満々だったことを隠そうともしない二人に、偵秀は思わず苦虫を噛み潰して飲み込んだような表情になった。
「く、解説したいけどお前らにだけは教えたくない……」
「ふふふ、ならわたしが教えてあげましょう」
偵秀を押し退けるようにして二人の前に出たのは、こちらも全て解決したと言わんばかりのドヤ顔をしたシャーロットだった。
「シャロちゃんわかったの?」
「当然です。なかなかの難事件でしたが、わたしだって名探偵ですからね!」
「ほう、なら一番から解説してもらおうか」
自信ありげに残念な胸を張るシャーロットに、偵秀は一番の謎を書いたメモ用紙を見せる。
【①始まりの日。暗きを照らす太陰の頭を示せ】
「まずこの『始まりの日』は地球が生まれた日です。たぶん千年くらい前だと思います」
「若いな、地球」
シャーロットの中で地球史がどうなっているのか非常に気になるところではあるが、今は推理を邪魔しないように静聴する。
「そしてこの『暗きを照らす太陰の頭』――これは間違いありません」
ビシッと、シャーロットは偵秀の持っているメモを指差し――
「頭がピカピカ光っている人を探せってことです!!」
「違う!?」
思わず叫んだ。
「ハゲを見つけろと申すか!」
「だから違う!? てか『始まりの日』はどこ行った!?」
ストレートにぶっちゃける美玲にもツッコミを入れ、偵秀は推理から一瞬で行方不明になった部分を指摘する。
「あ、わかりました。今日が誕生日の頭がピカピカしている人ですね!」
「そうじゃない!?」
「むぅ、だったらテーシュウの答えを教えてください」
ちゅくんとシャーロットは唇を尖らせた。自分の推理に揺ぎ無い確信を持っているようだが正解に掠ってもいない。
最初から頭が痛くなりそうになったので偵秀は眉間を揉み、謎の解き方を解説する。
「いいか、『始まりの日』はいろいろ解釈できるが、後の文章を考えると『月曜日』だ」
「どうして? 週の始めなら日曜日もあり得るんじゃないの?」
「次の文章の『太陰』とは『月』を意味するからな」
言葉を知らなくても、今の時代には携帯からでも気軽に接続できるインターネットという便利なものがある。調べれば答えはすぐに出てくるはずだ。
「『頭を示せ』というのは、つまり最初の文字だ。例えば『月曜日』と『月』を平仮名に分解すると、頭は?」
「『げ』と『つ』になるであります」
水戸部刑事が顎に手をやる。
「そうだ。だが、それだと結局『月』になるから二つある意味がわからない。分解するのは平仮名ではなく、英語だ」
「『MOON』と『MONDAY』――あっ、『M』ってこと?」
そう、英語なら頭の文字が共通するのだ。
「馬鹿ですね、テーシュウ。結局意味がわからないじゃないですか」
「これ単体ではな。意味が生まれるのは一番から五番までの謎を解いた時だ」
一問一問にしっかりとした意味のある言葉が現れると思っていると解決できない。最初から六番目の謎を含めて全て揃えたことは間違いではなかったのだ。
「じゃあシャーロット、それを踏まえて二番の謎を解いてみろ」
やれやれと肩を竦めたシャーロットに若干イラッときたので、偵秀は二番目の謎が書かれたメモ用紙を彼女に突きつけた。
【②亜・真・盾・眩・濁。文字に隠れし映景の器を変じよ】
シャーロットは数秒ほどメモ用紙をマジマジと見詰めると――
「なるほど、わかりました」
いつもの自信に溢れたドヤ顔を浮かべた。
「まず、これも文字を分解します」
「ほう」
「あ・しん・たて・まぶしい・だく。ここに隠れている言葉。最初の文字を繋げてみると『あしたまだ』……つまり『明日まだ?』って質問されています! もちろん明日なので答えは『まだ』です!」
「天才かお前」
「えへへ、ようやく偵秀もわたしの頭脳を認めましたか」
誉めた覚えはないのだが、言葉通り受け取るのが彼女の美点だろう。
「音読み訓読みごちゃ混ぜで分解して無理やり言葉を繋げるとか俺じゃできないな」
「ふふん、そうでしょうそうでしょう」
「シャロちゃんシャロちゃん、思いっ切り馬鹿にされてるから」
「ホワット!?」
どんどん鼻が高くなっていくシャーロットを見兼ねた美玲が苦笑気味に告げるまで気づく気配もなかった。
「シュウくん、意地悪しないで本当の答えを教えてほしいであります」
水戸部刑事に諌められる。もう少し自分で考えてほしかったが、偵秀自身も早く答えを口にしたくてうずうずしているので解説することにした。
「『映景の器』をどう捉えるかが鍵だな。景色を映す器。テレビなども考えられるが、隠れているのは文字の中だから現実のモニターなんかは関係ない。例えば、この器が人体の『器官』を示しているのだとすれば?」
「もしかして、目?」
「よく見たら全部の漢字に『目』が入っているであります!」
美玲が自分の片目を指差し、水戸部刑事が漢字の中に隠れていたそれを発見する。
「だがまだ答えじゃない。最後に『変じよ』とある。今回は頭文字を取れ的な指示はないが、一番の答えがアルファベット一文字だったことを考えると同じだろう。だったら『目』を英語の読みに直して――」
「『アイ』……アルファベットの『I』ですね!」
