迷探偵シャーロットの難事件

夙多史

CASE3-4 門田木市国際コミュニティホール

 門田木市国際コミュニティホール。
 門田木駅から徒歩で十分程度の場所にあるそこは、大きく分けて展示施設と会議施設から構成されている。同人誌即売会が行われている展示施設は大展示場・中展示場・小展示場の三ヶ所あり、収容人数は合計すると八千人を超える規模だ。
 即売会は今回で七度目らしく、市外からも大勢の人々が集まって三つの展示場をこれでもかと埋め尽くしていた。特に人混みが苦手というわけでもない偵秀ですら酔いそうになってしまう。地方都市でこれなのだ。本場のコミケはきっとこの何倍もすごいのだろう。

 それほどまでに人が集まるイベントだが、誰でも彼でも参加できるわけではない。当然入場制限というものがあるわけで――

「申し訳ありませんが、小学生以下のお子さんは保護者同伴でも入場できない決まりになっております」
「わたしは高校生ですよ!?」

 そのチェックにさっそく引っ掛かっている金髪のちびっ子がいた。探偵のコスプレなんてして気合充分だっただろうに、現実は非情である。
 よく見るとシャーロットだった。よく見なくてもシャーロットだが。
 どうにか係員に身分を証明して入れてもらえた彼女は、不機嫌そうにぷっくりと頬を膨らませていた。そんな子供みたいな表情をするから間違われるのである。

「あ、見てください! ミスティちゃんがいます!」

 でもすぐにアニメキャラクターらしき着ぐるみを発見して、ぱぁあああっと表情を輝かせるのだった。

「なんだそれ?」
「知らないんですかテーシュウ!?」
「知らないでありますかシュウくん!?」

 なんとはなしに訊いた偵秀だったが、シャーロットと水戸部刑事が物凄い勢いで声を荒げた。魔法使いのような服装にウサギ耳、肩に物騒な大戦斧を担いだ少女キャラの名前はどうやらこの場では常識問題だったらしい。

「魔装探偵ミスティちゃんですよ? 天空神ゼウスと契約して手に入れた雷の魔装〈ケラウノス〉でどんな事件もビリッと解決! 悪は絶対許さない正義のヒーローさんです!」
「探偵要素は?」
「この前の放送でも悪の巨大ロボットを正義の雷で消し炭にしていたでありますね」
「だから探偵要素どこだよ!?」

 ポンコツ探偵とポンコツ刑事が人を見下すような嘲笑を偵秀に向ける。

「まったく、ミスティちゃんを知らないなんてテーシュウは時代に遅れていますね」
「シュウくんは昔から本の虫でありましたからね、映像より文字を追いかける方が好きだったであります。だから仕方ないでありますよ、シャーロット氏」
「シャーロット氏!?」

 共通の話題を見つけた二人はそれだけで何時間も立ち話ができそうなほど盛り上がっていた。偵秀の声なんて聞こえない完全なる二人の世界を創造している。ビックリするほどどうでもいいのに、彼女たちに馬鹿にされると異常な悔しさが込み上げてくる偵秀だった。

「美玲、知ってたか?」
「えっ? あー、もちろん知ってたよ! ミスティちゃんでしょ? ゼウスでしょ? シッテルシッテル。ビリってするんだよね?」

 それだけなら偵秀もたった今知った。流れ弾を避けようとサッと視線を逸らした美玲は偵秀を裏切ってアウェーにするつもりらしい。
 もう溜息しか出なかった。

「帰りたい……」

 いきなり気分を憂鬱にしつつも、入場料代わりのパンフレットを購入して展示場内に入る。
 そこはなんというか――戦場だった。大勢の人でごった返していたのは外も同じだが、展示場内は人口密度が半端ない。売り手は怒号を上げて客寄せし、買い手は軍隊のように規律ある人の流れを形成している。流れに逆らうと袋叩きに遭いそうだ。

「そういえば芳子さん、ウチらコスプレの道具なんてなにも持ってないよ? どうすんの?」
「問題ないであります。衣装を借りられる場所があるので、先にそこへ向かうであります」
「刑事さんも借りるのですか?」
「いえ、自分は手作りの衣装をロッカーに預けているであります」
「わお、本格的だね」
「いつか大会に出ようと思って用意していた衣装であります! 今日の休暇を許可してくれた署長には感謝でありますね!」
「気合いが入っていますね、刑事さん。むむむ、わたしも負けられません!」

 喧騒の中でも姦しくお喋りする三人。偵集はそんな彼女たちの後ろを歩きながら、せめてもの暇潰しにとパンフレットの地図を眺めていた。
 ノベルコーナーで大学のミステリーサークルがオリジナル推理小説を出している。これはちょっと気になったから後で寄ろうと考えていると、地図内に一つの疑問点を見つけた。

「芳姉、この数字の書かれた星マークは? どこにも説明書きがないんだけど」

 星マークの数字は『1』~『5』。会場のあちこちに点在している。

「ああ、それはこれから始まるイベントで使われる印でありますよ」
「イベントって、コスプレ大会の?」

 美玲が訊ねる。水戸部刑事は鷹揚に首肯した。

「ただコスプレ姿を披露するだけじゃないのがこの即売会のいいところであります。今回はコスプレした参加者がホール内に隠された謎を解いてお宝をゲットするそうであります」
「よし俺も出よう」

 ほとんど反射で参加表明してしまった。

「あははは、流石は偵秀だね。謎解きとなればコスプレすることも辞さないスタイル。素敵だにゃー♪」

 コスプレと言ってもいろいろだ。地味で可能な限り目立たないものを借りればいい。

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