迷探偵シャーロットの難事件

夙多史

CASE1-1 杜家偵秀

 門田木市北区。私立明瑛めいえい高等学校――二年一組。
 その日の朝はいつも以上の喧騒に包まれていた。クラスが湧き立つほどの話題が今朝の新聞やニュースで取り上げられていたからだ。

 杜家偵秀もりやていしゅう

 話題の中心人物がいつものようにホームルームの始まる十分前に入室するや否や、教室中のあちこちから目を光らせたクラスメイトたちが餌に喰いつくピラニアのごとく群がってきた。

「おう、杜家。また大活躍だったみてえじゃねえか」
「杜家くん杜家くん、昨日の誘拐事件のこと詳しく聞かせてよ」
「攫われた女の子は大丈夫だったの?」
「どうやって犯人の居場所突き止めたんだ?」
「身代金目的じゃなかったって聞いたけど」
「ただのロリコンだったってマジ?」
「なにそれキモイ」

 またか、と偵秀は若干諦め気味に肩を落とした。それから人混みを掻き分けて自分の席に着席する。事件を解決した日の翌日はだいたいこうしてクラスメイトたちに質問攻めにされるのだ。慣れているとはいえ面倒である。

 解決した事件とは、話題になっている通り先日発生した少女誘拐事件のことだ。犯人の名前は葛本尚志。小学校低学年の少女を愛でるためだけに攫った変態だ。身代金目当てではないために犯人とコンタクトが取れず、警察も捜査に難儀していた。そこで知り合いの刑事に泣きつかれた偵秀がいくつかの状況証拠から犯人の借りているアパートを突き止め、誘拐された少女は無事に保護された――というのが事の経緯である。
 そんな偵秀としてはではある事件だったのだが――

「いつも思うが、お前ら本当に興味あるのか? 普段は誘拐どころか強盗や殺人事件があっても聞き流してるだろうが」

 新聞を読むくらいなら漫画を読む。ニュースを見るくらいならバラエティ番組を見る。そういう連中がここぞとばかりに興味深々になることが偵秀には理解できなかった。
 いや、理由はわかる。理解もできはする。ただなんとなく釈然としないのだ。

「そりゃあ他所様でなにがあったって対岸の火ってもんですよ」

 ぽすっと、一人の女子生徒が偵秀の机に飛び乗るようにして腰かけてきた。
 ショートの髪に赤いカチューシャをした少女である。猫のような吊り目に整った鼻梁。顔の輪郭は小振りで背丈も女子の平均程度だが、制服のブレザーを押し上げる豊満な胸は世の男子の視線を集めて放さない魔力が秘められている。Fカップらしい。
 右手にシャーペン、左手にメモ帳を持ち、なんなら胸ポケットにボイスレコーダーまで仕込んだ彼女はニマリと笑った。

「対して今回はウチらの街で起こった事件を、ウチらのクラスメイトが解決したんだよ? 根掘り葉掘り聞きたくなっちゃうのが野次馬根性。人類の摂理ってもんさ」
「なんだよ、美玲。やっぱりお前も知りたいのか?」

 彼女は鳩山美玲はとやまみれい。偵秀とは小学校の頃から付き合いのある腐れ縁だ。幼馴染とも言う。

「当然! この新聞部期待のエース・鳩山美玲さんはいつだって新鮮なネタに飢えているのにゃー」
「めんどくさい。新聞でも読め」
「うわ、出た。偵秀ってば謎解きする時は自信満々に生き生きしてるのに、いざ終わったら無気力魔人なんだもんなぁ。そんなんじゃファンが泣くよ?」
「俺はゲームの二週目はやらない主義なんだ」
「やり込み要素って大事だと思うなー」

 なんでもいいから取材させろと偵秀に迫り来る美玲。顔が近い。あと胸も近い。ネタのためなら恥じらいも捨てる彼女を人は『自立歩行型情報掃除機』と呼ぶ。

「じゃあこうしよう! 情報交換ってことでどう? 今日このクラスに留学生が来るんだってさ」
「興味ないな」
「ふふん、そう言っちゃっていいのかにゃー? 名探偵さん?」
「なんだよ、意味深だな」

 美玲はドヤ顔ならぬニヤ顔で偵秀の興味を揺さ振ってくる。こういう場合、彼女はハッタリではなく本当になにか情報を掴んでいるため始末に負えない。

「ここから先は取材させてくれたらお答えしましょう」
「ならいいや。どうせホームルームが始まればわかることだ」 
「いいじゃんケチ! ねえねえ、ウチらの仲じゃん。取材さーせーてー!」
「あーもう離れろ鬱陶しい! 取材はマスコミから死ぬほどされてうんざりなんだよ!」

 机から降りたと思ったら背後に回り込んで抱き着いてくる美玲を偵秀は強引に振り払った。わざとらしく胸を押しつけられようが、そんなものじゃ偵秀は屈しない。屈してなるものか。屈したら負けだ。
 と、教室の後ろの方からドカッ! と苛立たしげな鈍い音が聞こえた。

「毎回毎回うぜえんだよ!?」

 激情を隠そうともしない恫喝を上げたのは、窓際の最後尾の席に座っていた男子生徒だった。制服を着崩し、足を机の上に放り投げるようにしている。大柄な体躯はそこにいるだけで周囲を威圧しているようで、実際に厳つい顔を不機嫌そうに歪めて偵秀と美玲を睨んでいた。