「おお、やればできるじゃないか」
「むふん」
「シャロちゃん、馬鹿にされてる」
「ホワット!? おのれテーシュウ……」
これで二番目の謎は解決。カタカタと怒りと悔しさに震えるシャーロットはスルーして三番目の謎へとシフトする。
「次は三番目の謎だが……」
【③МVEMJ●UNP。時を刈る農耕の神冠を導け】
「これは知識があれば楽だが、そうでなくても解けるようにはなっている。要はこの抜けているところにアルファベット一文字を入れろってことだ」
必要なのは前半部分。後半部分単体でも答えに辿り着けなくもないが、そのためには神話の知識が必要になってくる。しかも選択肢が二つあるため、結局は前半部分を解き明かさないといけない。後半はあくまでもヒントだと見るべきだ。
「でもこんな英単語なんてありませんよ? 他の国の言葉でしょうか?」
語学だけは割と優秀なシャーロットが首を傾げた。
「いや、これはある規則によって並べられた単語の頭文字だ」
「規則……ぐぬぬ、難事件です」
「お前、一応わかってたんじゃないのか?」
「神様の冠を被った人を連れて来るのだと思っていました」
「言葉通り受け取りすぎだろ」
その理屈なら天使の輪をつけている今の偵秀も該当しそうだ。もちろん、答えが偵秀なわけでも天空神ゼウスなわけでもない。
「『時を刈る農耕の神』とはギリシャ神話の『クロノス』もしくは『サートゥルヌス』を表す。『農耕の神』だけならいろいろあるが、『時を刈る』……時間も司っているとなると有名どころはその二択だ。前者だと前半部分と噛み合わないので、この場合は後者になる」
「後者でもさっぱりでありますが?」
「『サートゥルヌス』とは英語名で『サターン』だ」
ここまで言えば見えてくるだろう。真っ先に閃いた美玲がポンと手を叩いた。
「あっ! もしかして太陽系の惑星!」
「なるほど、『水金地火木土天海冥』でありますね!」
「正解」
前半部分の並びは『Mercury(水星)』『Venus(金星)』『Earth(地球)』『Mars(火星)』『Jupiter(木星)』『Saturn(土星)』『Uranus(天王星)』『Neptune(海王星)』『Pluto(冥王星)』であり、抜けているのは土星なので答えは『S』となる。後半がわからなくても、この規則に気づけば答えられるのだ。
冥王星は後から準惑星に指定されたが、並びを覚える時には未だに入れられることもある。
「スイキン……な、なんですかその呪文は?」
シャーロットだけが意味がわからず目を点にしていた。
「太陽系の惑星の配置を覚え易くする歌だ。日本の歌だから知らなくても不思議はないが……惑星の配置くらい知ってるよな? 英語圏は英語圏で歌があったはずだし」
「当たり前です! 小学生の時に習いました! ……たぶん」
最後に呟かれた一言が不安だった。
「てか偵秀ってば神話にも詳しいの?」
「父さんが考古学教授なのは知ってるだろ? そういう関係の資料もうちには山ほどあるんだよ」
偵秀が地下の書斎に籠もって読みまくっていたのはなにもミステリーだけではない。知的好奇心を満たせるものなら手当たり次第だった。
「ふぅん……あっ! にゃふふ、ウチ残りの答えわかっちゃった♪」
「ほ、本当ですかミレイさん!?」
三つも答えを出せば後は簡単だろう。美玲は考えようとしないだけで頭は悪くないのだから、ここまで来ればパッと気づいてくれる。
その美玲はいたずらっぽく猫目になった。
「でも先にシャロちゃんの解答を聞こうかにゃー♪」
「……馬鹿にしてます?」
「そんなことないよ。ユニークな答えを期待してます」
「馬鹿にしてます!?」
流石に学習したらしく愕然とするシャーロットだった。
「ぐぬぬ、ミレイさんにまで馬鹿にされたら名探偵としてのプライドに傷がつきます」
「あれ? なんかウチがナチュラルに馬鹿にされた気がする」
名探偵のプライドも迷探偵のプライドもどうでもいいので、偵秀はさっさと四番目の謎をシャーロットに提示した。
【④古代ローマに君臨せし二十六柱の悪魔。その序列二十番目の名を答えよ】
「ちょっと待っててください。今インターネットで古代ローマの悪魔さんを調べますから!」
「カンニング!? しかも間違った方向に!?」
「ふっふっふ、こんな時のための探偵七つ道具。スマートフォンです。……ほら、さっそく出てきました。答えはネロさんですね!」
「ローマ帝国の第五代皇帝はなんの関係もないからな?」
キメ顔で偵秀を指差したシャーロットには悪いが、やっぱり答えは掠ってもいない。
「シャロちゃん、今までずっとアルファベット一文字だったんだよ? 二十六ってほら、アルファベットの数じゃん? だからその二十番目は?」
「ABC…………『T』ですか?」
不憫に思えてきたらしい美玲が優しく教えると、シャーロットは『A』から順番に数えて答えを導き出したのだった。
「でもなぜ古代ローマでありますか?」
「ローマ字を連想できる。世界共通の代表的なアルファベットだからな」
悪魔と表現した理由は偵秀にもわからない。問題の製作者が英語に並々ならぬ怨念でも抱いているのだろうか?
「ぐぬぬ、最後は! 最後はわたしが解決してみせます!」
「今日は歯噛みが多いな」
【⑤Bは許可。Rは停滞。猶予を与える一字を求めよ】
「自分もこれはわかったであります!」
水戸部刑事が「はい!」っと元気よく挙手した。
「まあ、警察はわかってくれないと困るな」
「刑事さんまで!? となるとわからないのはわたしだけ……? ぐぬぬ、ぐぬぬ、ぐぬぬぬぬぅ……」
焦ってメモ用紙を凝視するシャーロットの歯噛みが大変なことになっている。一人だけわからないというのは死ぬほど悔しいだろう。
ちょんちょん、と美玲がシャーロットの肩を叩いた。
「シャロちゃんシャロちゃん、あれ見てあれ」
そうして指差した先には、大展示場の窓から見える道路の信号機があった。
「ミレイさん、今は横断歩道を渡っていないので信号は関係ありません」
「おっと、そこから全否定されちゃうともう美玲さんにはどうしようもないぜい」
「シャーロット氏、『色』であります」
「色? 色……信号……あっ! わかりました!」
二人から与えられたヒントにシャーロットはハッとする。表情を太陽のように輝かせ、生き生きと答えを――
「答えは『AMBER』の『A』」
「……」
「……」
「……」
「……じゃなくて、ここは日本なので『YELLOW』の『Y』ですね!」
危うくイギリス人らしい間違いをするところだった。イギリスでは信号機の黄色を『琥珀色(AMBER)』として認識しているのだ。
「正解。よく頑張りました」
「えへへ」
ほぼ答えを教えられていたが、一応自分で考えたのだから文句は言わないでおこう。
「正確には黄色も赤も原則『止まれ』であります。どうしても止まれない人だけそのまま進むことを許されるので、黄色になったからといってスピードを上げてはいけないでありますよ」
「日本だとそうなのですか? 黄色は『急げ』だと思ってました」
きょとりと意外そうに目を見開くシャーロット。きっとこういう奴が交通事故を起こすのだろう。彼女が車を運転するようになっても絶対に同乗しないと心に決める偵秀だった。
「とりま、これで五つの謎は解けたね」
「ここからどうするでありますか?」
「それを最後の謎が示している」
偵秀は六番目――正確には番号を振られていなかった謎が書かかれたメモ用紙を広げる。
【◎星を結び、現界した真理を雷霆の使徒に捧げよ】
「やはり錬金術でありますか!」
「違う! まず一番から五番までの答えを順に繋げて読んでみろ」
魔法陣のようなマークを空中に描く水戸部刑事を否定し、偵秀はこれまでの答えをメモ用紙に記述する。
「『MISTY』――ミスティちゃんです!」
「それが『現界した真理』にあたる。では次、『雷霆の使徒』とは?」
三人ともが、う~ん、と唸る。これも神話の知識が必要ではあるのだが、この場では常識になっている『魔装探偵ミスティ』を知っているのであれば答えは簡単だ。
「『雷霆』っていうのはギリシャ神話の全能神『ゼウス』が振るう武器のことだ。その武器の別名は〈ケラウノス〉……つまり、それを持っているキャラクターと言えば」
「ミスティちゃんです!!」
好きなアニメなだけあってシャーロットも即座に答えに辿り着けた。六番目の謎は『解いた謎の答えをミスティに教えろ』という指示だ。
シャーロットを含めてミスティのコスプレをしている人は多い。問題はどのミスティかなのだが、その点については明らかにコスプレより目立つ存在が必ず人目につく場所にいたはずだ。
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