 須藤信明すどうのぶあき。見ての通り、クラスを代表する不良生徒である。

「確かにそいつは頭がいいかもしれんが、てめえらよく新聞読んでみろ。犯人逃げられてんじゃねえか。ハハッ、追い詰めたのに捕まえられなかったとかとんだ名探偵様だぜ」

 そう笑って須藤は持っていた新聞を投げつけた。不良で高校生が新聞というのはずいぶんとミスマッチな気もするが、彼が実はただ悪ぶっているだけで割と真人間という事実は周知であるため気にする者はいない。

「にゃはは、ノブっちってば偵秀の人気に嫉妬してるからってそんな言い方はないんじゃないの?」
「はぁ!? 誰が嫉妬してるだとゴラァ!? あとノブっち言うな!?」

 ガタッと椅子を倒して須藤が歩み寄ってきた。百九十センチメートルを超える身長が目の前に立つとかなりの凄味がある。

「いいのかぁ、杜家。てめえが犯人逃がしちまったせいで、また罪のない少女が変態に攫われちまうかもしれねえぞ?」

 美玲を脇にどけ、須藤はわざわざ身を屈めてメンチを切ってくる。犯人に逃げられてしまったことは確かに大きすぎるミスだろう。
 だが――

「お前は俺にどこまで期待してんだよ」
「ああ?」

 須藤の額に青筋が浮き上がる。

「いいか、俺は誘拐犯の居場所を突き止めただけだ。突入して犯人を逮捕するのは警察の役目であって、なんの訓練も受けてない俺が身を呈したところで邪魔以外のなんでもない。しかも相手は元プロボクサーって話だ。そこを俺の責任にされるのは理不尽だろ」
「澄ました顔しやがって……開き直ってんじゃねえよ! 犯人を逃げられなくすんのがてめえの仕事だろうが!」
「俺は探偵だ。軍師じゃない」

 そもそもの話、警官隊が突入した時に犯人はいなかった。今は指名手配もされているため、とっくに門田木市からは逃げていることだろう。逃亡中の犯人に同じ事件を起こさせるほど日本の警察は無能ではない。
 ただ、須藤の言い分もわかる。なにせ、彼が偵秀に絡んできた真の理由は他にあるからだ。

「はあ、いくらだからって俺に突っかかって来られても困る」
「なっ!? てめえなんでオレに妹がいるって知ってんだ!?」

 図星を突かれた須藤は茹蛸のように顔を真っ赤にした。どうやら小さい妹がいる件は隠しておきたかったらしいが……仕方ない、なぜわかったのか教えてやろう。
 偵秀は須藤の顔の前で右手の人差し指を立てた。

「まず、いつも遅刻ギリギリなお前が今日に限って俺より早く登校しているってことは、普段とは違う用事があったと考えられる」
「た、たまたま、早く目が覚めただけだ」

 無論、偵秀はそれだけの情報で想像力を膨らませたわけではない。

「お前のシャツは新品同様にパリッとしてんのに、左の腰辺りに真新しい茶色の汚れがついているだろ? 擦れているが、小さい子供の指の形に見える。なにかが付着したままそこを摘まんだんだろう。そのなにかってのはお前のポケットに入ってたベーカリーショップ『サンミルズ』のレシートを見ればわかるな。ほら、二人分のパンと飲み物が購入されている。まあ、お前が一人で飲み食いした可能性もなくはないが、流石に片方が子供向けアニメのキャラクターパンだから違うだろ。その茶色の汚れはチョコレートだ」
「てめ、いつの間にスリやがった!?」
「手癖は悪いんだ」

 偵秀が隙をついて掠め取っていたくしゃくしゃになったレシートを須藤は強引に奪い返した。しかしもう遅い。内容は偵秀の頭にインプットされた。レシートに書かれていた時間が間違いなく今日の朝だったことも記憶している。

「登校前に小さい子をどこかに送って来たんだろ。『サンミルズ』は東区の小学校の通りにあるからそこだろうな。あと少女誘拐犯が逃走した件で過剰に突っかかって来たことから女の子だと推測できるし、普段やらない送り迎えをした理由もそこにある。――とまあいろいろ言えることはあるが、極めつけはお前の鞄に貼ってあるだな」

 須藤がハッとする。そして急いで自分の机に戻って鞄を検め、小さな女の子と『せがまれたから渋々一緒に撮ってやったぜ』的な顔をした須藤の写真がペタリと貼られているのを見つけて悲鳴を上げた。

「ぬあっ!? あいつまた勝手に貼りやがって!?」

 ちなみに偵秀がそれに気づいたのは教室に入った時だ。珍しく須藤がいたので横目で見たら鞄のシールが目に入っただけである。

「ノブっちってばシスコン――もとい、いいお兄ちゃんだったんだにゃー。これはなかなか面白いネタいただき!」
「待てコラ!? 新聞に乗せやがったらただじゃおかねえぞ鳩山!?」
「にゃひひ、どうしよっかにゃー?」

 意地悪くクスクスと笑う美玲に激怒する須藤だったが、どういうわけか胸倉を掴まれたのは偵秀だった。

「杜家!? てめえのせいだろうがなんとかしやがれ!?」
「ストップ! 暴力はいけない! 落ち着こう! な?」
「こいつ……」

 危うくぶん殴られそうになったところで、教室前方の扉がスライドして担任の教師が入ってきた。遅れて朝のホームルーム開始を告げるチャイムも鳴る。

「ほらほら、お前ら席に座れ。今日はイギリスからの留学生を紹介するぞ」

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コメント

  • ノベルバユーザー601499

    アクションもちゃんと描いてくれるのが好き。
    恋愛の要素はあれど、話の主軸ではなく読みやすい。

    0
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